機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第141話「罪と罰」

 

 意識の網が暗礁に沈んでから、そう経っていないはずだ。

 

 浮かばせた懸念に、ザライアンは拘束されている己を自覚していた。

 

「空間跳躍は出来ないように、ダレトよりもたらされた特製の拘束具です。無視して飛ぼうとすれば、拘束されている箇所が抜け落ちますよ」

 

 こちらを見据える微笑み顔のタジマに、ザライアンは睨み返す。

 

 今は拘束具に留められていてそれ以外の抵抗は出来ないでいた。

 

「ああ、そう睨まないで。我々としてもこれはかなりの追い込まれた策なのです。何せ、彼らが手に入れてしまった。七番目の聖獣を」

 

 口元まで覆い隠された拘束服は白銀に輝き、自分の放つ思惟を遮断する。

 

 それは常ならば接続されている《フォースベガ》とのリンクを完全に断ち切っていた。

 

「どうです? 半身を封じられたと言うのは」

 

 無言を抵抗の意とすると、タジマはその顎に手を添えていた。

 

「ふむ……あなた方はどうしてそこまで攻撃的なのです。我々が望むのは同じ……この世界の調停のはず」

 

 タジマが黒服を顎でしゃくり、自分の口元だけを拘束服から引き剥がす。

 

 随分と時間が経ってからの口中は乾いており、言葉にする前に舌が痺れていた。

 

「焦らないでも大丈夫ですよ。ここはトライアウトブレーメンの艦内。ベアトリーチェ級の中です」

 

「……あなた方は何のために、僕を拘束した。これは大きな損失と、そして叛意となる」

 

「存じております。ザライアン・リーブス。木星船団の師団長であり、宇宙飛行士、あるいは宇宙の戦士とも。ですが、あなたの正体にはそれらの記号は邪魔なだけだ。その真意は、この次元宇宙に出現した、四番目の使者。MF、《フォースベガ》のパイロット。特一級対象と成り得る存在」

 

「……そこまで分かっていての行動だとすれば、天罰が下るのはそちらだ」

 

 その言葉を放った途端、タジマはぷっと吹き出していた。

 

「失礼……天罰とは。あなた方が言いますか。かつての月軌道艦隊を駆逐し、旧連邦勢力を地に堕とした、災厄の担い手が」

 

「……僕はあなた方のような人間のために戦ったのではない」

 

「ですが、最近はご執心であったようだ。月軌道艦隊、アルチーナ。彼らとは長いので?」

 

「……答える義務はない」

 

「それは残念。最後に聞いておきたかったのに」

 

 その言葉振りにザライアンは顔を上げていた。

 

「まさか……やめろ……」

 

 投射映像が自傷防止の牢獄に映し出される。

 

 その中でアルチーナ艦に向けてトライアウトブレーメンより放たれていたのはミラーヘッドを運用する軍警察の紺色の機体達であった。

 

 即座に包囲し、アルチーナが火の手を上げる。

 

「やめろ……やめさせてくれ……!」

 

「艦長とは懇意になさっていたのでしょう。何せ、これまで《フォースベガ》による鉄壁の守りを誇ってきた。だが、時代は動かなければいけない。停滞は、人類にとって最もあってはならない厄災である。……引用不明ですが」

 

《レグルス》部隊が火線を張り、アルチーナは瞬く間にアステロイドジェネレーターに引火して収縮爆発を生じさせ、光輪が浮かび上がった時には全ての命が途絶えていた。

 

 ザライアンは悔恨を噛み締めるように、その場で項垂れる。

 

「……何て事を……。貴様らは悪魔だ……! 貴様らのやった事は、我々だけではない、この次元宇宙を歪めるぞ……!」

 

「それは彼女にも言われた。不本意ですね。二人のMFのパイロットに、似たような事を言われるのは」

 

「……彼女……?」

 

 続いてタジマが映し出したのは、別の拷問部屋にて椅子に拘束されている金髪の女性であった。

 

 絶望に沈んだ瞳が、彼女のこれまでの経緯を物語っている。

 

 その瞳を目にした途端、心臓が収縮する。

 

 あってはならぬ邂逅が、脳細胞を痙攣させていた。

 

 頭蓋に突き立つのは、禁忌の電流。

 

「……まさか、MF02のパイロット……」

 

「――ヴィヴィー・スゥ。彼女には我が方も手を焼いている。何せ、どれだけの拷問に晒されても何も喋らないのです。あなた方の所属していた次元宇宙に関しても。そして、“破局”に関しての事も、何一つ」

 

「……何故、その単語を知っている……」

 

 戦慄いたザライアンの眼差しに、タジマは静かな論調で応じていた。

 

「静かに。あなた方の動揺はこの世界を震えさせる。《フォースベガ》、《ネクストデネブ》、どちらだって今来てもらえばまずい。それくらいは承知ですよね?」

 

「……彼女は、呼べないのか」

 

「いくつか制約を付けさせていただいています。《ネクストデネブ》を呼べば、言葉にするのもおぞましい拷問を施す事になる」

 

 それは窺える。

 

 ヴィヴィーの頭部に備え付けられた弓状のヘッドセットは自分達の力を封じるためにこの次元宇宙の人々が造り上げたものだ。

 

「便利でよろしい。あのヘッドセット、あなた方の脳内ニューロンに介入し、少しずつ自我を奪う事が出来る。それもこれもあなた方をこの次元宇宙に制約し続ける者達の造り上げた技術だと言うのに、今はこうして利用するのは我らだ」

 

「……彼女の苦しみは僕の苦しみだ。何せ、僕と彼女は……」

 

「――繋がっている。そうでしたね? あなた達、MFのパイロット同士は。次元宇宙に堕とされた際に生じたひずみ。それは同じMFのパイロット同士に関してパラドクスを生じさせた。あなたは彼女であり、彼女はあなたでもある」

 

「……そこまで分かっていて、貴様らはこんな行いをしたのか……! 僕は……! 彼らに降ったんだ! もう争う必要なんて……ないと思っていたのに……」

 

 頬を伝う熱を抑える事も出来ずに、ザライアンは滴が頬から落ちるのを感じ取っていた。

 

 タジマは自分の耳元へとそっと囁きかける。

 

「別に我々とて強硬策を取りたいわけではないのです。ただ、教えていただきたい。あなた方と協定を結んだ存在に関して。彼らはこの次元宇宙で遥か彼方より思惑を巡らせている。我々現行人類では、辿り着いた時点で消されるだけ。ですが、あなた方ならば届く。彼岸の存在、それはこの宇宙を混迷と争いの煉獄に落とした根源――ダーレットチルドレンへと。あなた方は鍵だ。鍵ならば、扉に通じていなければおかしい。さぁ、答えていただきましょうか。MFのパイロット達はどのような約定を我々と結んだのか。それが分かれば、統合機構軍としては動きやすくなる」

 

 ザライアンはその首筋に噛み付こうとして、肉体を走った蒼白い電流を感じ取る。

 

 痙攣した身を起こす事も出来ずに、無様に転がっていた。

 

「危ない危ない。だから枷が必要なのです。あなたも彼女にも。ヴィヴィー・スゥ。彼女の素性から明かしましょうか。巧妙に潜り込んだものです。王族親衛隊とは。しかし、その身分を詳らかにすれば、自ずと見えてくる。王族親衛隊は世界を覆う悪意そのものだ。彼らにとってのルールは、現行人類にとっての大きな枷となる」

 

 抗弁を垂れようとして、舌まで爛れて言葉を発せられない。

 

「どれだけ痛めつけても、あなた方は繋がっている。ゆえに、一人殺した程度では殺せない。厄介なものですよ。次元同位体、ドッペルゲンガー。またの名を――波長生命体と言うのは」

 

 その言葉を反芻する前に、ザライアンは視線の一点が黒服の持つ弓状のヘッドセットへと注がれていた。

 

 身をよじり、精一杯抵抗しようとするが、先ほどの蒼白い電流は自分から全ての力を奪い取っていた。

 

 頭部に嵌められたヘッドセットは、「自分達」にとっては最も唾棄すべき毒。

 

「そのままでも答えられますね? 何故、この次元宇宙を選んだのか。イエスかノーで答えてもらいたい。ああ、大丈夫。ある程度の察しはついておりますので、見当違いの質問は致しません。第一、そうでなければMFを抱き込めるわけがない」

 

 ザライアンの眼差しに対し、タジマは眼鏡の奥の瞳を細める。

 

「あなた方には期待しているのですよ。何せ、ダレトからもたらされたギフトはすべからく、我々の技術を後押ししてきた。ミラーヘッド、量子転送、有機伝導体操作技術など様々な技術恩恵は、今日の人類を然るべきステージへと引き上げた。感謝くらいはしているのです。あなた方が居なければ、我々は類人猿のような生き様で満足していた。さて、彼女の相手に戻りましょうか。あなたにとってフィードバックされる彼女の痛みが、どれだけの時間耐えられるでしょうかね」

 

 ザライアンは思惟を飛ばそうとして、どれだけ足掻いても《フォースベガ》を手足のように扱っていた頃には戻れないのを感じていた。

 

 だがこのようなところで、終わりなど。

 

 終焉にしてはあまりに脆い。

 

 タジマは一つ指を立て、それから質問する。

 

「では、一つ目。ダーレットチルドレンがあなた方と交わした約定。それに関する説ですが……恐らくはこう言われたのではありませんか? “約束を守る代わりに恩恵を。ダレトの向こう側の技術は我々が率先して人類に与える。その代わり、MF同士の戦闘行為を全て封鎖せよ”とでもね。MFは月のダレトに触れようとした人類を消し飛ばすためだけに使え、という事でしょう。事実、我々は幾度となく月のダレトに挑戦し続けてきた。“夏への扉事変”、知らないとは言わせません」

 

 ザライアンは顔を地に伏せて、沈黙を返す。

 

 タジマは自分の周りを歩みつつ、推論を口にする。

 

「あの戦いで当時の連邦月軌道艦隊の八割が消滅させられた。誰でもない、あなた方MFと使者によって。その時の事はよく覚えていらっしゃるのではないですか? 何せ、あなた方はようやく辿り着いた楽園の地平にて、手痛い反撃を受けたのですからね」

 

 ザライアンは涙する顔をタジマへと横たえさせ、その記憶を呼び覚まそうとする。

 

 それは――審判の記憶であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第十四章 「世界への拒絶本能〈キラー・オブ・トワイライトチルドレン〉」了

 

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