機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第十五章「憤怒の先に待ち受けるものよ〈デッドエンド・オブ・ラース〉」
第142話「煉獄輪廻忌憚」


 

 宇宙の常闇に浮かんでいるのはいささか抵抗を感じるが、それでも不思議と恐怖はなかった。

 

 少なくとも以前のような白い闇に包まれるよりかはまだマシであろうと、身を起こしたクラードは周囲の状況把握に努める。

 

「……ここは」

 

「また堕ちてきたのか、エージェント、クラード」

 

 その言葉にクラードは身構えて振り返っていた。

 

 白い老人が星空を仰いでこちらへと視線を流す。

 

「……貴様は……待て。何故俺は……忘れていた? どうしてここでの記憶は持ち越せない……?」

 

「それはここが煉獄であるからだ。夢うつつの脳裏では、ここの記憶を保持したまま現世には舞い戻れない。それは何となくでも分かっているのではないか?」

 

 ここは煉獄――そう告げられて、意想外でもなければ、反感を覚えるでもない。

 

 ただ、どこかに馴染みを感じたのは、やはり異常事態なのであろうが、クラードは老人を見据えていた。

 

「……これは何だ? 前回や……その前とも違う。俺の記憶じゃない」

 

「そうだな。これは……我の記憶に近いものがあるのだろう。あれを見るといい」

 

 推進剤の尾を引いて向かってくるのはクルエラ級の戦艦の隊列であった。

 

 数十隻の艦艇はそれぞれ、目指すべきものを見据えている。

 

 それは星の輝きでさえも吸い込む、大虚ろそのもの。

 

「……ダレト。これは……地球連邦のダレト侵攻時の記憶か……」

 

「物分りはいいほうではないか。そうだとも。これこそが“夏への扉事変”と、そちらが呼称する事実の全貌だ」

 

 言葉を発する前に、艦砲射撃が見舞われ、ダレトを中心軸に据えて現れた機影へと一斉掃射が浴びせられている。

 

 その機影は瞬時に火線を掻い潜り、巨大な砲塔をいくつか重ねていた。

 

 疾駆の機影の眼窩が虹色に波打ち、艦隊を睨むと、直後には蒸発の砲撃が返答される。

 

「……MF02……《ネクストデネブ》」

 

「お前はあれと戦った事があるようだな。何ともまぁ、無茶をしたものよ」

 

《ネクストデネブ》は憤怒に駆られたように次々と砲撃網を艦艇に向けていく。

 

 こちらからの応戦は豆鉄砲のようなもので、《ネクストデネブ》の装甲に傷一つ付けられない。

 

「Iフィールドバリア……」

 

「左様。MF02は我とは違う、別の次元宇宙にて、技術特異点まで昇華された機体。ゆえに、この時空の攻撃などまるで通用しない」

 

 理が違うのだ、とクラードは瞬時に理解していた。

 

《ネクストデネブ》の装甲を叩くだけの重火砲など、まるで意味を成さない。

 

 クルエラ級艦隊がMS部隊を出撃させていく。

 

 その陣形を直上よりもたらされた黄金の帯が突き抜けていた。

 

 射抜かれた形のMSは誘爆の輝きを刻んでいく。

 

「……MF01……《ファーストヴィーナス》」

 

「最初にこの次元宇宙に訪れた使者だ。もっとも、この時点においては、彼らにはその呼称も存在しないようだが」

 

『散れ、散れーっ! 敵勢は謎の攻撃を発動! 我が方は追い込まれるだけだぞ!』

 

『これは……光の帯です! 何なんだ……ビームでも何でもない……』

 

『光線兵器と断定出来ません! 相手の光の攻撃……継続して……』

 

《ファーストヴィーナス》はその一本角に円環の光を押し広げる。

 

 その光景に艦内の人々が祈りを捧げるように膝を折ったのをクラードは極大化された視野で目にしていた。

 

『……神よ……』

 

《ファーストヴィーナス》は機体を軸にして光の帯を纏い、クルエラ級へと降り立って来る。

 

 その光景はさながら世界の終焉であろう。

 

 接触した途端、クルエラ級の装甲は剥げ落ち、やがて蒸発の彼方へと追い込まれていく。

 

《ネクストデネブ》の怨嗟は止まらない。

 

 脚を止めた艦隊を次々と焼き尽くし、紅蓮の彼方で虹色の眼光が瞬く。

 

『……こんな事が……こんな事が……』

 

 MS隊が必死に実弾を見舞うが、それらをことごとく弾くのはマリオネットのように項垂れる三番目の使者であった。

 

「《サードアルタイル》……」

 

「我の乗って来た舟がこのように攻撃に晒されるとはな。だがこの時点での人々の叡智ではまるで届かぬとも。《サードアルタイル》は我の次元宇宙において、遥かな高みにある。それに対して、この宇宙の野蛮なる人類は牙を剥く事しか知らぬのか……」

 

 火線が舞い散る中で、大隊を掻っ切ったのはMS大の機体であった。

 

 その腕に四枚の刃を構築させ、放たれた重力の切断面が地球連邦のMSを溶断していく。

 

 切断面はまるで鮮やかで、斬られた事さえも人々は気付けない。

 

 ――否、それの真価は「切断」という概念にある。

 

 この世において「斬絶」出来る存在ならば、MF04――《フォースベガ》の叡智はすべからく届く。

 

 よってそれは、この世界の理でさえも同義。

 

 大きさだけは他のMFよりも小型でありながら、その躯体を活かしてMS大隊を突っ切り、腕を薙ぎ払う。

 

 瞬間、断ち切られたのは空間そのものであった。

 

 だが彼らには結果として巨大なる溶断が大規模でもたらされた、という事象を生み出す。

 

 切断された宙域が収縮爆発を引き起こし、まだその域に達していないクルエラ級の艦隊を包み込んでいく。

 

『何が起こったんだ! 宇宙が……割れる……?』

 

「次元の地平線でさえも断ち割るだけの力を持つMF04は、この時点ではまるで解明出来ない魔であった事だろう。その証拠に、見てみるがいい。彼の者達は自分達が概念として“切断された”事にさえも気付けないまま死んで行く」

 

《フォースベガ》の本懐は「切断可能な事象全ての斬絶」である。

 

《フォースベガ》が振るった刃はこの次元宇宙では決して観測されない、完璧な溶断兵器であろう。

 

 刃を流転させ、《フォースベガ》は鋭い眼光で大艦隊を睨む。

 

 その睥睨の眼差しはどこかで見覚えがあった。

 

「……《フォースベガ》の基礎設計は……レヴォルと同じ……?」

 

「この時点では《オルディヌス》であっただろうがね。《フォースベガ》は君達の次元宇宙に近い技術で構築されている。だからこそ、叡智が届いたのだろう。しかし、ここまで愚かしく我と、そしてMFに立ち向かっていたとはね」

 

 MSが《サードアルタイル》を粉砕せんと直進していくが、装甲を射抜く事さえも出来ずに特攻し、やがて散っていく。

 

「やめろ……これは無意味だ」

 

「今さらだろう。そしてこれは記憶だとも。“夏への扉事変”において、そちら側が行った愚行の記憶だ。モビルフォートレス――決して破壊出来ない事だけを証明した、敗残の記憶だとも。何故だと思う、エージェント、クラード。何故、お前達はMFに傷一つ付けられなかったのか」

 

 不意打ち気味の質問に、クラードは今も光輪が舞う宙域へと歩を進めて応じる。

 

「……技術が足りなかった。いいや、叡智か。全ては無知であったからこそ、このような犠牲を生んだ……」

 

「そうだ。だが無知であったとして、これはせいぜい二十年程度前の記憶だとも。どうしてこのたった二十年で、この次元宇宙の人類はミラーヘッド、有機伝導体操作技術を確立出来たのか。その謎にまだ肉薄出来ていないぞ」

 

「……何が言いたい、貴様は……」

 

「思い出してみるといい、クラードよ。何故、テスタメントベースには全てがあったのか。そう教えられたのは何故なのか。お前達の旅路の果てにあったあの結果は、一体何であったのか。お前は、我と邂逅するために存在していた」

 

「……どういう、意味だ……」

 

 白い老人は世界を見据え、手を払う。

 

「少しだけ、時を戻そう。この“夏への扉事変”にて、君達はMFの破壊は不可能だと判定した。だがその数年後、ダレトより技術恩恵を得た者が居る。その人間の名前は記されていないが、彼らは形式として、こう名乗った。エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー、と言う名を」

 

「エーリッヒ……?」

 

 どうしてなのだかその名は、忘れてはならない名前である事が今、克明に分かっていた。

 

「彼奴等は我の名を騙り、技術恩恵をこの次元宇宙にもたらした。それと同時に、MFのパイロット達とも出会っていた」

 

 場面が切り替わり、デブリの浮かぶばかりの月面宙域から建造中のテスタメントベースへと視線が引き移されていく。

 

 テスタメントベースはオートマタによって開発されていたが、その中心軸に眠っていたのは転写された人格データを有する頭脳であった。

 

「……あれは、貴様か」

 

「こうして形状を保っていられるのは悔しいが彼らのお陰でもある。我は《ファーストヴィーナス》のパイロットよりも僅かに速く、この宇宙に到達し、そして最も優れた知性体とのコンタクトを試みた」

 

「最も優れた知性体……?」

 

 その時、不意に世界が鳴動し、砂嵐の向こう側より声が発せられる。

 

 どうしてなのだか、それは子供の声を伴わせていた。

 

『エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー。その叡智、そして力は驚嘆に値する』

 

『よって貴君を滅却、後にこのテスタメントベースに封印する。これで三番目の使者の動きは封殺されたか』

 

『だが、あまりにも迂闊であった。我々が第一次接触をしなければ、他の者が叡智を手に入れていたとなれば結果は大きく違っていただろう』

 

『しかし賢明であったのは、エーリッヒが我々に対して友好的であった事。彼を解体し、その持ち得る頭脳を解析した結果、もたらされたのは遠からぬ未来でのMFのパイロット達の応戦……。月軌道は数十年単位で人の手を拒むようになるぞ』

 

『だがそれも已む無し。ヒトの叡智は万能ではない。よって、我々が導く。そのための三番目の使者だ。彼の者は我々に力を与えた。月軌道で無数の命が散る事になるであろうが、仕方あるまい。月面に出現した超空間をこれより“月の扉(ムーンダレト)”と呼称。彼の者の攻撃が見られたとしても、それはあるべき断罪。生贄は捧げよう。これも仕組まれているのだからね』

 

「……こいつらは……」

 

「我の関知範囲をまるで凌駕する……。我でも、彼らの姿かたちを完全に把握は出来ない。しかし、彼らに接触を図った我は分解、解体、解析され、テスタメントベースの礎となった。そうして、我より全てを奪った者共は、我が名前さえも奪い去り、月のダレトの基礎設計理論を打ち立てた。それによって、この次元宇宙の人類の技術体系は跳ね上がり、ミラーヘッドの技術、量子転送、有機伝導体操作技術などを確立した。……もっとも、我の次元においてのそれは最早、千年以上の前の技術規範であったが……彼らはそれでもよかった。この宇宙を支配するのに、圧倒的な技術のギフトが存在するダレトを説明するのには、打ってつけであったのだ」

 

「……彼ら……彼らとは何だ。貴様の言い分では、ダレトから訪れるMFの攻勢は予見されていたと言うのか」

 

「予見されていても逃れる事は出来なかった、と言えよう。MFの存在をしかし、知っていたからこそ、彼らは手を打てた。MFのパイロット達との邂逅はその一つであろう」

 

 またしてもノイズの砂嵐の向こう側にて、向かい合う者達との相克が明らかになる。

 

「……こいつらは……俺、なのか……」

 

「勘付いてはいたのだろう? エージェント、クラード。MFを動かせる者達は、あの時。《シクススプロキオン》を討伐した際に。次元同一個体、ドッペルゲンガー……どうとでも言い換えられるが、我の言葉ではこう呼ぶ。扉の向こうより来たりし新たなる存在――波長生命体と」

 

「波長……生命体……」

 

「彼らもまた呼ばれたのだ。我々は脳の一部が進化し、呼び合う性質を持っている。この次元宇宙に招かれたのはそれぞれに理由はあるのだろうが、恐らくは似たようなものであろう。我々はそれぞれの宇宙にて、英雄的働きを行い、その果てに次元宇宙を超える力を手に入れた。ある者は、力を。ある者は、叡智を。ある者は、伝道者として。それを抱えたまま、呼び合う場所へと向かった。……だがその結果がこの様では、誰も報われまい」

 

 ノイズの向こう側へと視線を向ける者達は、それぞれ細部の違いはあろうとも、大雑把に見れば金髪に、赤い瞳を持つ――。

 

「……俺、なのか? どうして、俺が……」

 

「エージェント、クラード。お前がレヴォルに選ばれたのは偶然でも何でもない。全ては決められていたのだ。遥かなる次元の意思によって。呼び合う運命によって」

 

 クラードは膝を折る。

 

 一名だけはヘルメットを被っていたが、もう二名は素顔を晒し、ノイズばかりの地平の果てへと声にする。

 

『……我々は交戦を望んでいない。だと言うのに、どうして攻撃して来たのか』

 

『僕も言わせてもらおう。あなた方がこの次元宇宙において優れた知性体だと言うのならば、戦いは回避出来たはずだ。だと言うのに……あんなに死なせる事はなかった……』

 

 歩み出た二人にノイズの向こうの者達は冷徹に告げる。

 

『貴君らがこの次元宇宙に招かれた事は知っている。それは呼び合う性質だとも』

 

『しかし、この次元宇宙は遥かに未発達である。通常の人類とのファーストコンタクトは、思わぬ軋轢を生み出しかねない。よって我々が矢面に立つ』

 

 まだ少年の年かさと思しきほうはうろたえた後に尋ね返していた。

 

『……僕らに自由はないのか?』

 

『残念ながら、君達はあまりに同朋を殺し過ぎた。このまま何の咎も受けずにこの宇宙の人類が受け入れられると思っているのかね?』

 

 それは、と口ごもった少年に少女のほうが歩み出る。

 

『だが、敵意を向けてきたのはそちらである。抵抗は致し方なかった』

 

『そう、致し方なかった。よってこれより、約定を設ける』

 

『……約定……?』

 

『MFによる戦闘の全面停止。そして、貴君らにはあの扉を護ってもらおう。今もあちら側からの物質を送ってくる、大虚ろを』

 

『……ダレトを護れと言うのか? しかし、それならばこの次元宇宙の人類が適任のはずだ』

 

『言ったはずであろう。貴君らはあまりに力に特化し過ぎている。同朋殺しを行ったその手は血に汚れているはずだ』

 

『ならば、贖罪の道として扉を護り、そして想定されている時が訪れた際、貴君らは晴れて、それぞれの次元宇宙における英雄的働きを称賛される。それまで待ってもらいたい』

 

『……分からないな。我々に、世界の敵意を一身に受けろと?』

 

『そうしなければこの次元宇宙は崩壊してしまうであろう』

 

『左様。我々はこの宇宙を預かる優れた知性体として、貴君らを罰する義務がある。これは罪に対しての順当な罰なのだ。貴君らは罪を犯した。逃れ得ぬ罪状は、同族殺しとして縛り続けるであろう。しかして、戻るような手段がないのは既に理解している』

 

『……そうだ。僕らは戻れない……。どれだけ“ガンダム”の力が強大であっても、退路なんてないんだ……』

 

 少年の言葉の既視感にクラードは目を戦慄かせる。

 

 今、この少年は何と言ったのか。

 

 少女のほうはノイズの向こうに対して攻撃的に応じる。

 

『……気に入らないな。全てが計算通りのようで』

 

『なに、護れと言っているのは何も我々の同族を、と言う意味だけではない。ダレトの向こう、貴君らの保護すべき人々が居るはずだ。それに対しての防衛措置に成れば、貴君らも満足するだろう?』

 

『……我々に、扉を潜って来た私達に……脅迫すると言うのか』

 

『とんでもない。これは約定だよ』

 

『これを貴君らが守るのならば、我々は決して約束を違えない。この次元宇宙には然るべき手順で技術とギフトを与え、そして発展させる。貴君らが望んでいるように、人類の進化への貢献としてね』

 

 少女は凶悪に奥歯を噛み締めた後に、その鋭い赤い双眸で睨み上げる。

 

『……貴様らは悪魔だ。やはり最初にここに来た時……滅ぼすべきだった』

 

『だが滅ぼし合いの先に何が待っている? それは緩やかなる死だよ』

 

『そ、そのはずだ! 僕だって同じように思っている! ……正直、こっちの時空でも《エクエス》が運用されているなんて思いも寄らなかったが、もしかすると僕の居た時空とここは近いのかもしれない。ならば、少しは交渉の余地はある』

 

『ほう、四番目の使者のほうが賢明に映る。名は?』

 

 少年は唾を飲み下した後に、彼らに応じる。

 

『リーブス。――ザライアン・リーブス』

 

 少女は名乗らない。その気高い気質はこの段になっても名乗るのを拒否していた。

 

『ではザライアン・リーブスと、そして気高い獅子のような瞳を持つ使者よ。こちらで名前を当てがっても構わないか』

 

『……どうとでも呼ぶがいい。私は、任務を全うするだけだ。お前らの思惑など知った事か。私と《ネクストデネブ》は怒りをもって、この次元宇宙を焼き尽くす。それまで止まらない』

 

 胸元に留めていた懐中時計状の物体を僅かに挙動させる。すると、瞬時に奇形の宇宙服に身を纏い、少女は踵を返していった。

 

『……貴君はどうするかね。第一の使者』

 

『……守りましょう。月の扉を。どうせ、この次元宇宙に堕ちた時点で、あなた方の策に溺れたも同然。ただし、条件がある。私の身柄を追わないでいただきたい。《ファーストヴィーナス》の力を貸すが、それが条件である』

 

『なるほど、呑もう』

 

 その言葉を潮にして第一の使者は空間を跳躍して立ち去って行った。

 

 残されたのは、第四の使者である少年のみだ。

 

『貴君はどう動く? MF04は我々の時空と近しいものを感じる。貴君の行動次第で、この次元宇宙の人々の生活圏は様変わりするであろう』

 

 少年は何度か言葉を紡ぎ損ねた後、意を決したように唇を引き結ぶ。

 

『……それが英雄の……役目に近いのならば。僕は喜んでこの身を差し出そう』

 

『よく言ってくれた。ザライアン・リーブス。MF04に先遣隊を送り、その技術を提供していただきたい。それが翻ってみれば、貴君の訪れた意味であるのだろう』

 

『……ただし、条件はこちらもある。僕がMFのパイロットである事は、公には……』

 

『約束しよう』

 

『貴君にはこれより、木星船団の師団長として、この世界に馴染んでもらおう。この身分ならば隠れ蓑にはちょうどいいはずだ』

 

『先ほどの少女は王族親衛隊に招くとよいだろう。どうせ帰る道もないのだ。ならばそれに相応しい身分こそが、その身を守る事に繋がる』

 

『……一つ聞かせてくれ。あなた方は……この世界を守るために、僕達と約束を果たすんだな?』

 

『それは当然であろう。我々は知性体として、君達とコンタクトを取り、この世界の人類を代表する義務がある。しかし……幻滅しないで欲しいのは、まだこの次元宇宙の人々は何も学んでいない』

 

『幾度となく、月のダレトに立ち向かう事であろう。当然、MFにも』

 

『ともすれば突破されれば、貴君らの辿って来た次元宇宙を破壊される事にも成りかねない』

 

『そんな……それだけは駄目だ! やめさせてくれ! ……どれだけの犠牲だって払う!』

 

『ならば務めよ、ザライアン・リーブス。全てを守るために、戦え。たとえどれほどの恩讐と怨嗟を受けようとも、それがこの次元宇宙に堕ちてきたと言う意味なのだ。貴君はMFで抗い、戦い、その果てに平和を掴み取れ。それが出来なければ、剪定事象として、貴君の故郷は消え去るであろう』

 

 どれほどの時間が、どれほどの迷いがあったのだろう。

 

 クラードは自分と似通った相貌を持つ少年の決意を聞いていた。

 

『……故郷を守る。ヒトを守る。……それが“ガンダム”の乗り手の役割だ』

 

「ガン、ダム……」

 

「その通り。これは偶然の一致か、あるいは事象の集約か、彼らと我の乗って来たMFはそれぞれ、ガンダムの名を冠していた。その名は――《ガンダムレヴォル》。これは奇縁としか言いようがないだろうな。この次元宇宙で抗うために用いられた機体もまた、《ガンダムレヴォル》と言う名であったのは」

 

 クラードは立ち上がり、暗礁に沈んだ調停の間を満たす哄笑を耳にしていた。

 

『短慮、短慮よ』

 

『所詮、我らに比すれば彼らは訪れただけの存在。知らぬまま敵意を向けられるのは悔しかろう』

 

『だが……我々の生存を脅かす天敵は最大限にまで利用させてもらう。波長生命体、その本人には自覚がなくとも、貴様らは時空侵犯者――特異点なのだから』

 

 この者達は、今もこの宇宙を支配しているのか。

 

 この来英歴を、裏から操っていると言うのか。

 

 訪れし使者達の思惑を弄び、その結果として自らの保身に走った知性体――。

 

 クラードはノイズの向こうへと踏み出していた。

 

 壊すべきは、倒すべきは、叛逆すべきは――。

 

「……俺は貴様らのような存在のために、これまで戦ってきたんじゃない。俺は……! 俺の意志で、叛逆を続けてきた! 断じて! 貴様らのような存在を容認するためじゃない!」

 

「ならば決めよ、エージェント、クラード。彼らに立ち向かうと言うのか。MF達でさえ……訪れし使者達でさえも欺いたこの次元宇宙の膿に」

 

 クラードはすっと指鉄砲を向ける。

 

 それは撃つべき相手を決めた眼差し。

 

「俺は俺の叛逆を続けるのみだ。後悔なんてしない。こいつらが俺の道を阻むのならば……俺の敵に違いはない」

 

「だがその結果論として、同朋は大勢死ぬであろう。それでもいいのか?」

 

「……俺はこれまで、数多の屍の上に成り立ってきた。そういう生き様だ。ならば、俺は振り向かない。もう……振り向いて堪るか……!」

 

「エージェント、クラードよ。これは真実の一部分に過ぎない。彼らに肉薄するだけの手段は我には存在しない。こうしてお前と溶け合い、融合し、夢に干渉して真実を伝えていたとしても、だ。お前は醒めればきっと、こんな事実を忘れてしまう。煉獄に堕ちている事など、忘れて、目の前の戦場に躍起になる」

 

「……だが偽りでも知ってしまった。なら、俺には抗うだけの意志がある。ガンダムが敵の名前であろうとも、知った事か。俺は俺のためだけに生きている。《ガンダムレヴォル》が叛逆の名前なら、俺は示そう。それはきっと……間違いではなかったと」

 

 白い老人は再び暗礁に沈んだ世界を仰ぎ、静かに瞑目していた。

 

「……お前に力を与えたのは、そのような言葉を聞きたかったからなのかもしれないな。これも我の願望か」

 

「貴様は……三番目の使者なのだな」

 

 向き直ったこちらに老人は――エーリッヒはその瞳を据える。

 

「……こうしてお前に真実を見せても、何が敵かを説いても、目を醒ませば、うつつに戻れば、忘却してしまう。そういう風に出来ているのだ。我は、お前に希望を見出し、テスタメントベースで融合した。……そうしてこの三年間、お前と共に在った。お前はどのような絶望的な戦局でも抗い、そして自身の牙を突き立ててきた。だが、それでさえも無為なのだと、彼の者達は言うであろう。辿りつけなければ同じ事だ。我が力を貸しても、たとえ他のMFのパイロット達が約定を破って抗ったところで、既に彼らは手を打っている。見るがいい。あれが第五元素――お前の言う《レヴォル》がこの宇宙に訪れた姿だ」

 

 振り仰いだ先には宇宙の大虚ろたるダレトより抽出されたアタッシュケースほどの大きさしかない物体を捉えていた。

 

 それは自分が最初に出会った《レヴォル》の姿そのものであり、自分を見初めた原初の姿かたちだ。

 

 観測衛星が捕獲し、やがて巨大な重力を帯びているダレトより離れていく。

 

 その流星を眺め、クラードは声にしていた。

 

「……俺は俺を阻む全てへの叛逆を誓う。誰のためでもない、俺のための……」

 

「戦うのだな? この世界がどれほど無情でも。退路なんてなくっても」

 

「……退路は必要ない。俺は……進み続けるだけだ。命がある限り。……そう言えば右足と左足を、交互に前に出せば進めるなんて、ご高説も垂れたっけな……」

 

 世界は白い闇に押し包まれていた。

 

 屹立するのは空想の簒奪者の右腕を有する異形――《ダーレッドガンダム》。

 

「では立ち向かえ。お前はしかし、遥かに困難な道を歩む事になるであろう。その先に待っているのは、望むものではないのかもしれない」

 

「……それくらい、理解しての行動だ」

 

 瞬間、世界が裏返り、白い闇の彼方へと意識の消失点は打ち消されていた。

 

 

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