機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第143話「現世の闇よ」

 

 あまりにも身体が重く、自身の胸元に手をやろうとして、その腕が鎧に固められているのを認識する。

 

「……これ、は……」

 

「おっ、ようやく起きたか。まったく、MSの中で眠りこけちまう奴が居るかよ」

 

 サルトルの憎まれ口に、クラードはようやく、網膜の映し出した世界を認めていた。

 

「……俺は……」

 

「無理して動くな。疲れが出たんだろう。ったく、それにしたってもう六時間だぞ? さすがに寝とぼけているか?」

 

「これ……鎧……」

 

「ん? おお、それじゃあ動けんな。一応はRM施術痕へと合致するシステムは切ってあるが、重いか?」

 

 首筋に埋め込まれた排出ボタンを押し込み、クラードはようやく自由になっていた。

 

 浮かび上がった肉体が僅かに軋んで、首に手をやる。

 

「……六時間だって? 状況は……」

 

「張り詰める必要は、しばらくはなさそうだがな。カトリナ女史達の交渉が上手くいって、今はブリギット艦のほうにトライアウトジェネシスの連中が集まってきている」

 

「ジェネシスの……? 意味が分からない……」

 

「まぁ、ちょっとした込み入った事情ってのがあったって事だ。お前も、大丈夫なのか? 一応、ヴィルヘルムの診療を受けたほうがいいかもしれん」

 

「ああ、そうするよ。……何だか随分と長い……夢を見ていたような気がする」

 

「頼むから、夢見がちでMS戦なんてやめてくれよ。お前は要なんだからな」

 

「誰に言ってんのさ」

 

 サルトルとハイタッチを交わし、クラードは格納デッキを流れていた。

 

 その途上で見覚えのない人員を数名目に留める。

 

「……軍警察の軍服……。俺が眠っている間に何が……」

 

 そう考えてエアロックを潜ろうとした途端、道を阻んだ小さな影にクラードは目を瞠る。

 

「……あんた、確かアルベルトの……」

 

『く、クラード……さん。えっと……起きたんですね』

 

「……ラジアルの妹か」

 

『そ、その覚えられ方、不服なんですけれど……』

 

 シャルティアはどこか不承気にバイザーの向こう側で頬をむくれさせる。

 

「現状は? どうなっている」

 

『あ、それ……一応クラードさんを見て来るように言われたんですけれど……』

 

「けれど、何だ? 含みがある言い草だが」

 

『い、いえっ! ……ただ何か言う事くらいはあるんじゃないですか?』

 

「言う事……シャルティア・ブルーム。俺がお前に言う事があると言うのか? ……何だ?」

 

 こちらが首を傾げている間に、シャルティアは心底呆れ返ったかのように告げる。

 

『……本当に、無頓着なんだ……。もういいです! ……別に、私だって謝られたいわけでもないし』

 

「謝る? 俺に過失があるのか」

 

『……だから、いいんですってば! ……エージェント、クラードさん。現状、オフィーリアは戦闘待機。トライアウトネメシス艦、ブリギットへと補充要員を充てているところです』

 

「エンデュランス・フラクタルでか」

 

『いいえ……。これは報告されていなかったかもしれませんが、エンデュランス・フラクタル上層部を……シンジョウ先輩達は見限るそうです』

 

 思わぬ言葉にクラードは目を見開いていた。

 

「……何故だ、と問いかけるまでもないのか。前回仕掛けてきたのはエンデュランス・フラクタルの新鋭艦だったからな。どこかで裏切りがあったと見るべきだろう。しかし、割り切るにしてはあまりにも思い切りがいい。……何かあったな?」

 

『……察しがいいんだか悪いんだか……。ええ、軍警察、トライアウトジェネシスの一派より、こちらと合流したいとの旨があり、シンジョウ先輩達はこれを承諾。行き先はジェネシスの擁するコロニーとなっております』

 

「ブリギットは? 今どうなっている?」

 

 クラードは立ち話をしている状況でもないと察知し、無重力区画を抜けていく。

 

 シャルティアは必死に追いすがって言葉を継いでいた。

 

『ブリギット級はトライアウトジェネシスからの充填要員を経て、これより我が方であるところのオフィーリアと同時作戦に打って出ます。……でも、何でだか、シンジョウ先輩はこれまで仕掛けていた軍警察と手を組むなんて……』

 

「敵の敵は味方理論だろうな。俺もまさか、エンデュランス・フラクタルとマグナマトリクス社を含む統合機構軍がそこまで黒いとは思っていなかった」

 

『……それ、本当に分かっていなかったんですか?』

 

 こちらの顔を覗き込んでくるシャルティアに、エレベーターの前で待ち合わせたクラードは一瞥を振り向ける。

 

「……どういう意味だ」

 

『……クラードさんは分かっていて、あの時……シンジョウ先輩が罠に嵌められた時に行動していたんじゃないですか。だってそうじゃないと、《疑似封式レヴォル》であそこまで踏み込めないんじゃ? この艦じゃクラードさんを疑うような人って居ませんけれど、私からしてみれば、冷静になればその線も出てくる話です』

 

「……馬鹿ではないらしい」

 

『馬鹿って……! 嘗めるのも大概にしてもらえます?』

 

 クラードは片耳にはめていた小型インカムをシャルティアに差し出す。

 

 シャルティアは怪訝そうにしながらバイザーを上げ、それを手に取っていた。

 

「……何です、これ……」

 

 耳にはめた途端、信号が発せられシャルティアは思わず取り落とす。

 

「……RMでしか分からない暗号通信だ。これで俺は独自に、エンデュランス・フラクタルと、そして軍警察の動きを追っていた。もちろん、騎屍兵の連中もな。俺に協力する酔狂な奴が居て、そいつと形式上、組んでいる。ロキ、と相手は名乗っているが」

 

 しかしそのロキもあちらからの一方通行の情報以外はまるで不明。

 

 恐らくは互いを最大限に利用する程度の関係性だろう。

 

 拾い上げた自分にシャルティアはむっとしてこちらを睨み据える。

 

「……何だ。そこまで怒る事じゃないだろう」

 

「い、いいえ! 怒りますよ! ……私の事、どうせ愚かだとか思ってるんでしょう!」

 

「……愚かとまでは思っていない。少しばかり迂闊だが、頭はキレるほうだろう。そうでなければ俺への疑いなんて持たない」

 

『……よく分かりました。クラードさん、結局シンジョウ先輩とアルベルトさん達以外は信用していないんでしょう』

 

 バイザーを下ろしたシャルティアにクラードはインカムを耳にかけ、到着したエレベーターに乗り込んでいた。

 

「……俺が信じるに決める奴は、俺自身で見出す。それだけだ。誰かの評価だとかは当てにしていない」

 

『そ、それって結局……! 私は一生、信用してもらえないって事じゃないですか』

 

「あんたの事は信頼はしていないが、信用はしている。エンデュランス・フラクタルが黒だって分かっても、逃げていないんだからな」

 

 こちらの評にシャルティアは言葉を詰まらせる。

 

『そ、それは……だって私はエンデュランス・フラクタルの本社の人間である以上に……委任担当官ですから』

 

「……そこは譲れないんだな。カトリナ・シンジョウもあんたも」

 

『だ、だって、仕事じゃないですか……』

 

 言葉尻が僅かに下がったのは自信をなくしかけている証だろうか。クラードは嘆息をついて、一言だけ言い置く。

 

「……あんた、でもつまらない人間じゃないよ。それだけは、ハッキリしている」

 

 その是非を相手が問う前にエレベーターが稼働し、シャルティアの姿は扉の向こうに見えなくなっていた。

 

「……だが俺はどうなんだろうな。俺自身もつまらないのかもしれない」

 

 独りごちるような気分でもないはずなのに、どうしてなのだか、今は弱気であった。

 

 しかし、ここで足を止めているような場合でもなし。

 

 管制室へと辿り着いたクラードはエアロックの向こうへと潜る。

 

「状況は?」

 

「クラード? もういいの?」

 

「疲れが出ていただけだ。それだけで艦の守りを疎かにするわけにはいかない」

 

 レミアとバーミットが管制室についていたが、それ以外にも数名の見覚えのない人員が詰めていた。

 

「……こいつらは……」

 

「もう聞いているかもしれないけれど、軍警察……トライアウトジェネシスの方々よ。その中でも信用に足ると、こちらに申し出てくれた方々」

 

「……人質だろうに」

 

「それは言わない約束なのよ。彼らだって死にたくはないはず。しっかりと仕事はしてくれるわ」

 

 クラードは艦長席の背もたれを握ってレミアへと問いかける。

 

「……疲れてる?」

 

「あなたに言われるほどでもないわ。頭痛薬の量も減っているし、今は安定よ。ただ、ね……。色々起こってしまっていて混乱って言うのは本当」

 

「……エンデュランス・フラクタル……いいや、統合機構軍全体か。それが黒だったって言うのは」

 

「確定に近い事項ね。そもそも《ネクロレヴォル》をエンデュランス・フラクタルの新鋭艦であるモルガンが扱った時点で癒着は想定されるべきだったけれど」

 

「敵勢の動きを知りたい。モルガンはどこに位置取っている?」

 

 メインモニターに映し出された敵艦との相対距離と、並行して航行するブリギット艦の位置情報がポインターとして表示される。

 

「私達が向かうのはコロニー、ルーベン。軍警察の趣が強いコロニーだけれど、ジェネシスの管轄だから、統合機構軍に頭を押さえられる可能性は低い」

 

「だがこの航路は本社組からしてみれば俺達がその思惑を察知したと勘繰られる」

 

「それに関してはもう、カトリナさんがね。結論をぶつけようとしているみたい。……とは言え、心配と言えば心配だけれど」

 

「……カトリナ・シンジョウはどこに居る?」

 

「あなたにはカトリナさんの心配よりも、あなた自身の継続的な戦闘能力の心配と、《ダーレッドガンダム》の運用に関しての心配をして欲しいわね。正直、あれはブラックボックスなのよ。もう少し詳細が分かればいいんだけれどデータは……」

 

「統合機構軍の物、か。歯がゆいな。俺達が奪還したものがまだ相手の手の中だと言うのは」

 

「それだけなら……いいんだけれどね」

 

 そこまで口にしてレミアは憂いを打ち消していた。

 

「レミア? 何か懸念事項でも」

 

「……いいえ、言いっこなしって言う奴ね。カトリナさんがあれだけ頑張っているんだもの。私が安住の道だけを選ぶわけにはいかないわ」

 

「……俺は格納デッキに戻ったほうがよさそうだな」

 

「ええ、そうね。戦闘待機だもの。それに、カトリナさんは今だけは、彼女の職務を彼女自身が全うしなければいけない。そればっかりは肩代わり出来ないもの」

 

「委任担当官としての仕事、か……」

 

 つい先ほどの口論が思い出され、クラードは身を漂わせていた。

 

 それにしたところで軍警察、ひいてはトライアウトジェネシスの人員に隙は見られない。

 

 このようなところで隙を突かれるような間抜けが居ないのもあるだろうが、それ以上に切り詰めている。

 

 ブリギットはオフィーリアと相対距離を合わせている以上、あちらの艦にも充分な人員が拡充されたと思うべきだろう。

 

 ある意味では、自分達の領分をトライアウトの連中に占められているようなもの。

 

 だが、レジスタンス組織なだけの形態では、決して統合機構軍に牙を剥く事など出来ないはずだ。

 

 その点では離別を強いなければいけない部分もある。

 

「……その決定は、俺ではなく、委任担当官としての仕事、か。俺が出来るのは……破壊と奪還だけ……」

 

 自らの手に視線を落とす。

 

 その手が二重像を伴ってぶれたのを感じ、一瞬だけ白い闇の世界が視界を覆った感覚に、クラードは目を拭う。

 

 直後には視界は平常通りになっていた。

 

「……俺は、何かを……忘れている?」

 

 だが手から滑り落ちたものが何なのか――確かめる術は永劫、失われているような気がしていた。

 

 

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