機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第144話「撃つべきあなたへ」

 

「……そうですか。呼びかけ、ご苦労様です。はい……私は……カトリナ・シンジョウはその線で……はい」

 

 長距離通話を切り、カトリナはネクタイを締め直して自分を鼓舞しようとしていたが、やはり上手くは行かない。

 

 そもそもこれまで支援を受けていた組織からの決別など、簡単に出来るはずもなし。

 

「……でもそれが私の仕事でしょう、カトリナ……」

 

 通信を繋ぐ。

 

 いつものタジマは現れず、代わりのようなガイド音声が流れていた。

 

『こちらエンデュランス・フラクタル、外部通信部門です。ご用命の番号を通知してください』

 

 秘匿通信の番号を打ち込むと、今度こそタジマが現れるかに思われたが、通信先に居たのは意想外の人物であった。

 

「……何、で……」

 

『お久し振りです、カトリナ様』

 

「ピアーナ……さん……?」

 

 だがどうして。

 

 ピアーナはモルガンの艦長だと聞いていた。まさか通信傍受か、と今さら思い至った考えに、ピアーナは三年前とさして変わらないかんばせを誇りつつ、声にしていた。

 

『この通信はエンデュランス・フラクタル……つまりこれまで貴女方が支援を受けていた番号で間違いないですよ。ただ、タジマ営業部長は別の職務でお忙しいようですので、わたくしが介入いたしました』

 

「……ピアーナさん。あなたは……」

 

『カトリナ様。わたくしが言える事は少ない。ですが、端的に申し上げるのならば。――わたくし達と戦うつもりですか?』

 

 分かっている。

 

 いや、分かっているつもりであった。

 

 エンデュランス・フラクタルを見限るという事は、これまで味方であった人達に銃口を向けるという事。

 

 どれだけ言い繕っても消えない、その事実を今はピアーナの口から突きつけられているだけ。

 

「……でも、逃げないって決めたんです。ピアーナさん。私は……この世界に叛逆します」

 

『それは貴女の意思ではないでしょう。クラードに言いくるめられましたか? それともレミア・フロイト艦長らに? アルベルト様を放っておけませんか?』

 

 ピアーナは全てを理解しているような口ぶりであったが、それでも自分の。これまでの三年間の積み重ねだけは、理解しようとしても出来ないようであった。

 

「……いいえ。これは私の決めた、叛逆です。この三年間……言い逃れの出来ない醜態を晒してきました。どれだけ無様でも、どれだけ無謀でも、それでも明日はあるんだって……そう信じて戦ってきました。その先に待っているのがどれだけ残酷でも……受け入れるって……」

 

『ですがカトリナ様。貴女に反抗勢力の旗印なんて似合いません。今からでも遅くはない。我が方に降ると言ってくだされば……一言言ってくだされば。わたくしの用命で貴女を……殺さずに、最低限度の損耗だけでどうにか出来ます。前回の戦闘でそれが分かったはずです。騎屍兵を本気で稼働させれば、わたくしならば前回、オフィーリアを轟沈出来た。しかし、そうしなかったのはわたくしの弱さでもある。……こんな機械の身体でも、温情だけはあったのでしょうね。カトリナ様、三年前に貴女に命を拾われてから、わたくしの命は貴女のためにあります。だから……無理をして、その果てに擦り切れてしまうような貴女を見たくないのです。どうか、ご決断を。貴女の命一つくらい、わたくしでも守れます』

 

 ああ、きっと。

 

 ピアーナは三年間、変わっていないのだろう。

 

 与えられた命。与えられる命令。

 

 それらのタスクを順当にこなし、彼女はこの地位に居る。

 

 自分とは天と地ほどまでに離れてしまった、その職務に。

 

 だが、自分は。

 

 カトリナは拳をぎゅっと握り締める。

 

 ここで逃げては、誰にも顔向け出来ない。

 

 クラードにも、アルベルトにも。

 

 これまで散って行った、何もかもに――。

 

「……ピアーナさん。私は、でももう逃げられません。だって、もう私は……カトリナ・シンジョウは、たった一人で立っているわけじゃない。たった一人なら、三年前の自分なら、逃げられたかもしれない。でも、もう駄目なんです。……私は、オフィーリアを束ねるカトリナ・シンジョウ。血濡れの淑女(ジャンヌ)です」

 

『……その言い草は、だって狡い……』

 

 悔恨を滲ませたのも一瞬、ピアーナは金色の瞳を据えていた。

 

『……了解しました。これで貴女とわたくしは敵同士。どちらかの命尽きるまで、互いに喰らい合うしかない。……残念です、カトリナ様。命の恩人を、撃つ事になるなんて』

 

 誰がこんな世界にした――と文句を垂れるのは勝手だが、それはきっと逃げ口上だ。

 

 自分達の選択が、この世界を構成している。

 

 その選択肢の咎から逃れ、責からも逃れた先にあるのは、何もない虚無のはず。

 

 ならば、自分は逃げない。

 

 彼らに、死んで行った者達に報いるために。

 

 何よりも、生きている彼らのために。

 

「私は、あなたを恐れません。ピアーナさん。あなたがどれほどの力をもって私達の道を阻もうと、それでも私は決して……振り返る事だけはない」

 

『……貴女達が逃げ込む場所はもう割り出してあります。コロニー、ルーベン。この航路を取った以上、エンデュランス・フラクタルへの叛意と判断し、最新鋭艦モルガンの艦長であるわたくしは、貴女方を撃沈します』

 

「……来るのなら、来てください。それであなたの……気が済むのなら」

 

『……戦うと言うのですね? あくまでも自分の意地を通して』

 

 ――分かっているとも。

 

 ピアーナも逃げて欲しいと願っている。

 

 自分に、逃げて、言い訳をして、その結果として何一つ決められず、月軌道決戦のように。

 

 自分の殻に閉じ籠って状況を打開しようともしない。

 

 弱かった「カトリナ・シンジョウ」に戻って欲しいのだとも。

 

「……はい。私は――あなた達を、倒しますっ……!」

 

『……こうして顔が見れたのは、幸運だったのか不幸だったのか。平時なら、わたくしが割り込むような隙もないのですが……今だけはあった千載一遇の好機。ゆえにこそ、貴女には……死にに行ってほしくなかったのもありますが』

 

「ピアーナさん。私は死にません」

 

『それはわたくし達を殺すと言う意味でしょう』

 

 違う、と言いたい。

 

 殺し殺されだけの世界なんて間違っている。

 

 そんな――綺麗ごとを並べて、今も決断を保留し続けたい。

 

 しかし、もうそんな時期は過ぎたのだ。

 

 もう、弱かった頃には戻れない。

 

「……撃つしか……ないんですか……」

 

 それでも、苦渋が滲んでしまったのは。

 

 決断に、僅かな間違いがあったかのような痛みを覚えたのは、きっとまだ決断出来ていない証であろう。

 

 ピアーナと殺し合いたくない。

 

 いいや、ピアーナだけではない。

 

 誰とも、撃ち合いたくないのだ。

 

 だが、もう不可能になってしまった。

 

 もう戦場で出会うしか、出来なくなってしまった。

 

 その決断を下したのは他でもなく自分自身だと言うのに。

 

『……カトリナ様。わたくしはもう迷いません。わたくしは……ただのライドマトリクサーであり、そして企業に徴用される存在です。貴女方のような反抗勢力を駆逐する役割がある。これは、社会的な正義であり、世界を混沌に落とすわけにはいかない』

 

 今はピアーナのほうが正しいのかもしれない。 

 

 カトリナは薄暗がりの通信室で、ピアーナの眼差しを見据えていた。

 

 金色の瞳は、撃つべき相手を捉えている。

 

「……ピアーナさん。私はこの世界においての……異物なのかもしれません。でも異物にだって、そこには異物の意地があるはずです。なら、私は意地を通したい」

 

『残念です。もう、話し合いの余地はない』

 

 通信が途切れる。

 

 それっきりであった。

 

 何か、明るい兆しの通信が繋がる事もない。

 

 彼女との断絶は、埋めようのない戦場のるつぼの中に消えて行ってしまった。

 

「……戻れないのなら、カトリナ……でも……でもぉ……っ!」

 

 泣くのはズルいはずだ。

 

 涙していいタイミングではないはずだ。

 

 だと言うのに、これまでのように撃つべき相手をこうして直視しなければ、こんな痛みとは無縁で居られたのかもしれない。

 

 だが、もうどうしようもないのだ。

 

 これまでだって、撃ってきたのがアルベルト達なだけであって、命令してきたのは自分自身。

 

 もうこの手は血で汚れている。

 

 こんなにも、血塗れの手で、自分は一体、何を――どんな希望を見出せると言うのか。

 

「失礼します。カトリナさ――」

 

 エアロックを潜って来たアルベルトに、涙を見られてしまった。

 

 慌てて取り繕い、彼から背を向ける。

 

「……何ですか。何かあったのですか」

 

 ここまで三文芝居を通り越して愚直なまでの冷たい声音。

 

 呆れるほどに幼稚な舞台で踊る役者でしかない。

 

「いや、オレは……。ああ、いや、そんな事言っている場合でもないんでしょう。……カトリナさん。モルガンが会敵距離に入りました。やはり、コロニーへの補給までに一度矛を交える事になりそうです。……カトリナさん?」

 

「どうしました。ならRM第三小隊は戦闘待機。これまで通り、迎撃態勢に移ってください」

 

「……いや、でもあんた……そんな震えた声で……」

 

 カトリナは壁に預けた指先をぎゅっと拳に変え、アルベルトには振り向かずに応じていた。

 

「委任担当官としての命令です。……エンデュランス・フラクタル新造艦、モルガンを迎撃してください。私達が向かうのには、必ず弊害になる」

 

「……了解しました。ただ、カトリナさん。これだけは、預けておきますよ」

 

 アルベルトが行ってしまった先より流れてきたのは一枚のハンカチであった。

 

 カトリナはそれを目にするなり、こみ上げてきた熱を堪え切れず、咽び泣く。

 

 ――分かっている、あまりに弱い。

 

 ――分かっている、こんなところで寄りかかっている場合でもない。

 

 なのに――分かっている。自分は、ここで弱さを吐き出すような、そんな人間である事も。

 

「ピアーナさぁん……っ。私……っ、私はぁ……っ」

 

 崩れ落ちる。膝から力が失せる。

 

 握り締めたそのハンカチからは何故なのだろう。

 

 血の臭いが、していた。

 

 

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