機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第145話「暗がりの栄光は」

 

 軽食を取っていた自分に話しかけるなんて物珍しい、とユキノはシャルティアを認めていた。

 

「どうしたの、シャルティア委任担当官。そんなしょげた顔をして」

 

「……ユキノさんは、何でこんな片隅でご飯食べてるんですか。戦闘待機ですよ」

 

「……流動食ばかりだと味気なくってね。オフィーリアは民間主導の戦艦だから、自動販売機があって。これ、そこで買ったの」

 

 噛り付いたサンドイッチを翳すと、シャルティアは今も慌ただしく行き過ぎる整備班を眺めていた。

 

「……何でなんですかね。ここに居るの、ほとんど元のメンバーじゃないですし。半分ほどはトライアウトジェネシスから派遣されてきたメカニックなんでしょう?」

 

「私達の元々の戦力はあまりに心許ない。正直、ね。なりふり構っていられないってカトリナさんが判断したのは正しいと思っているわ。だって今のままじゃ、オフィーリアだって轟沈する可能性がある」

 

「その時には……! その……ユキノさんはどうするんですか?」

 

「何? 艦が轟沈する時なんてMS乗りにまともな判断力があると思っているの?」

 

「それは……そう、ですけれど……」

 

「ごめん。今のは意地悪だった。シャルティア委任担当官は、ちょっとご機嫌ナナメ?」

 

 シャルティアは声を張り上げる軍警察所属の整備士を目に留めているようであった。

 

 自分も当然の帰結として、全体を纏め上げている女メカニックを仰いでいる。

 

「……あの人……」

 

「ティーチって言うんですって。ティーチ・ミンルグス。軍警察の、トライアウトジェネシスじゃ、一番かも知れないメカニックだってさ」

 

「……ユキノさんは、あんな人に自分のMSを弄られて平気なんですか」

 

「平気なわけじゃない。でも選り好みして生き残れるほど甘い戦場でもないのは確かだし。私はカトリナさんやレミア艦長の方針には賛成。ただ……お互いに拭い切れないものはある。それは何度だって、撃つべき相手だと想定して戦ってきたこれまでがあるんでしょうし」

 

「じゃあ何で……。ユキノさんは、大人の女性だからなんですか。私……本社には見切りをつけるって言われた時、すごく怖くって……。だって、私は本社から派遣された人間ですし、本社の命令は絶対の身分で……。でもこの艦の……シンジョウ先輩を裏切るような事も出来ない……賢しいだけの人間なんだって、思い知っちゃったって言うか……」

 

「誰でもクラードさんみたいに思い切れるわけじゃないわ。小隊長みたいにもね。……そうなのだと規定して、これまでの味方を撃つ。そんな事、普通は出来ない。でも、やらなくっちゃいけないなら、それは引き金を絞るのを躊躇っているような場合じゃない。だって、躊躇えば自分が死ぬだけじゃない。自分の守りたかった誰かが死ぬ。そんなのは……もう二度と御免だから……」

 

 ユキノはサンドイッチを頬張って端末を呼び起こしていた。

 

 その待ち受け画面にはかつてベアトリーチェで撮影した自分達の姿がある。

 

「……三年前のですか」

 

「凱空龍の二軍だった頃ね。私は本当に弱かったけれど、でも弱かったのが救いだった。前に出なくっていいって、前に出るのはクラードさんや小隊長や……当時の副長だったトキサダさんの役目だって。そう線を引いて、生き延びられるって思っちゃっていたんでしょうね。そう考える事で、自分に責を負わなくって済んだ。……でもあの三年前の月軌道決戦で、私は自分から艦長に進言した。この艦を守らせて欲しいって」

 

「それは聞いています。あの局面じゃ、ユキノさん達じゃないと出られなかったって……」

 

 シャルティアの伏せた瞳に、ユキノは片腕を翳す。

 

 ライドマトリクサー――禁術が施された半身。ぎゅっと拳を握り締めると、人造筋肉と合成皮膚が「それらしい」形を作る。

 

 だがもう、かつての生身の腕ではない。

 

 もう、取り戻せない。

 

 どれだけ戦っても、どれだけ武勲を立てても、こればっかりはどうしようもない。

 

 永劫、失った証であった。

 

「……私はあの時、死んでいれば……グゥエル達みたいに、あっち側に行ければ……とか、そんな憂いに身を任せそうになった事もある。でも、私は生き延びた。シャルティア委任担当官……生き残ったら、生き残った責任があるのよ」

 

「責任……ですか」

 

「うん……生き延びただけの責任。命を奪った責任。命を散らした人達の先に行くって言う責任。どれもこれも、ね。語ると陳腐に落ちるけれど、それでも私は、いずれこの責任に、許されたいだけなのかもしれない。ああ、何の意味はなくっても生きてよかったんだって……そうやって許されて……それで何の憂いもなく生きて行って、くしゃくしゃのお婆ちゃんになって……何も思い出せなくなっても、それでもただ……その肩には責任だけはあって……。一度人を撃ってしまうとね、どれだけ言い繕ったってそれまでの自分とは断絶しちゃうの。祖国だとか故郷だとか、……愛する人だとか……そんなものに許されたって、どれだけでも自分を責めちゃう」

 

「でもそれは……命令したのは私のような……戦場を知りもしない人間です。ユキノさん達が背負うものじゃないでしょう」

 

「そう思う? ……でも一度でも敵を撃てば、そうなるのよ。まぁこれ以上は委任担当官への苦言になるから言わないようにするけれどね」

 

「《レグルス》を優先して回すように! 《エクエス》は現状のミラーヘッド戦において格好の的になる! 予備パーツの搬入急いで!」

 

 ティーチが声を飛ばし、ふとこちらと視線がかち合う。

 

 シャルティアは思わず視線を逸らしていたが、ユキノは立ち上がっていた。

 

「失礼、この艦のパイロットとお見受けします。《マギア》でこれまで戦ってきたのですか」

 

「そうですね……自分達の主戦力は《マギア》でしたので」

 

「……それではあまりにも相性が悪い。《ネクロレヴォル》と戦うのなら、《アイギス》の配備を行います。後生大事に取っておいたって格納デッキで埃を被るだけなんですから、先行量産されていたエンデュランス・フラクタルを通した《アイギス》から先に使っていきますよ」

 

 ティーチの命令系統に迷いはない。

 

 気圧され気味のシャルティアに対し、ユキノは落ち着き払っている。

 

「《アイギス》での戦闘経験は少ない。新兵は浮足立つ可能性があります」

 

「それでも、新型機があるのに眠らせておくのは惜しいって言っているんです。《アイギス》の配備、行きますよ。そうでなくっても騎屍兵と真っ向から戦うんなら、《アイギス》くらいは乗りこなしていただきます」

 

 そう言ったきりティーチは格納デッキの奥に押し込まれていた《アイギス》とブリギット艦より持ち出してきた機体を優先配備する。

 

「……何ですか、偉そうに」

 

「聞こえるわよ、シャルティア委任担当官」

 

「でもですよ! ……この艦での命令権は……私達にあるって言うのに」

 

「それでも、勝利するためなら手段を選ばない。立派な軍人……と言えるのでしょうね」

 

「私達は民間組織だからって……! 嘗められているんですか!」

 

「そんな事もないでしょう。もう運命共同体なんだから。死にに行かせるような真似をするとは思えないし、彼女にも考えがあるはず。なら、私達はせめて実戦でそれを示しましょう。そのほうがお互いの分を弁えていると言うようなものだろうし」

 

 ユキノは携行飲料を飲み干してその場を立ち去ろうとする。

 

 その背中にシャルティアは言葉を投げていた。

 

「納得出来ませんよ! そんなのも、込みだって言いたいんですか……!」

 

 ユキノは片手を振って、無言のまま無重力区画を漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵はルーベンを封じて来ると見込まれている。要は頭を押さえられた形だ。このままでは遠からず交戦となるだろう」

 

 ヴィルヘルムはカルテから視線を上げずに応じる。

 

「俺が聞きたいのはそんな分かり切った事じゃない。《ダーレッドガンダム》の汚染深度だ」

 

 ふむ、と彼は首肯し、こちらへと向き直っていた。

 

「それなんだが……驚くべき事に汚染深度の値は安定している。《レヴォル》を操っていた時よりも適性が高いくらいだ」

 

「適性が高い? そんなはずはないだろう。俺はあれに初めて乗った時、意識を失ってしまった。そんな事が二度も三度もあっては困る」

 

「だが前回の昏倒は真実、疲労から来るものであったらしい。クラード、わたしのほうでも調べは尽くしているがね。あの《ダーレッドガンダム》には《疑似封式レヴォル》のようなリミッターの解放はないと思っていい」

 

「だからそんなはずが……。いや、お前が嘘を言う理由がない」

 

 ならば飲み込むしかないのだろうか。

 

《ダーレッドガンダム》に覚えた違和感を。

 

 しかし、とヴィルヘルムは電子煙草をくゆらせていた。

 

「あの機体に宿っているのはただの新型MSとしてのものではない、それは確かだろう。右腕に装着される特殊兵装――ベテルギウスアームだったか。あれに関して言えば、分からない事のほうが多い。《レヴォル》の兵装をそのまま極大化したような武装だが、それとは全く設計形態が異なるといった報告もある」

 

「……それでもお前は俺に、乗るなとは言えない立場か」

 

「トライアウトジェネシスが守りを司ってくれるとは言え、わたしからしてみればまだ信用には足らない相手だ。そういう観点で言っても、《ダーレッドガンダム》を後退させるのは現実的じゃない」

 

「……煙草、似合ってないからやめればいいのに」

 

 医務室で白衣を漂わせた自分に、ヴィルヘルムはようやく気付いたように指先の電子煙草に視線を落としていた。

 

「これは……すまないな。禁煙は一日と持たない」

 

「作戦立案はカトリナ・シンジョウが、戦力の是非はレミアが下す。だが、それでも相手が前回のような搦め手に出てくる可能性も高い。……俺は、乗りこなせるようになりたい。暴れ馬であろうとも」

 

「手綱だけは手離さないように、か。しかし、《ダーレッドガンダム》は未知数だ。どこまで設計思想通りで、どこからがそうではないのかがまるで分からない。ここまで現行人類の介入を拒むシステムも珍しいほどだ。まるで我々には……解明する術が存在しないとでも言うように」

 

「造ったのはエンデュランス・フラクタルだ。なのに分からないと言うのは不明を通り越して無作為とも言う」

 

「それなんだが、《レヴォル》だってそうであった。知っているのはお前を含め、少数であったが、あれもMF《フィフスエレメント》。むしろイレギュラーは存在するものとして運用していた」

 

「……《レヴォル》がMFであったのは、アルベルト達は?」

 

「アルベルト君は知っているようだったが、カトリナ君はまだ知らないはずだ。この戦局で知らせたところで混乱を与えるだけだろう。今は、知らないほうがいい」

 

 ヴィルヘルムの意見には半分ほどは賛成であったが、それでも加味出来ない部分がある。

 

「……《ダーレッドガンダム》の解析を、トライアウトジェネシスの整備班が行うと言うのは」

 

「サルトル技術顧問も理解しての采配だが、気に食わないか?」

 

「……あいつらはかつて《レヴォル》と敵対していた。爆弾を仕掛けられてからでは遅い」

 

「確かに。……だがそこまで向こう見ずでもないはずだ。彼らとて逆賊の徒なのだからね」

 

「……軍警察を信じるのか」

 

 ヴィルヘルムは一服を挟んだ後に嘆息交じりに応じる。

 

「逆に聞くが、この状況下で彼らに信を置かなければエンデュランス・フラクタルの思惑通りに事が進むだろう。そうなった場合、詰みは近いと思ったほうがいい」

 

 現状の把握を行う点では、ヴィルヘルムの認識は現実的なのだろう。

 

 しかし、自分の中ではどうにも飲み込み難い。

 

「……《ダーレッドガンダム》の中には、レヴォル・インターセプト・リーディングのデッドコピーが組み込まれている」

 

「それも聞いたが、まるで初期化された《レヴォル》なんだって? ……巡り会わせか、あるいはどこかで想定しての事か。エンデュランス・フラクタル上層部に問い質す術もない以上、今は使いこなすべく努力するしかない」

 

「意外だな、ヴィルヘルム。あんたは警戒しろとでも言うのだと思っていたが」

 

 ヴィルヘルムはフッと笑みを刻んで灰皿に煙草を押し付ける。

 

「そこまで傲慢に出来上がってもいないさ。それに、今は生き延びるのが先決。少しの不条理と不合理は飲み込まざるを得ない。我々が現状不利なのには変わらないのだからね」

 

「……不利、か。せめて《ダーレッドガンダム》が何を考えているのかが分かれば……」

 

「コミュニケートサーキットは同等なのだろう? 話せばいい。かつての《レヴォル》と同じように」

 

「簡単に言ってくれる。俺からしてみれば……《レヴォル》は一機だけだ。他の代わりはない」

 

「かつての愛機と同じ指向音声でも、それは飲み込み難い断絶、か。急いだほうがいい。モルガンの攻撃がすぐに来ないとも限らない」

 

「ああ……ヴィルヘルム」

 

 扉に手をかけたところでクラードは立ち止まっていた。

 

「どうした? 思考拡張も問題ない。わたしの身分でお前を止める言葉はないとも」

 

「そうじゃない。……何か、最近奇妙な感覚を覚える。俺が次に昏睡すれば、その波長を計測して欲しい。何か……手掛かりがあるかもしれない」

 

「夢に手掛かりを求めるか? お前らしくもない」

 

「俺らしく……いいや、そうなのだろうな。夢なんて電気信号の作り出したまやかしだ。そんなものに、手掛かりを求めるなんて」

 

「だが、請け負おう。エージェント、クラードの、長年の友の頼みだ。拒否するわけがない」

 

「それをお前が言うか、ヴィルヘルム。お前は俺に対し、常に上の立場だろう」

 

 こちらの皮肉にヴィルヘルムは笑みを刻んでいた。

 

「……それはもう、存在しない栄光と言う奴だろうさ」

 

 

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