肘掛けを殴りつける。
自分でもらしくはないと思いつつ、それでも悔恨を噛み締めていた。
「……騎屍兵団を束ねる師団長が、聞いて呆れる」
「でも、損耗は最小限じゃんか」
「……《サイフォス》を操っていたパイロット達だって替えの利く駒と言うわけではないのです。我々は二度も……敗走を重ねた……」
それそのものが自身への咎のように思えて、ピアーナはメインモニターに映し出されたオフィーリアとブリギットを睨んでいた。
「……簡単に撃墜されてくれるのなら、貴女はまだ……」
『フロイライン。私の《パラティヌス》も限界だ。これより護衛艦の守りから帰還する』
ヴィクトゥスには護衛艦の守りを任せていたのだ。
『リクレンツィア艦長。スリーが鹵獲されました』
まるで感情なんて読み取らせない報告に、ピアーナは応じる。
「……申し訳ありません……私の落ち度です」
『いえ、謝らないでいただきたい。我々とて、少しばかり迂闊でした。《アイギス》の配備に、トライアウトジェネシスの軍勢の合流、どれもこれも想定外でしょう』
「……それでも、想定外を想定内に納めるのが、わたくしの役目……」
「あのさ……そう思い詰めるもんでもないよ。今回だって轟沈は防げたんだし」
「貴女に……っ! わたくしの何が分かると言うのです……っ!」
それは自分にしては珍しい、感情の発露であった。
メイアは放たれた怒りに当惑している。
そこでようやくハッとして、ピアーナは歯噛みしていた。
「……こんな醜態……カトリナ様に吼えた自分が誰よりも許せない……」
メイアはそれ以上自分の言葉を重ねようとはしなかった。
それがある意味では、現状ではありがたい。
だがコロニー、ルーベンへの補給路を断てなかったのは自分の生存権を脅かす事だろう。
「……わたくしは所詮、飼われているだけの命ですもの……。有用性を示せないのなら、それは同じ……」
管制室では自分の痛みを肩代わりしてくれるような都合のいい人間はいない。
ただ、誰も彼もが言葉少なな事だけが今は寄り添う事に繋がるはずであった。
「艦長は癇癪を起していたのか。……鉄面皮のフロイラインにしては珍しい事だな」
格納デッキで騎屍兵相手に呼びかけたヴィクトゥスに、騎屍兵は応じていた。
『……王族親衛隊身分には分からない事です』
「鹵獲されたと聞いた。それもある意味では我が身の不実だ。詫びよう」
『……何故、あなたが詫びる……。それは我々、騎屍兵の失態だ』
「いいや、私も前に出過ぎていた。よくない癖だ。ついつい戦いに酔って興じてしまう。これでは……戦闘狂と罵られても何ら言い訳も立たんな」
自嘲したヴィクトゥスに、帰投した騎屍兵は声を振っていた。
『……我々も嘗めていた部分も大きい。《アイギス》と軍警察の《レグルス》の連携。それに……あのガンダム』
「鉤爪の機体を抑えられなかったのは単純に、私の力不足だ。恥じ入っても足りんだろうが」
『……特務大尉は何故、最初から専用機を使わなかったのです。使えば勝てていたかもしれない』
「戦場とは。常にけだものの領域で戦ってはいけない。識者であるのならば、相手と死合うのに相応しいドレスで舞わねば、それは喰らい合うだけの饗宴と同じだ。私はこれでも、相手と自分で線引いている。識者を気取るのならば、私は争いにおいてでも理性的であるべきだと仮定している」
『……識者の理論……まさか、あなたは……』
「それ以上の勘繰りはお奨めしない。私は既に敗北者(ヴィクトゥス)――決定的にこの世界より爪弾きにされた存在なのだからね」
騎屍兵の一員はそこでこちらと目線を合わせ、バイザーを上げていた。
驚くべき事に、死者である事を誇りとしている彼らの相貌は、機械的な意匠が施されているものの人間そのものであった。
「……顔を見せていいのか?」
「これは私個人として……ゴースト、ナインとしての言葉です。我々はどうあっても死者。だとしても仲間意識の一つくらいはあった」
「……鹵獲されたのは女性構成員と聞いた」
「別段、だからと言って我々が実行する作戦に違いはないのです。しかし……スリーには酷な運命を強いる」
「……オフィーリアが……彼の居る艦がそこまで外道だとは思わないがね。それでも懸念事項ではあるのだろう」
「見ての通り、我々はライドマトリクサー施術を受けております。有機伝導体操作技術も、そして思考拡張も並の兵士とは違う」
「《ネクロレヴォル》を稼働させるためだろう。その意匠は誇りだと、そう思っていいのか」
「構いません。我々も折に触れてこうして自分達の傷を見せる事もあるのです。人間のようで笑われるかもしれませんが……」
ナインは頬に走っている幾何学模様のRM施術痕を撫でる。
「誰が笑うものか。戦場において、誰もが痛みを背負っているのだ。その矜持を誇りどすれ、笑う者など……」
だが自分の戦い抜いたエゴの一つで失わなくっていい命まで散ったのは事実。
ヴィクトゥスは搬送されてくるコンテナの中に納まっている専用機へと視線を移していた。
「……随分と細身に映りますが」
「私の扱うだけの最大のマニューバと、そしてミラーヘッドの最大規模での展開を想定しての機体である。名を《ソリチュード》。なに、ちょっとばかし奏でるとしようか。この戦場の独奏曲を」
漆黒の機体は次なる戦場を待ち望んでいるかのようであった。
「ゆっくり降ろせー。……それにしてもとんでもない手土産だな、こいつは」
搬送されてきた《ネクロレヴォル》の機体を仰ぎ、アルベルトは《アイギスハーモニア》のコックピットを蹴って漂っていた。
「……こいつ、パイロットのバイタルは?」
「生きてやがる……のは間違いないんだが……騎屍兵に生きているなんて論じていいものかねぇ」
「……自死しているもんかと思っちまったよ」
「それはこっちも視野に入れている。今のところ自爆の兆候もなし。大人しいもんだ。……だが油断はするなよ。おい! レーザーカッターを持って来てくれ! 内側からは開けるつもりもないらしい!」
溶断したコックピットブロックより浮かび上がって来たのは自身の膝を抱いた喪服のパイロットスーツであった。
バイザーを降ろしており、その顔色は窺えないが鮮血の類は迸っていない。
「……生きて……いや、そのつもりで鹵獲したんだからな。アルベルト、RM第三小隊だけに任せちゃいられねぇ。総員、武装を準備!」
サルトルの号令でアサルトライフルをメカニックが構えるも、相手は膝を抱いた姿勢のまま壁まで到達し、ゆっくりと身体を開く。
流れるままに任せた躯体には何が仕込まれているのか分からない。
照準したアルベルトは格納デッキへと踏み込んできた影を視野に入れていた。
「鹵獲したって……! アルベルトさん!」
「馬鹿……来ちゃ駄目だ!」
その言葉が致命的であったのは自分でも愚かしいくらいであった。
騎屍兵はパイロットスーツの推進剤を焚いてカトリナへと肉薄する。
一瞬の交錯、それでいて、完全に虚を突かれた形。
騎屍兵は袖口に仕込んでいたと思われるナイフを現出させ、カトリナへと振りかぶっていた。
その一閃が確実に振るわれ――血潮が舞う。
「あ、」
そんな全ての現象が後れを取った世界で、カトリナは咄嗟に自身を庇ったユキノの背中に走った傷を目の当たりにしていた。
「大丈、夫……? カトリナさ……」
「ユキノさん! どうして……!」
「どうしてって……分かんないや。あの時と同じで……身体が勝手に動いちゃった……」
瞠目するカトリナに対し、色めき立った者達が騎屍兵を封殺しようとするが、アルベルトは手を払っていた。
「待て! 撃つな!」
「アルベルト? 何言って――!」
「せっかくの敵兵なんだ。……まずは情報を仕入れないと等価値じゃねぇ」
自分でもそこまで冷静になれたのは分からない。
しかし、ユキノの痛みを無駄にしないのならば、ここで銃殺するだけでは終わってはいけないはずだ。
アルベルトは敵兵を拘束し、そのままアサルトライフルの銃口を後頭部に押し当てる。
今回はどうしてなのだか、敵は無抵抗であった。
「……どうしたよ。そのナイフで応戦もして来ねぇのか」
『……勝てない相手に牙を突き立てるような激情家ではない』
その声音にアルベルトは眼を見開く。
「……女、か……」
『女兵士で何が悪い』
うろたえた自分を制し、引き金に指をかける。
「……そりゃ、その通りなのかもしれねぇ。わざとこっちに虚を突かせるようなやり方……正攻法とは思えねぇな」
『貴様ら抵抗兵に正攻法の是非を問われるとは思っていない』
「待て、アルベルト。そいつの尋問はヴィルヘルムに任せたほうがいい。俺達じゃ持て余すだけだ」
ようやく帰投したクラードが装甲服のパイロットスーツをパージさせ、インナー姿で格納デッキを漂ってくる。
「だがよ……こいつはユキノを……!」
「ユキノは死んだのか?」
「とんでもねぇ! ユキノをすぐに医療ブロックに! まだ助かるはずだ!」
自分の指示に小隊員達が応じてカトリナとユキノを格納デッキから遠ざけていく。
「……で、こいつの処遇か」
「殺すのは簡単だが、それではあまりに釣り合いが取れない。情報を聞き出す。自傷防止の牢獄に一度軟禁。その後に、話を聞く」
クラードの言い分は正しい。
正しいのだが、アルベルトが困惑したのはクラードがその判断を下す前に、自分が似たような事をのたまっていた部分であった。
これでは――まるで血も涙もないエージェントのそれ。
「自害する気は……なさそうだな」
銃弾がその手に携えたナイフを弾き落とす。まだ仕込み武装の一つや二つはありそうだが、警戒してばかりでは何も得られない。
「負傷兵が出たか……。遅れて申し訳ない」
《レグルスブラッド》より流れてきたダビデの声に、アルベルトは自ずと騎屍兵から身を剥がしていた。
「軍警察の役割だ。相手の情報を引き出す」
『軍警察。やはりトライアウトと繋がっていたか。艦長の想定通り』
どこまでも冷徹で、感情なんて察知させない騎屍兵の声音に、アルベルトは銃器を構えたまま後ずさっていた。
――彼らは何だ?
まるで自分の命でさえも頓着していない。
それは所詮、状況を動かすだけの駒でしかないと規定しているかのような。
「……相手は騎屍兵だ。どのような破壊工作に打って出るか分かったもんじゃない。……アルベルト?」
「あ、ああ、そうだな……。オレも少し気圧されちまったみてぇだ……」
「しっかりしてくれ。RM第三小隊に関しちゃ、俺よりもアルベルトの声が大きい。ユキノがやられた事で戦意喪失なんて事になったら目も当てられない」
そうだ、その可能性さえもある。
逆に騎屍兵から情報を引き出すのに、下手な復讐心や敵愾心を生まないために自分のような隊長が居るのだ。
至らなさに、アルベルトは自分の頬を手で張っていた。
響き渡った音叉に、クラードは視線を振り向ける。
「……落ち着いた?」
「ああ……すまねぇ、クラード。情けねぇところ見せた」
「いいんじゃないの。アルベルトがもしもの時に迷わないようにすれば、さ」
「……クラード、今回は大丈夫なんだな。《ダーレッドガンダム》からのフィードバックとか……」
「ああ、サルトル達のお陰かな。今回は意識を持って行かれずに済んだ」
しかし、その赤い瞳はどこか、諦観めいたものを浮かばせている。
「……何か懸念でもあんのか?」
「いや、少し……落ち着かない敵と遭遇した。逃がしたのは俺の責任かも知れない」
「……そんなこたぁねぇだろ。相手は《パラティヌス》単騎で《ダーレッドガンダム》とやり合った化け物だ。オレらなら一機くらいはやられていたかもしれねぇ。それが無傷で済んだのは……お前のお陰だよ」
「俺の……お陰?」
どうしてなのだか、クラードはその言葉に不明瞭さを感じているようであった。
「そこまで迷う事か? お前が居なけりゃ、そもそも《サイフォス》の突破も出来てねぇし、何よりもピアーナの操るモルガン相手にここまで善戦も出来てねぇ。コロニーにももうすぐランデブー出来る。……状況は悪いが、これでもまだマシだろうぜ」
「……そうか。こんなでもまだマシ……か」
どうしてなのだか、クラードは現状の把握に時間がかかっている様子であった。こういう時、彼を支えるのは自分の役目である。
「……クラード。いつまでも呆けている暇ぁ、ねぇ。敵は追撃してくるだろうし、いくら軍警察のお膝元とは言え、安全とも限らねぇ。いや、逆に、か。オフィーリアは統合機構軍の新鋭艦。手痛い事に……なるかもしれねぇな」
考えたくはないが、軋轢も起こりかねない。
何せ、彼らはかつて敵であったのだ。
そればっかりは間違いようもなく、そして違えようもない。
「……アルベルト、俺は後の事は任せる。……少し……気にかかったことがある」
格納デッキを抜けようとしたクラードの肩をアルベルトは思わず引っ掴んでいた。
「……何?」
「いや……ヒデェ顔色だ。一度ヴィルヘルム先生に看て貰ったほうがいいぜ。そうでなくっても無茶苦茶な敵と遭遇したんだ。情報は擦り合わせるべき、だろ?」
クラードの顔色なんてこれまで考えた事もなかったが、この時ばかりは彼の道行きに不安を感じたのもある。
クラードは自身の掌に視線を落とし、ぽつりと呟いていた。
「……何か、違和感がある。……あの《ダーレッドガンダム》に」
「そいつぁ……新型機だから不安要素くらいは……」
「そうじゃない。……何か致命的に……見落としている気がしてならないんだ。それが何なのか分からないのが……気味が悪い」
気味が悪いと言われてしまえば、アルベルトはハンガーに格納された《ダーレッドガンダム》に自ずと視線を流していた。
「……確かに奇妙な機体だが……解明には時間もかかるだろ。今は、騎屍兵のほうに気を割くべきじゃねぇのか?」
「……アルベルト、冷静になったんだな」
そう返されて自分でもかつてのように義憤に身を任せるような人間でなくなった事に気づく。
クラードの見知っていた頃ならば、自分は仲間を傷つけられて平然としてはいられなかっただろう。
それだけ――この三年間で失ったものが大き過ぎだ。
「……嫌な大人に、成っちまったのかな。オレらが、それこそ反抗していた……デザイアの貴族階級連中みてぇによ」
「変わらないものもある。だが何も変化しないのは、それは前進していない証拠だ」
「……そいつぁ誰の言葉だ?」
「……さぁ。引用不明」
クラードは変わらない。いや、変わらないように映るだけなのかもしれない。
RM施術を全身の七割に至るまで受け、その精神でさえも鋼鉄と化したのか。あるいはそうではなく――受け取る自分のほうが変わってしまったのだろうか。
賢しいだけの大人に成ってしまった、どこまでも愚鈍なだけの凡人。
「……クラード。今回の戦果、どう思ってるんだ? 騎屍兵の鹵獲にモルガン相手に二度の防衛戦。正直、勝てるようになってきたのは嬉しいところではあるんだけれどよ。オレは要らないイレギュラーでさえも……この艦に運んでいるような気がして……」
「それは仕方ないだろう。俺達は、異物でさえも飲み込まないと前には進めない」
「前に、か……。だが、クラード。そいつぁ、お前……いや、よしておく」
「何だ、言いたい事があるのなら言えばいい」
「いや、今はお前、休んだほうがいい。酷い顔色だ」
クラードは自分の頬へと手をやってから、そうか、と首肯する。
「俺はそんなに、酷い、か」
「オレの言えた義理じゃねぇけれどもよ……。クラード、お前は前に出て、それで傷つき過ぎてんだよ。《疑似封式レヴォル》で戦っていた時だってそうだ。コロニー、ルーベンでいっぺん、休んだほうがいいのかもしれねぇ」
「……俺はエージェントだ。休息は命令が出ればそうしよう」
その言葉を潮にしてクラードは格納デッキを立ち去っていく。
流れていく白衣の背中に、アルベルトは小さくこぼしていた。
「……でもお前は……それでも戦うんだろうな。どれだけ傷ついたって、自分はエージェントだからって規定して。でもよ、オレもまた、痛みを背負えねぇのかよ……」
少しばかりは強くなったつもりでいた。
だがこの拳はまだ足りていない。
誰かの運命でさえも肩代わりするのには、未だに足りないのだ。
それが嫌でも自覚出来て、アルベルトは拳を握り締めていた。