機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第149話「異端超越者」

 

「はい……はい、オフィーリアはやはり読み通り、コロニー、ルーベンへ立ち寄ると。そうなりましたか。ならば我々も次手を講じる必要性がある」

 

 タジマは何でもないかのように通話を切ってから、さて、と自分へと視線を投げる。

 

「前時代的な拷問方法ばかりでしたが、どうでした? ザライアン・リーブス。これで少しは大人しく話してくれる気になりましたか? あなたの次元宇宙における罪を」

 

 爪を剥がされ、黒服達によって何度か脚を撃たれている。

 

 指も折られたのが五本目から先は数えるのも馬鹿馬鹿しくなっていた。

 

 血と唾液で汚れた面持ちを上げ、ザライアンはふむ、と首肯するタジマを睨み上げていた。

 

「少しは話していただかないと、時間を浪費するだけです。あなたには生き延びていただいたその自覚はあるはず。宇宙の戦士、その渾名が正しいのであるのならば、話くらいは致しましょう」

 

 ザライアンは血の混じった唾を吐く。

 

 タジマの仕立てのいいスーツにそれがこべりつき、黒服が彼の眼差しに自分を殴りつけていた。

 

 顔面と腹腔を何度も殴られ、意識が遠のきかけたところで毎度、それは中断される。

 

 まるでこうした拷問には慣れているかのような手腕であった。

 

「教えていただきたい。再三の話になりますが、あなたは自身の次元宇宙で何を行い、如何にしてMF、《フォースベガ》のパイロットとなったのか。その経緯を。何も難しくはないはずだ」

 

「……僕の口からそれをこの次元宇宙の人類に話せば、世界の命運が変動する」

 

「そう仰るからには、重要であるのは間違いない。私はね、あまりにも時間を無為にするのは主義に反するのです。では質問タイムと行きましょうか。“夏への扉事変”、あの時、あなた方は何者かと協定を結んだはずだ。そうでなければ、MF四機が今日に至るまで静謐を貫いているはずがない。……まぁもっとも、MF02、《ネクストデネブ》の空間跳躍に、MF06、《シクススプロキオン》の襲来と想定外の事は起こってきましたが、それでも私はある意味では想定内の中で納まっているとしか思えないのです。でなければ、MFは我ら現行人類を燃やし尽くしたって可笑しくはないほどの兵力を誇っている。だと言うのに、何故人類を襲わないのか」

 

「……お前らとは違う。僕は無用な戦いをしたくないだけだ」

 

「では何故、“夏への扉事変”ではあれほどまでに殺したのか? そこに疑問があるのですよ。あなた方には理由がある。理由があって、この次元宇宙でいたずらに人は殺せない。まぁ、それでも特定条件下における自衛くらいは任せられているようですが。その証こそが、月のダレトを防衛しての戦闘行為。《ネクストデネブ》と《ファーストヴィーナス》はその点において、決定権を持っているが、何故かあなたは持っていない。これは如何にしてか」

 

「……知らない。考えてみるといい」

 

「だから考えてみたのです。それは恐らく……何者かの思惑があるのではないかと。そうでなければ、あなた方がこうして……月のダレトを守り、そして現行人類に叡智をある程度与えた理由がまるで分からない。何故、MF04から生み出されたミラーヘッドの技術に、有機伝導体操作技術、そして思考拡張、これらへの楔は解かれ、この来英歴を象徴する技術として確立されたのか。それはあなた達、MFのパイロットが条件として与えたからではないのか。この来英歴を牛耳る何者かと渡りを付け、その結果として生存を約束された。あなた達、扉の向こうよりの使者は、そうでなければ生存出来ない、そう言った存在であった」

 

「想像力がたくましい事だ。そこまで考えが及ぶのならば自説を並べればいい」

 

「そうしたいのは山々ですが、推論だけではこの世界は成り立たない。……答えていただきたい。ザライアン・リーブス。あなたを含め、MFのパイロットは誰と、何を約束したのか。それが分かれば、我が統合機構軍の身の振り方も変わってくる」

 

 ザライアンは顔を上げ、余裕ぶったタジマが眼鏡のブリッジを上げるのを目にしていた。

 

「……お前達は悪魔だ。悪魔だから、僕達から奪い続けた。MFの技術も、ミラーヘッドも、全て……。だが何でだ。何で僕は……そんなお前達のために……木星船団の師団長にまでなって……」

 

「分からないのはそこも、です。ザライアン・リーブス。あなたの経歴は意図的に操作されている。それを与えたのは何者です?」

 

「……答えれば陳腐に落ちる。知らないほうがいい事もたくさんあるはずだ」

 

「知らないほうが幸せ、ですか。どうにも……あなたの論調には諦観の類も受け取れる。我々が知ったところで、何にもならないとでも言うようだ」

 

「……事実、そう言っている。あなた方が下手に勘繰れば、この世界だけじゃない。僕の居た次元宇宙でさえも危険に晒す。別に、いいじゃないか……。何も知らなくっても。MFが襲って来れば、僕は迎撃する。《フォースベガ》の力があれば、あなた達を守るのに何の躊躇いもない……躊躇いも……なかったのに」

 

 声が震える。

 

 アルチーナ艦の者達はあそこで死ぬべきではなかった。

 

 自分のような怪物相手に、人間として慕ってくれた人々を結果的とはいえ裏切ってしまった。

 

 そのような悔恨を二度と噛み締めたくはない。

 

 だがタジマには関係もないようで、彼は思案を浮かべる。

 

「困るのですよ、勝手に自己満足されてしまえば。我々は知らなければいけない。何者の意思が、この世界を覆っているのか。誰が如何にして、この世界を計算ずくに落としているのか。エンデュランス・フラクタルは企業です。技術がさらに進展を遂げるのだとすれば、それは我が社の貢献以外にはあり得ない」

 

「……進化の果てに何故、栄光があるのだと信じている」

 

 こちらの言葉が予想外であったのか、タジマはわざとらしく耳を傾ける。

 

「何と仰いました?」

 

「……進化の果てに栄光があるなんて、誰が保証する。人類の進化の果てにあるのは……遠大なる自滅の道かもしれない。その可能性に何故思い至らない」

 

「ですが、道を辿る事をやめれば、それこそ進化の機会を失う。MFは揺籃の方舟だ。我々人類に、未だ解明出来ない命題を与えてくれます。《フィフスエレメント》がそうであったように、たった一つで世界を変える起爆剤となる。それがMFであり、あなた方パイロット達でもある」

 

「……なら、試すがいい。その結果、滅びが訪れたとしてもお前達は後悔するよりも先に死んで行く。何故なら、それこそが道理であるからだ。進化の道を率先して前を行こうとした存在は、すべからく淘汰される。今さら問うまでもない、それがこれまでの人類の愚行そのものであった」

 

「それはあなたの居た世界での常識でしょう。我々は違う」

 

「同じだよ。何もかも、全てが……。MFと言う力を手に入れ、それに溺れ、そうして世界の破滅の際に立って、その時ようやく……思い知るんだ。自分達が何を仕出かしてきたのか、何に手を伸ばしていたのか。……禁忌はいつだって遅れて訪れる。死に際になって、もう手遅れだ、なんて思ったって、それは全てにおいて遅いと言うんだ」

 

「唐突にお喋りになりましたね。話していただけるのですか? MF04の性能を引き出す術でも」

 

「《フォースベガ》の性能を引き出す術? そんなもの……」

 

 思わずせせら笑いが出てしまう。

 

 彼らはまだ、そんな些末事にこだわっているのか。

 

《フォースベガ》の技術をここまで吸い出しておいて、それでもまだ足りないと。まだ何かがあるはずだと信じて、そうして過ちだけを繰り返す。

 

 その果てに待っているのがどうしようもない“破局”なのだと、彼らに教えたところで不可避であろう。

 

 何故ならば、人類はどのような存在であったとしてもその道を辿って来た。

 

 その証明こそが、MFが六体もこの次元宇宙に辿り着いた答えだ。

 

 彼らは恐らく、自分と似たような理由でここまで来たに違いない。

 

 だからこそ、その答えを求めて。

 

 だからこそ、破滅を回避する明瞭な術を求めて。

 

 そして思い知る。

 

 そんな都合のいいものが存在しているとすれば、誰かの世界は救われて、MFなんていうものはこの世に一体だって存在しなくっていいはずなのだと。

 

「……現存するMFの数こそが、この世界の罪の証だ。誰も救えなかった。人類なんて大きな総体を前にして、救済の術だけを求めて求道の旅に出たと言うのに、その行き着く先がどれもこれもがこの次元宇宙であったのは……もう諦めろと言われているんだ。お前らがどれだけ《フォースベガ》を漁って冒涜したところで、答えなんて出ない。答えがあるのなら、僕らはもう、自分の世界に帰っているさ……」

 

 喋り疲れたとでも言うように項垂れる。

 

 そんな自分に黒服が再び痛みを加えてきた。

 

 頬を殴りつけ、タジマが視線を合わせる。

 

「まだ答えを教えていただいていませんよ? ザライアン・リーブス。あなたは何を知っていて、そして何から遠ざけようとしている? それが分からないままでは、私達は諦める事さえも出来ない」

 

「……知ったところで、絶望するだけだ。なら、知らないほうが幾分かマシとも言える」

 

 タジマは一考の余地を挟んでから、背中を向け語り始める。

 

「ですがあなた方、MFのパイロットを擁立した組織が居るのは確かでしょう。いえ、それはともすれば個人かも知れない。この来英歴で、我が軍勢が優位を得るためには、それを知らなければいけないのです。今一度、問いましょう。宇宙飛行士、ザライアン・リーブス。あなた方と協定を結んだのは、誰か」

 

「……教える義務はない」

 

「構いませんよ? 時間だけは、たっぷりとあるのですから。……どうやら到着した様子。歓迎しますよ、宇宙の戦士。我らがエンデュランス・フラクタル月面本社へ。トライアウトブレーメンの方々はここまでの水先案内人になってくれた」

 

 艦艇がどこかの港に到着したのを伝える振動。

 

 相変わらず窓がないために外側で何が起こっているのかも不明のままだが、ザライアンは最早、抵抗の術もない事を感じ取っていた。

 

 頭部に装着された弓型のヘッドセットは少しずつ、それでいて確かに、自分の思考力を奪い去っていく。

 

 じわじわと侵食されるように、思考力だけを削いでいく悪魔の兵装。

 

 考える力を失うと言うのは、こうして自分を抑止するだけの能力でさえも消し去っていくのだ。

 

 それもこうして、痛みに耐え切れなくなった時に、不意に。

 

 自分の自我とは関係なく、ただ自分の声帯を震わせて、思わぬ言葉を漏らす事もある。

 

「……僕だって……こんな風に隠し立てしたいわけじゃない……」

 

 だが耐えねば。

 

 耐えなければ、自分は次元宇宙の護り手。

 

 ここで耐え忍ばなければ何のための「約定」か。

 

 何のための「彼ら」との協定だと言うのか。

 

「少し強情な様子ですので、本社のシステムを使わせていただきますよ。ザライアン・リーブス。あなたは何分耐えられますかね。私の見てきた限りでは、あれに耐えられるのは十分が限度でした。見ていて辛いものですよ。RM施術を利用しての、痛みだけを浮き立たせる拷問器具と言うのは。身体には傷一つないのに、痛覚だけを刺激する。それは神経を引っぺがされたほうがまだマシと言うもの」

 

 黒服に拘束されたまま、自分はベアトリーチェ級の艦よりベッドに乗せられて降ろされる。

 

 高く白亜の天蓋を誇るエンデュランス・フラクタルの裏港で、ザライアンは絶望に伏せた瞳を注いでいた。

 

 ここでどれだけの非人道的な実験が行われてきたのだろう。

 

 どこかで血濡れの臭気が漂ってきて、ザライアンは自分の行方を察する。

 

 ――きっと自分は耐え切れずに喋ってしまうのだろう。

 

 だから、矜持を抱くのならば今だけしかない。

 

 ただの「ザライアン・リーブス」としての誇りを抱き、誰かのためではなく、これまで戦ってきた自己を慰撫するのならば。

 

 だから、もう終わりだと。

 

 終着駅があるのだとすれば、ここなのだと。

 

 そう、自分は思っていた。

 

 もう、抵抗も、そして世界からの悪意にも晒される必要もない。

 

 ある意味では、それは救済なのかもしれない。

 

 それが、最後に思い描く事ならば、戦士としては少しばかり上等であろう。

 

 数十年に等しい生であったとしても、自分は望んだ「英雄」に成れたと言うのならば――。

 

 諦めに、瞼を閉じようとした、その時であった。

 

「失礼。止まってください。どちら様ですか? 本社の裏港で待っているという事は、あなたもエンデュランス・フラクタルのエージェントで?」

 

 首を向けられないが、タジマ達は何者かと対峙しているようであった。

 

『照合してもいい。エージェント、キュクロプス。新世代のエージェントである』

 

「……レジスタンスの対抗任務に出ていた、《ネクロレヴォル》の乗り手ですか。しかし、何故本社に? あなたの任務は、モルガンへの合流だったのでは?」

 

『モルガンよりもこちらが優先事項として高いと判断したまで。私が来てはいけないか』

 

「いえ、そのような事。あなたは特一級エージェントです。ミッション外での独自権限は守られている」

 

『そう言っていただけると助かる。その二名は?』

 

「彼らは保護対象です。あなたの任務の外なのでは?」

 

『そうも――言っていられないのでね』

 

 瞬間、キュクロプスと名乗った人影が疾駆する。

 

 駆け抜けた相手が黒服達を一瞬にして制圧し、独特のパイロットスーツの袖口からナイフを顕現させ彼らの頸動脈を掻っ切って行った。

 

 血潮の舞う中で、タジマが姿勢を沈める。

 

 キュクロプスは浴びせ蹴りを見舞っていたが、タジマは軽い動作でそれを受け止める。

 

「……これは、どういった意味だと受け取れば?」

 

『……隠し立ては今さら意味を成さない。MFのパイロットは確保する』

 

「……真意を、教えていただいても?」

 

『それは――これで充分だろう。来い、《ファーストヴィーナス》』

 

 パチンと指が弾かれ、空間を削いで転移してきたのは黄金の使者であった。

 

「……まさか……」

 

 MF、《ファーストヴィーナス》の顕現。

 

 その威容に気圧されたタジマは《ファーストヴィーナス》の生じさせる金色の帯を四方八方に掃射されていた。

 

 本社の骨組みが崩れ、裏港が崩壊していく。

 

 ベッドのタイヤが軋み、流れていく中で、《ファーストヴィーナス》の生み出した重力の投網が自分と、そしてもう一人――ヴィヴィー・スゥを捉えている。

 

「逃がすな! 《アイギス》部隊出撃! 《ファーストヴィーナス》を迎撃せよ!」

 

 タジマの号令に裏港で張っていたのであろう、《アイギス》が出現し、速射ライフルでその装甲に弾痕を刻もうとするがどれもこれも威力不足だ。

 

《ファーストヴィーナス》が一本角に天使の環を構築し、その躯体は重力を帯びる。

 

 黄金の帯が全方位に掃射され、《アイギス》の機体を貫いていた。

 

 貫かれた先から《アイギス》が硬直していき、やがて全身から蒼い血潮を撒き散らす。

 

「……アステロイドジェネレーターの位置が分かっていると言うのですか……!」

 

『元は我々の叡智だ。よって、この二人は確保する。貴様らに愚弄させるわけにはいかないのでな』

 

《ファーストヴィーナス》のパイロットは超越者の如く言い捨て、無重力区画を撃ち抜いて宇宙の外海へと漕ぎ出す。

 

《アイギス》の追っ手が迫ったが、どれもこれもおっとり刀の段階加速では《ファーストヴィーナス》の叡智に届かなった。

 

 やがて振り切ったのを確認してから、ザライアンは空間転移を認識していた。

 

 訪れたのは広く取られた操縦席である。

 

 まるで生物の臓腑の中のような複雑怪奇な形状を誇るコックピットにて、異形のパイロットスーツに身を包んだ相手が振り向いていた。

 

「無事で? 二人とも」

 

 咄嗟に声が出ない。

 

 それも無理はないだろう。

 

 拘束服の呪縛は未だ健在だ。

 

 ――否、それよりも。

 

 相手の相貌に息を呑んでいたのだろう。

 

「……僕、なのか……?」

 

「それは正しくない。私は右目だけが赤いからね」

 

 金色の髪をショートに整えた少女がオッドアイを振り向ける。

 

 赤と蒼の瞳。

 

 赤い瞳は血の色。もう片方はミラーヘッドの蒼にも似ている。

 

 彼女はこちらへと歩み寄るなり、自分の拘束服を触れるだけで排除していた。

 

「……君は……」

 

「エンデュランス・フラクタルでエージェントを務めていた。キュクロプスと言う」

 

 キュクロプスは完全に能力の削がれた拘束服へと視線を落とし、やがて踏みつける。

 

「忌むべき代物だね、これは」

 

「その……どう礼を言っていいのか……」

 

「別に、何でもない。私が君達を救ったのは翻ってみれば自分の身可愛さだ」

 

「……それは、僕らが繋がっているからか」

 

「分かっているじゃないか。そうとも、私達、波長生命体は脳内ニューロンが発達し、思考拡張と呼ばれるものを操っている。この次元宇宙の猿共のように機械的なものではなく、先天的な素質として」

 

 こめかみを突いてみせたキュクロプスに、ザライアンはまだ横たわっているヴィヴィーに視線を振り向けていた。

 

 彼女は自分よりもなお色濃い拷問が加えられたようであった。

 

 恐らく、女性としての尊厳でさえも奪われるようなおぞましい拷問に晒されたに違いない。

 

 それでも《ネクストデネブ》に関しての一部でも話していないからこそ、自分もエンデュランス・フラクタルに捕獲されたのだろう。

 

 彼女が耐え凌いでくれたからこそ、自分達は全滅しないでいる。

 

「……ヴィヴィー・スゥの、彼女の治療を頼みたい」

 

「ここでは無理だね。一度重力圏へと降りよう。私達の足取りは、月面軌道にある限りはこの次元の猿共に察知されてしまう」

 

「……エンデュランス・フラクタルに潜入していたなんて」

 

「勘違いだね、それも。私は自分を一番に買ってくれる場所がエンデュランス・フラクタルの傭兵部門であったから、それだけの結果だ。君達のように、彼らに与えられた場所を駆使しなかった人間の末路さ」

 

 キュクロプスは思考拡張で《ファーストヴィーナス》を稼働させつつ、その赴く先はまるで予想出来ないでいた。

 

「……どこまで行くんだ? だってどこまで行ったって……彼らが……」

 

「だから、言っただろう? 星の重力圏ならば、少しはマシな抵抗に出られる」

 

 まさか、とザライアンは息を呑む。

 

「――地球に……降りるって言うのか……」

 

「ああ、重力の井戸の底にね。そうしなければ、月面では体のいい的になる」

 

「しかし……キュクロプス! 地球圏では、MFが十全な性能を発揮出来るかどうかなんて……! それに、四聖獣の動きはこの次元宇宙の者達に、要らぬ動乱を……!」

 

 そこまで口にした自分に、キュクロプスは冷たい眼差しを投げてから、頭一つ分高い背丈のこちらへと、手を添わせていた。

 

 首筋に這わされた指先が艶やかな意図を辿る前に、白銀の刃が現れる。

 

 絶句した時には、そのまま押し倒され、頸動脈の傍に冷たい刃が触れていた。

 

「私に命令するな。そして、もう一つ。この次元宇宙の猿共を、何故、お前は気に掛ける? 所詮は純正殺戮人類(ナチュラルキラーエイプ)だ。“破局”の形が変わっただけに過ぎない。私達がこう着状態を続け、そしてこの星の人類に叡智を与え続けるだと? それは延命措置を施された老人に打つ栄養剤と何が違う? 我々がここまで耐え忍んできたのを、奴らは踏みにじった。よって、報復を行う。《ファーストヴィーナス》、明けの明星は今日をもって、この星の重力圏へと絶望の音色を伴わせて落着する。そして第一段階が訪れるであろう。破滅への葬送曲だ」

 

 やめろと命令する事も、やめてくれとも懇願出来ない。

 

 彼女はもう充分に待ったとでも言うように、その隻眼の赤に意志を滾らせている。

 

 復讐の意志であった。

 

 この次元宇宙への、明確な叛意。

 

 一匹たりとも逃がしはしないという破壊への衝動。

 

「……それしか……ないのか……」

 

 ようやく出た言葉は我ながら女々しさの塊で、キュクロプスが刃を離す。

 

「ない。諦めるんだな。もう、転がり出した石だ。《ファーストヴィーナス》はこれより、星の重力圏へと突破軌道に入る。大気圏突破シークエンスに移る。邪魔をするな」

 

 身を翻したキュクロプスが自分の《フォースベガ》とも違う叡智の塊で構築された操縦席に座り、その両腕をゼリー状のアームレイカーに突き刺す。

 

 すると、全面に構築された画面が切り替わり、無数の照準補正が地球の重力圏を保護する防衛網を睥睨していた。

 

『軌道艦隊を目視距離で確認。アイリウム認証――地球連邦軍です』

 

「アイリウム……まさか、この機体が原初なのか……」

 

「蹴散らす。相手はアルチーナ艦であろう。少し面倒だが、いつもの癇癪だ。レヴォル・インターセプト・リーディング。ミラーヘッドを行使」

 

 瞬間、《ファーストヴィーナス》が無数の金色の帯を纏う。

 

 それは鎧のように《ファーストヴィーナス》を保護し、全ての攻撃を弾き返していた。

 

 反射皮膜として有用な攻勢を、逆立たせて《ファーストヴィーナス》はそのまま反転。

 

 敵勢へと放射する事で広範囲の攻撃に転ずる。

 

 艦隊規模に突き刺さっていく黄金の帯が燐光を放出し、次々とアステロイドジェネレーターに引火して収縮爆発を引き起こす。

 

「……これが……始まりの使者の力……」

 

「――《ガンダムレヴォルファーストヴィーナス》、標的を殲滅する」

 

 その言葉尻の冷たさをそのまま具現化したかのように、射程圏内に速射された帯が艦艇を射抜き、MS部隊を根こそぎ叩き割っていく。

 

 あり得ざる、人類の明けの明星。

 

 禁忌の黎明。

 

 やがて赤色の熱波が押し寄せてくる。灼熱の旋風が、重力の投網を感じさせた。

 

「……これが……星の重さ……」

 

「《ファーストヴィーナス》、大気圏突入シークエンスに移行。機体制御を、レヴォル・インターセプト・リーディングに任せる」

 

『了解。“それにしたって手痛いじゃないか、キュクロプス。こちらとしても想定外に等しい”』

 

 どこか、フランクささえ漂わせたアイリウムの認証に、ザライアンはうろたえていた。

 

「……この声は……」

 

「性質の悪いアイリウムの音声だ。《ファーストヴィーナス》、いつものお喋りはやめてもらおう。今は、そんな場合じゃない。お喋りをしているような余裕もないし」

 

『“これはこれは。いつもならお喋りなお前らしくないな、キュクロプス。二人に、名乗らせてもらってもいいだろうか”』

 

「勝手にしろ。これだから、レヴォルの意志と言うのは勝手が悪いんだ」

 

『“では失礼するぞ”』

 

 その瞬間、眼前に円形のコミュニケートサーキットが構築される。

 

 投射映像の類だが、まるで脳内に切り込んで来るかのように、声が浸透していた。

 

『“これは……生態データがお前と同じだ。一体どういう事なんだ?”』

 

「先んじて得られていたデータ通りって事だろうし、次元同一個体、ドッペルゲンガー。……どういう言い方でも出来る」

 

『“お前と同じ、波長生命体、か。そして、レヴォルの意志に選ばれし存在でもある”』

 

「レヴォルの……意志……?」

 

「同レベルのアイリウム技術があるとは想定しないほうがいい。《ファーストヴィーナス》、コミュニケートモードを30セコンド後に終了。後は機体制御を頼む。余計な勘繰りで大事な機体を沈めさせないでくれよ」

 

『“手厳しいな、お前は相変わらず。では、こちらはこの程度で挨拶はそこそこにするとしよう。地球重力圏へのアクセスを開始する。如何に叡智の塊とは言え、これまで重力圏に降り立った事はない。データにない事だらけだぞ”』

 

「構わない。私は少し休もう。休眠モードに設定。《ファーストヴィーナス》は不時着地点を設定すべし」

 

『“了解だ。”……コミュニケートモード終了。これより専任ユーザー、キュクロプスの休眠を優先し、システムは自動で最適解を編み出します』

 

「頼む。……どうした? ここまで拷問されてきたんだろう? ちょっとは休むといい。地球重力圏に降りてからでは、連中の領分だ。どこで察知されてもおかしくはないよ」

 

 落ち着き払ったキュクロプスの態度に、ザライアンは思わず問いかける。

 

「その……僕らからしてみれば意想外だらけなんだ。まず……地球に降りた事なんてあるのか?」

 

「ない。ないから警戒している。どれだけ思考拡張の範囲が広くっても、私はせいぜい、月軌道の本社から飛ばす程度だし。そこに転がっている女のほうが、思考拡張では一番でしょ。どれだけ離れていても《ネクストデネブ》を呼べるはずだからね」

 

 ヴィヴィーへと視線を流す。

 

 それが事実なのかは三年前の月軌道決戦が物語っていた。

 

「……分からないな。僕らは思考拡張でMFを呼べる。君だって、危ない事には変わらないはずだろう」

 

「ここに《フォースベガ》を呼ぶ? それはあり得ない選択肢だろう。第一、呼んだところで答えるかどうかの不明なままだ。私と同行したほうが勝率は高い」

 

「……勝率、か。君は何に勝つつもりだ? 本当に……勝利してみせる気なのか? 彼ら相手に……」

 

「ザライアン・リーブス、それにヴィヴィー・スゥ。君達はあの場で、服従をよしとした。その結果がこれだ。この次元宇宙の猿共は、驕り高ぶり、君達を確保して技術の粋をもたらそうとしている。猿に与えるのには過ぎたる叡智だ。彼らは何を考えていたと思う? あのエンデュランス・フラクタル本社で、君達はあのままならどうなっていたと考える?」

 

「……それは……」

 

 思わず絶句する。

 

 あのまま彼らに捕らえられていれば、恐らく死ぬまで拷問されていたか、あるいはどこかで意識の線が折れて全てを洗いざらい喋ってしまっていたかもしれない。

 

 それどころか、翻ればこの宇宙の人類を危険に晒す、あり得ざる技術を与えていた可能性だってあるのだ。

 

 それは彼らからしてみても本意ではないはず――いや、そもそも。

 

「……待て。じゃあ僕らに全てを吐かせて情報を……“彼ら”の存在を露呈させようとした。それはおかしいんじゃないか?」

 

「何もおかしくはない。統合機構軍ならやりかねる」

 

「そうではなく……! “彼ら”が――ダーレットチルドレンが最も優れた知性体だと言うのならば、これは変だ。どうしてこんな叛逆を阻止出来ていない? そもそもMFに対し、月のダレトを護るように言ってのけたのは“彼ら”のはずだ。なのに何故、僕らを危険に晒し、あまつさえ……MF存続さえも危うくさせた……?」

 

 キュクロプスは振り向き、何て愚鈍なのか、と瞼を伏せた。

 

「……それはダーレットチルドレンが……この星で最も優れた知性体ではない、という証明だろう。まさか、君達は信じていたのか? あの忌まわしいダーレットチルドレンが本当に、我々を導く知性体だなんて。見れば分かるだろう? あれは毒だよ。我々と言う存在への、忌避すべきそれそのものの」

 

 まさか、という思いがなかったわけではない。

 

 ダーレットチルドレンは、自分達との約束を違えなかった、などと言うのは信じたかっただけの抗弁だ。

 

 彼らはこの次元宇宙を守るために屹立し、そして矢面に立ってMFの脅威から人類を護っているのだと。

 

 そうなのだと思えなければ、だってそれはあまりにも――惨い結末であろう。

 

 ザライアンは膝を折っていた。

 

 へたり込んで、その事実に戦慄く。

 

「……だってそれは……それを疑い始めればだって……我々は最初から、謀られていたのか……? そんな事……あるはずが……」

 

「何だ、あの時点で、騙された事に気付けなかったのか。それは不幸だな、ザライアン・リーブス。もう二十年近くも経っているのに、今になって絶望を思い知るなんて」

 

 ああ、とザライアンは呼吸が浅くなっていくのを感じていた。

 

 絶望だけが重々しく降り立ち、全ての希望を薙ぎ払っていく。

 

 拷問をされても堕ちなかった気力が、気概が、崇高なる目的のための精神が――ここに来て限界を思い知る。

 

 まさにぽっきりと、折れてしまったのだ。

 

 これまで信じ込んできた世界が。

 

 これまでそうなのだと規定していた秩序が、正義が。

 

 ことごとく無駄なのだと断定され、そして目の前でがらがらと瓦解していく。

 

 その様は、まるで精神の崩壊にも似て。

 

「じゃあ僕は……何のために守って来たんだ……。何のためにこれまで……! 宇宙飛行士として……! この次元宇宙の人々に英知を授けてきたって言うんだ……!」

 

「全ては無為だった。ザライアン・リーブス。もう決断するといい。月軌道の調停は確かに必要だった。我々がいたずらに争い合ったところで仕方ないのは事実だろう。だが、それはこの次元宇宙を覆う支配者達の悦楽に過ぎなかった。それにこの時点で、気付けただけでも僥倖だろう。もう決めろ。守るべきは、この宇宙の猿共ではない。我々は――《ガンダムレヴォル》を駆るに相当する英雄。それぞれの宇宙で帯びた使命に忠実に、そして完遂すべき目的がある。その最終目標のために、残った命を燃やし尽くすべきだ」

 

「残った命を……。僕は……君達と遭遇すれば……消えるのだと、思い込んでいた」

 

「それは互いに情報不足であった。我々の存在はそれだけでこの次元宇宙を震撼させる。その事象には間違いないのだろう。だが、事情が変わった」

 

「事情? ……一体何があったって――」

 

「――七番目の使者に魂が宿った。この次元宇宙の猿……いいや、もう猿とは呼ぶまい。この宇宙における“私達”だ。その片割れが第一次接触を果たし、そして飛び立った。その翼を折るのは我々でなければいけない。ダーレットチルドレンに、ここから先は一手でも前を行かせてはいけないはずだ」

 

「……まさか。だが七番目には搭乗者が居なかったはずだ」

 

「そう、そうなのだと……我々は教えられていた。何せ、あれはこの次元宇宙の猿共のために遣わされた存在だ。この次元宇宙の人類のためのガンダム……。しかし事象特異点はここまで拡大を果たした。最早、事ここに至ってはただの敵と断定する事でさえも甘いだろうね。次に会敵すれば、容赦はしない。――エージェント、クラード。彼を殺すのは、同じ名を背負った我々の宿命だ」

 

「クラード……そうか。この次元宇宙にも、居るんだな? クラードの名を背負う者が……」

 

 ザライアンは立ち上がっていた。

 

 その瞳は使命に燃えている。

 

「……私も、半信半疑であった。三年前に死んだのだとばかり思っていたからね。でも、確かに彼はクラードであった。それは確認済みだ。《シクススプロキオン》、六番目の使者を抹殺し、遠大なる自分殺しを画策する愚者……。いいや、あれもまた“私”か。どこまでも……人の世はまかりならぬものだね……」

 

 寂しげに語ったキュクロプスに、ザライアンは宣告する。

 

「……もし、その七番目に乗ったのが間違いなくクラードであるのならば……僕は殺さなくてはいけない。それこそが……僕が英雄と成った証であり、《フォースベガ》を伴ってこの次元宇宙に堕ちた使命であるからだ」

 

「……そうかい。さほど目的が違いなくって安心もした。少し休んでからでいい。話を擦り合わせようか。我々が睨むべき……敵に関しての議論だ」

 

 それはきっと、遠く果てない物語の始まりであろう。

 

 

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