機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第150話「彼女らの庭」

 

「――ねぇ、ファム。聞いているの?」

 

「……ミュイ?」

 

 ティーカップを傾けたファムは紅茶をこぼしてしまっている。

 

「ああ、何をやっているのよ。シンディ、ちょっと来てもらえる?」

 

「畏まりました。ハンカチを」

 

 給仕の者達がすぐに集ってファムの指先を拭い、それからやけどがないか確かめる。

 

「ミュイぃぃ……ちからつよいよ……」

 

「我慢しなさい。シミに成ったらどうするの? で、どこまで話したっけ?」

 

「……ミュイ。キルシーはしゃこうかいにでるっていっていたよ?」

 

「そう、社交界。……今度の社交界は眉唾だけれど、王族親衛隊に発言力を持つと言われている貴族が出席するわ。その名を、リヴェンシュタイン家。現状の統合機構軍を裏から操っていると言われている陰のフィクサーね」

 

「ふぃくさー? むずかしいはなしをするね」

 

「うん……まぁファムにはちょっと難しかったか。要は、ね。これまでの社交界とは違う面々の登場ってわけ。そういう御仁を目の前にすれば、私達はお飾りでしかない。それはいくらフロイト家に力があったとしても同じ。あなたのクランスコール家にもね。リヴェンシュタイン家はこれまでも、幾度となく地球連邦、そして王族親衛隊にとってのアキレス腱であった。だからこそ、後生大事にされてきたのだろうし。でもここに来ての情報。……とは言っても、恥知らず経由なんだけれどね?」

 

 こう言った時に便利なのは幼馴染のコネクションか。

 

 ガヴィリアのぼやいた情報を嗅ぎつけて正解であった。

 

 少しなびいてやれば、あの「恥知らず」はぺらぺらと、聞いてもいない事まで喋り出す。

 

 そのよく回る舌で散々、これまで失態を重ねてきたのが窺えるほどに。

 

「ミュイ? はじしらず……?」

 

「何でもないわ。ファム、この先リヴェンシュタイン家の……誰なのかまでは不確定だけれど、そういった人物と遭遇する。私はその人物に……接触してみるわ。それが何よりも……私の求める真実に近いはずだもの」

 

「でも、そのひとはこわいよ?」

 

「……分からないじゃない。もしかしたら権威だけを振り翳すハリボテかも知れないし。それならこっちはこっちで好都合。私は言ってやるのよ。くだらない戦争はやめて、全てを白日の下に晒すべきだって!」

 

 そう断言するとシンディがぎろりとこちらを睨む。

 

 だが構うものか。

 

 彼女とて自分の主義主張を曲げる権利はない。

 

「……キルシーは、とってもつよいんだね」

 

「……強くないわよ。強ければ……あの日、お姉様の背中を止められたはずだもの。私は所詮、後悔ばかりを重ねてきただけの女。でも、次の社交界からは違う。私は私の手で……未来を切り拓く! そのためにファム、あなたには協力して欲しいの。私の数少ない……友人として」

 

「ミュイ? ファムとキルシーはもうともだち! ……じゃ、ないの?」

 

「ええ、友達よ。でも、こればっかりは私の家柄の力だけじゃどうしようもない。伝え聞いた限りじゃ、クランスコール家は世継ぎを望んでいるらしいじゃない。あの時の……禿げ上がった貴族に抱かれるくらいなら、自分の身は自分で一番に利用するのが、私達のような女に残された、唯一の抵抗のはずよ。ファム、クランスコール家の家柄を使って……リヴェンシュタイン家との密約を交わして欲しいの。そうすればもっと強固になるわ」

 

 ファムは首を傾げる。

 

 ――分かっている。

 

 自分は自分のエゴのために、ファムに望まぬ子を産めとまで言っているのだ。

 

 しかし、それほどの覚悟がなければ地球圏の平定は望めないだろう。

 

「ファムだって、これ以上人が死ぬのは嫌でしょう?」

 

「ミュ、イ……しぬの、いやーっ! しぬの、とってもこわいから……いやーっ!」

 

 喚き始めたファムへとキルシーは強く抱き留める。

 

 彼女の震えも、痛みも全部、自分が肩代わりする。

 

 そうしなければ、世界に平和は訪れない。

 

「大丈夫よ、ファム。……誰も死んだりしない。そういう世の中にしましょう。そのために……私達が人柱になる。そういう覚悟がなければ、きっと世界平和なんて夢想、叶うはずもないでしょう」

 

「ミュイ……キルシーはあったかいね。バーミットみたい」

 

「バーミット? ああ、あなたの使用人だったわね。その名前を言う時、あなた、とっても柔らかく微笑むから……きっといい使用人だったのね」

 

「ミュイ……! バーミット、すきー! ……でもおにになるのは、きらーい」

 

「その人はきっと……ファムの事がとても大切だから鬼にでも悪魔にでも成るのよ。私も……鬼と謗られようと……悪魔と罵られたって……やってやるわ。だってそれは……世界の……今も苦しんでいるたくさんの人達を救うためなんだから……!」

 

「ミュイ? せかいへいわ?」

 

「そう、世界平和よ! ファム! ……私はそのための聖女(ジャンヌ)に成りたい。だって、世界のために自分を犠牲に出来るのなら……その生には意味があったのよ。私達は所詮はお飾りだもの。いつかは男に抱かれて、そして子を産む。その後は……どうなるのかなんてまるで分からない。ぼろきれのように捨てられるかもしれないし、もしかしたらそんなささやかな幸せに意味を見出すのかもね。……でも私は……そんな惰弱の果ての安寧なんて……死んでも嫌なの……!」

 

「ミュイ……キルシー、とってもこわいかおをしてるよ?」

 

「ああ、ごめんなさい。せっかくのお茶会が台無しね。こんな話ばかりをして……。あなたを困らせている」

 

「ファムは、こまってないよ? キルシーとおいしいおかしたべられるの、とってもすきぃ……」

 

 解けるように微笑んだファムの面持ちに自分の頬も緩みかけて、否、まだ早いと制する。

 

「……ファム、私もあなたと一緒に居るのは好き。この時間が永劫なら、とまで思う。でも……そんな事は絶対にあり得ない。この世界に生かされている限り、私達は籠の鳥と同じなの。そんな籠の中で飼い殺しにされるか、それとも飛び立つのかは己次第……なら私は、自分の翼を誇りたい! そういう世界で生きてみたいの!」

 

「……ミュイ。キルシーのいっていること、はんぶんもわかんないけれど、でも、キルシー、とってもつよそう!」

 

「……あなたはそれでいいのかもね。この世界の悪意になんて晒されない、どこか別の世界に生きているみたいな感じで……。それがファム、あなたの役割なのかもしれない」

 

「やくわり?」

 

「そう。……お姉様がよく言ってくれていたわ。この世界に生まれ落ちたからには、誰しも役割があるって。その役割に殉じるか、それとも役割を放棄して逃げるかはその人間次第。私は……絶対に逃げたくない。自分の役割を果たさずして、誰かに引き金を任せるなんて……それは絶対に! やっちゃいけない事だから……!」

 

 だからどれほどの危険があろうとも、自分は前に進もう。

 

 それこそが、逃げないと言う証なのだから。

 

「……ミュイ! がんばればできる?」

 

「そうよ! ファム! 私達で世界を変えましょう! この諦観に沈んだだけの世界を! 私達の力で!」

 

 ファムは微笑んで、それから自分の手を握り返してくれる。

 

「……がんばる! ファム、がんばるね!」

 

「ええ! 頑張りましょう! ……世界を変えるのは、私達のような小さな意志でもあるのだという事を……この世界に示すのよ」

 

 その時、ファムの腹の虫がきゅうと鳴く。

 

 キルシーはフッと笑みを浮かべていた。

 

「……ファム、晩御飯も食べていく?」

 

「ミュイ! ばんごはん! ……でも、ブロッコリーはたべられないよ?」

 

 そんな浮世離れしたところもまた、彼女の魅力なのだろう。

 

「ええ、今日はシェフの腕によりをかけて、ファムの好きなものだけを取り揃えるわ」

 

 ファムが歓声を上げる。

 

 今は、彼女一人だけの歓声だが、いずれはきっと世界を塗り替えるだけの歓声に代わるはずだから。

 

 

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