「ユキノはどうなった」
断ずる論調で尋ねた自分にヴィルヘルムはカルテを手にして応じる。
「大事には至らなかった。今は医療カプセルで経過観察だな。……しかし、とんでもない事を仕出かしたものだ。我々が独立愚連隊のようなものだからまだしも、騎屍兵の……」
「ゴースト、スリーと名乗っていた」
「……やはり事前情報にあった通り、騎屍兵は名前が剥奪される。そのような組織形態を作ったのはともすれば……」
「統合機構軍。……俺からあの日、名前を永劫奪ったのと同じやり方か」
その張本人であるヴィルヘルムには思うところがあるのか、電子煙草に火を点けていた。
「……煙草、似合ってないって言っただろ」
「仕方ないだろうに。……わたしも似合う似合わないという論争に巻き込まれる。……この世に生きている人間は皆、その生き方に似合っているか、似合っていないかで生きるしかないんだ」
「それがお前の論法か、ヴィルヘルム」
紫煙をたゆたわせ、ヴィルヘルムは右頬を釣り上げて無理をして笑う。
「笑えるだろう? クラード。わたしを恨んだっていいはずだ。お前には別の道だってあった」
「それは死だけだ。流れ行く死だけを、俺は反芻するしかない。だがお前は別の道を与えてくれた。エージェントとして生き永らえる世界を」
「それは拒んでもいい選択肢だった。今になって思う。……わたしは何と……傲慢であったのだろうとね」
「ヴィルヘルム、尋問の時間だ。そろそろ行かないと、ユキノの傷も意味がなくなる」
「ああ、そうだな、クラード。……だが、お前は……わたしを許してくれるのか。地獄の炎で焼かれるのが似合いのこのわたしを……」
「生憎、まだ焼かれるのには早いだろう。お前は……まだこの世界と言う名の生き地獄で踊ってもらわなければいけない」
「それが咎人に与えられた宿業に相応しく……か。お前に説かれる日が来るなんてね。クラード、わたしはだが、もっと自由に生きていいのだと思う。お前が……そんな風に囚われる事もなく……」
エアロックを開き、クラードは促していた。
「時間だ。……問答も惜しい」
「分かっているさ。……皮肉な事に、トライアウトジェネシスでわたしより優れた有機伝導技師は居なかった。まだこれはわたしの役目なのだろうね」
「だが背負うのはお前だけじゃない」
その言葉にヴィルヘルムは煙草を灰皿に押し付けて白衣を纏う。
「……背負うのは、か。それもカトリナ君の論法かな?」
「いいや、俺の持論だ。何か可笑しいか?」
「……可笑しいだろうに。お前は、だって何に……希望を見出すって言うんだ。わたしが生み出した……破壊の手綱に……」
「業があると言うのならば、今はお前だけのものじゃない。俺が軽減出来るのならば背負う」
「……いいや、これはわたしの罪だ。罪は、自分で拭わなければ、それは贖罪とは呼べないはずだからね」
自分が先導すると、ヴィルヘルムは黙って付いてくる。
無数の無重力区画を抜けると、アルベルト達が固めている尋問室に至っていた。
「クラード……! ……あいつ、何かあるといけないからって、今はサルトルさんが……」
「ああ、パイロットスーツに何を仕込んでいるのかも不明だ。サルトルが見るのが正しいだろう」
「……ヴィルヘルム先生。ユキノは……?」
「彼女なら経過は順調だ。今のままなら次回の戦闘にも参加出来る」
ヴィルヘルムの澱みない返答に、アルベルトはしかし顔を歪ませていた。
「……いや、それはやめたほうがいいのかもしれねぇ。これ以上、ユキノを傷つけるこたぁ……」
「アルベルト。今は、捕獲した騎屍兵の尋問だ」
「あ、ああ、そうだったな。……オレはまた、怒りに囚われて……」
ヴィルヘルムが隔壁を抜けていく。
椅子に拘束された相手にはこちらも手が出せないらしく、ヘルメットも被ったままであった。
「クラード? 何とかなったのか?」
「それはこっちの台詞だ。……進展は?」
「あればまだマシだよ。死んではいないが、何も喋らない。……ヴィルヘルム先生に頼んで、少しは……」
「バイタルサインは安定している。ヘルメットを外してもいいだろうか? 騎屍兵のパイロット」
その時には、先ほどまでの泣き言は封殺して、ヴィルヘルムは専属医師としての言葉を発していた。
サルトルは周囲を見渡した後に、ヘルメットのロックに指をかける。
ともすれば、それだけで自爆もあり得る緊張感。
しかし、騎屍兵は動こうともしない。
ヘルメットの中から出てきたのは雪月を思わせる長い白髪であった。
白髪をうなじで結って、その騎屍兵は――死んだような面持ちを崩さない鋼鉄の兵士はゆっくりと面を上げる。
首筋から頬に幾何学の紋様が刻まれており、それが思考拡張の強度を示していた。
「……はじめまして、と言うべきかな。それとも戦場では何度も会っているから、今さらだとも?」
「……何故、私を殺さない。お前達の同朋を殺そうとした。激情に駆られて殺したっていいはずだ」
「それにしては釣り合いが取れないのでね。君一人の命だけでも、騎屍兵のテストケースだ。大きな分岐点となるだろう」
「私はただの死者。それ以上でも以下でもない」
「《ネクロレヴォル》を動かせる。それだけでも価値は高い」
「……あれは騎屍兵なら誰にでも従う。この思考拡張を施された人間ならば、誰でも等価だ」
「興味深い事象だな。わたしの知るレヴォル・インターセプト・リーディングは乗り手を選ぶんだ。だが聞いた限りでは、そうでもないらしい。我々の関知するレヴォルの意志とは違うのか?」
「知ってもそちらに稼働させる術はない」
「どうかな? こちらには《オリジナルレヴォル》の乗り手が居る」
その段になってようやく、ゴースト、スリーの瞳が自分へと向けられる。
薄紫色の虹彩は、何もかもを絶望したような諦観を浮かべていた。
「……お前が《オリジナルレヴォル》の乗り手か」
「そうだ。貴様らは何だ? 《ネクロレヴォル》のシステムはレヴォルの意志そのものだ。だが、そんな簡単に俺の知る《レヴォル》が明け透けにシステムを委譲するはずがない。何か……カラクリがあるな?」
「どうだろうか。《レヴォル》が優位性を保っていた頃からもう三年が経つ。いい加減認めたらどうだ? レヴォルの意志とやらは解析され、現行人類はその段にまで至ったのだと」
「それは俺の中の叛逆の意志が拒んでいる。《オリジナルレヴォル》は、まだお前らの手の中にない」
断言した自分に、スリーはフッと笑みを刻んでいた。
「……ああ、死んでも笑えるものなんだな。初めて知ったよ、《オリジナルレヴォル》の乗り手」
「……お前らは何だ? 何故……レヴォルの意志を使用出来る?」
「尺度の違いだ、《オリジナルレヴォル》の乗り手。我々はあくまでも、遠大なる観測者の先端として存在しているだけ。それは大きな目線で観察すれば、自ずと答えは出る」
「話を戻していただきたい。君一人でも、わたしは切り札になるのだと思っているんだ。ある意味では交渉材料にも」
「それは不可能だ。私一人が捕らわれた程度では、決断は覆らない。この艦は墜ちる、それだけが明瞭な答えだ」
「それなのだがね、少しだけ妙な点があるんだ。列挙しても構わないだろうか」
ここに来てこちらの攻勢にスリーは僅かに言葉を仕舞う。
ヴィルヘルムが応戦の言葉を吐いたのが想定外であったらしい。
「……妙な点?」
「ああ。まずは一つ……レヴォル・インターセプト・リーディングの特性上、君達は思考拡張によって分別され、そして個別ごとにシステムが存在していると。……わたしの仮説ではあったが、そうなのだと思っていた。《ネクロレヴォル》のシステムは個体に由来するものだと」
「……その通りだ。《ネクロレヴォル》は私に従う。そこの《オリジナルレヴォル》の乗り手と同じく、その叡智は既に私達にもたらされた」
「だが、違う。それは大きな勘違いであった」
ヴィルヘルムは迷いを浮かべずに、そう断言する。それにはスリーもうろたえたようであった。
「……勘違い? その解釈で合っている。どのような意図があろうと、それが真理だ」
「だが真実ではない。そこにはあり得るべき答えを示すだけの論拠と……そして何よりも心がない。そんなものは真実とは程遠い。……よって、ね。わたしは一つ、考えを巡らせてみた。《オリジナルレヴォル》と君達の呼ぶ存在、当初の推論はレヴォルの意志は暴かれ、その技術は完全に個別化されて存在し、技術体系として確立されたのだと。……そう思っていたのだが、幾度となく君達の戦いを目にしてみて、別の疑問が生まれた。命題はこうだ。“――では何故、《オリジナルレヴォル》はたった一人の乗り手しか選ばなかったのか?” この問いに対し、君の答えを聞きたい」
「……馬鹿馬鹿しい。今自分で言ったではないか。《オリジナルレヴォル》の叡智は解析され、解読され、もうオープンソースに成ったのだと」
「その前提だ。わたし達は大きな勘違いをしていた。もう《オリジナルレヴォル》は暴き尽くされ、そして最早、その技術の意味なんてないと。……ではそう考えるとまた新たな疑問が出る。どうして、現状の第四種殲滅戦は崩壊していないのか」
「……第四種殲滅戦は上位オーダーと下位オーダーの関係性によって成り立つ戦争のシステムだ。《ネクロレヴォル》が闊歩すれば、それだけこの現状のシステムに対しての懐疑が生まれる。……だが何故だ。何故……それを擁するクロックワークス社は打撃を受けていない? むしろ、第四種は崩れてはいけない前提のようでさえもある。俺も、長く戦場を渡り歩いて疑問ではあった。《ネクロレヴォル》が、騎屍兵が新たな法であるのならば、もう秩序は形態を変えているはずだ。クロックワークス社の独占状態はどこかで瓦解している」
「つまりは、だね。わたしもクラードも言いたいのは一つなんだ。――《オリジナルレヴォル》は、まだ暴かれてなどいない。解析不可能、解読不可能なブラックボックスのままだと。だからこそ、君達は特殊なシステムを用いている。《ネクロレヴォル》に搭載されているのは、ただのレヴォルの意志のデッドコピーなどでは、ないのではないか?」
「……分からないな。それだと私達は自分達でも解析されていない未知のシステムに命を預けている事になる。そのような事実は軍部にとって都合が悪いはずだ」
「そう、都合が悪い。だと言うのに、騎屍兵は成り立っている。この両論に答えを出すとすれば、それは時間稼ぎではないのか。わたしはそう感じた」
「時間……稼ぎだと……」
事ここに至ってようやくスリーが感情らしい感情を見せる。
ヴィルヘルムは、仮説だが、と前置いて言葉をぶつける。
「《オリジナルレヴォル》がまだ暴けていないのだと想定すれば、いくつか見えてくる。何故、騎屍兵は単独では出てこないのか。……クラードが目にしたのはイレギュラーだ。基本的には、騎屍兵は単騎戦力では決して前に降りない。その事情は、君達の頬にまで至っている大規模な思考拡張、それが答えなんじゃないのか」
スリーの頬に刻まれた刻印はまさしく彼女の名を示す「Ⅲ」にも映る。
ヴィルヘルムの肉薄に、スリーは苦渋を噛み締めたように顔を歪めていた。
「……勝手な事を言う。そんな論拠がどこにある?」
「論拠はこれから探せばいい。そう仮定すれば、《ネクロレヴォル》に搭載されているレヴォルの意志の正体も自ずと見えてくる。あれは……単体では完成していないんだ。総体でのみ完結する不完全なシステム……それぞれの存在で希釈し、世界を欺く意志をさらなる知性で欺く。わたしもこれは突飛な説だとは思っているのだが、君を前にしてより自説を強固に出来た。《ネクロレヴォル》は複数個体での思考拡張によって《オリジナルレヴォル》の持つ上位オーダーにアクセスし、その恩恵を受けているだけの下位オーダーの集合体。即ちこれまでの第四種殲滅戦のルールは覆ってはいけないんだ。何故なら《ネクロレヴォル》の持ち得るアドバンテージは第四種殲滅戦ありきのものであるからね。このルールが如何に形骸化していたとしても、君達だけは必死に守らなければいけなかった」
そこまで口にして、ヴィルヘルムは一度、論調を切っていた。
スリーの返答を聞きたかったのだろう。
事実、彼女は沈黙していた。
下手に抗弁を発すれば自分が愚かにも語るに落ちてしまうのだと理解しての静寂だろう。
「……で、ここまでの論法に無理なものや、無茶なものがあっただろうか」
「……そう思いたければ思うがいい。だが《ネクロレヴォル》は第四種殲滅戦のルールそのものを塗り替える」
「それ自体は事実だろう。いいや、事実でなければいけない。《ネクロレヴォル》は絶対の理だ。それを理解しての、秩序の構築。世界の成り立ち……それこそが君達の望むべくして望んだ答えだ。騎屍兵は新たなる社会秩序のために存在している。死者であってもね」
立ち上がったヴィルヘルムにスリーは応じなかった。
「……ヴィルヘルム、もういいのか?」
「答えは聞けた。彼女自身が自覚してようといまいと……。わたしの論法に沈黙を充てようと、抵抗をしようと、何かが得られると信じて話した甲斐はあった」
「この艦は轟沈する。間もなくだ。騎屍兵に容赦はない」
恐らく、それが最も愚鈍に沈んだ抗弁であったには違いないのに、スリーは言葉にしていた。
「ありがとう。君の口からそれが聞けてよかった。わたし達は、遺恨なく、抵抗を続けられる。クラード、一旦戻ろう。作戦会議を、行わなければいけなさそうだ。……我らがリーダーとね」
「……はい。こちらではモルガンの動きをモニターしています。……ええ、つつがなく。……でもいいんですか? こんなの……どうあったって不思議じゃないのに」
『構わないとも。それより、心配なのは君のほうだ。レジスタンス組織の中には軍警察に反感を抱いている者も多いと聞く。オフィーリア……だったか、そちらの新鋭艦は。統合機構軍と矛を交えたとなれば自ずとそう言った勢力との渡りも大変になってくる』
「……お気持ちは結構です。それでも、進まないといけない……」
カトリナは通信先の相手に強く応じていた。
自分の愚鈍な行いのせいで、ユキノを傷つけてしまった。ならばもう、退路なんてないはずだ。生半可な気持ちで戦っていけるはずがない。
『……強いな、君は。ならばこちらでも支援の方針を取ろう。だが……コロニー、ルーベン……。トライアウトの息がかかったコロニーでは少々、表立った補給は受け辛いはず。個人的に会わないか? 一度、会って話をしないといけないと思うんだ。だって、もう統合機構軍のレジスタンスとしては、さすがにやっていけないだろう。こちらでモニターしている抵抗勢力にも連絡を付けなければいけない。……僕も辛い身分だが、それでも君には強いる事になる。血濡れの淑女(ジャンヌ)としての立ち回りをね』
「……感謝はしているんです。だって、ここまで……色々あったけれど、あなたが支援をしてくれると言い出してくれなければ、そもそもエンデュランス・フラクタル本社とは渡りも付けられなかったでしょうし……」
『感謝はこちらもしているんだ。君達の寄る辺になれている事、何よりも意義があるのだと』
「いえ……っ! 昔馴染みじゃないですか。なら、私も覚悟しないといけないと思うんです……。自分に何が出来て、何が変えられるのかって」
『強くなったと……僕は思うよ。個人的はとても、ね』
通話先にカトリナは微笑みかける。
「ありがとうございます。……そろそろ切りますね。支援感謝します。――ハイデガー少尉」
「……支援感謝します、か。まったく君は、変わっていないな」
ハイデガーは通話を切って、口元に笑みを刻んだ後に、これまでのログを参照する。
ログから位置情報を辿れば、航路も自ずと見えてくる。
「……コロニー、ルーベンを辿るのは本当みたいだな。問題なのは、軍警察に渡りを付けられると、これまでの僕の所業が水の泡になってしまいかねない。ベアトリーチェを生かさず殺さずで、これまで立ち回って来たんだ。最後の最後まで、足掻いてくれよ、カトリナ・シンジョウ。期待の新人さん。そうじゃないと……狩り甲斐もないからね」
振り返った先に広がっていたのは大回廊である。
数隻のレジスタンス組織の艦艇が集い、自分の次の言葉を待っている者達がMSのコックピットより顔を出す。
「皆の者! 血濡れの淑女(ジャンヌ)、カトリナ・シンジョウより神託を賜わった! 対抗勢力の艦の名前はオフィーリア! 軍警察と癒着している模様である! 喜ぶがいい、これまで諸君らは耐えに耐え、そして忍びに忍び、ここまで辿り着いた! カトリナ・シンジョウを旗印として、我々は抗うべきである! 軍警察に降った者達に死を! カトリナ・シンジョウの名において鉄槌を!」
鉄槌を! とうねりのような声が津波のように押し返してくる。
そうだとも、天罰が下らなければおかしい。
自分の感じた惨めな思いを、噛み締めたまま死ぬがいい。
「……それこそが、僕の講じるこの世界への叛逆だ……。そして、生きていたなんてな、エージェント、クラード……ッ!」
RM施術を受けた眼球の瞳孔が収縮し、かつてのクラードの映像を脳髄に投影する。
――ああ、怒りだけでどうにかなってしまいそうだ。
苦しみだけで、嫉妬だけで魂の根幹まで狂わされる。
ここまでの狂気、ここまで育んだ復讐心。
放つべきだとすれば、それは今のはず。
「者共かかれ! 敵はオフィーリアにあり! 世界を謀った敵の名前は――ガンダムッ!」
腕を掲げると、それだけで人々の怨嗟と憤怒を指揮している気分になる。
彼らの怒りは、苦しみは、全て自分が一心に引き受け、そして刃となって目標の首筋を掻っ切るであろう。
その恍惚の瞬間を心待ちにして、ハイデガーはレジスタンスを扇動する。
「敵は見えた。さぁ――叛逆の時だ」
第十五章 「憤怒の先に待ち受けるものよ〈デッドエンド・オブ・ラース〉」了