敵勢は《アイギス》とは言ってもほとんど型落ち品に等しい。
最新鋭機であるはずの《アイギス》でも、前期生産型と呼ばれるミラーヘッドへのラグが発生するタイプであった。
「……《ダーレッドガンダム》、このまま敵を駆逐する」
腰部にマウントしたビームライフルを速射し、敵の飽和攻撃に備える。
光条が戦域を貫く中で、こちらへと仕掛けてくる艦隊を視野に入れていた。
「あれが……敵だと? 統合機構軍の戦艦、それも一世代前の代物だ。ヘカテ級戦艦を確認。オフィーリアへ。分析を乞う」
『こちらオフィーリア。……クラード、その艦隊はこれまで、カトリナちゃん達の味方だったレジスタンス組織のものらしいわ。どういう意味なのか、問い質しているけれど、それでも分からないみたい……。分かっているのは、ハイデガー少尉がそこに居る事だけ』
「ハイデガー? ベアトリーチェに居た軍人か。何故、今になって……」
『分からないけれど、話し合いで済みそうにないのは確か。レジスタンス組織があたし達を攻撃する意図が相変わらず不明なままだから、艦隊への攻撃は留意して、あんたはオフィーリアへの飽和攻撃を防いでちょうだい』
「了解。……だが、何故だ。何故、今さら……ハイデガーという……」
しかし迷っているような暇はない。
クラードは《ダーレッドガンダム》を先行させ、ミラーヘッドを展開してみせた《アイギス》が両翼を広げたのを感じ取る。
「ミラーヘッドの攻勢に出るか。だが……動き自体は素人のそれだ。《ダーレッドガンダム》なら……」
その時、不意にオープン回線が開き、《アイギス》乗り達の声が響き渡る。
『この――ガンダムが! 俺達の道を惑わせて!』
「俺が? ……そんなつもりはない」
ビームサーベルを抜刀した《アイギス》に、クラードは小太刀で応じつつ、背後へと回り込んだミラーヘッドの分身体を振り向きざまに引き金を絞って撃ち抜いていた。
破裂した分身体を蹴散らし、《ダーレッドガンダム》が噴煙を引き裂いて逆手に握り締めた小太刀で応戦し、相手の太刀筋を上回って両断する。
『……ガンダム……!』
ここで迷っているような時間はない。
次々とミラーヘッドの物量戦闘に入っていく敵勢を一機だってオフィーリアにまで届かせるわけにはいかなかった。
ビームライフルを速射し、分身体へと撃ち込みつつ直上へと躍り上がって艦隊を見据える。
「……やはり敵母艦を叩くのが早い。《ダーレッドガンダム》! このまま、敵の本丸を撃ち抜く!」
いちいちミラーヘッドの軍勢を相手取っていればこの戦いは泥仕合になる。
小太刀を背負った大太刀に連結させ、両刃を掲げ、《ダーレッドガンダム》はヘカテ級のブリッジを横切る。
会敵の瞬間にブリッジを叩き割り、沈みゆくヘカテ級を眺めていた。
「……こいつらは何だ? 軍警察でも、統合機構軍でもないって言うのか?」
あまりに迂闊だ。
《アイギス》の配備も、それに伴う艦隊の守りも薄く、どれもこれも中途半端。
これでは撃ってくれと言っているようなもの。
「こいつらの本隊は……あれか」
艦隊の奥に陣頭指揮を執っていると思しきヘカテ級戦艦を視野に入れる。
《ダーレッドガンダム》が空間を駆け抜け、艦砲射撃の光芒を潜り抜けていく。
「悪いが長引かせるわけにはいかない。《ダーレッドガンダム》で、一気に決める……!」
『――それはどうかな。エージェント、クラード』
その言葉に反応する前に、最奥の戦艦の下腹部が開き、引き出されたのは甲殻類を想起させる巨躯であった。
「……まさか、MAだと」
『MA《カトブレパス》、禁断の獣だ。貴様に止められるか? 我が恩讐の、その結実を!』
《カトブレパス》と呼ばれた機体は高出力推進剤を焚いて一挙にこちらへの距離を詰めてくる。
無数のアームが挙動し、ビームの光芒が弾け飛んでいた。
クラードは空間を奔る光軸を回避しつつ、ハイデガーの声に応じる。
「どういうつもりだ。今、オフィーリアへの叛逆を行う意図が分からない」
『分からない……だと。そんなだから! 貴様は僕の気持ちなんてずっと無視して、カトリナさんと一緒に居られるんだろうに!』
「……カトリナ・シンジョウが何だって言うんだ。お前は、どういうつもりで……!」
『どういうつもりと言うのはこちらの台詞だ! 分かるまい! 全てを手に入れたと思えば、それは全て、最初から掌から零れ落ちていた側の人間の事なんて!』
《カトブレパス》は超振動クローを下部に四本備えており、直後にはワイヤーで繋がれたそれらが射出されていた。
一撃目はかわすも次手、そして三手目と、こちらの位置関係を完全に把握したように機動する超振動クローにクラードは歯噛みしていた。
「……全身RMか」
『貴様は僕から全てを奪った! 懺悔の時だ、エージェント、クラード!』
「俺は貴様から何かを奪ったようなつもりはない」
『その傲慢さが、僕を苛立たせる!』
四本のクローの連撃はどれもこれも掻い潜るのが精一杯だ。
攻勢に出ようと思えば、確実にハイデガーの命を啄んでしまう。
だがこのまま守りに打って出るだけでは確実な損耗もあるであろう。
クラードは《アイギス》同士が戦闘宙域に出陣したオフィーリアの様子を横目にしていた。
『余所見なんて! ガンダム!』
《カトブレパス》がすれ違いざまに格納していたブレードを現出させ、斬撃を浴びせ込んでくる。
大太刀でその一閃を受け止めたものの、相手の出力値の高さに弾かれてしまう。
「……何を求める! この戦い、何のためにお前はそこまでするんだ!」
『知れた事だろう。貴様が奪った、僕の椅子を。僕の立ち位置を。それらを全て取り戻す。三年間……三年間だぞ! どれだけ待った事か、この時を! 《レヴォル》だって、僕が一番うまく使えるんだ!』
急降下してきた《カトブレパス》の四本腕を、クラードは回避運動に移りつつ、太刀筋を閃かせてワイヤーを断絶していた。
クローが宙を舞う中で、《ダーレッドガンダム》を肉薄させる。
「望みも何もなく……ただ漫然と戦うと言うのか。それが正しい事だとでも言うのか!」
『お前は奪った側だから分からないだけだ! それを持たざる者の視点に立ってみろと言うのが、何故分からない!』
「……俺は奪還者だ。だからこそ、お前の気持ちには寄り添えない……」
『黙れ! 簒奪者がそれらしい事を並べて、それで立ち回っているんじゃないぞ!』
残り三本のクローが武装に絡みつく。
超振動が至り、マニピュレーターが武器を取り落としていた。
全身に装備したビームタレットより照準した《カトブレパス》に、クラードは歯噛みする。
『そぉれ、墜ちろ!』
「……残念だが、俺はまだ死ねない。死ねない理由がある」
その瞬間、手離したはずの両刃の剣が二本に分断される。
《ダーレッドガンダム》の袖口から伸長させたワイヤー武装が刃の柄頭に絡みつき、両腕を振るい上げると共にクローを寸断していた。
小太刀がビームタレットの砲塔に突き刺さり、延焼の炎を巻き上げる。
『何だと!』
「お前が思うよりも、俺のほうが上手だという事だ」
加えて大太刀を手元に引き寄せ、こちらへと加速してきた《カトブレパス》へと、斬撃を加えていた。
ビームタレットが根元から切り裂かれ、噴煙が舞う。
『貴様ァ……ッ!』
「悪いな。俺はこんなところで、敗北している場合ではない」
小太刀をワイヤーで引き戻す際に敵機の推力が僅かに落ちる。
その隙を狙い、一瞬にして接近せしめたクラードはすれ違いざまにメインカメラへと小太刀を薙ぎ払っていた。
《カトブレパス》のモノアイカメラが砕け、機体を翻した《ダーレッドガンダム》がその装甲へと大太刀を突き立てる。
スパーク光が散る中で、両刃を接続させ、大上段に掲げて最後の一撃へと繋げる。
『エージェント、クラードォッ!』
「俺達の道筋を阻ませやしない」
両断する。
それで終わりだと思っていた。
如何に装甲が堅牢であろうとも、コックピットさえ潰せば決着がつくと。
《カトブレパス》が全身より爆発の光を伴わせる。
噴煙が迸る中で、クラードは相手を蹴って離脱挙動に移っていた。
「……《アイギス》部隊は、アルベルト達でどうにかなるか……。俺は艦隊を潰して、それで……」
その言葉尻を引き裂いたのは《カトブレパス》よりもたらされた熱源であった。
回避したクラードは装甲より引き出された鋭角的なフォルムを目にして驚愕する。
「……まさか、あれは……」
『……やはり重たいだけの鎧なんて、纏うものじゃないな。エージェント、クラード。貴様の実力、見誤っていた。それだけは告白しよう。やはり最初から――本気で向かうべきであった』
装甲の内側より出現したのは、灰色の機体色であったが、それでもその威容はまさしく――。
「《レヴォル》……だと」
『《ガンダムレヴォルテストタイプ》。あるいはこうも呼ぶか。《レヴォル疑似封式第六形態》、とも。貴様が乗りこなしていた《疑似封式レヴォル》、まさか僕に乗れないとでも思ったのか? ガンダムを操るのは貴様だけの特権じゃない!』
《カトブレパス》の装甲を引き剥がし、《レヴォルテストタイプ》が瞬時に《ダーレッドガンダム》との距離を詰める。
知っている。
自分はこの機体の性能を、誰よりも知っている。
だからこそ、分かる。
《ダーレッドガンダム》の性能では――魂を売り渡して真価を発揮する《レヴォルテストタイプ》を止められないのだと。
ハイデガーの操る《レヴォルテストタイプ》は頭部形状が異なっていたが、それでもこの三年間、自分の操っていた機体の上位互換だ。
獣の挙動で瞬時に直上へと跳ね上がった敵機に、《ダーレッドガンダム》が遅れた認識で刃を払うが、その時には相手の携えたヒートマチェットが《ダーレッドガンダム》の太刀筋を上回る。
叩きつけられた赤の残火に、《ダーレッドガンダム》の機体性能では時間稼ぎ程度にしかならないのは明白であった。
「……こいつ……」
『《レヴォル》は僕の物だ! それだけじゃない! レミア艦長も、バーミットさんも、ヴィルヘルム先生も、カトリナさんも! 全員、僕を見てくれる! お前に勝てば、みんなが僕を見てくれるんだ!』
「……錯乱しているのか。それとも……。いいや、今は問うまい。お前の自己満足のための戦場に、俺を巻き込むな。俺は……前に進むために叛逆する。その道筋を邪魔立てするのなら、お前とて敵だ」
『今さらの事を言う! エージェント、クラードォッ! 僕とお前は、絶対に分かり合えない!』
「ああ、そのようだな。……《ダーレッドガンダム》、ベテルギウスアーム、稼働」
武装が展開し、右腕を沈み込ませ噴出した蒸気と共に鉤爪が現出する。
『こけおどしィッ!』
「どうかな。それはお前が身をもって知る」
拡散重力磁場を用いての反重力皮膜。
それは《レヴォルテストタイプ》の太刀筋を根元からそぎ落としていた。
相手も馬鹿ではないのか、一度距離を取ってこちらの武装を観察する。
『……何だ、それは。攻撃したはずのヒートマチェットが、削がれただって?』
「悪いが説明している時間もなければ余裕もない。……一気に終わらせる」
『吼えるな! 簒奪者が! 僕から何もかもを奪っておいて、まだ貴様はそのような事をのたまう! ……ここで死ぬのは貴様だけだ!』
《レヴォルテストタイプ》の眼窩に赤い光が宿る。
恐らくはコード、マヌエルの使用。
掻き消える速度で《レヴォルテストタイプ》が《ダーレッドガンダム》へとその爪を撃ち込んできていた。
熱伝導の爪が食い込み、《ダーレッドガンダム》の装甲を融かす。
「……速度では分が悪い……か」
『負けを認めるんだな、エージェント、クラード。潔いのなら!』
「言ったはずだろう。俺は負けられない。そして、死ねない理由がある。お前が俺の前に立つと言うのならば、それは敵として処理するだけだ」
『それはこちらも同じ! お前は敵だ。見据えるべき、怨敵だ!』
《レヴォルテストタイプ》の爪が食い込んでくる。
鉤爪で応戦しようとしても、何もかも相手の速力のほうが上であった。
「……速度による圧倒。コード、マヌエルの特権か」
《レヴォルテストタイプ》の顎より封殺されていた熱量が噴き出ている。
コード、マヌエルの実行は機体にも大きな負担を強いるはずだ。
如何に全身ライドマトリクサーでも、その負荷からは逃げられない。
「……俺相手に捨て身の攻防か。それで何が救える。お前は俺に勝てれば何だっていいのか?」
『ああ、そうだとも! お前相手に勝てるのなら、魂だって機械に売り渡す! ……それで、僕はカトリナさんに……彼女が傍に居てくれるだけで……ッ!』
「分からないな。何故、カトリナ・シンジョウにこだわる」
『分かるまい! 持たざる者の気持ちなど! 貴様には分かるまいッ!』
すれ違いざまの一閃。
こちらも鉤爪に重力磁場を纏い付かせて応戦したが、相手はどうやらそれ相応のライドマトリクサーらしい。
こちらの一撃を掻い潜り、《ダーレッドガンダム》のアステロイドジェネレーター付近を狙い澄ます。
「……動力炉を狙うのか。厄介だな」
『言っていられるのも今のうちだ! いい加減墜ちろォッ!』
跳ね上がった《レヴォルテストタイプ》の赤い眼光に、クラードは鉤爪に宿った力をコックピット越しに込めていた。
「……手を抜いて勝てるような相手でもなし。加えて《ダーレッドガンダム》の能力だけでは頭打ちが来る。……ベテルギウスアーム、パラドクスフィールド……」
瞳孔で出力値を設定する。
その設定をこれまで収めていた臨界点よりもさらに高次に。
これまで放った事のない、最大出力へと。
《ダーレッドガンダム》の右腕が紫色の輝きを帯びていた。
掌底の形へと固定し、撃ち込んでくる相手へと応戦の構えに入る。
武装承認がアイリウム越しに成され、クラードは紡ぎ出された武装の名称を声にしていた。
「……出力臨界……! 最大設定に。撃ち抜け! パラドクス――ッ、ディフィート!」
瞬間、七色の輝きが《レヴォルテストタイプ》を包み込んでいた。
パラドクスフィールドの高重力の投網が敵機を捉え、そのまま押し込んでいく。
クラードは重力磁場による偏向で敵機は分解、あるいは圧死するのだと想定していた。
だが巻き起こった事象はそれを超える。
『な、何だ……? 何が起こっている……』
パラドクスフィールドの燐光が迸り、虹色の彼方へと《レヴォルテストタイプ》は吸い込まれていく。
想定外の事象にクラードは《ダーレッドガンダム》の右腕そのものが湾曲し、空間を飲み込んでいるのを関知していた。
「……何が……《ダーレッドガンダム》、何を引き起こしている……」
オォン、と何者かの吼える声を聞く。
それは獣の覚醒か。
《レヴォルテストタイプ》の像が歪み、軋んだ機体は砕けるよりも先に大きく形状を変移させていた。
『何なんだ! 全ての事象が……僕を……拒む?』
ハイデガーの悲鳴が通信回線に焼き付き、クラードは思わず問い返していた。
「何が起こっている? お前は……一体どうなってしまったんだ!」
『わか……わから、ない……。なん、なんだ……。きえる、きえて、いく……。ぼくが、ぼくで、なく、なって……』
光が収斂する。
全ての事象宇宙が彼方へと到達し、そしてハイデガーの操る《レヴォルテストタイプ》は、無数の大虚ろの向こう側へと吸引されていく。
「……これは……極小だが、ダレト、なのか……? 《ダーレッドガンダム》のパラドクスフィールドは、ダレトを生み出す……?」
ダレトの向こう側へと、ハイデガーの声が遠ざかっていく。
事象の連続体が切り刻まれ、《レヴォルテストタイプ》が少しずつ、寸断、分解、分散、消滅、誘因現象を巻き起こす。
やがて、何もかもが歪んだ世界より、声だけが明瞭な響きを伴ってクラードの耳朶を打っていた。
『……いや、だ……きえたく、な……い』
直後には、連続した大虚ろが収縮を引き起こし、現象を彼方の空に吹き飛ばしていた。