機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第156話「反証不可の世界で」

 

「いた、い……」

 

 ファムが膝を折る。

 

 思わぬ事態にキルシーは彼女の顔を覗き込んでいた。

 

「ファム、どうしたって――」

 

 そこで絶句する。

 

 ファムは息を切らし、熱病に浮かされたように青ざめていた。

 

「何が……誰か! ファムが……!」

 

「ななばんめ……ひらいた、とびら……」

 

「喋らないで! 誰か! すぐに呼べるお医者を! 大丈夫よ、ファム! 大丈夫だからね……」

 

 半分は自分に言い聞かせていたキルシーであったが、すぐにこちらへと駆け寄ってきた医者がファムの額に触れるなり息を呑む。

 

「酷い熱です。一度、医療ブロックに」

 

「頼むわ。お願い、ファム……。あなただけが、私にとっての寄る辺なの……」

 

 ファムの小さな手を握り返していたキルシーは、うわ言のようなファムの言葉を耳にしていた。

 

「クラー、ド……だめ……それは、ほろびのみち……」

 

 何を言っているのかは分からない。

 

 分からないが、キルシーは地球の重力圏より星空を仰いでいた。

 

 星々のトワイライトのどこかで、巻き起こっている何か。

 

 それにファムは感応しているのではないかと。

 

「……でも、じゃあ何だって言うの……。ファムは……一体……」

 

 その答えは出そうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何の光――ッ?」

 

 アルベルトは《アイギスハーモニア》でこれまで打ち合っていた敵との鍔迫り合いを収め、光の向こうへと視線を向けていた。

 

「オフィーリア! 戦局を! 一体何が起こりやがった!」

 

『分からないわ。こっちでも計測不能なのよ』

 

 バーミットの声にアルベルトは敵勢が一斉に矛を収めたのを目の当たりにしていた。

 

「……動きが止まった? クラード!」

 

『小隊長! 前に出過ぎては!』

 

「今行かなくって、いつ行くって言うんだよ! オレは敵をすり抜けてクラードの応援に向かう! オフィーリアの守りは頼むぜ!」

 

 しかし、敵の軍勢はまるで硬直しており、自分の行く手を阻むMSは一機も居ない。

 

「……何だってんだ、こいつら……。急に棒立ちに成りやがって……」

 

 だがその不明瞭さを明らかにする前に、アルベルトは何もない宙域で右腕の特殊武装を展開したままの《ダーレッドガンダム》を視野に入れていた。

 

「クラード! 聞こえっか! クラード!」

 

『……アルベルト、か……』

 

 どこか茫然自失にも聞こえる響きに、何かあったのは疑いようもなかった。

 

《アイギスハーモニア》で相対速度を合わせ、《ダーレッドガンダム》に接触回線を開く。

 

「クラード! 何があった! ……今さっきの光は……」

 

『俺にも分からない……。パラドクスフィールドの出力を最大に設定した、それだけのはずだ。だって言うのに……ハイデガーが、敵機が消失した……』

 

「敵機の消失? そんな事が……」

 

 だが事実、周辺宙域には当初戦闘していたMAの残骸はあるものの、敵MSの欠片さえも漂っていない。

 

「……とにかく、敵は棒立ちだ。今なら、交渉も出来るんじゃねぇのか? だって、相手の頭目が消え……いや、待て。クラード。相手の頭目の名前は……何て言うんだ?」

 

 どうしてなのだか、先ほどまでクラードが戦闘していた相手の事が、靄がかかったように思い出せない。

 

 その不明にアルベルトは問いかけていたのだが、クラードは応じる。

 

『ハイデガーだ。知らないわけじゃないだろう』

 

「いや、ちょっと待ってくれ。……オレはレジスタンス組織の頭になんて、知り合いは……」

 

 どうしてなのか。

 

 クラードの言っている名前も、どこか遊離して聞こえる。

 

『……ふざけているのか? ハイデガーは……元々はベアトリーチェに派遣されていた統合機構軍の……』

 

「いや、ちょっと待ってくれ、クラード。ハイデガー? そんな名前の奴……知り合いには居ねぇはずだ。何かの勘違いじゃねぇのか?」

 

『……そんなはず……! アルベルト、この戦闘宙域はハイデガーのせいだ。奴が、俺達への報復攻撃を仕掛けてきたのが……!』

 

「いや、待て、待ってくれ。……本当に、分からねぇんだ。お前の言っている事が……。オレも、不思議なくらいさ。何で……聞き覚えのない言葉を、オレは……いや、やっぱ駄目だ。クラード、本当に相手の頭目の声を聞いたのか? 相手がそう名乗ったって?」

 

『何を言って……。奴は俺達に宣戦布告をしてきただろうに……』

 

 だが何度反芻しても、クラードの言葉に現実味はない。

 

 いや、もっと言ってしまえば心当たりがない。

 

「……ハイデガー……? 聞いた事のねぇ名前だ。何で、オレは……その名前を聞いた事がねぇのかも分からねぇ……。一体、何が……どうなっちまったんだ……」

 

 艦隊からの砲撃網は消滅している。

 

《アイギス》を含め、敵編隊もどこか目的を見失ったかのように動きを止めていた。

 

 アルベルトは《ダーレッドガンダム》を牽引し、接触回線越しにクラードを慮る。

 

「きっと、何か……オレ達じゃ窺い知れない何かが……起こっちまったんだ。それを解明する術は、今はねぇのか……」

 

 答えは彷徨うばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レジスタンス勢力より入電! これ以上の損耗はこちらも本意ではない、との事……! 助かったぁー!」

 

 脱力したバーミットにレミアは注意を飛ばす。

 

「気を付けて。レジスタンス組織が攻撃を仕掛けてきた理由は不明だけれど、彼らにも言い分はあるはず。勝てない戦をするだけの理由が、ね……」

 

 レミアは警戒姿勢を解かずにいたが、カトリナはハッとして問い返す。

 

「レミア艦長……やっぱりハイデガーさんに私……何か取り返しのつかない事をしてしまったんじゃないでしょうか? もう一度、通信を……」

 

 こちらの言い分にレミアは怪訝そうにする。

 

「……ハイデガー? それは一体、誰の事を言っているの?」

 

「誰って……ハイデガー少尉ですよ。ベアトリーチェに派遣されていた、統合機構軍の……。レジスタンス組織を率いて、私達に攻撃してきた……」

 

 レミアは目頭を揉んでから、バーミットへと振り仰ぐ。

 

「……バーミット? 聞き覚えは?」

 

「いえ、ありませんね……。カトリナちゃん? それって敵の頭目の事?」

 

「いえ、そうではなく……。何を……言っているんですか? お二人とも、まさか私を担いで……?」

 

 疑念の眼差しを交わし合うのは同じで、バーミットもレミアも、不明な出来事に疑問符を浮かべる。

 

「……失礼かもしれないけれど、カトリナさん、何かあったの? レジスタンス組織は私達への反抗を表明し、攻撃を仕掛けてきた。私達はクラードに先行させて、オフィーリアを守る事に専念。そうであったはずよね?」

 

「い、いえっ、前提が崩れています。ハイデガーさんが……私達への復讐のために、レジスタンス組織を率いて、それで攻撃を……」

 

 そこまで言ってから、この場に居る全員がこちらの言い分にピンと来ていない事をカトリナは察知する。何かが、おかしい。何かが、致命的に間違っている。

 

 だがそれを是正するような暇はないようだ。

 

「……敵部隊! 急速に……これは……敵意を、凪いで……」

 

「どういう事なの? レジスタンス組織は我々への攻撃意思を!」

 

 バーミットとレミアのうろたえにカトリナはつい先ほどまで自分達を攻撃していた部隊が、無抵抗の白旗を揚げているのを目の当たりにしていた。

 

「……どう、いう……」

 

「分からない……けれど、戦わないで済むのならば僥倖……と思うべきなのかしらね」

 

「でも、そんな……ハイデガーさんが……」

 

「だから、そのハイデガーって言うのは誰なの? カトリナちゃん。今は、分からない事の究明に努めるような時間もないし、とかく、敵艦隊との交信を行うわ」

 

 バーミットのオープン回線に敵艦隊の中枢より通信網がもたらされる。

 

『こ、こちら、レジスタンス艦隊……。分からない、何故……我々を攻撃している?』

 

「分からない? 何言ってるのよ! そっちが仕掛けてきたんでしょうに!」

 

『ご、誤解だ……。いや、誤解と言うのも変なのか……。こちらはつい数分前まで……そちらが戦端を開いたと言う、形跡が……』

 

「何言ってるの! そっちが停泊中のオフィーリアを――!」

 

「いえ、待ってください、待って……。こちら、カトリナ・シンジョウです。あなた達を率いていたリーダー格の……ミハエル・ハイデガー少尉とお目通りを願えますか……?」

 

『……ミハエル? ハイデガー? 誰なんだ、それは……』

 

「ちょっと! 誤魔化そうったって!」

 

『し、知らない! 本当なんだ……! 本当に……何も……ただ我が方としても、困惑している。あなた方に仕掛けるつもりなんてあるはずがない。特に! カトリナ・シンジョウが居る艦に何で我々は……攻撃なんてしていたんだ……?』

 

「……ちょっと、とぼけるつもり? そっちが奇襲攻撃をしてきたから、あたし達は反撃を……!」

 

「いえ、待ってください。何かが……変なんです」

 

「カトリナちゃん? 一体何を言っているの? 敵艦隊は現にこうして飽和攻撃を!」

 

「いえ、だから待って……何で……みんな、誰もハイデガー少尉の事を、言わないの? まさか……憶えてさえもいないって……?」

 

 戦慄く視界の中でカトリナはメインモニターに映し出された《ダーレッドガンダム》を視野に入れる。

 

 その右腕は空想の殺人鬼の如き凶暴さを携え、白銀に煌めいている。

 

 一体何が、どうなってしまったのか。

 

 今の一瞬で、何か――取り返しのつかない事が起こってしまったのだけは明瞭に分かるのに、誰もその違和感を違和感だと思いさえもしていない。

 

「……ハイデガーさんは……消えた? この……世界から?」

 

 バーミットとレミアが顔を見合わせ、自分へと声を振る。

 

「カトリナさん? もし……疲労が溜まっているのなら一度医務室に行ったほうがいいわ。管制室で下手に喚かれると面倒なのよ」

 

「いえ、それは……はい……。一度、下がります……」

 

「RM第三小隊へ。警戒を怠らず、敵勢を観察します。……それにしたって、何が起こったって言うの?」

 

「ログならあります。……でも、カトリナちゃん、平時とは思えませんでしたね」

 

 エアロックの向こう側でも聞こえてくる。

 

 自分はどうしてしまったのだ。

 

 否――この世界はどうなってしまったのだ。

 

 カトリナは頭を抱え、それから口にしていた。

 

「何で……私だけが……ハイデガーさんの事を、憶えているの……?」

 

 項垂れた胸元からは金色の鍵が揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『干渉波を確認した』

 

『《フィフスエレメント》の反応をつい数秒前に我々の側で感じ取れた。これは思考拡張の賜物だな。……そうでなければ、我々とて世界に謀られていた事だろう』

 

『《セブンスベテルギウス》――呼称、《ダーレッドガンダム》、か。まさか事象特異点を凌駕し、世界の書き換えを行うなど予想だにしていない。……あまりにも時期尚早だ』

 

『よって我々はオフィーリアへの攻撃を開始する。しかし、その矢先にMF02とMF04のパイロットのロスト……。どれもこれも偶然にしては出来過ぎている。そうとは思わないか? ――ジオ・クランスコール』

 

 名を呼ばれ、傅いていたジオは微動だにせずに応じる。

 

「ええ、何者かの作為があるのは明白でしょう」

 

『貴様が何か行ったのではないか、と勘繰っているのだよ。もっとも、貴様は使われるだけの駒だ。駒に自由意思は不要なのだと、常日頃から述べている。裏切り者がここまで迫っているとなれば、我らとて穏やかではない』

 

『左様。ジオ・クランスコール。隠し立ては、我々には無意味だぞ』

 

「隠し立てなど。自分の脳を暴いてしまえばよろしいでしょう。思考拡張で可能なはずです」

 

 暫し、沈黙が流れる。

 

 その後に、子供達の哄笑が木霊していた。

 

『ジオ・クランスコール。随分と胆力だけはあるようになったではないか。そこまでして、貴様を疑う事そのものが我々への不義理と成る事を理解しての発言。よい、貴様がそうまで言うのだ。裏切っていない証左にはなろう』

 

『だが得心が行かぬな。《ダーレッドガンダム》は《フィフスエレメント》――《オリジナルレヴォル》と同等の力を保持する。いや、その影響力で言えばさらに上か。あれの右腕は世界を欺く。それにこの状況……我らとしても面白くない』

 

『MFのパイロット達の一斉離反も考えられる。ジオ・クランスコール。もしもの時のために貴様を重用しておいて正解であった。MFへのカウンターと、そして《ダーレッドガンダム》が肉薄した際の迎撃。出来るな?』

 

「仰せのままに」

 

 世界を覆う胎児達の絶対視はジオを全方位から見据える。

 

 虚飾、偽りは見透かしてしまうような眼差し。

 

『……よかろう。貴様に与えたその力、有用に扱え』

 

「心しております」

 

『次元の姫君は地球へと降下したか。それも貴様の思い通りか?』

 

「いえ、ファムにはいい友人が出来たようです。自分は、あれの交友関係まで縛るほどの力はございません」

 

『よからぬ思想にかぶれなければいいのだがな。キルシー・フロイト、か。行政連邦に影響力を持つ家柄の一つ』

 

『彼の者が男であったのならば簡単であったのに、令嬢と成れば話は違ってくる。次元の姫君には回り道をしてもらうような猶予はない』

 

『左様。世継ぎが産めぬのならば、強硬策も考えてある。ジオ・クランスコール。貴様のやるべき事は一つ。分かっているな?』

 

「絶やさぬ事です。ダーレットチルドレンの血筋を。そしてこの次元宇宙の生存権の確立」

 

『その通り。何せ、我々では貴様らのように毒された世界を闊歩する事叶わぬ』

 

『貴様らは楽園を追われた罪人だ。ならば罪人らしく、贖罪の道を辿る事だな』

 

「努力いたします」

 

『だが、ジオ・クランスコール。貴様だけに任せるのには少し、不安要素も大きい』

 

『よって、拡充要員を充てる。ちょうど地球に降りるとの事だ。適任と判断した』

 

「何者です」

 

『何者……か。何者でもない存在、と呼ぶのが正しいのだろう』

 

『彼の者には固有名詞などただの記号だよ。鏡を割るだけの――そう言ったけだものだ』

 

『ジオ・クランスコール。MFのパイロット達も行方知れずだ。何かあってからでは遅い。手は打っておくべきだ。数手先を見越してな』

 

「ですが、こちらも動くべき時を見計らわなければいけません。それだと言うのに、情報が封鎖されたままでは不利益です」

 

『よく回るようになったではないか、その舌。だが、構わぬ。情報階層の第二十七階層へのアクセスを許可する。それと、《ラクリモサ》の運用だが……アルチーナ艦が沈んだとの報告を受けている』

 

「月軌道艦隊が。何者なのです」

 

『情報は我々に、常に光として認識されるが、それでもあまりに遅い。意図的に情報封鎖が行われているのだと判定している。もし……画策しているのが統合機構軍……我々より《フィフスエレメント》を奪った派閥であった場合、即座に断罪する。なに、統合機構軍の操る亡者の幻影には随分と世話になって来たが、あれはただの掃除屋だよ。ゴミ処理にはちょうどいいが、世界の変革には僅かに足りぬ』

 

『そのためのレヴォル・インターセプト・リーディングの蓄積。彼の騎屍兵共には特権を与えてやる代わりにモルモットになってもらった』

 

『この第四種殲滅戦のルールから外れた亡者は間もなく、集い、そして次なる戦地を待ち望むのであろう。それがたとえ破滅の道であろうとも』

 

「自分達は兵士です。命じられればどこへなりと行きます」

 

『ジオ・クランスコール。撃てと命じれば貴様は撃ってきた。信用はしているぞ、その手腕、錆びつかせぬようにな』

 

 気配が掻き消える。

 

 通信が完全に断絶したのを確認してから、部屋を出るなりジオは相貌を覆う仮面のこめかみに指を添えていた。

 

「自分だ。これより情報を送信する。気取られぬために、送信は一度きりである。心しておけ――」

 

 

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