第15話「識者の眼差し」
「――それは厳命だと、思えばよろしいので?」
尋ね返した自分に上官は僅かに気色ばむ。
「不満かね、グラッゼ・リヨン大尉」
「不満と言うよりかは不明です。私に、その企業の擁する新造艦を墜とせと仰るのならば、然るべき処置を積んで、然るべき手順をもってしてやるべきでは? これでは闇討ちのようなものだ」
上官の執務机の上に散乱している書類の中に、オレンジ色のヘカテ級戦艦の写真を発見する。
相手は重苦しい嘆息をついてから、しかしだね、と指で机を叩く。
「闇討ちをしなければいけないと、わざわざ我が方に言ってくる酔狂なスポンサーも居るものでね。統合機構軍に属するのならば何もスポンサーの意向を通さずしてエンデュランス・フラクタルと事を構えたいなどと、真っ向から言ってくる人間のほうが希少だ。あの企業はほとんど月のダレトに関しては独占状態。このままではいけないと、逸る人間が居てもおかしくはない」
「その一手が、新造艦の建造……しかし、別段民間企業の艦を私一人で轟沈させろと言うのは無理な話では? 申請しておいた私所有の新型機も出せないと言うのですか」
「まずは手を試す。その上で、君は今次作戦とは別のところで動いてもらう。なに、情報に寄れば、このポイントに向かうヘカテ級機動戦艦ベアトリーチェとやらはほとんど丸腰だ。ここならば禍根の芽を摘める」
「分かりませんね……。エンデュランス・フラクタルのやり方が気に食わないと言うのならば、彼の者達にやらせればいいのでは? 私が出る条件としては薄い」
「連中は己の手を汚さずして試金石を見たいだけのようでね。何よりも、君も黒い《エクエス》乗りだろう? 何かと因縁は、あるかと思うのだがね」
上官が差し出した写真の中には軍高官へと共有された黒い《エクエス》の模擬戦闘が克明に映し出されている。
「……まさか、彼、ですか」
「そのようらしい。一石二鳥を狙うとは、このスポンサーは少しばかりは考えている。“黒い旋風”の異名を取る君に比肩してみせた、同じく黒き風の一陣……」
くしくもその奇縁に、グラッゼはサングラスを外してみせる。
酸性雨の降りしきるコロニー内で望遠写真ではあるが、《マギア》のコックピットで膝をついている相手の面影をグラッゼは手繰り寄せる。
「……エージェント、クラード君。まさか、彼が関係しているなんて」
「一時期軍の研究施設に居た頃の盟友とはな。思わぬところで繋がっているものだ」
「同朋です。ライドマトリクサーの臨界試験の被験者でした」
「君は一切のRM施術を否定してこの地位に居るのに、彼はモルモットかね?」
「いえ、彼自身の希望だったと聞きます。RM施術と有機伝導に関して、彼はほとんどのそれを行使されている」
「驚いたな。現代科学の申し子か。それほどの相手、撃てるのかね、大尉」
その問いに逡巡の間は一切挟まず、即答してみせる。
「いえ、撃てます。よく知っていますので。同じく……試験運用としてまだ実用化の前だったミラーヘッド搭載の《エクエス》に乗った間柄です」
上官は眼鏡を拭きながら、なるほど、と納得する。
「同朋と言うのは何も間違いではないらしい。わたしもその例の彼の戦い振りを観てみたが、凄まじいな。ライフルと格闘武装だけで立ち回ってみせる」
「彼はエンデュランス・フラクタルへ、私は独立しただけの話です。何も珍しい事でもありません」
「フリーランスの傭兵を気取るようなタマではなかったと?」
「……少なくとも私には。何か、彼は待ち望んでいる。そんな気がしました」
「それはベアトリーチェとやらの完成か、あるいは別の何かなのかは分からない。そこまでの情報権限は降りて来ていないのでね。だが一つハッキリしているとすれば、彼はエンデュランス・フラクタルのエージェントで、君は我が方のお得意先だ」
「私の《エクエス》の準備をお願いします。整備班には無理をかけるので、二日は欲しい」
「了解した。そうだ、こういう話があるんだが聞いていかないかね? 君を少佐相当の待遇で採用したい軍部が居ると言う。そちらに少しでもなびくつもりは?」
「いえ、私は、私が居るべき場所は私自身で決めます。現状の統合機構軍に属される祖国に報いたいだけなのですので」
「……君らしいな。それほどの実力ならば金で囲い込みたい陣営はたくさんあるだろうに。何故我が――白軍(ホワイト)を選んだ?」
「故郷が近いのです」
まさか上官もそれだけの理由だとは想定もしていなかったのか、驚愕の面持ちで聞き返す。
「……大尉、冗談は……」
「いえ、冗談ではなく。私は祖国のために戦います。それ以外は些末事。何かいけませんか?」
上官は口角に喜悦を滲ませ、では、と応じる。
「……ある意味では幸運だと思うべきなのかね。君の祖国を抱き込んだ我が方は」
「陥落する事はないでしょう。その時は私の命もございません」
「働きに期待する、大尉。だが《エクエス》でいいのかね? ミラーヘッドを搭載したとは言え、少し重いぞ?」
「構いません。《マギア》は軽過ぎてよくない。あんなものでは、私の識者の理論は振り翳せない」
「君の思うところは理解したつもりだ、大尉。顔見知りであっても関係がないな?」
「ええ、職務ですから」
挙手敬礼して退室する。
グラッゼはサングラスをかけ直し、それにしても、と運命の過酷さに笑みを刻む。
「どこまでも、人界とはまかりならぬものだ。クラード君、私は君とは、争いたくはないが、しかし、死合いたくはあるのでね」
「――よもやこうした形で再会出来るとは。識者として、自らの運命の女神の悪戯加減には舌を巻くよ。それとも君が、私のほうに逢いに来てくれたのかな?」
眼前でスパーク光を拡散させる《エクエス》と敵の白いMSの相貌に、グラッゼは感嘆の息をつく。
「……まるで夜叉の面持ちだ。私を墜とすと言う意気込みが宇宙の冷たさを超えて伝わってくる」
『黙っていろ……。お喋りは、舌を噛む!』
振り払われた一動作だけで《エクエス》がパワー負けする。
「ビームサーベルを薙ぎ払っただけの動きで圧倒するか。しかし、パワー勝負に持ち込むつもりは……ないのでね!」
敵MSが掴みかかろうと掌を開いて挙動するのを、グラッゼは《エクエス》を後退させて半身になって回避する。
『……避けた? 俺の《レヴォル》の……』
「《レヴォル》と言うのか? そのモビルスーツ。……残念だよ、クラード君。もしかして君、あの頃よりも弱くなったんじゃないのか? 動きにキレがない。今の一撃で私を殺していたはずだ、かつての君ならば」
『うるさい……つまらない事を言うな、お前は!』
距離を稼ごうとした《レヴォル》へと、グラッゼは的確に照準し、その肩口を射抜かんとするが、堅牢な装甲がそれを弾く。
「豆鉄砲では撃ち抜けんか! しかし、それは慢心と言う! 堅いばっかりのMSに守られて、貧弱だとは思わないのか、クラード君」
その言葉を投げた直後、敵MS――《レヴォル》の纏っている空気の位相が変わる。
「これは……仕掛けて来るな。ミラーヘッドか」
『落ち着いてばかりいられると思うな。俺と《レヴォル》なら!』
「よろしい。では第四種殲滅戦の形式に則り、勝負をしようではないか。ミラーヘッドオーダーを受諾。グラッゼ・リヨン、ミラーヘッドを行使する」
瞬間、両者がミラーヘッドの蒼い幻像を無数に生み出したのは同時。
《レヴォル》は手刀に構えた状態で打ち出すが、こちらは無数の《エクエス》を三カ所に配置する。
まずは陣頭指揮たる前衛にミラーヘッドの分身体の三分の一を配置。
機体性能上、《レヴォル》のミラーヘッドはこの第一陣を突破するのに十秒とかからないはずだ。
だがその間に、第二陣と第三陣は挟み込むようにして敵の攻撃網を潜り抜ける。
《レヴォル》がどう戦おうとも、その時にはこちらの配備した幻像を相手取らなくてはいけない。
「いずれにしたところで、君は《レヴォル》をどう扱う? ミラーヘッド機同士で戦うのは初めてだが、以前までの君ならば……」
腕を払うと双方のミラーヘッドの幻像が蒼い残光を引きながら衝突する。
想定していた通り、第一陣へと真正面からぶつかって来たミラーヘッドの軍勢を相殺の勢いで殲滅させ、そして残った敵の幻像をグラッゼはビームライフルで的確に射抜いていた。
「数さえ減らせば、どうという事はない! そして第二陣と第三陣を君はどう突破するか! そこを攻略出来なければここで沈むぞ、クラード君!」
《レヴォル》へと挟み撃ちの形で肉薄せしめたミラーヘッドの分身体。
一斉に牙を剥く瞬間、《レヴォル》はその機体をひねって直後には可変していた。
脚部を背面に仕舞い込み、頭蓋が扁平な装甲に格納される。
甲殻類、あるいは猛禽の嘴を思わせる鋭角的なシルエットが眼前まで迫ったところで、グラッゼは答えを出していた。
「――なるほど。挟み撃ちを甘んじて受けるわけでもなければ、私を逃がすつもりもないという事か。変わっていないところもあって安心した。……だがあえて言わせてもらう。以前の君は抜き身の刃、美しき獣であった。だと言うのに、今の君は濁っている。ゆえに! 私は倒せない!」
直撃軌道の《レヴォル》の加速度を上方に逃げて回避し、ミラーヘッドの展開を変移させ、防御に回す。
旋回に入った《レヴォル》はこちらの残存戦力たるミラーヘッドの陣営に阻まれる形となっていた。
「機動力に適しているのは結構。だが、君は分かっているはずだ。ミラーヘッドは人型兵器たるモビルスーツにのみ許された称号。可変した時点でミラーヘッド戦を捨てているのだと」
対抗するのにはミラーヘッドの再展開のために人型に戻るしかない。
しかしそうなれば、こちらの戦力相手に《レヴォル》は損耗を強いられるはずだ。
そして読み通り――《レヴォル》には基本的な火器は搭載されていないのだろう。
すれ違いざまに腕を現出させてミラーヘッドの幻像の頭部を引っ掴み、加速して無数の分身体を巻き込んだが、それも一時しのぎ。
大きく円弧を描く機動を取って、《レヴォル》は人型に戻る。
その時こそ、仕上げの時だ。
「その距離は、私が打って出る、その時だ!」
ビームサーベルを発振させ、《レヴォル》と相対する。
可変機の弱点は確実に変形シークエンス実行時。
大きな隙が生まれる《レヴォル》に、グラッゼは完璧なタイミングでの抜刀を行ったはずであった。
――《レヴォル》がその手に自身のミラーヘッドの幻像の頭部を、保持していなければ。
突き出されたミラーヘッドの頭蓋に、グラッゼは硬直する。
――ミラーヘッド戦においてのダメージフィードバック。幻像を破壊した部位には破壊した分だけの損耗が発生する。
如何に自分がライドマトリクサー施術のそのほとんどを拒んでいても、微細なナノマシンによる思考拡張は行っている以上、自らの手による頭部の粉砕はそれ即ち自分という自我が一時的とは言え、消滅する。
大振りの形で僅かに隙を作ったこちらを、《レヴォル》に搭乗したクラードは見過ごさない。
そのまま掌底を《エクエス》の腹腔に叩き込む。瞬間、グラッゼは後退用の急速推進剤を電荷させ瞬時に後ずさっていたが、ダメージは深刻であった。
次々と浮かび上がる警告ポップアップに、グラッゼは冷静に対処する。
「……ミラーヘッド使用不可。ジェルの不足と、そしてアステロイドジェネレーターを狙っての攻撃。なるほど、やはり君はまだ、あの時のままだったというわけか」
『……凄んでいる場合じゃないぞ。次はコックピットを射抜く』
「強がるんじゃない、クラード君。もう限界のはずだ。かく言う私もそうでね。これ以上戦い続けても互いに益は一つもない。よって撤退する。しかし、これだけは言わせてもらおうか。――君は綺麗だった。あの時のほうが、ね」
《エクエス》に炸裂弾頭を放たせつつ、そのまま撤退機動に入る。
《レヴォル》もクラードも追ってこない。
それは当然だろう。
あれでも互いに削り合う全力の戦いをしたのだ。
「しかし、死合ってみればこの始末……。報告書を書かなければいけないのは憂鬱だよ」
そっと奥歯を噛み締め、悔恨を己の中で仕舞っていた。