機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

162 / 323
第159話「闘争の具現」

 

『《ダーレッドガンダム》は特殊兵装を使った! 整備はしっかりしておけよ!』

 

 サルトルの声が流れる中でクラードは装甲服の内側で何度か手を握り締める。

 

 何かを、取りこぼしたような感覚。

 

 そして――致命的な何かを、実行に移してしまったような過ちの感覚。

 

「……俺、は……」

 

『クラード。《ダーレッドガンダム》に損耗はあるんだ。今はサルトルさん達に任せておくといい。……お前も疲れてんだよ。一回その鎧じみたパイロットスーツを解けばいい。そうすりゃ、ちょっとはマシになるさ』

 

 アルベルトの軽口も、今は素直に同意する気にもなれない。

 

「……いや、そもそも……ハイデガーは……」

 

『だから、そいつは誰なんだって。知らない名前を言われるのはこっちだって気分がよくないぜ?』

 

 知らない名前。

 

 そんなはずがないのに。

 

 つい先刻まで戦っていた相手の頭目の名前を、どうしてなのだか全員が見失っている。

 

 その状況が何よりも――気分が悪い。

 

 コックピットブロックが開放され、クラードは首筋の排出ボタンを押し込んでいた。

 

 インナー姿になった自分へとサルトルが白衣を届けてくれる。

 

『おい、クラード。随分とやつれて……何があった?』

 

「いや……サルトル。知っているはずだな? ハイデガーと言う男の事を……」

 

『ハイデガー……? そんな名前の乗員が居たか? いつの話だ、それは』

 

 サルトルほどの人間が忘れているはずがない。

 

 クラードは眩暈じみたものを覚えて白衣を纏って身を翻す。

 

「いや……何でもない。俺も……どうかしてしまっているのかもしれない」

 

『戦い詰めだからな。お前も思い込んじまっているんだろう。おれ達はチームだ。何か禍根があるのなら、共有してくれればいい』

 

 だが共有しようにも、彼らは憶えてすらいないのだ。

 

 記憶の残滓から漏れ出た禁術に、クラードは痛みを抱える。

 

 視線を向けたのは、その禁術を手繰ったと思しき、《ダーレッドガンダム》。

 

 その鋭角的な眼差しが射る光を灯し、自分へと問いかける。

 

 果たして――それを解きほぐす事が出来るのか。

 

 そのような資格があるのか、でさえ。

 

「……一度休憩したい。敵影は?」

 

『今のところは大人しいもんだ。仕掛けてきたくせに、腰が引けてやがる。何かあったのは間違いないんだが、何なんだろうな』

 

 その大元が自分の排除したハイデガーの欠如であるのは疑いようもないのに、何故、誰も彼も憶えていないのか。

 

 彼の憤怒を。

 

 彼の叛意を。

 

 誰一人として記憶してさえもいない。

 

 まるでこの世から意図的に排除されたかのように。

 

 エアロックを潜ろうとした自分と鉢合わせしたのはカトリナであった。

 

「……あんた」

 

「あ、あの……っ。クラードさん……」

 

「後にしてくれ。俺は……ちょっと疲れているのかも――」

 

「ハイデガーさんの事……何で、誰も……憶えていないんですか……?」

 

 その問いかけにクラードは眼を見開く。

 

 彼女は肩を縮こまらせて、その違和感に頭を振る。

 

「何か……クラードさんも、憶えていないんですか? 何があったって……」

 

「あんた……奴の事を憶えているのか?」

 

「クラードさ――」

 

 途端、クラードはカトリナの肩を抑え込んでいた。

 

 力任せに揺さぶり、答えを聞き出そうとする。

 

「言え! 何が起こった! 何故……誰も彼もハイデガーの事を憶えていない!」

 

「痛っ……痛いですっ! クラードさんっ!」

 

「おい! クラード、何やってんだ!」

 

 割って入ったアルベルトに殴りかかられ、クラードは後ずさる。

 

「お前……カトリナさんに何してんだ! 今はそんな場合じゃねぇだろ!」

 

「いや……違う……。俺、は……」

 

 何度も咳き込むカトリナを慮るアルベルトに、彼女は問いかける。

 

「アルベルトさんは……? アルベルトさんは、憶えていますよね? ミハエル・ハイデガー少尉の事……っ! 何度も私達を支援してくれて……!」

 

「……あんたも何言ってんだ! ……何かおかしくなっちまったのか? ミハエル・ハイデガーなんて奴、聞いた事もねぇよ。クラードもカトリナさんも、どうかしちまったのか?」

 

 違う、とクラードは感じ取る。

 

 異物は自分とカトリナの、たった二人だけなのだ。

 

 自分達以外は、誰も憶えてはしない。

 

 戦っていた相手でさえも、一瞬のうちに世界の記憶から爪弾きにした、忌むべき火薬庫――それが、《ダーレッドガンダム》。

 

 今になって震えが生じてくる。

 

 あの時は、ああするしかないのだと判断出来た。

 

 だが、実行してみれば何と恐ろしい事だろう。

 

「……《ダーレッドガンダム》には……人を消し去るような力があるって言うのか……。記憶からでさえも……」

 

「クラード? やっぱ、お前、疲れてんだよ。一度休めって。カトリナさんも、そうっすよ。張り詰めっ放しじゃないですか。きっと一時の幻覚でも見たんですよ。そうじゃなくっちゃ、説明も出来ないでしょう」

 

 アルベルトは本心から、自分達を心配しているのは分かる。

 

 分かるのだが――今はその不和さえも。

 

「……アルベルト。俺はとんでもない、間違いを犯したのかもしれない……」

 

「クラード? 何言って……」

 

 問い質される前にオフィーリアの艦内を抜けていく。

 

「お、おい! クラード!」

 

 誰にも追いついて欲しくなかった。

 

 だから無茶苦茶に、行く当てさえもなく駆け抜ける。

 

 今までだって、人殺しを容認した事はあった。

 

 だがそれは、この世から完全に抹消するのとはわけが違う。

 

 敵に感情移入するなと、何度も教え込まれてきた。

 

 しかしこれは、感情移入などと言う生易しいものではない。

 

 自分の行動一つで、この世に存在した証明を過去未来、全てから消し去れるなど、それはまさに――。

 

「神そのものじゃないか、そんな力……」

 

 クラードはライドマトリクサーの右腕を白衣からさらけ出す。手持ちのナイフを逆手に握り締め、そのまま振り下ろそうとしたのを声が遮っていた。

 

「待って! クラードさんっ! 駄目ですっ!」

 

「……カトリナ……シンジョウ……」

 

「待ってくだ……さいっ……。さっきはびっくりしちゃって……」

 

「何で俺に付き纏う……」

 

「それはぁ、っ……。私があなたの、委任担当官だからで――」

 

「人一人完全に消し去るだけの力を持っていても、か」

 

 問い質した声音に戦慄くカトリナを目の当たりにして、ようやく納得が出来た。

 

「……本当なんだな? 俺は本当に……ハイデガーを消し去ったんだな?」

 

「……そう……みたいなんですね。私にも、その、確証がなくって……」

 

 目線を伏せたカトリナにクラードは問うていた。

 

「……何故、俺とあんただけが憶えている」

 

「それは……分かんないですけれど……」

 

「敵軍勢でさえも憶えていない。自分達が仕掛けた理由でさえも分からず、茫然としている。だからこそ、制しやすかったのもあるが、そんな事はあり得るのか? ……一人の人間の過去未来を、完全に抹消するなんて……」

 

 クラードは自身の掌に視線を落とす。

 

 そのような事がまかり通るとすれば、《ダーレッドガンダム》に搭載されている力は果てしない。

 

 翻ってみればその真髄は時間というものへの干渉だろう。

 

 ハイデガーが存在したと言う時間線を消し去り、別の時間線へと移送させた。

 

「……人類そのものの記憶への改ざん……。それほどの力を、持っているMSなんて……」

 

「で、でもっ、クラードさんっ! 私は……憶えています……。何で……」

 

「何かが俺とあんたの間で引き起こされた。もう一度、問うぞ。ミハエル・ハイデガーを、憶えているか?」

 

「あ、はい……。ハイデガーさんは、レジスタンス組織の旗揚げの当初から、何度も支援してくださって……。でも、まさか、私達を恨んでいたなんて……思いもしなかったですし……」

 

「そこまでは、俺の記憶と違いはないらしいな。つまり、この世界において、俺とあんただけが記憶干渉から逃れている」

 

「でもそれって……どういう事なんでしょう。クラードさんは……乗っていたからかもしれませんけれど、何で私まで……」

 

「分からない。分からないが、他者に吹聴するものでもない。これは……整備班にも言わないほうがいいだろうな」

 

「で、でもそんなの……っ! クラードさんだけで抱えるなんて……っ!」

 

「無用な混乱を巻き起こしたくない。それに、ようやくトライアウトジェネシスとの渡りが付いてきたところだ。奴らに疑念をもたらす上に、それほどまでの超常兵器……鹵獲を狙われないとも限らない」

 

「……これまで以上に、エンデュランス・フラクタルから狙われるって事ですか……」

 

「あるいは狙いたい連中はエンデュランス・フラクタルだけで留まるかどうかも不明だ。《ダーレッドガンダム》の力は未知数に近い。……俺が秘密を抱える。あんたは、おかしな事があっても、誰にも言わない事だ。それが己を守る事に繋がる」

 

「で、でもですよ……? もし……そんな力があるって誰かにバレちゃったら……」

 

 カトリナの懸念にクラードは今しがた貫こうとしていた右手を握り締めていた。

 

「その時こそ……俺は叛逆しなければいけない。この世界への……本当の意味での叛逆を。それだけが、俺に許された権利だ。この力は――世界を破壊する。神にも悪魔にも成り得る力に違いないのだからな」

 

《ダーレッドガンダム》の真価はきっとこんなものではない。

 

 今は、一個人を消し去っただけだが、これがもし、政府要人や決定的な人物を消し去る事態に陥れば、それは比ではない。

 

 世界を変容させる機体の力はこれまでの常識を軽く塗り替える事だろう。

 

 果たしてその時、自分は耐えられるのだろうか。

 

 否、耐えなければいけない。それが力を振るうという意味のはずなのだから。

 

「クラードさん……。でも、そんな傷、クラードさんだけで背負うなんて……重過ぎますよ。そのっ……私にも背負わせてください。だって、それがきっと……世界に叛逆するって言う、意味なんだと思いますから……」

 

「叛逆の意味、か……。いずれにせよ、記憶改ざん……いいや、歴史改変に関しては大っぴらにしないほうがいい。どこで誰が聞いているのか分からないんだからな」

 

「……それは、誰も信じられないって事ですか……」

 

「翻ればそういう意味にもなる。俺は……この破壊の力を飼い慣らさなければいけない。そうでなければ、ただ単に呑まれるだけだ。俺は現実を前にして逃げ口上を並べ立てたくはない」

 

「で、でも……っ」

 

「カトリナ・シンジョウ。あんたは委任担当官だ。だからこそ、逃げずに告げる。俺はこれより――世界を相手取る事になるだろう。それも、戦い抜いている事でさえ誰にも関知されない、世界との闘争だ」

 

「世界との……闘争……」

 

 茫然とするカトリナにクラードは身を翻す。

 

「俺は俺の信じるもののために、戦う」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。