「観測衛星! 何を言っている! 要領を得ないぞ!」
怒声を飛ばした観測班に、だから、と向こうからも荒立った声が返ってくる。
『三番目の使者が! MFが空間転移をしたって言うんですよ! 分かんないかな!』
「――失礼。モニター班、それは事実ですか?」
「あっ……タジマ営業部長……」
観測される事象へと視線を振り向け、タジマは通信の手綱を取る。
『営業部長……事実です。先の《ファーストヴィーナス》の空間転移に続いて、まさか三番目の聖獣までもが……事実関係の洗い出し中ですが、地球に降りたと目されています』
「不可能なはずだ、重力圏への空間転移はこれまで観測されていないんだぞ……!」
苛立った観測班に対し、タジマは一拍の思考を挟む。
「……いいえ、それはこれまで観測されなかっただけの話。不可能とイコールで結ばれるものではない」
「営業部長? しかし、それを認めてしまえば、各陣営のパワーバランスが……!」
「幸い、我が方には一日の長があります。統合機構軍がこの時のために観測衛星を何機も飛ばしてきた甲斐があったと言うもの。ダレトからの干渉波は? まずはそれを計測してください」
『干渉波は……いえ、ダレトは安定……。どういう事なんでしょう……』
「事実として一つ。ダレトが安定しているという事は、新たなる使者の来訪ではないという事。これを、まずは認識すべきでしょうね」
「しかし、だとすれば空間転移を《サードアルタイル》が行った理由が不明です。だって、あの機体には……」
「現状、パイロットは居ない……そのはずでしたが、当てが外れましたかね」
タジマは眼鏡のブリッジを上げて観測衛星の映像を受信したモニターへと視線を振る。
『《サードアルタイル》の位置していたラグランジュポイントには影も形もありません。やはり、空間転移としか……』
「だが、観測班! それを容認してしまえば、我々人類の叡智はまるで届いていなかった事に……!」
「あるいは、事実そうであった可能性もあり得ます。我々は何も理解していなかった。扉の向こうより来たりし者達の、深淵とでも呼ぶべきものに」
《サードアルタイル》の位置していた宙域にはその影すらも認められない。真実の意味で消失した、この宇宙の摂理にタジマは嘆息をつく。
「……我々はまだ、何も知り得ていない。地上のエンデュランス・フラクタルの支社に伝達を。我が社が抜きん出れば、他を圧倒出来る可能性があります。彼の者がどこに向かおうとも、必ずその足取りを掴む。そうですとも……我々が法となる日も近いのです。情報の察知を最優先に。MFに関しての、どのような些細な情報でも構いません」
「はっ! ……しかし、MFが挙動したとなれば世界がどのように動くと言うのでしょうか……?」
その言葉振りにタジマは顎に手を添えて考え込む。
「ともすれば……世界はダレトが開いた時と同じか、あるいはそれ以上の混沌に陥る事でしょう。その時に必要なのは、圧倒的な力。我が方はまだ入手し得ていない、七番目の聖獣も、必要になって来る事もあるでしょう」
「諜報部よりもたらされた情報資料の中には、《セブンスベテルギウス》の襲来を確認するだけの決定材料は揃っていないとも……」
「逸らない事です。逸ればそれだけ取り返しのつかない事になる。今は、慎重な一手でいい。それくらいがちょうどいいはず」
タジマはしかし、そう観測班に命じてから別働隊の通信を繋いでみせる。
「こちらタジマ……どうなりましたか? 地上追跡班は」
『それが……地球圏への防衛ラインを突破したMF01はそのまま海洋地域へと突入。……いい報せか悪い報せなのかは分かりかねますが、どうやら貴族階級の社交場に攻撃を行い……王族親衛隊が出撃した模様です』
「王族親衛隊……ですが彼らは独自の命令系統が与えられているはず。如何に貴族とは言え、守るに値しないと判断すれば切り捨てるのが常……」
『確証はありませんが、恐らく今回の社交界には、王族親衛隊身分の人間が侵入していたと考えられます。それを何故なのだか、MF01は察知出来た』
その理由はある程度判読可能だ。
エージェント、キュクロプス――エンデュランス・フラクタルの中でも随一の諜報員がMFのパイロットだったとすれば、彼女は最初から裏切るつもりで潜入していた可能性が高い。
こちらの情報網はある程度までは知られていると想定すべきだろう。
「それでも、得心が行かないとすれば、貴族階級に穴を開けた程度では地球圏の閉塞し切った階級制度や身分制はどうにもならない……それくらいは分かっているはずという事……。だと言うのに、彼女は何故……いや、ともすれば他のMFのパイロットの入れ知恵か……」
『追撃任務ならば可能ですが、如何せん、腐ってもMFです。犠牲は付き物でしょう』
「今は、最低限度の追跡に留めてください。何もいたずらに被害を増やす事はない。本社の裏港が消滅しただけでも痛手なのです。相手にはまだ手札を切らぬほうがよろしいかと」
『承知しましたが……本社はどうなったのです? 我々傭兵部門からしてみれば、本社が継続不可能に陥ってしまえばそこまでで――』
「勘繰りはお奨めしませんよ。それが生き残る事に繋がるのでしたら、余計にね」
通話先の相手はそこで追求の手を引っ込める。
『……でしたら、こちらは追跡を主にします。しかし、分からぬとすればもう一つ。まだ情報源が明らかになっていないのですが、貴族達は無事との事です。死傷者は出たものの、彼の者達に被害はほとんどなく……これは奇跡的でしょう』
タジマはしかし、理解している。
MFと言う絶対的な魔に対し、奇跡なんて脆く崩れるものを掲げるのは間違っていると。
ならば偶然ではなく必然――《サードアルタイル》の空間転移と今回の事態は繋がっていると見るべきであろう。
「……まさか、第三の使者……しかし、既にその肉体は失われているはず……」
『タジマ営業部長。我々傭兵部門はこの後、《ファーストヴィーナス》の追跡任務を続行します。相手も地球の重力に落ちているのです。少しは追いやすくなっているはず』
「そうだと信じたいですがね。それにしたところで、読めないと言うのはそれも込み……。何故、《ファーストヴィーナス》はそのような旧態然とした権力構図に風穴を開ける程度でよしとしたのか……」
どう考えても異常なはずだ。
今の権力構図を塗り替えるのならば、旧連邦政府を打倒し、企業の体質を完全に破壊する。
そのためなら、むしろエンデュランス・フラクタル本社への破壊行為のほうが優先されるはず。
だと言うのに、彼女はMFのパイロット二人を抱き込んで地球へと消えた。
その赴く先の理由は、想像し得る範囲だと思ったほうがいい。
「……MFのパイロットをまずは擁立する必然性があった……? しかし、だとすればやはり彼らは我々相手に表立った攻撃は出来ない、と見るべきでしょうか」
『《ファーストヴィーナス》の襲来のせいで旧地球連邦はごたごたしているはずです。そうでなくとも、聖獣が月から降りてきたのならば心穏やかでは居られない連中ばかり。我々エンデュランス・フラクタルが最終勝利者になるためには、やはり聖獣を捕獲する必要があるかと』
「あるいはこの世界を牛耳る別の存在への干渉、ですか。……だがあまりにもそれは分不相応と言うもの……。MFほどの力を持っておきながら、この世界を破壊しない理由が……彼らにはある……?」
『いずれにしたところで、我々に出来るのはまずは応戦です。追撃に関してはこちらの現場判断に任せてください』
「頼みますよ。宇宙は……リクレンツィア艦長の擁するモルガンが追い立てているとは言え、こちらも読み切れません。どう転がるのかはまるで……」
通信を切って、タジマは暗礁に沈んだ窓辺で紫煙をくゆらせる。
何が起こり、何が致命的な間違いの中に沈もうとしているのか。
それを読み切らなければこの局面、負けるのは自分達の陣営だ。
「……だがしかし……それに関してはあまりに手薄な情報……。一体何が起こったと言うのです。MFは……彼らは何のためにこの宇宙に召喚されてきたのか……解き明かす術は目の前にまで来ていると言うのに……」
まるで追えば追うほどに彼方へと消えていく逃げ水のように。
ともすれば世界は最初から、この手に余る代物であるとでも言うかの如く。
「……だが、誰かが手に入れなければいけないはず。その時、勝利者の座に輝くのは顔の見えない匿名の人々ではいけない。世界は、分かりやすい勝利構図を望んでいる。匿名者は葬られ、その後の時代を作るのは我々、エンデュランス・フラクタルでなければ、いけないのですからね……」