機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第16話「出会い、寄る辺なく」

「漂う《レヴォル》を回収しろって?」

 

 ハイデガーは管制室に問いかける。レミアは頭痛薬を飲みながらそれに応じていた。

 

『ええ、そう。あれは我が社の重要なパッケージよ。ここで一エージェントと、そして切り札を失うわけにはいかないもの。頼めるわね、ハイデガー少尉』

 

「それは……いいんだが」

 

《エクエスガンナー》に周辺警戒をさせてから、甲板をそっと蹴って推進剤で漂流する《レヴォル》に取りつく。

 

「しっかりしろよ。……って言っても無茶あるか。今の奴……相当な使い手だったな」

 

《エクエス》の技術的な不利をことごとく排除したかのような立ち振る舞い。

 

 もし自分が《レヴォル》に乗っていれば、と思うと身震いする。

 

 ――確実に撃墜されていたであろう。だがだからと言ってこのパイロットを認められるか?

 

「……お前は、半年も前から《レヴォル》をずっと、待っていたって?」

 

 返答はない。

 

 ともすればミラーヘッドの行使と《レヴォル》の接続で消耗しているのかもしれない。

 

 ハイデガーは《エクエスガンナー》の牽引用アームを伸長し、《レヴォル》を接続して戦艦ベアトリーチェへと舞い戻っていく。

 

 格納デッキが既に開いており、ワイヤーネットで衝撃を減殺されながら後ろ向きに回収される。

 

『総員! 《レヴォル》のメンテナンスだ! 相手はかなりの使い手だったから、きっとダメージがあるはず。慎重に行けよ。ミラーヘッドの行使後には少なからず幻肢痛があるはずだからな』

 

 サルトルの声が滑り落ちていくのを聞きながら、ハイデガーは無音のコックピットで静かに呟く。

 

「……でも僕だって、パイロットのはずだったんだ。《レヴォル》に乗る資格のある……」

 

 それが一夜のうちに覆ったとなれば胸中穏やかではなかったが、それでもハイデガーは大人の対応として、今もメカニック達の手によって強制排出される白衣の少年の姿を目に留めていた。

 

「……まだ子供じゃないか。だってのに、エージェントだって? ……うちの会社も後ろ暗い事の一個や二個もあるもんだな」

 

 だがここに居る限りはそれを呑み込んでいくしかない。

 

 無力な自分を持て余すのに、《エクエスガンナー》のコックピットは少し手狭だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた! クラードは無事なんだろうな!」

 

 掴みかかった自分へと、サルトルと名乗ったツナギの男は頭を振る。

 

「分からん」

 

「分からないって……!」

 

「データに乏しいんだ。《レヴォル》はこれまでのMSとはまるで違う。だから搭乗者の意識にどのような影響があるのかは全くの不明なんだ。それでも我らベアトリーチェクルーはこの時のために培ってきたノウハウがある。今は、信じて待って欲しい」

 

「信じてって……! 急に来たあんたらをオレ達は無条件に信じろって言うのかよ!」

 

「難しいかもしれないがそう言うしかないだろう。クラードは我が社の所有物だ。君らにどうこうする権利はない。おれの言っている事が非情に聞こえるんだとすれば、それは君達がまだ、若いと言う証明だよ」

 

 言葉もなくアルベルトは気密ブロックへと押し返され、そのまま壁を殴りつける。

 

「チクショウ……! あいつの隣に居たって言うのに、今は何だ、そのザマは! ……オレは、結局……助けられてばっかじゃねぇか……!」

 

 ふと視線を感じてアルベルトは面を上げる。

 

 視線の先に居たのは茶髪のリクルートスーツの女性であった。

 

「あの……アルベルトさん……ですよね?」

 

「その声……カトリナ、とか言う……」

 

「あっ、はじめまして。カトリナ・シンジョウと申します……。あの、お辛いですよね……。クラードさん、今も昏睡状態って……」

 

「……サルトルとか言う技術屋が言うには、寝てれば回復している証だって聞くけれど、そんな事あるかってその……思うんすよ」

 

「……ですよね。帰還してすぐの戦闘だったし、ほとんど回復なんてしていないと思うんです。ミラーヘッドを一日に何回も使うのだって規格外だし……。私としては、クラードさんには大人しくしてもらいたいんですけれど……」

 

 はぁ、とため息をつくカトリナに、アルベルトは視線を釘づけにされていた。

 

 清潔感のある短く切り揃えられた髪。困り切ったような眉。頼りなさそうな小さな肩。こんな戦闘艦には相応しくないようなスカート姿だが、すらりとした女性然とした体型……。

 

「……って、オレは何を考えて……」

 

「アルベルトさん? どうしました?」

 

「いえ、そのー……オレ、凱空龍……あっ、族の面子と顔合わせしとかないと。何人生き残ったのか分からないっすから……」

 

「……お気持ちはお察しします……とは言っても、通信越しみたいに怒られちゃいそうですけれど……。新卒社員に何が分かるんだって、話ですよね」

 

 弱々しく笑うカトリナにアルベルトは視線を背けていた。

 

「いや、その……心配されるのはその……別に嫌な気分じゃないっす。ただまぁ……今回は事態が事態って言うか……」

 

「そう、なんですよね……。コロニーがあんなになってしまうなんて……私も、故郷は地球圏なんですけれど、あんな風になったら、私……私……」

 

 肩を震わせて、カトリナは涙ぐんでしまう。

 

 その様子をアルベルトはあわあわと困惑して対応していた。

 

「いやあの、その……いいんです、いや、よくはねぇんだけれど。……オレら、あそこはいずれ破たんするんだって分かってましたし。こういう形であれ、クラードのケリが見られて、それだけでオレはよかったって言うか……いや、よくはねぇよな……」

 

 要領の得ない返事をしているとカトリナは真っ赤になった鼻をすすり上げながら、微笑む。

 

「優しいんですね、アルベルトさん。……もっと怖い人かと思っていました……」

 

「いやその……オレもあんたらの事を……もっとヒデェ奴らなんだって、そう思っていましたし、おあいこっすよ」

 

「ですね。おあいこです」

 

 その笑顔だけで、アルベルトは胸の内がどうしてなのだかざわめくのを感じていた。

 

 これまでどのような宇宙暴走族と敵対しても静かだった胸中が、何なのか不明な感情で渦巻いている。

 

「その……シンジョウ、さんは……」

 

「カトリナでいいです。もう、この艦じゃそっちで呼ばれる事のほうが少ないですし」

 

「あ、その……じゃあカトリナさんは、何でこの戦闘艦に? ……見たとこ、堅気っぽいし、オレらとかサルトルとかとも違うって言うか……」

 

「ああ、私。その、新卒なんです。それでこの会社に入ったら、こっちの部署に飛ばされちゃって……あっ、別に不満とかじゃないんですよ? 不満とかじゃないんですけれど……面食らう事ばっかりで。まさか宇宙の果ての暴走族の方々とこうしてお話しするなんて思わなかったので」

 

「……オレもその……思わなかったっす。こんな風な人と、話すなんて……」

 

 どこか呆然とした口調だったせいだろう。カトリナは歩み寄って自分の額に触れてくる。

 

「大丈夫ですか? 相手は軍警察だったと聞いています。トライアウトと真っ向から戦ったのなら、ミラーヘッドの損耗が身体に残っているのかも……」

 

「いや、その……! マジに大丈夫っすから……あんまし近づかないでください……。オレ、行きますんで……」

 

「あのー、本当に大丈夫なんですか? 無理そうなら、医務室までご案内しますけれど……」

 

「いえ、オレら、身体だけは頑丈なんで! じゃあその……ここいらで失礼します……」

 

 カトリナから出来るだけ距離を離し、アルベルトは早鐘を打つ鼓動を抑えていた。

 

「あっぶねぇ……。何であんなに無防備なんだ、あの人……。にしても……」

 

 アルベルトは額をさする。

 

 柔らかい手が触れた感触がまだ残っていた。

 

「あんな手の人、久しぶりに見たな。何つーか……白魚みたいな手って言うのはああいうのを言うのか……」

 

 近づかれた時、ほのかに立ち上った香水の匂いとシャンプーの色香。

 

 それを思い出すと、何だか落ち着かない。

 

「……何考えてんだ、オレ! らしくねぇぞ……」

 

 自身を鼓舞してから、アルベルトは無重力の廊下を抜けて、凱空龍の面子が集まっているはずのブロックへと移動していた。

 

 行き着く前に怒声が響き渡り、アルベルトは壁から手を離すと同時に声の主を認めていた。

 

「……トキサダ。それに、みんなも……」

 

「ああ、ヘッド。こいつら……ハイソぶってんじゃねぇ! おれ達の事がそんなに気に食わないかよ!」

 

 対抗するのはベアトリーチェのスタッフ達であった。

 

 凱空龍の面子と相対するのには確かに少しばかり小奇麗が過ぎる。

 

「言っておくが、お前達のモビルスーツはもう我が社の保有物となった。ゆえに、整備はするが誰を充てるかはこっちの領分となる」

 

「ふざけんな! あの《マギア》をお前ら勝手にいじって、その上パイロットの権利を奪うだって? 身勝手が過ぎんだろ! ヘッドも、何か言ってやってくれよ!」

 

 不意に振られてアルベルトは僅かに後ずさる。

 

「いや、オレは……」

 

「凱空龍は絶対に屈しない! それだけは確かなはずだ!」

 

「なぁーにが、ガイ何とかだ。ガキの遊び場じゃないんだ。扱いが客人なだけでもありがたいと思って欲しいもんだね」

 

「何だと……!」

 

 掴みかかりかけたトキサダを、アルベルトは咄嗟に制していた。

 

「やめろ、トキサダ。今はケンカしてる場合じゃねぇ」

 

「けれどよ! 馬鹿にされて……! いや、そもそも相手にしてないのか。それが気に入らない……!」

 

「生き残っただけで御の字だ。……何人残っている?」

 

 見渡しただけの数はほんの十名にも満たない。

 

「……あんだけデカくしたのに生きていてくれたのは十人程か。いや、ありがたいと思うべきなんだろうな。オレ達はクラードに助けられてきたんだ。だから、あいつの顔に泥を塗るわけにはいかねぇ。ここで騒げばあいつに迷惑がかかる事くらい、分かんだろ?」

 

「だけれどよ……おれ達はただ……生き延びたいだけで……」

 

 トキサダの言い分も飲み込めないわけではない。

 

 だが企業と一個人とでは規模がまるで違う。

 

 比べたところで仕方のない摩耗はあるはずだった。

 

「トキサダ。今は、生きてくれている面子を大事にしたい。こんなところで下手な手を打って、そんで死ぬなんて許さねぇぞ? オレらは、生きなきゃいけない。死んでいった奴らの分までな」

 

 その言葉にトキサダが男泣きする。他のメンバーも苦味を噛み潰していた。

 

「……そっちのほうも、分かってくれとは言わねぇ。だがこの艦は、思いのほか狭いんだ。ギスギスすんのはやめにしたい」

 

 アルベルトに言葉にスタッフ達も少しだけ血気を逸った事を後悔してくれているようであった。

 

「……だが、《マギア》はこっちの管轄にさせてもらう。MSを勝手に乗り回されたんじゃ作戦行動に支障を来すからな。お前らの育てたミラーヘッドのアイリウムシステムも、最適化を行わせてもらうぞ。そうじゃないとベアトリーチェの守りには程遠い」

 

 再び突っかかりかけたトキサダの肩を掴んで、アルベルトは首を横に振る。

 

「……やめとけ。分かった。オレ達は別命あるまで待機。それでいいんだろ? アイリウムに関しても下手な口は挟まねぇ」

 

 スタッフ達は敵意を仕舞おうとしていたが、トキサダは堪え切れないのか、言葉を漏らす。

 

「……おれらの誇りに傷一つでもつけたら、その時は容赦しない……!」

 

 スタッフ達はこちらの出方を窺いながら下がっていく。

 

 彼らの眼が離れてから、トキサダは壁を殴りつけていた。

 

「クソッ! 何だってこんな……! おれらの努力は水の泡かよ……!」

 

「トキサダ。そんな事はねぇ。こうして生き延びたんだ、上々さ。あのまま軍警察にやられちまっていた未来だってあった」

 

「でもよ、ヘッド。おれ達は、テッペン目指していたはずだろ? だってのに、ここは狭苦し過ぎる。心血注いでカスタムした《マギア》も、あいつらの領分だって言うんじゃ……おれ、やり切れなくって……」

 

 肩を震わせるトキサダに、アルベルトは遠い視線を投げる。

 

 ――あの時決断していれば、きっと別の可能性か。

 

 逃げる事だって出来た。誰も死なない道を模索する事だって出来たのに、ここに来てしまったのはひとえに自分の認識の甘さに他ならない。

 

「……部屋に戻っておいてくれ。こんな風にどっかで誰かとぶつかってんの、死んだ連中だって見たかねぇはずだ」

 

 その説得で折れてくれたのか、凱空龍の面々は部屋へとそれぞれ戻っていく。

 

「ヘッド。おれはまだ……あんたを信じている。きっといつかは、凱空龍を復活させてくれるって」

 

 そんな期待、重たいだけだ――そうは返せず、アルベルトは言葉を背中に刻んでいた。

 

「……どこかでいつかは、な。心配すんな。オレ達ゃ無敵の凱空龍。どっかで復活の機会の一つや二つはある。それを待っても遅くはねぇ」

 

「……だよな。ちょっとだけ安心したよ、ヘッド。あんたはそのままで居てくれる。だってのに、クラードは……」

 

 自分だってそのままではない。無知だった頃には、もう決して戻れないのだ。

 

「クラードに関しちゃ、言わないでやってもらえるか。あいつはオレ達を、一度ならず二度も助けてくれたんだ。むしろあいつが起きたら、これまでの礼を言わないとな」

 

「……ヘッド……。だな、おれも大人げなかったよ。クラードの奴、でも礼なんて要らないって言うんじゃないか? あの調子じゃ、おれ達の知っているクラードでもなさそうだったし」

 

 自分達の知っているクラードなど最初から存在しないのだ、とは言えなかった。

 

 トキサダが慮っている分、下手な事を言って掻き乱すわけにもいかない。

 

「ああ、大丈夫だ。礼ならオレが言っておく。それに、クラードだって決して凱空龍を軽んじているわけじゃねぇ。そうなら、この艦まで案内なんてしないはずなんだ。……あいつにだって……思うところは、あるはずなんだと、そう信じたいな」

 

 

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