機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第167話「淑女の指先は血に塗れて」

 

 ブリギットより出撃が許されたのは自分だけで、それも当たり前か、とダビデはコロニー、ルーベンに突入する。

 

 もしもの時に軍警察の身分を有効活用出来るのは自分だけなのだ。

 

 通信回線への介入に、ダビデは応じていた。

 

『《ダーレッドガンダム》の反応が急に消えた……いや、空間跳躍したとしか思えない。まさかそれほどまでの力があるなんて、おれ達だって想定外なんだ。頼むぞ、ダリンズ中尉、壊してくれるなよ』

 

「了解。いずれにしたところで主戦力を欠いたままでは作戦行動に支障を来す。今は……《ダーレッドガンダム》の奪還か。しかし何を考えている……エージェント、クラード……」

 

 かつては敵同士として対峙した存在の胸中など分かるはずもない。

 

 ダビデは《レグルスブラッド》をコロニー内部に浮遊させ、今も戦闘行動に移っている《ダーレッドガンダム》と《レグルス》編隊を視野に入れる。

 

「……何をやっているんだ。下手にコロニーの中での戦闘なんて……!」

 

《ダーレッドガンダム》は敵を粉砕するまではいかないように立ち回っている。

 

 武装の無力化のみに気を割いている様子のクラードに、ダビデは割り込むように介入し、ビームサーベルを抜刀していた。

 

 片腕に翳したシールドで行動を制し、二機の動きを留めてみせる。

 

「止まれ! トライアウトジェネシス所属、ダビデ・ダリンズ中尉である!」

 

『……ダリンズ中尉……? 何故、この不明機に味方を……』

 

 確かに、駐在軍からしてみれば自分は不明機に味方する軍属であろう。

 

「何が起こった? 何故、戦っている? エージェント、クラード。どういう了見だ?」

 

『……俺はカトリナ・シンジョウのトリガーとしての役目を果たしているだけだ』

 

「……どういう意味だ? 何か意図でもあるのか?」

 

『……ダビデ・ダリンズ。邪魔をするのなら――お前だって敵だ』

 

《レグルスブラッド》に向けて《ダーレッドガンダム》が仕掛けてくるが、その太刀筋の殺気のなさに、ダビデは疑問を浮かべる。

 

「……どういう事だ? 何故……意味のない戦いを繰り広げる?」

 

『お前は分からなくってもいい。今は、時間を稼がせろ』

 

 刀身が干渉波を押し広げてそのまま機体ごと弾かれ合う。

 

 ダビデは《ダーレッドガンダム》の不明な動きに、刃を下段に構えていた。

 

「……理由を聞かせろ。そうでなければ断罪も出来ん」

 

『だ、ダリンズ中尉……! この機体は、処刑場に急に現れて……囚人を……』

 

「処刑場? そのような見世物は禁じられているはずだな? 何故、処刑なんてものがまかり通る?」

 

 それに関してはこのコロニーの駐在軍のほうが口を滑らせたらしい。

 

 完全に失念していたと言う間が流れた後に、ダビデは《レグルス》編隊へと視線を流す。

 

「……どうやら迂闊なのは、お前だけではないようだな、エージェント、クラード。我が方にも落ち度はあったらしい」

 

『時間を稼がせてもらう。それ以外にない』

 

「……お前は本当に、ストイックが過ぎると言うものだよ。理由を聞かせてくれれば、援護も出来るものを」

 

『必要ない。俺は、俺自身の役目に忠実なだけだ』

 

「それもこれも……無駄の多い事だ……!」

 

 ここでの交錯はほとんど意味などないのかもしれない。だが自分が立ち向かわなければ無用な血が流れる可能性もある。

 

 今は、矢面に立って《ダーレッドガンダム》と打ち合うのが賢明であった。

 

 下段より斜に振るい上げた勢いを殺さず、逆手持ちの小太刀を叩き落とそうとするが、それくらいは想定の範囲内であったのだろう。

 

 刃同士が干渉し、後退しかけた相手へとマニピュレーターを伸ばして引き込み、自分の射程に向かってこさせる。

 

「そこは――私の距離だ!」

 

 上段よりの唐竹割り。

 

 呼気一閃させるも、相手も心得ていないわけでもなし。

 

 大太刀に持ち替えた《ダーレッドガンダム》は盾にしたその刃を立たせ、直後には踏み込んできていた。

 

 首を狩る一撃が奔る。

 

 ダビデは後退用の推進剤を噴かせ、一瞬の後にたたらを踏む。

 

「……アイリウムなら破壊してもいいという冗談はない」

 

 だがここで下手に手を抜けば、駐在軍に勘繰られてしまうのは必至。

 

 今は、無益でも刃を交わすしかない。

 

「……だが、エージェント、クラード。その力量、そう言えばはかった事はなかったな。これで少しは……お互いの手札を晒し合えると言うもの」

 

 戦闘狂のつもりでもなかったが、クラードほどの強者とやり合えるのならば、自分も本望であった。

 

 薙ぎ払った太刀を相手が受け止め、そのまま応戦の刃が切り開く。

 

 活路一つに見出した一閃を防御し、ダビデは自分と相手の立ち位置を入れ替えて剣閃を振るっていた。

 

 必殺の一撃の威容を漂わせた刃を、相手は風と受け流す。

 

「……やるな」

 

『……悪いが加減は出来かねる』

 

「いいさ。そのほうが……戦い甲斐があると言うもの……!」

 

 当惑した駐在軍の通信が耳朶を打つ。

 

『だ、ダリンズ中尉を援護しようにも、ここまで密着していれば……』

 

 そうだとも。

 

 これが狙いだ。

 

 自分もクラードも、しかしこの好機を言い訳にして斬り合っているのみ。

 

 これでは一刹那にかけるだけの刃の死狂い。

 

 だがしかし、これくらいでちょうどいい。

 

 理由は知らないが、それでもクラードが応戦の太刀を振り向けてくるのなら、それに応じないのもまた恥なりと知れ。

 

「行くぞ……エージェント、クラード。言っておくが私は加減が出来るほど、器用には出来ちゃいない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コロニーの下層でカトリナは上層部を仰ぎ見ていた。

 

「……まだ、戦っている……クラードさん」

 

 ならば時間はあると考えていいのだろう。

 

 父親の手を引き、カトリナは事前にマッピングされていた通路を行き過ぎる。

 

「か、カトリナ……ちょっと待ってくれ……息が……」

 

 息の上がった父親を立ち止まらせ、カトリナは端末に表示されるマップを見やる。

 

 既に駐在軍の手が回ったのか、先んじてマップの先が赤く染まっていた。

 

「……こっちの道じゃ駄目。あっち……!」

 

 回れ右をして反対方向へと駆け出す。

 

 下層市街では先ほどの《ダーレッドガンダム》の闖入がまだ効いているのか、混迷の只中にあった。

 

 だからなのか、囚人服の父親を連れて走っている自分が見咎められる事もない。

 

「……カトリナ……」

 

「なに? マップだって無限じゃないって――」

 

「いや……こうしてお前に……手を引かれる日が来るなんて思わなくってな。わたしも老いたものだよ……」

 

 不意に湧いた感傷に、そうか、とカトリナは脳裏を過ったものを感じ取る。

 

 ――もう、会えないのかもしれないのだな。

 

 そう考えると目頭が熱くなったが、ぐっと堪えてそれを飲み干す。

 

 今は、余計な感傷は要らない。余計な事に足を取られているような時間もない。

 

「……今は……っ、今だけは……!」

 

 父親を逃がす。

 

 だがその先はどうなる?

 

 父親は逃げ切れる保証なんてない。

 

 今、このコロニーから逃走をしたとして、地球圏まで追跡が及ぶ可能性は?

 

 そもそも母親にまで嫌疑がかけられてしまえば、自分達一家はどうなる?

 

 もう二度と会えないだけではない、犯罪者の家族として後ろ指を指され続ける。

 

 向かってくるその現実に対し、カトリナは皺の浮いた父親の手をぎゅっと握り締め、それから口中に声にする。

 

「……だから、どうしたって言うの」

 

 ここで父親を見殺しにすれば。

 

 自分はきっと、大切なもの一つを失ったまま、宙ぶらりんになるに決まっている。

 

 空っぽになってまで、抜け殻になってまで生き永らえていいのか。

 

 それは生と呼べるのか。

 

 カトリナは否とより手を強く引く。

 

「……だって、助けたいって言う気持ちは、私だけの物じゃないでしょう、カトリナ……」

 

 クラードを既にトリガーにしてしまった。

 

 ならば、もう自分は小賢しい策を講じている場合でもない。

 

 ――父親を助ける。母親に危害は及ばせない。自分達は、絶対に生き抜いて……。

 

 その時、父親が不意に自分を突き飛ばしていた。

 

 カトリナは不格好に走り込んだ姿勢のまま転がってしまう。

 

「お父さん?」

 

 自分を突き飛ばした瞬間、老いた父親が相好を崩したのが窺えた。

 

 何に感謝してなのか、その口元が紡ぐ。

 

「ありがとう」と。

 

 その言葉を聞き遂げる前に、銃声が劈き、一発の銃弾が父親の心臓を射抜いていた。

 

 あ、と断末魔にも成らない声がこぼれ、父親が倒れ伏す。

 

 カトリナは、こちらを狙い澄ましたスナイパー相手に何も出来ずになっていた。

 

 機動部隊であろう、その銃口が自分も狙い澄まそうとして、カトリナはろくに動く事さえも出来ない。

 

 父親の手を引き、まだこれでも逃げようとする己の弱さ、その闇を直視する前に、血溜まりが下層市街の通路に広がっていく。

 

 こんな、冷たい強化コンクリートの道の上で、死んで行くような人ではなかったはずなのに。

 

 だと言うのに現実は。

 

 見間違えようもない現実だけは――。

 

 カトリナは腰に備えていたホルスターより拳銃を突き出す。

 

 狙撃手は落ち着き払って通信を放ちつつ、自分達を狙う。

 

 カトリナは涙に濡れた相貌のまま、奥歯を噛み締めて怨敵を狙い据える。

 

 だが、その引き金にかけた指はどうやったって――。

 

「なん、で……。何で、引き金を引けないの……カトリナ……ッ!」

 

 自分でもその茫漠とした事実に唖然とする。

 

 こんな時に、何も出来ないのが自分なのか。

 

 こんな時に、仇も取れないのが自分だと言うのか。

 

 それはあまりにも――。

 

「……いやぁ……お父さん……」

 

 銃口を降ろす。

 

 狙撃手がトリガーを引く前に、雪崩れ込むように加速度をかけてきた《アイギスハーモニア》が機動部隊を牽制していた。

 

 ビームライフルの攻勢が彼らの機動位置を削いでいく中で、声が響き渡る。

 

『カトリナさん! どうしたって言うんすか! これは一体……!』

 

 アルベルトの広域通信にカトリナは拳銃を手にしたまま、その場で蹲っていた。

 

「お父さん……お父さん、おとう、さん……」

 

 その指先が僅かに動く。

 

 ハッとしたカトリナは、血に濡れた父親が最後の最後、力を振り絞って笑ったのを目にしていた。

 

「……カト、リナ、わら、いなさい……おま、えに、は……えが、お……しあわ、せ、に……」

 

 指先が硬直し、そのまま力を失う。

 

 こんなところで死ぬ人間ではなかったはずだ。

 

 こんなところで、死んでいい人間では、なかったはずなのに。

 

 だと言うのに、自分が――「殺した」。

 

 その感情にカトリナの自我は押し流されてしまっていた。

 

 ただ慟哭する。

 

 世界を裂くように、その声は止め処ない。

 

 今は、どうしてここまで世界が残酷なのかと、そう問わずにはいられなかった。

 

「……カトリナさん。敵は撤退しました。襲撃は来ません」

 

「……放っておいてください」

 

「今は……クラードも込みで戻りましょう。あいつもまだ上層で戦っている。それはきっと、あんたのためだ」

 

「……だから、放っておいてください……よぉ……っ!」

 

「カトリナさん。オレはあんたを回収しないといけねぇ。そうじゃないと収まりもつかねぇし……何よりもこのコロニーじゃもう下策だ。オレは……」

 

「だから! 放っておいてって言っているじゃないですか!」

 

 堪え切れずにその銃口をアルベルトに向ける。

 

 もう自分なんて放っておいて欲しい、諦めて欲しい一念で据えた銃口の先に居たのは覚悟を決めた男の相貌であった。

 

「……カトリナさん。前にも、こんな事、ありましたね。オレがぐずついていた時……ラジアルさんが死んじまった時だ」

 

 頬を伝う熱を止める事も出来ずに、カトリナは目を見開く。

 

「それ、は……」

 

「オレもあん時はどうしようもなかった。生きる気力だとか気概だとか全部奪われちまった。生きる屍ってああ言うことを言うんでしょうね。でも……その時、立ち上がれって、無理でも起きろって言ったのは、あんたの言葉でしょう? だって言うのに、今足を止めるのは……それはあの時、激励されたオレが許さねぇ。あんたにはまだ、前を行く責任があるんだ」

 

「……やめてください、やめてくださいよぅ……ぉっ……! 私なんて……私なんて居ても居なくっても……同じ……っ」

 

「じゃあ何ですか。あの時、オレを叱咤して、それでも生きろって言ってくれた……あのカトリナ・シンジョウは! 嘘だったって言いたいんすか!」

 

「嘘なわけないじゃない! 嘘なわけ……ないじゃないですかぁ……っ。……でも、もう駄目かもしれない……もう、立ち上がれないのかも……。クラードさんが、時間を作ってくれたのに、何も……。何も! 報いられなかった! じゃあもう……駄目じゃないですかぁ……っ!」

 

「語れば陳腐に落ちる。オレは……あんたに、ここで足を止めて欲しくないんだ。ここで膝を折って、弱い女に成っちまうのは簡単でしょうよ。でも、オレが焦がれたのは、ずっと背中追っかけて来たのは……どんな事でも折れないカトリナ・シンジョウでしょうが……! 都合のいい時だけ弱く……成らないでください」

 

 だがそれは。

 

 父親の死を踏み越えてでも前に進めと言うのか。

 

 伝い落ちる涙を堪える事も出来ないで、カトリナはぎゅっと拳を握り締める。

 

「……でも、でも、でもぉ……っ! 私はそんなに……強くない……っ!」

 

「強くねぇのはお互い様です。カトリナさん。オレの眼を見てください」

 

 アルベルトは真っ直ぐな双眸で自分を見つめてくる。

 

 カトリナはやり切れてなくって目を逸らしていた。

 

 やめて欲しい、自分に期待するなんて。

 

「オレはあんたを信じた。あんたなら、オレを預けるに足りたと思ったから、三年間、ずっと戦い抜いてきた。それがカトリナ・シンジョウの終わりっすか。それが……オレの好きだった人の……終わりなのかって言っているんですよ……ッ!」

 

 カトリナはその言葉に顔を上げる。

 

 立ち上がったアルベルトは自分の手を引いていた。

 

「走るっすよ。ここももう持たない。……お父さんには、きっちりお別れしておきましょう」

 

 自分の手で別れを告げなければいけない。

 

 それが娘として出来る、精一杯の親孝行だと言うのならば。

 

 掌で瞼を閉ざし、カトリナはアルベルトの機体へと乗り込んでいた。

 

「……コロニー、ルーベンを離脱します。クラードさんにもそう伝えて……さようなら、お父さん……」

 

 このような場所で死ぬはずじゃなかった人。

 

 しかしもう戻れない。戻れない場所まで来てしまった。

 

「……飛びますよ。気ぃ付けて」

 

 飛翔した《アイギスハーモニア》が飛翔機動に移り、コロニーを後にしていく。

 

 クラードとダビデの機体が駐在軍の攻勢より離れ、こちらに追従していた。

 

 誰よりもしっかりしていないと駄目なはずなのに。

 

 それなのに今だけは。

 

「……涙が止まらないの……。許して……ください……」

 

 

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