機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第168話「死者の驕り」

 

「受信した情報の限りでは、我が方に損耗ありとの事でしたが」

 

『それでも無理を押して追撃してください。それが翻っては我が陣営の優位となる』

 

 タジマの言葉を聞き届けてから、ピアーナは現状宙域の様相を視界に留める。

 

「オフィーリアはコロニー、ルーベンに停泊中。しかして、先ほど何者かが介入……レジスタンス艦を撃沈してみせた。その期を逃すな、と?」

 

『了承しておられるようで何よりです。オフィーリア追撃は今しかありません』

 

「ですが、地球重力圏ではもっと大変な事が起こっているご様子。MFの降下と襲撃は予期されたのですか?」

 

『いえ、しかし、現状騎屍兵団は目標遂行に力を入れていただきたい。それが《ネクロレヴォル》を運用する要となるのでしょうからね』

 

 どう言い繕われても、結局自分達は騎屍兵を動かすだけの駒でしかない。

 

 タジマも焦っているのが窺えていた。

 

 今の状況では結果をどこかで残さなければ取りこぼされるとでも言うような。

 

「……では我らモルガンはオフィーリア追撃任務を取ります。戦力の拡充もありましたし、大丈夫だと……信じたいですが」

 

『何度も仕損じるわけではないでしょう。あなたは優秀なのですからね』

 

 その言葉を潮にして通信が切られる。

 

 ピアーナは倒していた写真立てを上げて、そこに映し出された自分とカトリナ達を見据える。

 

「……優秀、ね。それは当て擦りと言うものですよ」

 

 そこで艦長室に伝令が入る。

 

『艦長。少し、お話が』

 

「入っても構いません。何でしょう?」

 

 写真立てを倒してから、艦長室に入って来た青年士官と向かい合う。

 

「クラビア中尉です」

 

 真面目腐った挙手敬礼をする相手に、ピアーナは首肯していた。

 

「存じています。何か不都合でも?」

 

「いえ……艦長は、その、俺の処遇とか、何も言わないんですね」

 

「貴方には兵士としての働きを期待しています。それ以外に何の素養が?」

 

「いえ……俺は兵士です。それ以上でも以下でもないのは間違いないですし……。ですが、得心と言うものがあります。騎屍兵団を取り纏める師団長である艦長からしてみれば、俺のように正規手順で騎屍兵に入隊しなかった身分は、邪魔にも映るのではないかと……」

 

「邪魔なものですか。兵士は一人でも欲しいのが実情です。そこに余分な感情を差し挟む余裕はありません」

 

「恐縮です。しかし、俺だけ名有りと言うのもその……居心地が悪いもので……」

 

 ピアーナは職務の手を止めていた。

 

 ダイキはどこか所在なさげに視線を彷徨わせる。

 

「……騎屍兵団の、彼らは誇りを持って名を捨てているのです。要らぬ同情は、彼らにとっては唾棄すべき侮辱ですよ」

 

「し、失礼を……! ですが俺は……迷いをもって戦いたくないんです。中佐殿が……俺をここまで押し上げてくれた。そんな自分に……恥じ入るような戦いはしたくない……!」

 

「どうやら勘違いをなされているようですね。わたくしからしてみれば、貴方の本懐はどっちだっていい。戦場で役立つか、そうではないかの違いです。トライアウトネメシスでの働きは評価している、と言っているのですよ? 何か不満でも?」

 

「不満……でもないのですが……俺は戦いにおいて、少しばかり余計なものを背負っている……ストイックに成り切れないんです。それが……彼らと俺との、違いでしょう」

 

「ストイックな戦闘機械に成る事への憧れでも?」

 

「いえ、そこは……俺も分からないんです、何も……。ただ……艦長は全身RMとお聞きしました。だから騎屍兵団の師団長に志願を?」

 

「わたくしが彼らに入れ込んでいる、とでも言いたいのですか?」

 

 少しばかり凄んで見せれば、この青年士官は委縮する――かに思われたがダイキは真っ直ぐにこちらを見据えるのみであった。

 

 肝くらいは据わっているか、とピアーナは落ち着いて声にする。

 

「……何でもないのですよ。あの月軌道決戦後、わたくしの居場所は再編成され、そして最も適性が高かったのが騎屍兵団の師団長であっただけ。要は、与えられた役職をこなしているだけの……ただの木偶人形のようなものです。別段、そこに特別な感情や、感傷を持ち込んでいるわけでもない。わたくしは……相変わらずただ、脆いだけ」

 

「脆い……? 全身RMでも……ですか」

 

「精神まで強靭であろうとすれば、出来なくもないのが今の技術でしょう。有機伝導体操作技術、そして思考拡張、どれもこれも、人間の域を引き上げるものばかり。だからと言って……わたくしが強くなれるわけではない。それは何よりも……戦場に居座っていれば嫌でも分かります。むしろ、弱くなるばかり。人界とはまかりならぬとは言うものの、ここまでだとは思いも寄りません」

 

「それは……艦長でも自分は弱いのだと、そう仰っているのですか」

 

「……何を聞きたいのです? わたくし自身の弱さの告白でも聞きに来たのですか」

 

 少しばかり刺々しく応じてやると、ダイキは目を伏せていた。

 

「……ネメシスのほうで俺は……あの人の……レミア・フロイト艦長がどれほどの責任と過去を背負っているのか、考えもしませんでした。ただ闇雲に、勝てる、今の自分達なら負けないと、そればっかりが先行して……。俺だけが勝ったって意味ないんです。みんなが生き残らなくっちゃいけない。それは騎屍兵だろうが、名有りだろうが名無しだろうが、同じ事なんです。俺はそれを理解出来ていなかった……理解出来ないから、あの人は遠くに……俺達と争う道に行ってしまった。それは俺の弱さです」

 

「そこまで思い詰める事もないのでは? レミア艦長が貴方の下を離れたのは、別段貴方が弱かったからでもないでしょう」

 

「いえ、俺の弱さなんです。……憧れの人一人……留められなくって何が男だって言うんですか……!」

 

 ダイキはこれまで話してきた人々とはまるで正反対に居るタイプの人間であった。

 

 騎屍兵を率いている身分上、既に死んだように生きている人間と、あるいは自身の足跡に意義があるのだとそう信じて疑わない「恥知らず」な人間と意見を交わすばかりである。

 

 ある意味では完全な「生者」である身分――どうあっても死人である騎屍兵の事は理解出来ず、かと言って彼はレミアの本心まで窺う事は出来ない。

 

 それはだが、生きているがゆえに起こる過ちなのだろう。

 

 自分のように全身RMとして、死んだように生きているわけではない。

 

 彼は真っ当な生者としての意見を言っているのみだ。

 

 そこに疑念を差し挟むのは、それこそ死者の抗弁であろう。

 

「……ダイキ・クラビア中尉。わたくしに貴女へと適切な答えが振れるとは思っていない。それは死者の驕りでしょう。ですが、貴方には別の道がある。今からでもトライアウトネメシスに戻ったっていい。何も、退路を消すだけが、軍人の素質ではないのですよ」

 

「いえ、俺は……中佐殿に頭を下げさせてしまった。その時点で、俺の道はこっちしかないんです。だから……お願いしに来たんです、艦長。俺に、新型機をください。成果は挙げてみせます」

 

 実直に頭を下げたダイキに、ピアーナは冷徹な言葉を振る。

 

「分かっているのですか? 新型機を振ると言うのはつまり、それだけ死地よりの距離は近くなるばかり。《パラティヌス》で一戦を潜り抜けてから、それは思案しましょう。今は、目に見える戦果を挙げてください。話はそれからです」

 

「それは……可能性はある、と思っていいんですね」

 

 どこまでも前向きだな、とピアーナは感じつつも、彼へとあてがわれるMSのデータを呼び起こす。

 

「《パラティヌス》は現行のミラーヘッド機としても最大のパフォーマンスです。王族親衛隊、ヴィクトゥス・レイジ特務大尉が進言したのですから、貴方はそれで戦い抜き、その上で勝ち取りなさい。それが、今貴方の出来る貢献です」

 

「了解しました! ……艦長の気持ちに応えます」

 

 そう言って身を翻したダイキの背中を見送ってから、ピアーナは呟く。

 

「……道化は、わたくしだけでは、ないという事ですか。死の領域に踏み込むなんて、それはだって、生きているのならそんな必要なんて、ないって言うのに……」

 

 今はただ、死者の領分に足を踏み入れるだけの勇猛な眩しさに、目をやられたと思うべきなのだろう。

 

 久しく熱を忘れていた瞳に、涙が浮かび上がる。

 

「……カトリナ様。わたくしを責めてくださいまし。貴女を死なせまいと必死になっているのに、全部が裏目に出る駄目な女を……」

 

 

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