機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第169話「トリガーは彷徨う」

 

 カトリナは暫く療養が必要だろうと、そう判断したのはヴィルヘルムであった。

 

 状況を聞くに当たって、彼ほどの適任者も居ない。

 

 クラードは汚染深度のテストを受けてから、医務室にて彼へと言葉を振る。

 

「……実際、どうなんだ。血縁者が死ぬと言うのは」

 

「どうとも言えない。わたしだって、何でも知った風な口は利けないと言うわけだ」

 

「分からないな……それがあの冷徹なヴィルヘルムの言葉だとは思えない」

 

「いくら冷徹にこれまで振る舞っていたからって休暇の間にそんな事が起これば、心的外傷を疑いもする。……ある意味では、かつてのラジアルと同じ……いや、それよりも立ち直れないかもしれないな」

 

 ヴィルヘルムは電子煙草に火を点けて紫煙をくゆらせる。

 

「……俺が付いていながら、何も出来なかった」

 

「逆だよ、クラード。お前が付いていたから、彼女の父親は彼女の目の前で死ねた。それは死に行く者としては本望だろう。最後の最後に、娘に会えたのだからね」

 

「だが、俺はカトリナ・シンジョウの心に瑕を付けただけかもしれない」

 

「瑕、か。クラード、だがお前は、どれほどの人死にの上にも成り立ってきたこの三年間のカトリナ君を知らないだろう? ……彼女は立ち上がる。わたしは個人的にだが、そう思っている」

 

「……これまでは他人だった。今回は違うだろうに」

 

「いや、わたしは違わないと思うがね。彼女にとってはベアトリーチェクルーも家族のようなものであった。お前と会う前のカトリナ君は、それこそ日々やつれていくばかりだったよ。クラード、お前の生存を信じ、それでも前に進んだ彼女の強さ、それを目の当たりにしたからこそ、邪険にしないのだろう?」

 

「……俺は俺の叛逆を講じるのみだ。それ以外は、別段どうだっていい。だがカトリナ・シンジョウは、ただの人間だ。戦士でさえもない」

 

「それは彼女にとって侮辱だとは思うがね。わたしは何も過大評価しているわけではない。カトリナ君の芯は、誰よりも強い。ともすれば、その強さはお前以上かもしれない。わたしもかつて……テスタメントベースに降りる際、彼女に背を押されたクチだ」

 

 クラードは己の腕に視線を落とす。

 

 モールド痕が刻まれた腕――原罪を叩き込まれただけの戦闘機械。

 

 だが、カトリナは違う。

 

 まだ戻れるはずなのだ。

 

 その退路をある意味では塞いだのは自分だとも思っている。

 

「……俺はあいつに、思い切らせるだけの素質なんてない」

 

「だがね、クラード。この世において、他人との関係性はそんなものだ。思い切らせるか、踏み止まらせるかだけの違いさ。お前は思い切らせた。それは何も、お前だけの決断ではない。彼女の素質だ。カトリナ君は自分の意思で、戦い続けると決めた。だからこそ、父親の死をただの死として安売りしたくなかったのだろう。事実、彼女の父親は目の前で死ねた。それが瑕となるのか、あるいは心の支えになるのかは、今後のカトリナ君次第だ。他人が口を挟めるだけの領域じゃないのさ」

 

 煙い吐息をつくヴィルヘルムの物言いに、クラードは自身の手を眺める。

 

 これまで数多の死と、そして数多の呪いに塗れた、忌むべき掌。

 

 だがカトリナはこんな意味のないものに、意味を見出そうとしてくれていた。

 

「……カトリナ・シンジョウが再起不能なら、俺に言ってくれ。その時にはコロニー、ルーベンより先の航路にて降ろす事も考えられる」

 

「彼女は言ってしまってももう血濡れの淑女(ジャンヌ)だ。どこで降り立ったところで、彼女の居場所はもう、戦場にしかないとは思うがね。辛い事だが」

 

「戦場に意味を見出す、か。そんなの、少なくっていいはずだったんだが」

 

 だがカトリナはあの時、自分に戦ってくれと願った。

 

 ならばその心根の強さは、誰かに言われたからでもない。自分で探し出すものなのだろう。

 

「俺は……」

 

 その時、激震が見舞う。

 

 長距離巡航ミサイルの直撃を告げた警報が耳を劈いていた。

 

「……戦闘警戒か」

 

「クラード、恐らくは……」

 

「ああ、ピアーナの一派だろうな。……向かってくるのなら容赦はしない」

 

 そう断じるなり医務室を出て格納デッキに向かう途上で、角を折れたところで鉢合わせしたダビデと行き先がかち合う。

 

「……何も言わないのだな」

 

「何の話だ」

 

「私と戦った事も、カトリナ・シンジョウの事も」

 

「お前が俺と戦ったのは意味を理解しての行動だろう。それに、俺は別にカトリナ・シンジョウの事に関して何か言いたい事があるわけでもない」

 

「その割には、平時よりもお喋りに映る。……浮足立っているのか」

 

「まさか。俺は戦闘機械だ。そうと規定されたものを屠る……ただのトリガーだよ」

 

「エージェント、クラード。だがお前は……私の見る限りでは少し思っていたのと違う。……もっと冷徹で、もっと研ぎ澄まされた刃なのだと思っていた。お前に関して、お喋りだった人間が居る」

 

「俺に関して? ……そいつは酔狂だな」

 

「その人は……お前を超えるべき目標だと決めていた。いつだって、口癖だった。エージェント、クラードは美しき獣であると。だが、今のお前には陰りが見える。……その人の言っていた美しき獣とやらは、今は鳴りを潜めているのか?」

 

「……それも間違いだろうさ。俺は鈍ったわけでもないし、そいつの言うような美しき獣とやらの時期もない。――俺は過去からずっと、変わらぬエージェント、クラードだ」

 

「……そうか。それを聞いて安心した。背中を任せるに足る言葉が欲しかったところだ」

 

「お前も随分とお喋りじゃないか、ダビデ・ダリンズ。もっと寡黙かと思っていたが」

 

「……私も何だかんだで情にほだされているところはある。カトリナ・シンジョウが戦いたくないのなら、彼女の意を汲むだけの覚悟も」

 

「……分からないな。みんな、お人好しが過ぎるんだ。何だって他人の痛みをそう背負えるんだよ」

 

「それはお前もだろう、エージェント、クラード」

 

 エアロックを潜る前に放たれた言葉に、無重力を漂いつつクラードは目を見開く。

 

「……俺、が……」

 

「気づいていないのか? あるいは無自覚なのか。お前は……もう充分に……いや、これは言わないほうがいいか」

 

「どういう意味だ」

 

「口にすれば陳腐に落ちる。私は戦うだけだ。戦うだけのDDなのだから」

 

 ダビデは自身の《レグルスブラッド》へと流れていく。

 

 その後ろ姿を眺め終わってから、クラードは身を翻していた。

 

《ダーレッドガンダム》に取り付いているサルトルに声をかける。

 

「首尾は?」

 

「機体追従性自体は上がっているが……お前、どうやって空間転移なんて術を手に入れた? そのログが出ないんだよ」

 

「それは……」

 

 そこで口ごもる。

 

 自分でもどうしてなのだか分からない。

 

 あの時、「呼べば来る」のだと言う確信に衝き動かされて《ダーレッドガンダム》を空間転移させた。

 

 そこに迷いなんて一片もなかった。

 

「……分からない」

 

「そう言うと思ったよ。適性値に振っておいたパラメーターは下手にいじらないほうがいい。何よりも、だ。ポートホーム以外での空間転移はダレトからもたらされた、今の人類じゃ完全解明は難しい技術なんだからな。おれはお前が……彼方に行っちまわないかだけが……不安要素だよ」

 

「俺は何でもない。出撃姿勢に移る」

 

「はいよ。《ダーレッドガンダム》! 出撃体勢に入るぞー! 総員、退避、退避ーっ!」

 

 三三五五に散っていくメカニックの中で個別ウィンドウを開いたのはティーチであった。

 

『クラードさん。《ダーレッドガンダム》に新しい兵装を付与しておきました。右腕の大出力マニューバを利用した極大化ビームマグナムです。これなら……前回仰っていた、不明な要素を排除出来るかと』

 

「助かる。俺もこいつには手を焼いているところだ」

 

 パラドクスフィールドのもたらす不確定要素を排除し、その高出力のみを利用するのには、少しでも手綱を握らなければいけない。

 

 腰部にマウントされたビームマグナムはベテルギウスアームに接続出来る設計になっていた。

 

 格納デッキを移送される途中でアルベルトからの回線が接続される。

 

『クラード。……正直、オレは……いや、何でもねぇ』

 

「何。何かあるなら言いなよ。アルベルトらしくもない」

 

『……オレらしく、か。いや、何でもねぇはずなんだが……言っておくとすりゃ、オレも余計な事をしちまったかもしれねぇ。これに関しちゃ謝っても……』

 

「アルベルトが頭を下げてどうこうなる事なら、もうどうにかなっているでしょ。そうじゃないから苦戦しているのも分かるし。俺はそっちを急かさないよ」

 

 アルベルトは一拍の逡巡を挟んだ後に、言葉を漏らしていた。

 

『そういうつもりでも、なかったんだがな。……いいさ。RM第三小隊! 出撃姿勢に入るぞ! 後れを取るな!』

 

 いつもの調子の声を響かせたアルベルトの通信ウィンドウを切り、《ダーレッドガンダム》がカタパルトボルテージに固定されたのを確認する。

 

 鎧めいたパイロットスーツの気密を確かめ、バイザーを下ろす時になって、管制室から入電してきた相手にクラードは声を返していた。

 

『《ダーレッドガンダム》、発進位置へ。頼むからとちらないでね、クラード』

 

「レミアは? どうしたんだ、バーミット」

 

『今はあたしが艦長代理。……ちょっとね、野暮用があるみたいで』

 

「……レミアが? 珍しいな」

 

『いいから、あんたはしゃんとする! ……これは女にしか分からない戦いなのよ、クラード』

 

「意味分かんないな、それ」

 

『敵勢は前回よりも手駒揃えてきたみたいだから。あんたがヘマやらかさなきゃ、こっちだって無事にコロニーから出港出来る。ここが力の入れどころよ』

 

「了解。《ダーレッドガンダム》、エージェント、クラード。――迎撃宙域に先行する!」

 

 青い電磁を纏いつかせ、《ダーレッドガンダム》の機体が射出される。

 

 後続したアルベルト達の編隊を意識しつつ、クラードは最奥に位置するモルガンと護衛艦隊を睨んでいた。

 

「……ピアーナ。まだ俺達の道を遮るのなら……」

 

《ネクロレヴォル》部隊がそれぞれミラーヘッドの蒼い残像を引きつつ、段階加速へと移っていく。

 

 その統制された動きに迷いは見られない。

 

「……MAの仕込みはなし。単純な部隊の力量だけでこちらの戦力を押し返す気だな」

 

『クラード、オレは《ネクロレヴォル》隊を押さえる。RM第三小隊も出来るはずだ』

 

「あまり逸らないほうがいい。何かしらの策があるから、ピアーナは仕掛け来ている。あるいは、もう既に手は打ってあるとでも……」

 

 その言葉尻を裂いたのは熱源警告であった。

 

 直上からの接近警報にクラードは鎧のパイロットスーツの中で天上を仰ぐ。

 

「……反応、上か!」

 

 瞬時に習い性の身体が小太刀を抜刀する。

 

 受け身の体勢を取った自機へともつれ込むように加速してきた痩躯に押し出されていた。

 

 小太刀が支えきれない超速荷重に弾かれそうになる。

 

 眼前に突きつけられた殺意の双眸が赤く輝き、クラードは息を呑んでいた。

 

「新手か……! こいつ……!」

 

『私も踊るのには少しばかり迂闊だとは思うのだが、しかしいつまでもお預けを食らうほど――我慢強くはないのでね!』

 

 払われたのはビームサーベルの粒子束だ。小太刀を押し返す膂力に、即座に背部にマウントしていた大太刀と接合させ、目の前に翳す。

 

「……この機体は……!」

 

 機体識別照合、アンノウンがもたらされる中で、漆黒の機体はその手に握り締めたビームサーベルの両刃を掲げる。

 

『名乗るのは三下のやる事だが、あえて名乗ろう! この機体の名は《ソリチュード》! 戦域を奏でる独奏曲だ!』

 

「《ソリチュード》……。だがそんな機体で!」

 

 瞬時に接近して薙ぎ払おうとして、機影が掻き消えていた。

 

 瞬間移動としか思えない速度にクラードは瞠目する。

 

 敵機は、自分の振るった切っ先へと降り立っていた。

 

『鈍くなったな、エージェント、クラード君。その太刀筋、迷いが見えるぞ。何なら私が、その迷いを断ち切ってみせよう! 君は戦いにおける麗しき修羅となって、私と一緒にワルツを踊るのだからね!』

 

「誰が!」

 

 刃を振るい上げるも、軽業師めいた挙動を取る敵機は背後を取り、袖口に仕込んだビームバルカンを掃射させる。

 

『これで一死だな』

 

「……こいつは……この機体は……!」

 

 肉薄してきた《ソリチュード》自体に備え付けられた誘導型の強化推進剤が光を瞬かせ、瞬時に側面へと回り込む。

 

 否、その速力は回り込んだ、などと言う生易しいものではない。

 

「……その空間へと、現れた……? まさか、空間転移を物としているのか……!」

 

『案外! 私も長続きするとは思っていないのでね! この奥義を君の前で晒すのは、君が踊ってくれる、その時だ!』

 

《ソリチュード》の脚部に内蔵された仕込み腕が発動し、そのマニピュレーターが保持するビームサーベルが発振され、機体を斬り払おうとする。

 

 クラードは直前で太刀筋を閃かせ、応戦の刃を振るっていた。

 

「……《ダーレッドガンダム》が何故、俺の意に従うのか……。こいつが何を望んでいるのか……」

 

 今になってその命題が鎌首をもたげてくる。

 

 今ではないはずなのに――《ソリチュード》の挙動を目の当たりにすれば、その迷いは重々しい鎖となって自分を束縛する。

 

『鈍い! 脆いぞ、クラード君! その剣さばきで、私と一端に踊るに足ると、思っているのかね!』

 

 斜に振るわれた一撃の重さは本物だ。

 

 本物の強者の剣を前に、惑いの只中の太刀は彷徨うのみ。

 

「……俺は、何のために戦えばいい……いや、俺はトリガーのはずだ。そうと決めた……引き金に過ぎないはず……なのに、何故……カトリナ・シンジョウの父親を守り通せなかった……」

 

 分かっている。

 

 自分のせいではない。

 

 それも理解した上で、カトリナの父親を守ると誓った力は、何も出来ないまま漂っただけだ。

 

 ――何が出来る、何のための力だ、これは。

 

「……俺の力は……《ダーレッドガンダム》……」

 

『呆けているのなら! その寝ぼけた刃を粉砕する!』

 

 上下より牙の如く放たれた一閃が堅牢なはずの格闘兵装を両断し、クラードは爆砕に気圧されるように後退していた。

 

 噴煙を引き裂いて《ソリチュード》が迫り、そのまま腹腔へと一撃を見舞おうとする。

 

 瞬間的な判断で腰にマウントしていたビームマグナムの銃身を盾にしていた。

 

 強化された銃身のビームコーティングならば一撃を凌ぐくらいは出来るはずと、そう判じた神経はしかし、《ソリチュード》の自在な挙動に淘汰される。

 

 さながらサーカスを奏でるかのように、蹴り上げた一撃が頭蓋を揺さぶり、そのままコックピットへの致命的な伝導として視界がぶれる。

 

「……このままでは……!」

 

『エージェント、クラード君! 私は欠伸の出るような一曲を君と踊る気はない! そのような生易しい挙動ばかりなら、構うものか、私自身の手で、引導を渡すのみだ!』

 

《ソリチュード》の速度は常軌を逸している。

 

 持ち得る加速度と空間転移、それだけでも《ダーレッドガンダム》を凌駕し得る性能であろう。

 

 だが、自分は。

 

 ここで撃つ事を躊躇う自分自身は。

 

 どうして、ここで自分は恐れを成しているのか。

 

 戦う事が今さら恐ろしいわけでもなければ、抗う事への迷いがあるわけでもない。

 

 ただ、自分の力が及ばなかった事実を突きつけられ、そして戸惑っているだけだ。

 

 ――カトリナ・シンジョウの父親を守り切れなかった。

 

 そんな事に足を取られている場合ではないはずなのに。

 

『……澱んだな、クラード君。事ここにおいて、迷いの太刀を振るうのは、私への侮辱と知れ!』

 

 肘打ちが機体の芯を激震し、《ダーレッドガンダム》のフレームが軋む。

 

「……俺は……」

 

 

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