機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第十七章「真実へと手を伸ばすとき〈ザ・リベリオン・オブ・トゥルース〉」
第173話「力の振るい方」


 

『重力下専用ヘカテ級戦艦、一隻に護衛の型落ち艦、二隻……そして積載するMSは《エクエス》を中心にして編成。……お嬢様、本当にこれでよかったのですか』

 

「当たり前じゃない、シンディ。あなたの根回し、助かっているわ」

 

『……これでもかつては統合機構軍にも顔が利いたのが幸いしました。ですが、ここから先は茨の道。お嬢様が、そのような下賤なる道を歩む事は、フロイト家の教育係として――』

 

「うるさい、シンディ。もう、私は決めたのよ。この先に何が待ち構えようとも、全てを踏み潰して前に進むって」

 

『ですが……お嬢様、それは果たして、本当にあなたの望む事なのですか。思わぬ事態に呑まれて困惑されていらっしゃるのでは……』

 

「シンディ、私はもう迷わない。革命の乙女として、世界を変革する。その一手には、とっくの昔に至っているのもの」

 

『……お嬢様の教育係として今日まであなたの御傍に居られた事、誇らしいと思っていいのでしょうか』

 

「そうね。シンディ、あなたは無関係を気取ったっていい。あなたが望むよりも、もっと深いところで物事は繋がっている。その関連性を脳裏に描けない時点で、敗北者なのよ。この世界においてのね」

 

 暗にシンディとの今生の別れを切り出したつもりであったが、自分の教育係であった彼女は存外に大人しい。

 

 長距離通信の映像越しに、彼女は瞼を伏せる。

 

『お嬢様、差し出がましいようですが、私はお嬢様の親代わりとして、あなたの成長を見守ってきました。家督を継ぎ、そして幸せに生きる事こそが、貴族の道なのだと信じて……。ですが、あなたは自分自身で選ぶべき道を選択された。それはきっと得難いものでしょう。私は、所詮はあなたを導くようにしか出来ていない。しかし、クランスコール家のご令嬢はあなたに、友人以上のものを見出させた。その時点で、私には出来ない事なのです。……いずれはどのような親も子も、親離れ子離れをするもの。それが巣立ちと言うのならば、私は引き下がりましょう。キルシーお嬢様。あなたが信じると決めた道を信じなさい。それを貫く事こそが、ひいてはあなたにとって後悔のない選択肢となるはずです』

 

 どうしてなのだか、口うるさいはずのシンディの別れの言葉は、どこか素っ気ない。

 

 自分はともすれば、彼女に湿っぽい別れの言葉を期待していたのかもしれない。

 

 行かないでくれとでも。それは間違っているとでも。いつものように口を酸っぱくさせて言ってくれれば、振り解くのにも躊躇いなんてなかったのに。

 

 今になって、僅かに後悔が押し寄せてくる。

 

 彼女が自分の親代わりであったのは間違いなく、そしてどうしたって、彼女が自分を見据えて来てくれたのは事実なのだ。

 

 どれだけの我儘を言っても、どれだけのじゃじゃ馬でも、シンディは一歩下がった目線で付き従ってくれた。

 

 よく出来た従者であったのだろう。

 

「……シンディ。私は、もう行くわ」

 

『ええ。行ってらっしゃいませ、お嬢様』

 

 その言葉を潮にして通信は途切れたが、涙は流すまい。ここで涙すれば、それだけ彼女への侮辱となる。

 

 自分は、もう巣立つと決めた翼なのだ。

 

 籠の鳥の時間は終わりを告げていた。

 

「……ええ、行ってくるわ。さよなら、シンディ」

 

 もう戻れないのだと、自身の覚悟を刻んでキルシーは身を翻す。

 

 その身に纏った白のローブが風にはためいていた。

 

 シンディの用意してくれたヘカテ級戦艦の上で、キルシーは革命の旗印となる屹立する機体を視野に入れる。

 

「……モビルフォートレス、《サードアルタイル》。それは私達の力となる……。傾注!」

 

 管制室にて通信網を振り向けたキルシーは甲板に聳え立つMS編成へと目線を振る。

 

《エクエス》ばかりの烏合の衆とは言え、世界は自分達を無視出来ないはずだ。

 

「これより、世界への反抗の凱歌を示す我が組織は、戦いへの螺旋を貫き通す! 翻した旗の名前はネオジャンヌ! 聖女の名を冠する我が組織はこの世界を崩壊に導こうとする勢力へと攻勢に転ずる! 目標、MF01、《ファーストヴィーナス》! 追撃し、聖獣の首を勝ち取った先にこそ、未来はあるのだ!」

 

 通信網から波打って来る声の相乗に、キルシーは感じ入っていた。

 

 燻ぶり続けた己がここに来てようやく翼を広げ、世界に羽ばたく。

 

「これより、聖獣討伐任務を帯び、我々こそが世界に! その結末を描く! 皆の者、出合え! 第一の聖獣を狩り、我々こそが世界にとって意義のある存在である事を、ここに!」

 

 ここに! と声が響き渡ったのをキルシーは満足げに首肯してから、ヘカテ級戦艦の名前を紡ぎ上げる。

 

「前を行くこの艦の名前は既にヘカテに非ず! 戦艦ブリュンヒルデ! 《ファーストヴィーナス》を追撃する!」

 

 歓声を浴びつつ、キルシーは管制室に駐在する他の人員へと目配せしていた。

 

 彼らの信頼の視線に、キルシーは一度管制室を後にしたところで、背中から声を投げられる。

 

「……キルシー……! 本当にこれで、いいって言うのか……」

 

 声の主の切迫した様子に、キルシーは何でもないように応じてみせる。

 

「あら? ローゼンシュタイン様。まさかこの期に及んで後悔でも?」

 

 ガヴィリアは拳をぎゅっと握り締め、悔恨そのもののように告げる。

 

「……君がこんな反政府組織の頭目になるなんて思いも寄らない」

 

「感謝は、しているのですよ。これだけの大軍勢、あなたの口添えがなければ出来なかったのですから」

 

「……だが、これもある意味では叛意だ。私がトライアウトに居続ける事は難しくなるだろう」

 

「それでも、私を想っての事なのですよね?」

 

「……軍警察として、秩序を乱す者を容認するわけにはいかない。だが、君は、キルシー・フロイトだ。私のよく知る、幼馴染じゃないか」

 

「では幼馴染だから援助してくださったのですか?」

 

「まさか。私は……これでも戦士だ。だからそういうウェットな部分と、戦士の部分は切り分けている。だが私は君に、死にに行ってほしくないんだ。穢されるのは私だけでいい」

 

「あら、その言葉は、嬉しい言葉だと思っていいのかしら」

 

「……いつまでも繰り言を続けていたって仕方ない。キルシー、私は君があの……聖獣を手に入れたと聞いて、その真意を確かめたかったんだ」

 

「《サードアルタイル》は私の物ではありませんよ」

 

「だがあれに乗っているのは……あのクランスコール令嬢だって言うんだろう? 一体何がどうなって……」

 

「ファムは私のただ一人の友達ですもの。彼女だけが……この偽りだらけの世界で信じるに足るものになる」

 

「どうしてそこまでクランスコール令嬢に入れ込むんだ? 彼女が何を考えて……どうして《サードアルタイル》を駆動させられるのか誰も分からないんだろうに」

 

 ガヴィリアからしてみれば不明瞭なだけの代物だろう。

 

 しかし、自分はファムに見たのだ。

 

 可能性と、そしてこの惰弱の世界に陥った混沌の打破を。

 

 三番目の聖獣の力はそれに匹敵する。

 

 ファムは自分の世界を拡大してくれた大事な親友。

 

 ゆえにこそ、革命の女神は彼女にこそ輝く称号であろう。

 

「ファムは優しくって、とってもいい子ですわ。だから、彼女は世界を壊す。それに足る力を持っている」

 

「キルシー、考え直せないのか? このままでは君は逆賊の徒だ。如何に聖獣討伐の大義名分があったところで、組織の設立はいずれ大いなる脅威として統制の対象となる。そうなった時、護り切れるかどうかは分からないんだ」

 

「ローゼンシュタイン様。あなたは守ってくださらないので?」

 

「……君を護る、と、安易に言えない立ち位置に居る。私はトライアウトを抜けたわけではない。それはもちろん、このネオジャンヌの設立メンバーだってそうだ。彼らには軍警察の延長組織だと説明している。……言っていなかったが先のジェネシスにおける謀反があり、現状の軍警察組織には懐疑的な人間も少なくはない。彼らにとって欲しいのは消えない食い扶持だろうさ」

 

「ネオジャンヌはそんな俗世に塗れた思想で成り立った組織ではありませんわ。世界を変えるのです。それならば、相応の覚悟と矜持が必要なはず」

 

「……それは分かっているのだが、中には私にとっての部下も居る。彼らを危険に晒したくはないのだよ。トライアウトジェネシスに正義がなくとも、それでもネオジャンヌを信じている人々は分かりやすい偶像を求めているに違いないのだからね」

 

「《サードアルタイル》は偶像には過ぎると思いますわ」

 

 歩み出そうとした自分へとガヴィリアは肩を引っ掴む。

 

「まぁ、待つんだ、キルシー。……まさか地球圏においてMFの一角が手に入るなんて誰も思っちゃいない。加えて……王族親衛隊、リヴェンシュタイン家の嫡男を守っただって? それは知れれば事だろうが、その力添えもあってのネオジャンヌだ。あまり……先走り過ぎないほうがいいだろう。君だって、突かれれば痛い横腹があるわけでもないのだろうし、過信は禁物だ」

 

「離してくださいまし」

 

 手を振り払う。

 

 驚愕に塗り固められた相貌は、どこまでも「恥知らず」な面持ちだ。

 

「……ローゼンシュタイン様。私は所詮、女であったと痛感しているのです」

 

「……キルシー?」

 

「これまで無知蒙昧だった、女は女の武器を使う事でしか、この世界では生きていけないのだと。そんな凝り固まった私の世界を壊してくれたのはファムです。彼女こそ、革命の女神。この安寧と惰弱に陥りつつある世界の歯車を壊すだけの鍵なんです」

 

「キルシー……だがそれは入れ込み過ぎと言うものだろう。彼女は……私の眼から見れば、そこまでのひとかどの人物であったかと、疑問でもある。それにもし、《サードアルタイル》が途中で敵になれば? その可能性がないわけじゃないだろう」

 

「あり得ません。ファムは私の親友です。侮辱するのなら、ローゼンシュタイン様であっても容赦はしません」

 

「侮辱なんて……。ただ、疑問ではないのか? MFを動かしていたのが人間だったなんて。私はあれには……宇宙人でも乗っているんだと思っていたよ。あれを稼働させるに足る素養が何なのか、まるで分からぬまま……。私達の前には依然としてブラックボックスなんだ。だから信用し過ぎないほうがいい。もしもの時に、裏切られた時が辛いぞ」

 

「それは警句でしょうか? 経験則からの」

 

「……君を想っての言葉だと受け取ってはもらえないのか」

 

 苦々しい面持ちでそう返したガヴィリアに、キルシーは身を翻す。

 

「失礼を。私はこれでもネオジャンヌのリーダー。やる事はたくさんありますので」

 

 その一言で切り捨てようとしたガヴィリアは、最後の最後に「噛み付く」かのように言い添える。

 

「だが……! これは君を……誰よりも想っての言葉なのだと、理解して欲しい……!」

 

 どこまでも女々しいものだ。

 

 キルシーは外に出てヘカテ級戦艦の甲板部に聳える《サードアルタイル》を仰ぎ見ていた。

 

 陽光を照り返す鋼鉄とも、軟体ともつかない装甲。

 

 しかし操り人形を想起させる上部の円環より延びる無数の糸は、現状人類の叡智が及ばぬ領域だ。

 

 今も頭部を項垂れさせる《サードアルタイル》だが、キルシーは甲板部に立つ《エクエス》の手を借りて、聖獣の腹腔に収まる少女へと声をかけていた。

 

 小春日和にまどろんだ少女の銀髪が反射している。

 

「――ファム、起きて」

 

「ミュイぃぃ……あっ、キルシー。おはよう……」

 

 寝ぼけ眼を擦ったファムが大きく伸びをする。

 

 まるで自分がこのネオジャンヌにおいての主戦力である事など自覚していないような挙動であった。

 

「ファム、この機体……《サードアルタイル》は動かせる?」

 

 腹部コックピットの内部は円形に縁取られており、今も無数の情報を流し込まれているのか、地球の様々な地域の映像が映し出されては消えていく。

 

 聖獣の胎に収まるとなれば心穏やかではいられなかったが、操るファムは落ち着き払っている。

 

「うごかせるよ? どうする?」

 

 何でもない事のように言ってのけるファムに、キルシーは嘆息をついていた。

 

「……あなたはいつも驚かせてくれるのね。出会った時からそう。ええ、きっと、私とあなたの出会いは、運命だった」

 

「ミュイ? うんめい? よくわかんない……」

 

「……要は、ファムとは親友になるのが決まっていたって事」

 

 ファムの身体を抱き留め、キルシーはその耳元に囁きかける。

 

 豊かな銀髪から漂うてらいのない少女の香りが鼻孔をくすぐった。

 

「ねぇ、ファム……。あなたが居れば、私は私の世界に叛逆出来る……。だって、《サードアルタイル》のパイロットだったなんて。何でもっと早くに教えてくれなかったの?」

 

「……ミュイ? ファムはこのこのパイロットじゃないよ? このこはべつのひとのものなの」

 

「そうなの? まぁ、それでも今は、ファムの手足のように操れるんでしょう?」

 

「ミュイっ! こうすればいい?」

 

 稼働した《サードアルタイル》の動きに護衛艦の甲板上に佇んでいる《エクエス》部隊が色めき立つ。

 

『こ、これは……! MF稼働!』

 

「うろたえないで。私が命令しているのよ」

 

 インカム越しに《エクエス》乗り達の行動を制してから、ファムが手を差し出すのを目にする。

 

 驚くべき事に《サードアルタイル》には操縦桿などの類はない。

 

 手を翳し、何かをなぞるようにすると《サードアルタイル》が内側から虹色の血潮を滾らせて頭部を上げる。

 

 単眼が輝き、射線が無数のインジケーター越しに照準されていた。

 

「ファム、どれくらいの相手なら倒せそう? 前回のMF01……《ファーストヴィーナス》は倒せそうなのかしら?」

 

「ミュイっ! たおせるよ! でも……いちばんめ、むずかしいかも」

 

「どういう意味? 倒す事は出来ても、って言う事?」

 

「ううん、そうじゃなくって……、あっ、くるよ」

 

 不意にファムが天上を指差す。

 

 キルシーの眼にはしかし、何も映らない。

 

 青空の合間に積乱雲が浮かぶばかりだ。

 

「……何が?」

 

「ろくばんめ、かも。ちょっとけはいがちがうけれど」

 

「六番目……?」

 

 その疑問を氷解する前に天地が縫い止められた。

 

 光芒だ。

 

 黒き光が海と大地を貫いて、世界を震撼させる。

 

 衝撃波が拡散し、積乱雲を一撃で吹き飛ばしていた。

 

 海上を奔っていく風圧に、《エクエス》乗り達が動揺する。

 

『衝撃波……! 一体何の……!』

 

「ファム、これは何……!」

 

 漆黒の光軸が大地へと突き刺さっていた。

 

 それらは瞬時に霧散して行ったが、紫の電磁波を滾らせている。

 

 並大抵のエネルギーではなかったのだけは確かだ。

 

 余剰衝撃波で空間が歪んでいる。

 

「……ろくばんめ。いちばんめをたおした」

 

 想定外の言葉にキルシーは瞠目していた。

 

「倒した……? それってつまり、《ファーストヴィーナス》は今の……砲撃で倒されたって言うの?」

 

「ううん、むりかも。たおすのはできないよ。でも、いちばんめはとってもつらいね」

 

 ファムの言葉の意味の半分も分からずに、キルシーはインカムに手を添えていた。

 

「最大望遠……! MF01《ファーストヴィーナス》は?」

 

『げ、現在、走査難航! 光波、磁場、全ての観測方法を拒んでいます!』

 

「……要は敵の探知が困難ってわけでしょうに……!」

 

 舌打ちを滲ませ、キルシーは今も重力崩壊の途上にある空域を睨む。

 

「一体何が……起きたって言うのよ。ネオジャンヌ全部隊に通達! これより、MF01討伐任務を帯び、海域へと侵攻する!」

 

『で、ですが、リーダー! 何が起こったのかまるで分かりません……それに、ネオジャンヌは結成されてまだ日が浅い……危険なのでは……!』

 

「聞こえなかったの? 私達はネオジャンヌ! この世界の秩序を再構築するために存在しているのよ! ……それに、《サードアルタイル》を擁している私達だって、何かの拍子に狙われないとも限らない。敵は……衛星軌道上から攻撃してきたと推測するのならば、ね」

 

 こちらの言葉振りに《エクエス》乗り達は次々と恐れを成したのが伝わったが、キルシーは声を張る。

 

「やられる前にやるしかないでしょう! 衛星軌道上から攻撃される前に、MF01への攻勢と、可能ならば鹵獲を試みます。《サードアルタイル》ならそれが出来る。そうよね? ファム」

 

「うん、できるよ。でも、このこはとってもおとなしいから、いちばんめとたたかうのはちょっといやみたい」

 

 そう口にするファムに、キルシーは頬へと手を添えて、愛おしげに首肯する。

 

「ええ、分かっているわ、ファム。あなたの聖獣だもの。あなたそっくりなのは分かっている。とっても優しい心の持ち主だって事はね。《サードアルタイル》は切り札よ。シェイムレスが連れてきたトライアウトジェネシスの残存部隊だけでも、露払いにはなるはず。あなたを傷つけさせやしないわ」

 

 ファムはくすぐったそうにして、その赤紫の瞳を細める。

 

「ミュイぃぃぃ……キルシー、くすぐったい」

 

「戦うのよ。私達が、私達の力で、ね。それが可能なのが、私達のための聖女、ネオジャンヌなんだから」

 

 

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