実体宇宙に沁み出してきた影そのものの機体群が重力の投網にかけられ、次々と海面へと没していく。
『こ、これは……! どうなって……空間転移ですか』
「そのような生易しいものではないのだろう。あの機体が、敵も味方も関係なく、事象境界面より戦場そのものを持ち込んできたのだ」
鉤爪の機体と相対する黒い疾駆の機体だけは、推力が段違いであるのか、この状況でも持ち直していた。
「機体照合、驚いたな。まさか王族親衛隊の別働隊が、こちらへと転送されてくるとは」
しかし何故、と思う間もなく、鉤爪の機体の睥睨の眼差しがこちらを見据え、直後には加速度を伴って肉薄してくる。
『大佐!』
「うろたえる必要性はない。彼の者の流儀だ」
落ち着き払って《ラクリモサ》よりミラーヘッドビットを展開させ、光条を見舞う。
鉤爪のMSはその右腕と同期した武装を払ってビーム兵装を折り曲げていた。
『……ビームの偏向……危険です! 大佐!』
「重力波だな。あの鉤爪自体に高重力を纏い、その動き一つで光線兵器を無効化する」
『落ち着いておられる場合ではありません! 敵機の脅威判定は……!』
「だから、うろたえる必要はないと、自分は言っている」
鉤爪の悪鬼はそのまま一撃を打ち下ろしたが、格闘兵装をアーム武装に装着させた《ラクリモサ》で相対する。
眼前で弾けるスパーク光にすぐさまミラーヘッドビットを敵背面へと加速。
即座に放射されたビームの連鎖に敵機は右腕を薙ぎ払って重力の皮膜で防御するも、そのいくつかは既に相手の腹腔へと突き刺さっている。
「アステロイドジェネレーターの位置は大前提として変わっていないはずだ」
衝突したミラーヘッドビットを起爆させ、さらにミラーヘッドの拡散現象を帯びた蒼い残像が敵の心の臓を露出させる。
アステロイドジェネレーターさえ曝け出されればそれは脅威のはず。
走らせた防衛のためのミラーヘッドビットの光条を敵機は巨大な鉤爪で受けるが、それは悪手というもの。
挟撃の位置関係を取ったミラーヘッドビットの絞り出した光条が相手の肩を射抜く。
それだけで敵の関節部は異常を来し、腕を上げる事も叶わないようになる。
「右腕の兵装を潰すのに、わざわざ打ち合うような迂闊さを演じるわけでもない」
全てのMSには基礎設計と言うものが存在する。
人間の骨格、人型を模している以上は絶対に免れぬ弱点――それこそがどれほどの強大なMSであろうと、ミラーヘッドの有無にかかわらず、戦局においては防衛目標となるはずだ。
瞬時に頸部へと浮かび上げたミラーヘッドビットを敵機は浴びせ蹴りで叩き落とすが、その時には反対側に回り込んだ別のビットが腹腔を貫いている。
「アステロイドジェネレーターの臨界、あるいはその炉心を高熱に晒せば、どれほど高性能なMSでも直後には木偶人形と化す。まだまだ、戦いの本懐には足りないな」
撃ち抜いたミラーヘッドビットをそのまま敵機に猪突させ、起爆。
炉心周りがどれほど堅牢でも、これで少しは時間稼ぎが出来る。
『お、お見事にございます……』
腹心の震えた声に、もし相手方であったらなどという益体のない考えに浸っているのは容易に窺えた。
「謙遜はいい。それよりも、この機体を手土産にすれば、少しは王族親衛隊の面目躍如というものだ。このMSを鹵獲する――」
そこまで口にした、瞬間であった。
黒い疾駆が躍り上がり、《パラティヌス》の砲身を叩き割る。
それだけではない。
そのまま王族親衛隊の機体を蹴りつけて加速に用い、《ラクリモサ》へと一閃を浴びせ込もうとする。
その一撃は盾にしたミラーヘッドビットが起爆した事で防げたが、それでも妄執の塊とでも言うべき太刀は留まる事なく、《ラクリモサ》の射程に潜り込んでいた。
アームに接続した格闘兵装で対峙し、スパークの光が拡散する。
「どういうつもりだ。王族親衛隊所属、ヴィクトゥス・レイジ特務大尉だな、その黒い機体は」
『……私にも分からんさ。分からんが、君にくれてやるのは惜しくってね! 二度も三度も、彼の墓標を飾る栄誉は与えられんと思え! 彼と踊るのは……この私だ!』
加速度で叩き上げられた膝打ちを《ラクリモサ》はビット兵装を翳してまずは一撃。
脚部を撃ち抜いたが、すぐさま相手はパージさせ、誘爆を防ぐ。
返す刀の唐竹割りが迫るも、《ラクリモサ》は機体を反転させ、光背部に接続された高出力推進剤による眩惑を浴びせていた。
これで少しは大人しくなるか、と講じたこちらの手を読んだかの如く、黒い機体は眼窩に赤い双眸を滾らせ、頭蓋を《ラクリモサ》の頭部に衝突させる。
鋼鉄同士がぶつかり合う音叉が響き渡る中で、接触回線が開いていた。
『……嘗めないでいただこう。これでも私は……実力で跳ね上がった人間だ……!』
「そうであったな。ヴィクトゥス・レイジ特務大尉。少しばかり貴殿の力を軽んじていたらしい。《ラクリモサ》相手にここまでやるとは想定してもいない。だが何故だ。何故、同じ王族親衛隊所属でありながら、自分と相対するのか」
『知れた事……! 彼へと引導を渡すのは私の役目! 断じて! 万華鏡に奪われてなるものか! この刃、その血の一滴になるまで喰い尽くすと知れ!』
「なるほど。死狂いであったか」
反転し様に、薙ぎ払う一閃。
もう一方のアームに格闘兵装を接続させ、その剣筋を受け流す。
「自分に両手を使わせたのは、貴殿が初めてである」
『そうかな……。両腕だけで済むと思うなよ、万華鏡……!』
「しかし、意味を判じかねている。我々は同族、何故合い争わなければいけないのか」
『それが分からぬようでは……! 万華鏡も地に堕ちたと言うものよ!』
ヴィクトゥスの機体が跳ね上がり、両腕に備えた刃を打ち下ろす。
格闘兵装のアームで打ち合うのを部下達は気圧され気味に眺めている。
『……大佐に太刀を使わせる……』
何度かの交錯の後に、重加速を伴わせて相手の機体は背後へと回り込む。
恐らく、獲った、と言う確証の一撃。
だが、それでは足らない、と用意しておいたミラーヘッドビットの銃口がその頭部を見据える。
相手の刃より早く、迸った光条が貫く。
しかし、黒煙を上げながらヴィクトゥスの機体はその執念で刃を奔らせていた。
守りに打たせていたミラーヘッドビットを叩き割り、太刀筋が《ラクリモサ》の装甲へと迫る。
「二秒」
呟くと同時に直下に据えていたミラーヘッドビットへと命令させ、蒼い残像を引いたミラーヘッドの火線が黒い機体を噴き上がったビームの火線で射抜いていた。
その刃はコックピットのすぐ傍まで肉薄を果たしている。
「遅かったようだ、ヴィクトゥス・レイジ特務大尉。二秒あれば、自分の首を刎ねられた」
『……逆……だな。二秒あれば……充分であった……ッ!』
「ふむ。そのようだ」
鉤爪の機体は完全に射程外に逃れ、重力圏に慣れていなかった敵艦も、今や不明勢力の側へと合流を果たしている。
「これが貴殿のやり方か」
『……悪いかね? 私は手段だけは選ばぬクチだ』
「いや、とても勉強になった。やはり二秒とは言え、猶予を残すべきではない」
浮かび上がったミラーヘッドビットが磁石の如く並び立ち、ヴィクトゥスの機体を包囲する。
その頃には出端を挫かれた《パラティヌス》も持ち直し、砲塔を向けていた。
『た、大佐……撃ってよろしいので……?』
「撃たないほうがいい。互いに禍根を残す。それに、どうやら目的はあの鉤爪の機体の安全だ。貴殿が敵に回ったと言う最悪の想定は免れた」
『……分かった風な口を利く』
「分かっているのだ。貴殿には殺意がなかった。あればもう、手段にこだわらず自分を抹殺している」
『……それは買いかぶりだとも』
「それに知りたい事もある。何故、貴殿を含め、艦隊規模での空間転移など巻き起こったのか。反証するデータが欲しい。全て話してもらう」
ヴィクトゥスの機体はほとんどの推進機能は奪われていたが、それでも炉心は無傷である上に、あの鉤爪のMSに最も近い位置での出現であったのを見逃していない。
『……どこから話せばいいのか……』
「どこからでも構わない。貴殿は話す義務がある」
その言葉にヴィクトゥスはようやく、刃を仕舞っていた。
『……万華鏡には敵わぬ、とでも言えばいいのだろうか』
「肉薄はしただろう。ここまでの攻勢を迫ったのは貴殿が初めてだ」
『光栄に思うべきなのかな、それは』
「少なくとも不名誉ではあるまい。それに、自分とて気にはなっている。何故、戦場一単位での空間跳躍など可能であったのか。知らねば話は進まないだろう」
『……私にも解明しかねる事はあるが……』
「それは情報の擦り合わせで解決出来る。今は、一手でも情報が欲しい」
ようやく《パラティヌス》編隊が砲身を降ろす。
ヴィクトゥスの機体は満身創痍であったが、それでもまだ衰えぬ戦意だけは窺えた。
『……私にも分からない、が……一つだけ言える事はある。エージェント、クラード君……! 彼は私の焦がれた、黒い一陣の旋風……それを超えるに値する人物である事が……』
「またクラードか。どうやら彼は、自分にとっても因縁らしい」
それに、とジオは新造艦が海を這い進むヘカテ級へと合流軌道を取っているのを目の当たりにしていた。
「また出会う、か。それはしかし、地獄だぞ、ファム」