機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第17話「抵抗意識」

「――気に入らないとは、思わないのか?」

 

 休憩中に問いかけられて、クラードは意識を振り向ける。

 

 特徴的な青いサングラスをかけた男は、自分と同じ、この研究施設で飼われている《エクエス》の実験搭乗員だ。

 

「何が」

 

「いや、私達の処遇だよ。あまりにも理不尽じゃないのか? 《エクエス》、ミラーヘッド次世代実戦型の実験機のそれに乗って、連日訓練とRM適正を見られる日々。これではモルモットだ」

 

「別に。そういうあんただって、そのクチじゃないのか?」

 

「私はRM施術に関して最低限度の思考拡張以外は拒んでいるが、君はカルテの項目に全部、チェックを書いていただろう? あれでは何でもかんでも実験されてしまう。いいのか? このままではよくて実験兵、悪ければ廃人だ。友人の有機伝導技師に腕の立つ人間を知っている。そっちに回してもらったほうがよほど人道的だが」

 

「他人の心配、してる場合? 俺のほうがあんたよりもスコアが上だ。このままじゃ、廃人はあんたのほうだと思うけれど」

 

「手厳しいな……。だが嫌いではない。さっきから、何をやっているんだ?」

 

「水切り。石を飛ばす角度で跳ねる回数が変わる。これも、ある意味じゃ何回やっても毎回同じ結果になるとは限らない。石の微弱な凹凸、湖の波紋で変容していく」

 

 クラードは石を構え、そのまま振り抜いていた。

 

 水面を八回ほど跳ねてから、石は湖底に沈んでいく。

 

「……思うところはあると、感じていいのかな」

 

「何でそうなる」

 

「いや、自らを石に例えるとは、なかなかに詩的だと思ってね。毎回同じになるとは限らない。そして一つまかり間違えれば、一回も跳ねられずに湖底と言う、もう浮かび上がりようのない地獄にまで沈みゆく。君も私も、所詮は誰かに投げられるためだけの石の一つに過ぎない」

 

「そこまでの意味を持たせたつもりはないよ」

 

「どうかな」

 

 相手も石を投げる。

 

 すらりとした体躯から放たれるアンダースロー。

 

 石は五回ほど跳ねてから力をなくして沈んでいった。

 

「私の提案は何も格式ばったものではないよ。君を湖底などと言う場所に沈ませるのはもったいないと感じているだけだ」

 

「それは大きなお世話と言う。俺はRM施術も、他の思考拡張に関したって、一度だって誰かに従ってやっているわけじゃない。自分で判断している」

 

「そうなのか? 君のやり方はまるで退路を全て塞いでから、その上で進路を決めるような偏狭さを想起させる。その赴く先は破滅に違いない」

 

「……あんた、お喋りなんだな。《エクエス》でやり合っている時は静かなのに」

 

「うるさいのは嫌いかね?」

 

「俺と話したって、無駄だよ。つまんないだけだ」

 

「いずれはどこかに配備される。同じ部隊で共に戦うかもしれない」

 

「あり得ないよ。あいつが俺を待っているからな」

 

 首から下げたドッグタグをさすっていると、相手は少しだけ眉を上げたようであった。

 

「思い出の品かね?」

 

「俺を指し示す唯一の指標だ」

 

「読めないようだが」

 

「……別に、そのほうがいい」

 

「君はどう思っている? このまま飼い殺しにされるか、それとも自らの力で未来を切り拓くか。恐らく我々のような手合いに残されているのは、二つに一つだ。どちらかしかない」

 

「俺はとっくの昔から、もうこの身体だって自由じゃない」

 

 腕に施されたモールド痕に視線を落としていると、相手は今度はひねりを加えた投擲で石を放つ。

 

 六回跳ねたところで、石は力なく沈んでいった。

 

「何回やったって同じだと、言われているようでもあるね」

 

「同じじゃないか。湖に投げている時点で、結果は同じだ。沈む以外にない」

 

「いや、分からんよ。あちら側の、対岸にまで石を運べれば湖底に沈まずに済む。そうなればただの消費されていく石の身分から脱却出来るだろう」

 

「あんたはそうしたいんだろ。俺はそうじゃない」

 

 腰を下ろすと、銃器の音が響き渡ってくる。

 

 研究施設の中なので今も何かしらの実験が行われているのだろう。

 

「《エクエス》は、もう三年も持たないだろうな。すぐに新型機が出てくる。あれにミラーヘッドを付けても重過ぎる。実戦には向かんよ」

 

「じゃああんたが開発すればいい。ここの研究者は《エクエス》で取れるデータしか取らない」

 

「生憎だが、私も所詮は戦士でね。戦う以外の事に関しては門外漢だ」

 

「……やっぱりそうなんじゃないか。俺達には戦う以外の価値なんてない」

 

「それは偏狭とも言う。戦っている時の君は美しい。とても綺麗だ」

 

「なに、口説いてるの? そういうのもやめておいたほうがいいと思うけれど」

 

「……戦う者を素直に褒めて何がいけない? 私はね、別段ここで終わる気もなければ、この研究成果が何に使われるのかの興味もさほどない。ただ、思った以上に自分には戦いにおけるセンスがあった。それを再確認して次に活かしていく」

 

「次……次なんてあるのか……次なんて……」

 

 弾丸がめり込んだドッグタグをさすってクラードは思案する。

 

 ――次なんて、どこにある?

 

 研究施設で受けたライドマトリクサー施術に、有機伝導、思考拡張、どれもこれも、次は戦うためだけのものだ。

 

 ならば、自分に自由意志なんてあるはずがない。

 

 次は戦場、その次も戦場。

 

 戦火のくゆるその場所こそ、自分の居場所に他ならない。

 

 ――だから何故だろうか。

 

 凱空龍に潜入し、戦いの只中であっても、馬鹿騒ぎしていた時の記憶が、どこか遊離している。

 

 どうせ、これも次のため。

 

 戦場は常に用意されている。

 

 自分の戦うべき、生きるべき場所はそこにしかない。

 

 戦って殺して、殺したらそのまま奪って、戦っての繰り返し。

 

 どこに居場所を求めたって、結局はその一事に集約される。

 

「……でもアルベルトもトキサダも……連中は何を、俺に見ているんだ……」

 

 呟いたその時には周囲は暗闇になっていた。

 

 遠くでぱちりと火薬が跳ね、火を囲んでいる凱空龍の面々が視野に入る。

 

 あれは違う。自分と彼らは別種なのだ。

 

 そう仕切りを持っていなければ自分は本当の居場所を忘れてしまいそうであった。

 

 アルベルトの向ける感情も、ファムの好奇心の塊も、他の面子の羨望も――全て意味はない。

 

 自分にとっての意味は、戦場で生き残りその上で勝利したその次に集約されている。

 

 まずは死なない事。

 

 まずは相手を殺す事。

 

 まずは――次の戦場の備えをする事。

 

「……なら、次って何なんだよ」

 

 次とは何なのだ。どこに自分の「次」なんてあるのだ。

 

 どれも似たような戦場ではないか。

 

 どれも地獄のような戦域だったではないか。

 

 紅蓮の炎の中に何を見出すと言うのか。

 

 人間は思ったよりも簡単に死ぬし、自分も恐らくはそのはずなのだろう。

 

 だから深く深く、思い出すとすれば、それは《レヴォル》と初めて出会ったあの時――世界との契約を迫られ、運命に抗う事を決めたあの時だろう。

 

 何のパーツかも分からなかったあの時の《レヴォル》と、しかし現状の《レヴォル》は違う。

 

 こちらへと歩み寄ってくる《レヴォル》のコックピットが開く。

 

 内側から鮮血と泥が溢れて来ていた。

 

 ぶくぶくと泡立つ悪魔の頭蓋の中で横たわっているのは、自分自身。

 

 醜悪な血袋になってしまった自分を抱いたまま、《レヴォル》は膝を折り、そのまま崩落していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緩やかな覚醒へと導かれて、クラードは過去からの回顧を振り払うように頭を振っていた。

 

 まだ僅かに疼痛がある。

 

「目が醒めたか、クラード」

 

 滅菌されたような白さを誇る医務室にて、白衣の男がこちらへと歩み寄る。

 

「……ヴィルヘルム」

 

「覚えていたか。もう忘れたのだと思っていたが?」

 

「忘れるもんか。お前はあの時から……《レヴォル》を俺に見せた時から変わらない」

 

「それは褒められているのかな。年を取っていないように見えるとでも」

 

 網膜検査とライドマトリクサーの適性検査がてきぱきと行われる。

 

 有機伝導技師であるヴィルヘルムの診断に澱みはなく、全ての診察が終わるのに三分もかかっていない。

 

「《レヴォル》に少し意識を持っていかれたかと思っていたが、想定よりも軽症で安心したよ。して、あれはどうだった?」

 

「どうって……負荷が強い。意識レベルを平常に保つのには工夫が要る」

 

「あれでもハイデガー少尉でも動かせるように調整したはずなんだがね。やはり結果としてあるのはレヴォルの意志を感じるかどうか、か」

 

「……レヴォルの意志……」

 

 掌に視線を落としていると、不意に位相がぶれてその手がまるでMSの堅く黒い爪のように思えてしまう。

 

《レヴォル》の腕。敵を払い砕くためだけの、兵装の腕――。

 

「少しだけ薬を処方しておこう。《レヴォル》との思考拡張は慣れればそこまで深刻ではないとサルトル技術顧問からも進言があった。ただ、今回は相手も悪かったようだな。黒い旋風を相手取るなんて」

 

「……黒い旋風……」

 

「お前以外に黒い《エクエス》を使う奴なんてそいつしか居ない。フリーランスの傭兵だ。名をグラッゼ・リヨンと言っていたか」

 

「……興味ないね」

 

「まぁ墜とす敵の名前なんていちいち覚えないほうがいいだろう。だがそれよりも深刻なのは、何でフリーの傭兵が我々の艦の位置情報をそんなに早く掴んで、そして襲撃して来たか、だ」

 

「……内通者の可能性」

 

「ないわけじゃない。フロイト艦長はその可能性相手に今も頭痛薬が手離せないようだからね」

 

「俺に、魔女狩りをやれと?」

 

「いや、長期ミッションを終えたばかりだ。そこまでは言えない。それに一応はこのベアトリーチェの艦内に居るクルーは白だろう。怪しそうな経歴の持ち主は一人も居ない。いや、居なかった、が正しいか」

 

 アルベルト達を招いた事を暗に責められているのだろう。クラードは別段、言い訳のつもりもなかった。

 

「……アルベルト達を調べたければそうするといい」

 

「半年間一緒に居て、情も湧かなかったか」

 

「そんな余分なものを抱くように、設計しなかったのはあんた達だろう」

 

「これは失敬。虎の尾を踏んだかな?」

 

 ヴィルヘルムはのらりくらりとこちらの殺意をかわしながら、立ち上げた端末へと自分のカルテを書いていく。

 

「しかし……想定していたよりもずっと、たくましくなったじゃないか、クラード。昔を思い出すよ」

 

「あの頃と一緒にしないでもらおうか。今の俺は、エンデュランス・フラクタルの特級エージェントだ」

 

「そうだったね。しかし、最初のほうから知っている仲なんだ。お互いにフランクに行かないか?」

 

 その提案は協議に上げるまでもない。

 

「断る。俺はエージェント、あんたはただの有機伝導技師だ。それ以上でも以下でもない。俺に、つまらない事を言わせるな」

 

 ヴィルヘルムは肩を竦め、カルテと向かい合う。

 

「残念。……だが《レヴォル》は想定以上だろう? あのスペックを実現するのにサルトルだけじゃない、我が社の兵器開発部門は相当に苦労した」

 

「壊すと替えが利かないんだろう。それくらいは分かっている。サルトルから口酸っぱく言われているんだろ」

 

「《レヴォル》に関しては、ね。いくつかの部品に分けて本社で構築したというのもあって、サルトル技術顧問は神経質になっている。ただでさえ、《エクエス》を統合機構軍から不自然に買い付けているデータがあるんだ。……っと、これは機密だったか」

 

「いいんじゃないの。俺は誰かに話したりはしないよ」

 

 それに今さら機密も何もない。自分はエンデュランス・フラクタルのスキャンダルそのものなのだから。

 

「ああ、だがくれぐれも口を滑らせたりしないでくれよ。お前の抱き込んだ若者達は血気盛んでね。先ほどもスタッフ達と一触即発にまで行った」

 

「元が荒れくれ者なんだ。それくらいは大目に見てくれよ」

 

「留意しよう。クラード、久しぶりに汚染検査でも受けてみるか? 《レヴォル》との思考拡張をしたんだ。お前の精神の状態を知りたい」

 

「……いいけれど、多分つまんないよ、それ」

 

「いいから。これからテストを行う。正直なところ、ね。《レヴォル》に接触したお前の反応は全く計り知れないんだ。何がどうなっているのか、もしかしたら精神構造そのものが、別の何かに組み変わっているのかもしれない。

 

「……別の何か……」

 

「とにかく、汚染深度の検査を行う。RM施術痕を見せてくれ」

 

 クラードは促されるままにモールドの施された両腕を差し出す。特殊な機械装置が当てられ、直後にはひりつくような痛みと共にデータが端末へと送信されていた。

 

「受信感度は良好……。ライドマトリクサーとしての能力値は……半年前よりも二割減か。仕方ないな。ほとんど《マギア》だったんだろう? しかも違法改修機の」

 

「いや、俺の《マギア》は改造してなかった」

 

「つまり、パッケージのままの《マギア》に乗っていたって言うのも問題さ。お前は特別なんだからな」

 

 ヴィルヘルムの言葉をしかし、そのまま受け止める気には成れず、クラードは赤く点滅するモールドに視線を落とす。

 

「……特別じゃない。替わりの利く駒だろうに」

 

 

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