機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第177話「扉の前に立ちゆく」

 

「り、リクレンツィア艦長! モルガン、重力航行へと……」

 

「うろたえないで。重力下での戦闘訓練は既に熟知しているはず。今は、アステロイドジェネレーターを電荷。少しでも負荷を下げつつ、敵艦との距離を取ります」

 

「へぇ……慣れてるんだ、こんな状況……」

 

「まさか。わたくしにも分かりかねる、この状況は……!」

 

「ボクはじゃあ、ハプニングに転がされる人間って立ち位置でいいのかな?」

 

「……馬鹿を言わないでください。そんなに落ち着き払っている人間の言葉が信用出来て?」

 

「あら? バレちゃったかぁ……」

 

 だがこうしてメイアと言葉を交わす事で少しは頭が冷えて来たのもある。

 

 ピアーナは流れ込んでくる騎屍兵達の戸惑いに、レイコンマの世界で応じていた。

 

 ――各員、重力制御。騎屍兵師団は一時撤退を講じます。

 

 了解の復誦が思考拡張越しに伝わってくる中で、ピアーナは異物感を覚えていた。

 

「失礼。ファイブ、何をやっているのです。先行し過ぎです。そこまで追いすがっても、我が方も不明な事象に見舞われたのです。一時撤退を」

 

『しかし……! ここで追わなければ、禍根が残る……!』

 

 音声に憤怒と焦燥を滲ませた声音は、平時の騎屍兵のそれとは思えなかった。

 

「落ち着きなさい。わたくしの命令で精神点滴を打ってもいいのですよ。そのような醜態を晒したくなければ、即時撤退を」

 

『……了解』

 

 オフィーリアとブリギットに仕掛けようとしていた《ネクロレヴォル》がダイキの《パラティヌス》を回収してこちらへと戻ってくる。

 

「……へぇー、珍しい事もあるもんだ。師団長に口ごたえする騎屍兵なんて」

 

 メイアの言葉繰りにピアーナは睨む眼を寄越しつつ、それにしても、と現状を解明しようとしていた。

 

「……何が起こったのか……。不意打ち過ぎて脳内が付いて来ないけれど……それでもハッキリしているのは、ここが地球重力圏だという事……空間転移が行われた? こんな大規模で?」

 

 それにしては、全ての事象が出来過ぎている。

 

 ピアーナはカレンダーとグリニッジ標準時を呼び起こし、刻んでいる時刻に瞠目する。

 

「……これは……ちょうど十二時間前……? わたくし達の作戦時刻より、前の時間に……戻っている……?」

 

 その事実は管制室を震撼させるのには充分であろうが、今は自分だけに留めておこう。そうしなければ要らぬパニックに陥る可能性もある。

 

「……ねぇ、なんか変じゃない? 地球の重力下って言うのもだけれど、何て言うのかな……気持ち悪い」

 

 メイアが嫌悪感を催したようにその場に膝を折る。

 

 彼女にしては気弱な態度だ。ピアーナは視線を振り向けて、メイアが口元を押さえているのを目の当たりにしていた。

 

「メイア・メイリス? 何か……感じた事でも?」

 

「いやー……これは普通に重力酔いかな……? でも、気持ち悪いのは本当……。何だか……今ここに居るはずがないって言う感覚? それがすごい……気分悪くって……」

 

 見れば彼女の顔色は少しばかり悪い。ピアーナはクルーを呼びつけ、メイアへと肩を貸させていた。

 

「メイア・メイリスを医務室へ。恐らく、不明事象のための重力酔いと診断。とは言え、わたくしは医者ではありませんので、専門は船医へ」

 

「……いいの? ボク、このチャンスを使って、逃げちゃう……かもよ?」

 

「そこまで狡猾ならもうとっくに貴女は逃げていますよ。今は、わたくしの責任で他者が具合を悪くするのは……どういう事なのだか、気分が悪いのです」

 

「……キミもじゃん。看てもらえば……?」

 

「わたくしは艦長です。この席を離れるわけにはいきません」

 

「意固地……だなぁ、もう……」

 

 管制室を後にしたメイアを確かめてから、ピアーナは現在時刻を確かめる。

 

「……ちょうど十二時間。……ですが、そんな事、可能だと言うのですか。この戦闘の中心軸に居たのは、あの機体……《ダーレッドガンダム》。エージェント、クラード……」

 

「鉤爪の機体! 不明勢力へと肉薄していきます!」

 

「照合結果は」

 

「照合完了。……あれは……王族親衛隊所属、《ラクリモサ》……?」

 

 疑問符を浮かべるのも無理からぬ事。

 

 これまで静観を貫いてきた王族親衛隊が地上に降りているのも異常事態なら、自分達がこうして彼らの作戦をある意味では妨害しているのも異常。

 

「《ラクリモサ》……以下、所属の《パラティヌス》の砲撃主……。何らかの制圧作戦としか思えない陣営です……」

 

「いえ、それだけではなく……! 《ラクリモサ》、以下の王族親衛隊が向かっている海面が高重力磁場にて陥没……。陥没……?」

 

 自分で言って意味が分からなかったのだろう。ピアーナは艦長席を僅かにリクライニングさせ、情報集積端末から現時点での最新情報を寄り集める。

 

 投射されたキーを高速でタイピングしながら、思考拡張で指先だけでは拾い上げられない情報網へとハッキングする。

 

「……これは……聖獣、《サードアルタイル》と、《ファーストヴィーナス》の衝突……? こんな事が……」

 

 聖獣同士は不可侵を貫いてここまで来ていたはず。だと言うのに、二体の聖獣が街中でぶつかり合い、数多の被害が出たと言う報告を受けてピアーナは頬杖をつく。

 

「……こんな異常事態が示し合せたかのように起こるとも思えない。加えて、王族親衛隊身分が制圧戦? あの陣営相手に?」

 

 目線を振り向けると、ヘカテ級戦艦の甲板上に佇むのは間違えようもなく《サードアルタイル》なのだが、それにしては様子が妙だ。

 

「まるであの聖獣……何かを守っているかのように……。ですがこれまで、聖獣が護るのは月のダレトだけだったはず……その行動を覆す?」

 

「リクレンツィア艦長。やはり奇妙です。海面上に、異常重力波によって陥没した痕跡を確認。こんな事が出来るとすれば、それは限られてきます」

 

「衛星軌道上からの砲撃……、まさか衛星兵器? ですが、何の勧告もなく?」

 

 しかし、多くは考えられない。

 

 衛星兵器が存在する事、そしてその運用の手腕が人類に投げられている事など、今の今まで機密情報としても上がってこなかった。

 

「……何かが……何かが起こりつつある……。それはあの《ダーレッドガンダム》を中心として巻き起こった事象……しかし、こんな事が……」

 

「鉤爪の機体、《ラクリモサ》と会敵。ですがこの戦局は……」

 

 絶句したのも無理からぬ事。

 

 モニターされる《ダーレッドガンダム》のステータスを軽く凌駕してみせた《ラクリモサ》の挙動は、まさに万華鏡の通り名に相応しい。

 

「あれが最強のミラーヘッド使い……」

 

 ミラーヘッドビットを手足の如く使い、《ダーレッドガンダム》の四肢を射抜いていくのはまるで悪い夢のようですらある。

 

「モルガン、重力下仕様に調整完了。これよりアステロイドジェネレーターの伝導率を変容させ……艦長、妙です」

 

「失礼。妙、とは?」

 

「アステロイドジェネレーターの推力が我が方の持ち得る推進力を大幅に下回っており……このままでは着水します」

 

 想定外な事実はそれもであった。

 

 ピアーナは動力炉の推進装置システムへとアクセスし、その異常を認める。

 

「……アステロイドジェネレーターの推力低下……いいえ、これは……推進力を、奪われた?」

 

 そうとしか思えない。

 

 先の戦闘時には異常など見られなかった動力炉心の推力が急速に下がり、モルガンそのものが降下しつつある。

 

「抑えは?」

 

「効きません……まさか、何かが起こって……」

 

「今は。落ち着いて物事の対処を。再点火、出来ますか」

 

「再点火までの概算時間、120セコンドと推定……!」

 

「この戦場で二分の遅れは命取りですわよ……。それにしたところで、アステロイドジェネレーターに異常発生? この局面で……?」

 

「あれが……《ラクリモサ》のミラーヘッド……」

 

 一方では管制室の人間の関心はぶつかり合う《ダーレッドガンダム》と《ラクリモサ》の戦場に集約されていた。

 

 獣の如く鉤爪を軋らせた《ダーレッドガンダム》を意に介さず、《ラクリモサ》は冷静に処理する。

 

 その様相にいくら距離が離れているとは言えぞっとしないのは見て取れる。

 

 しかし自分はこの艦を預かる身。クルーと同じように呆けている場合ではない。

 

「王族親衛隊からの攻撃に警戒。《パラティヌス》編隊は脅威です。我々はあくまでも統合機構軍、エンデュランス・フラクタル所属であるという事を強調し――」

 

 その声を差し挟もうとしたその時には、撃墜するかに思われた《ダーレッドガンダム》を押し退けて割って入った機影を全員が目の当たりにしていた。

 

「か、艦長……。あれは……」

 

「《ソリチュード》……ヴィクトゥス・レイジ特務大尉……何のつもりで……!」

 

 思わず拳で肘掛けを殴りつける。

 

《ソリチュード》はその高推進を活かして《パラティヌス》編隊と《ラクリモサ》へと反撃を見舞い、漆黒の機体が跳ね上がる。

 

「ヴィクトゥス・レイジ特務大尉! おやめなさい! 誰と心得ているのですか!」

 

 もたらした通信網にヴィクトゥスは応じない。

 

 だが、《ラクリモサ》相手と王族親衛隊に善戦するその姿に、クルー達は自然と感嘆の息を漏らしていた。

 

「まさか……勝てるのか……」

 

 馬鹿らしい。勝てたところで、どう説明するのだ。

 

 ピアーナは平時の落ち着きを忘れて、声を張り上げる。

 

「やめろと言っているのです! グラッゼ・リヨン!」

 

 失ったはずの名前を張り上げた自分にクルーからの目線が突き刺さってようやく、ハッと我に返る。

 

 らしからぬ言葉と、らしからぬ怒声に誰もが驚嘆しているようであった。

 

 歯噛みして咳払い一つで自分を取り戻し、冷静なモルガンの艦長としての自分の声を吹き込む。

 

「……帰投なさい、ヴィクトゥス・レイジ特務大尉。貴方の戦闘行為で我々の命さえも脅かされているのですからね」

 

『これはこれは。フロイライン、私はまた、言われてしまっているな』

 

 ようやく返答が来たかと思えば、その時には《ラクリモサ》によって《ソリチュード》はほとんど無効化されている。

 

 秒単位で戦局が変化する事実に、ピアーナは肘掛けを握り締めて声にしていた。

 

「帰還を。それと、貴方の所属は王族親衛隊。主に噛み付くと言うのですか」

 

『手厳しい事を言う。だがそれはその通り。騎屍兵団と共に一時帰還。その後に、作戦行動の是非を問う』

 

 間違ってはいないはずだが、既に手遅れと言っても過言ではあるまい。

 

《ラクリモサ》と《ソリチュード》、王族親衛隊に属する最強格のパイロット同士の戦闘は部下達に何をもたらすのか、想像に難くないからだ。

 

「……貴方の戦闘は貴方だけの物ではない。それはゆめゆめお忘れなきよう」

 

『承知した。モルガンに帰還……したいのだがね。四肢がもう言う事を聞かないのだ』

 

「騎屍兵団に通達。《ソリチュード》の回収後、我が方は一時後退。艦動力炉の復活を待ってから次の作戦に備えます」

 

『了解。ですが、オフィーリアの、敵勢もうろたえがあります。今ならば』

 

「逸らないでください。敵も味方も、状況が不明なままです。この事態に陥った解明とそして一刻も早い誤解を解くように。相手も王族親衛隊です。情報の擦り合わせは必要不可欠なはず」

 

『了解。騎屍兵団はこれより帰還します。……クラビア中尉の《パラティヌス》が大破していますが……』

 

「同じように回収。その後に処遇は決めます。今は……一人でも帰還してください。そうでなければ、状況に呑まれます」

 

 通信を一度区切ってから、ピアーナはようやく気を休める事が出来ると背中を預ける。

 

「……お疲れですか」

 

「疲れなんてものではないでしょう。……何が起こり、何が干渉してわたくし達は重力の井戸の底に落とされたのか……解明は必須でしょうね。ですが、それはこちら側だけの事情では成り立ちません。……護衛艦の状況は?」

 

「各艦、やはり似たような事態に陥っているようです。それぞれの艦動力炉に異常発生。ヘカテ級よりは、重力崩壊に似た現象だと言う報告もあります」

 

「重力崩壊……。あの瞬間……何が起こったのか……」

 

 黒白の彼方、累乗の先の塊を掴んだ《ダーレッドガンダム》を中心軸にしてあの宙域に位置する自分達はたった一機のMSによって空間転移――否、時空転移させられた、と見るべきだろう。

 

 ピアーナは現状、誰も気づいていない時間の齟齬を噛み締める。

 

「……ともすれば、わたくし達は開いてしまったのかもしれない。禁断の扉を……」

 

 

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