機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第179話「世界の重さを知る」

 

「……よかったん、ですかね……シャルティアさんに、あんな……」

 

 絶句した自分にユキノは背を向けたまま言いやる。

 

「……彼女にも分かってもらわないといけないとは思っているんです。カトリナさん、だってあなたはこの三年間、ずっと苦しんできた……っ! それを近くで見ていたんです。なら、こんな時くらいあなたを支える役目になっちゃ、駄目なんですか? ……小隊長……ヘッドは、あなただから、好きになったんですよ。ここまで付いて来たんですよぉ……ッ!」

 

 それはRM第三小隊副長としての言葉ではなく、ユキノ・ヒビヤと言う女性としての言葉だったのだろう。

 

 事実、彼女はこれまで自意識を封殺してきた。それは察するに余りある。

 

 だと言うのに、自分は身勝手にもクラードに全てを託そうとした。

 

 恨んだっていいはずなのに、ユキノは自分の代わりに痛みを肩代わりしてくれた。

 

「……ユキノさん……」

 

 涙声になっているせいか、それとも顔を見せたくないのか、ユキノは振り向かない。

 

 それでも、彼女は強く言いやる。

 

「……クラードさんのところに行ってください。あなたには、だってその資格がある。三年も待ったんです。だったらもう、素直な気持ちを、ぶつけたっていいはずじゃないですか」

 

 ユキノも自分の気持ちの落としどころを見出そうとしているのは窺えた。

 

 カトリナは一つ頷き、身を翻す。

 

「……ありがとう、ユキノさん」

 

「……やめてください。身勝手なんです、私だって……なのにあなたに、強くあれって言っているようなものなんですから……」

 

 レミアの分を引き受けた。

 

 ユキノの痛みを引き受けた。

 

 シャルティアを傷つけたのかもしれない。

 

 それでも、自分は。この心が望む自分の指針は――。

 

 タラップを駆け上がり、救急救命カプセルの居並ぶブロックへと駆け抜けていく。

 

 久方ぶりの地球の重力に晒された身体が軋み、体力を奪われていく。

 

 ようやく辿り着いたその時には、ヴィルヘルムが佇んでいた。

 

「……やぁ、遅かったじゃないか」

 

「ヴィルヘルム先生……」

 

「アルベルト君はコード、“マヌエル”の使用によってかなりの損耗だ。しかしギリギリのところでシステムから切り離されたお陰で脳幹は無事。意識レベルも間もなく回復するだろう」

 

「あの……クラードさんは……」

 

 ヴィルヘルムはクラードの収まるカプセルを眺め、それから口にする。

 

「……すまないね、吸っても?」

 

 電子煙草を取り出したヴィルヘルムは確認する前に火を点けて口火を切る。

 

「……《ダーレッドガンダム》が何を引き起こしたのか。何故、我々が地球圏に……これは空間転移と呼ぶべき事象なのだろうか……そうなってしまったのかは分からない。これはエンジニアの分野とあらゆる総合的な分野に跨っている。よって、わたしでは判断を下せない」

 

「……でも、クラードさんの無事かどうかは……」

 

「ああ、船医であるわたしの領分だ。……まったく、嫌になるよ。君達に一番都合の悪い報告をするのはいつだって、自分の役目なのだとそう思い知らされる」

 

「……クラードさんは、生きているんですか……」

 

 水色の再生治療の液体の中に収まったクラードの面持ちはもう彼岸に行ってしまったかのようにも映る。

 

「……バイタルにも問題がある。それ以前に、彼を構成するライドマトリクサーとしての部分への汚染深度が高い。何かが起こり、《ダーレッドガンダム》からの逆流が彼の脳髄を揺さぶったのだろう」

 

「何か……ヴィルヘルム先生……その何かって言うのは……《ダーレッドガンダム》が特別だから、ですか……?」

 

「連戦で聞く暇もなかったが、君は前回の戦闘時に不明なログを参照している。何があったのか、話して欲しい」

 

「……誰にも信じられないかもしれません。実際、クラードさんはそれで苦しんでいたんです」

 

「だが他人に話す事で、それが少しでも緩和される可能性もある。クラードが話したがらないからと言って、君まで口を閉ざすのか?」

 

「いえ、私は……やっぱりズルいですよね。私、ここで言っちゃえば楽だって言うのは、分かっているんです。分かっているのに、クラードさんが、これを言っちゃうとどこか遠くに消えちゃいそうで……怖い……」

 

 そう、怖いのだ。

 

 今でも震えが止まらない。

 

 もし、自分がこの事象を観測する事で、クラードの生命に致命的な何かが起こるくらいならば、何も言わないまま、口を閉ざしたままのほうがよっぽどマシだとも思っている。

 

 ヴィルヘルムは急かさない。

 

 その代わりに誓約もしない。

 

「……わたしが君達の痛みを肩代わりするとは、言い切れない。わたしだって世界から爪弾きにされた側なのだろう。だから、君達の抗いは君達のものだと、そう断言すれば、まだ……姑息な大人だったのだろうがね。さすがに三年間も一緒に居るんだ。そろそろ……信頼してはくれないかな、カトリナ・シンジョウ君」

 

 ユキノも同じ気持ちだったのだろう。

 

 信頼して欲しい、自分達に頼って欲しいと。

 

 そう思っているからこそ、シャルティアを拒絶出来た。

 

 自分ではきっと、シャルティアの気持ちの重さに押し潰されて、何も言えなくなっただろうから、彼女は手を振るえたのだろう。

 

 それが永劫に、信頼を失う事に繋がろうとも。

 

 それでも非情に成れたのは彼女がこれまで幾度となく背負ってきたからだ。

 

 ならば自分も――背負った痛みの一つくらいは、吐露しなければ嘘であろう。

 

「……前回……レジスタンス艦隊が戦局に割って入った時……皆さんは、どうしてレジスタンスが敵に回ったのか分からないと仰っていました。でも、違うんです。それは私に理由があった。……本当に、憶えていないんですか……? ミハエル・ハイデガー少尉の事を……」

 

 少しばかり期待していた。ここでヴィルヘルムが憶えていてくれれば、自分の痛みは半減するとでも。

 

 だが、彼も首を横に振る。

 

「残念ながら。しかしそれが、君とクラードにとっては特別な人物の名前であった」

 

「……ハイデガー少尉は、この三年間、私の活動を支援してくれた人物です。もっと翻れば、かつてのベアトリーチェのメンバーでした。でも……それも誰も、憶えていないんですよね……」

 

「そのようだね。だが君とクラードは違った」

 

 決意を胸に頷き、カトリナは言葉を継ぐ。

 

「……ハイデガーさんの乗る《疑似封式レヴォル》を、クラードさんは《ダーレッドガンダム》の有するパラドクスフィールドで攻撃……そう、攻撃しただけのはずなんです。破壊したわけでも、ましてや……誰の記憶にも残らないような事を仕出かしたわけでもない。だって言うのに……私以外、誰もその事を……憶えていない……」

 

「なるほど。その言葉、以前までなら聞き流していただろうが、しかし、今回の事象を鑑みるに見過ごしていい事柄とも思えない。それに何より、ね」

 

「何より……なんですか」

 

「委任担当官たる君の発言だ。軽んじる事は出来ない」

 

 普段ならば、からかっているのか、と軽口を飛ばせただろうが、今ばかりは重々しく胸の中で沈殿する。

 

「……私とクラードさんしか、憶えていないと言うのは……」

 

「《ダーレッドガンダム》の性能が関係しているのは間違いない。間違いないのだが……その疑問を氷解するのには理論が足りていない」

 

「理論……ですか?」

 

「クラードはまだ分かる。何故君まで憶えているのか……それがまるで不明瞭なままだ」

 

 言われてみれば、《ダーレッドガンダム》の力の改変を受けていても、何故自分のような凡庸な人間まで憶えているのかはクラードに問い質した事はない。

 

「……何か……イレギュラーでも起こったって言う事でしょうか?」

 

「あるいは君とクラードの記憶そのものがこの世界へのイレギュラーか。しかしクラードは《ダーレッドガンダム》を操る存在。それを加味すればどのような理論もまかり通るが、問題は君だな」

 

「……私が何か……この改変に巻き込まれないような事でも……」

 

「分からない……何かわたし達とは違う力が働いているとでも言うのか」

 

「でも……《ダーレッドガンダム》が引き起こしたその、空間転移、でいいんでしょうか? それには巻き込まれているわけですし……」

 

「矛盾だな。《ダーレッドガンダム》の力の全てを受けないのならば、この空間転移でさえも跳ね除けるはずだが……記憶改変、いいや、これはもっと大事だろう。――歴史改変、とでも呼ぶべき事象だ」

 

「れ、歴史改変……。でもそこまで大げさだとは……」

 

「思えないかね? だが事実、引き起こされたのは一人の人間単位でありながら、その者が存在したと言う証明を過去未来、全ての人間の記憶から抜け落ちさせるのは記憶改ざんなんていう生易しいものではない。まさに歴史へのカウンターだ。我々来英歴の人間が積み上げてきた、これまでへの――叛逆か」

 

「でも、《ダーレッドガンダム》がそれほどの性能だとして、じゃあ、何で……」

 

「何故、クラードはこれまで無事に、いや、無事でもないか。違和感はあったのかもしれない。それが形になったのが、歴史改変現象と、そして戦場そのものの転移……正直、これほどまでの力を有する機体は、既にMSと呼ぶのにはいささか余りある」

 

「……怪物、でしょうか」

 

「だが君はそうと呼びたくないのだろう? クラードの事も」

 

 カトリナは医療カプセルで横たわっているクラードの面持ちを見据える。

 

「……私、ズルいんです。クラードさんに、トリガーとしての役割を課してしまった。でも、レミア艦長に、それは私のものだって……私の罪でもあるって、そう言えればきっと、未来があるはずだって……。でも結果として巻き起こったのは……」

 

「地球重力圏への空間転移。何がきっかけで、何が本質であるのかはまだぼやかされているようなものだが、しかしハッキリと言えるのは、クラードはわたし達を助けるために、こうしてあまりにも重い宿命を背負ってしまっている事だけだろう」

 

「クラードさんは、目覚めてくれるでしょうか……」

 

「目覚めてもらわなければ困る。彼は我々に、大きなツケを貸したままだ。そのツケを返してもらうまでは、死んでいる余裕なんてない」

 

 その言葉に自分が目を丸くしているとヴィルヘルムは肩を竦める。

 

「……わたしがこんな口調になるのがそれほど意外かな? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているが」

 

「い、いえ……失礼かもですけれどヴィルヘルムさん、ずっと一線を引いているように映りましたから……」

 

「三年間も一蓮托生でも、そう見えていたのか」

 

 いや、これは失礼を通り越して無礼でさえもある。カトリナは何か気の利いた言葉を返そうとして、ヴィルヘルムが歩を進めたのを目にしていた。

 

「あの……怒っちゃいました?」

 

「いや、ここでクラード達を見守っていても仕方ない。後は本人達の体力と……幸運に賭けるしかないからね。わたしには別の仕事がある。委任担当官の仕事ではないが」

 

「い、いえ……っ、付いて行かせてください。私だって、一蓮托生ですよ……っ!」

 

「参ったな。言われてしまっている」

 

 ヴィルヘルムは煙草を灰皿で揉み消し、向かったのは軟禁室であった。

 

 カトリナはまさか、と身構える。

 

「……ここって……」

 

「一手でも勝てる要素が欲しい。そのための努力は惜しまないとも」

 

 エアロックが開かれた先に待っていたのは、椅子に縛り付けられたままの騎屍兵であった。

 

 確か、スリーと言う名前であったはずだ、とカトリナは曖昧な記憶を手繰り寄せる。

 

「……ここがどこだか分かるかな」

 

 対面に座り込むなり、そう口火を切ったヴィルヘルムにスリーは目線を上げて応じる。

 

 色素の薄い、紫色の虹彩が射る光を灯していた。

 

「……重力が濃い。地球圏か」

 

「正解だが、何故そうなったと思う?」

 

「……そちらの情報が乏しい。よってこの謎かけめいた詰問は成立しない」

 

「結構。わたしは嫌いではないのだがね、謎かけも」

 

「繰り言の時間も惜しい。私を尋問したければ好きにしろ」

 

「いいや、尋問は暫く休みにする。これからするのは、交渉だ」

 

「交渉……?」

 

 疑問符を浮かべる自分に対し、スリーはその雪のような白い長髪を振るう。

 

「交渉条件としてのレートに上がらない。自分は騎屍兵だ。もう死んでいる身分である」

 

「だからこそさ。君にはこれより――オフィーリアの守りの任に就いてもらいたいと、わたしは思っているのだからね」

 

 放たれた言葉の意外さに自分だけではない、スリーも絶句した様子である。

 

「……何を言って……」

 

「言葉通りの意味だ。地球圏に何故、堕ちたのかの仔細は省くが、現状、君達の母船との戦闘は膠着状態と言える。それよりもまずい相手を敵に回してしまった」

 

「……王族親衛隊か」

 

「半分は正解だが、半分は不正解だ。どうやら第三勢力らしい」

 

「ヴィルヘルムさん! それ、言っちゃって……」

 

「隠し立てしてでは、動ける兵を潰すかね? わたしはそれでは正しくないと考えている。一機でも出せるのならば、次の追撃に備えるべきだ」

 

「分からないな。私は騎屍兵だぞ。《ネクロレヴォル》にさえ乗れば、この艦を墜とすくらい造作もない」

 

 そう、その通りのはずだ。

 

 これまでの冷徹な騎屍兵であるのならば。

 

 しかし、ヴィルヘルムは抗弁を発する。

 

「……わたしも持てる手札が多いとはお世辞にも言えない。だからこれは交渉事になる。本来なら、強硬策に打って出るところを、レートが大きく傾いていると言えよう」

 

「ヴィルヘルム……さん?」

 

「《ネクロレヴォル》のシステムの穴を、前回は突いた。あれが事実であれ、全くの的外れであれ、君としては思うところがあるはずだ。よって、単純に敵に回るのは得策ではないだろう。それに、騎屍兵と言ってもそれはシステムに組み込まれ、万全な状態での話。今の君は、システムから弾かれているようにさえも映る」

 

「勘繰りをしたところでためにはならない。私はいつでもお前らを撃てる」

 

 その気迫にカトリナは息を詰まらせたが、ヴィルヘルムは逡巡一つ浮かべずに言葉を投げていた。

 

「《ネクロレヴォル》は解析済みだ。もう君だけの力ではない」

 

 これは嘘、ハッタリだ、と気づいた時、カトリナはヴィルヘルムの横顔を見ようとしたが、それよりも先に彼は言葉を継ぐ。

 

「アイリウムも未調整のままでは、恐らく《ネクロレヴォル》はその性能も十全に果たせないまま、モルガンに属する騎屍兵自身の手によって撃墜されるだろう」

 

「分かり切っている事実だ。私の命に騎屍兵団は頓着しない」

 

「だが、同時にこうも思っているはずだ。せっかくの世界を欺く《ネクロレヴォル》、パイロットは駄目でも、機体だけでも回収したい、が本音ではないかと」

 

 ヴィルヘルムの瞳がスリーを見据える。

 

 彼女は言葉を差し挟もうとして、出来かねているのが窺えた。ヴィルヘルムの言葉が正鵠を射たのだろう。

 

「……私の命に意味はない。だが《ネクロレヴォル》は別だと言いたいのか」

 

「事実、その通りだとは思うがね。しかし、わたし達としては、君と《ネクロレヴォル》はセットでこそ意味があると判定している。モルガンからの追撃は今のところ見られないが、王族親衛隊、さらに言えば第三勢力、そしてこれは、君にとっても意想外であろう敵だが……」

 

「どのような敵であろうと、《ネクロレヴォル》は敗北し得ない」

 

「それが世界を睨む聖獣――MFであろうとも、かな?」

 

 まさか、とスリーが当惑したのが伝わった。

 

 MFと会敵したと言うカードは完全な切り札のはず。

 

 しかし、ここで見せたという事は、ヴィルヘルムの真意は……。

 

「MFだと……? あれはしかし、月軌道より動かぬはずだ。でたらめを……!」

 

「そうであった、という事実関係でしかない。カトリナ君、MF03の映像をこちらに寄越せるかな」

 

 カトリナは目を見ずに首肯して、今もオフィーリアが見張っている海域に存在するMF03――《サードアルタイル》の望遠映像を差し出していた。

 

 その映像にスリーは舌打ちする。

 

「……何がどうなっている」

 

「分かりたければ、協力して欲しい。何せ、これは完全なイレギュラーだ。モルガンが沈んでからでは遅いはず」

 

「……私に、何を望む」

 

「《ネクロレヴォル》への搭乗と、そして我が方への一時的な協定。その上で、君の判断で決めるといい」

 

「……いいのか? 《ネクロレヴォル》に搭乗すれば、先にも言ったが約束を守る義理なんて」

 

「だが違える義理もあるまい」

 

 ここでの交渉の軸は全くの未知数であるMF一機の情報のみ。しかも、その《サードアルタイル》とて今はどの情勢に肩入れしているのかまるで分からないのだ。

 

 吉兆に転ぶか、凶兆に転ぶかはまさに賭け。

 

 スリーが、《サードアルタイル》を迎撃し得るだけの自信と気概があるのならば、この交渉は決裂であろう。

 

 しかし、母艦の無事と、そしてもしもの時にMFへと拮抗する戦力として自身が成立するためならば、一刻も早く戦場に舞い戻りたいに違いない。

 

 何せ、このままでは何も知らされず、何も分からないままオフィーリアと運命を共にするだけだ。

 

 スリーがどう出るのか――ここでの判断材料は自分達ではない。

 

《ネクロレヴォル》に乗せたところで、先ほどの言葉にあった通り、オフィーリアを轟沈せしめる可能性もないわけではない。

 

 だが、無意味な事をしないのならば。

 

 その時になってモルガンまで共倒れでは、戦士の名折れのはず。

 

 ここで戦士の誇りを賭けるか、それとも自身の身の安全を軸にするか。

 

 スリーは逡巡の間の後に、嘆息をついていた。

 

「……貴様らは心底、甘い。私をこうして手足を縛るだけで済ませている事、そして兵士の一人も付けていない事」

 

「それは諫言痛み入るね」

 

「その上で……私を《ネクロレヴォル》に乗せようとしている事。せっかく手に入れた騎屍兵のパーツがこのままでは元に戻るだけだ。それでは何に関しても足りない。後悔を噛み締めて死んで行くだけ」

 

 やはり交渉事になどならないのではないか。

 

 逸りかけた自分へと、まるで意図したかのようにヴィルヘルムは先ほどの端末を返す。

 

「そういえば……モルガンは現状、航行を保てていないらしい」

 

 ここでそのカードを切る。

 

 スリーは訝しげにこちらへと視線を投げていた。

 

「……事実です。モルガンだけじゃない。護衛艦も、全部……今のままじゃ海面を這うだけの……」

 

 それはオフィーリアとブリギットとて同じ条件だが、ちらつかせなければこちらへの好条件となる。

 

 カトリナは艦望遠カメラより捉えた現状のモルガンと護衛艦の映像を見せる。

 

「フェイクの可能性」

 

「そんなものを用意すると思っているのかい?」

 

「……地球重力圏に唐突に艦が跳んだと言う冗談もなければ、そもそも成立もしない嘘、か……」

 

「恐らくはアステロイドジェネレーターに原因がある。それはつまり、ミラーヘッドも使えない艦艇だという事だ。我が方が第三勢力に情報を売れば、モルガンはさほど難しくもなく轟沈するだろう」

 

「その第三勢力とやらと繋がっているのか」

 

「ああ、いち早く連絡を繋いだ。見てもらった通り、その第三勢力はMFを有している。この物理宇宙において、通常のMSならば脅威になり得ないだろうが、MFを味方に付けているとなれば胸中、穏やかでもないはずだが」

 

 詭弁、虚飾だ。

 

 第三勢力の狙いは未だに不明。そしてMFが制御下などあまりにも豪胆が過ぎる。

 

 しかし現状、どの勢力も芳しくないのは事実。

 

 王族親衛隊が強襲作戦を行い、MFを擁する第三勢力は煮え湯を呑まされているのだと推測すれば、自分達が味方に付くのも帰結の一つとしては頷ける。

 

 問題なのは、スリーが最終的な勝利者を誰に置くのか。

 

 モルガンが沈んでも痛くも痒くもないと言う兵ならば、この交渉事は最初から破綻している。

 

 しかし、モルガンを沈めてはならない、加えてMFの動きも気になると一ミリでも思えば、自分をこの牢から出させる手はずを整えるに違いない。

 

 いずれにせよ、自分達に退路はないのだ。

 

 彼女を解放するか、このまま束縛したままにしておくか。

 

 クラードとアルベルトが負傷している現状では、艦の戦力は総崩れだと言うほかない。

 

 途中で復帰出来たとしても、王族親衛隊とMF相手に立ち回れるような余裕はないだろう。

 

 ヴィルヘルムの真意は一つ――時間稼ぎだ。

 

 クラードとアルベルトが回復出来るまで、あるいは《ダーレッドガンダム》を修復し、少しでも体勢を立て直せるまでの猶予を得る事。

 

 そのためにはユキノ達RM第三小隊だけではどうしようもない。

 

 ダビデが加わってところで焼け石に水だろう。

 

 主戦力を欠いたままのオフィーリアではいずれ沈む。

 

 しかし、ここで《ネクロレヴォル》と、そしてスリーの了承を得られれば、少なくとも次の戦場では沈まずに済むだろう。

 

 もっとも、それは彼女が即座に反転して撃って来ないとも限らない、危うい賭けなのだが。

 

 固唾を呑んだカトリナに比して、ヴィルヘルムは冷静のように映った。

 

 先ほどまでの自分の話し振りに戸惑っていた人間の眼ではない。

 

 交渉事に命を懸ける人間――そして自分の戦場をここだと規定した人間の眼差しである。

 

 僅かな沈黙がまるで永遠のように続いた後に、スリーは重々しく口を開いた。

 

「……アイリウムを弄っているのならば、《ネクロレヴォル》の戦力は半減するも同然」

 

「それでも《レヴォル》の名を冠するだけの機体だ。MF相手に、出来ないとは言わせない」

 

「……先の《オリジナルレヴォル》の乗り手がやったように、聖獣相手に立ち回ってみせろ、か。分かっているのか? 貴様らは分の悪い賭けをしているぞ?」

 

「それでも《レヴォル》に賭けるのならば本望さ」

 

 それは本心であったのか、それとも交渉を円滑に進めるための虚飾であったのか。

 

 最後の最後まで真意は分からぬまま、スリーは首を鳴らしていた。

 

「……少しばかり身体がなまっている。上手くいくかは分からない」

 

「最悪は艦砲射撃に徹してくれてもいい。MF相手では、それも意味があるのかは不明だが」

 

「《サードアルタイル》、か。聖獣がどこかの陣営に転がったとなれば、我が方だけではない。世界が動くぞ」

 

「その世界への叛逆だろう? 君らが駆るのは」

 

「……どこまでも、人を食ったような物言いをする」

 

「カトリナ君。彼女の拘束を一時間後に解除。メカニックに《ネクロレヴォル》の最終調整を行わせて欲しい」

 

「で、ですが……!」

 

「これは命令だよ」

 

 二の句を継げず、カトリナは了承するしかなかった。

 

「……分かりました」

 

「地球重力下だ。言っておくと、助けられるものも助ける余裕はないと思ったほうがいい」

 

「元よりそのつもりだ。《ネクロレヴォル》も空間戦闘用装備のままではまともに動けまい。……しかし貴様、何故私にそこまで告げる? MFも、モルガンの情勢も、全て嘘の可能性だってあった」

 

「簡単な事だよ。君はここで座して死に行くのを待つような人間ではない」

 

「……既に死んでいるはずの騎屍兵に、座して死ぬ、と説くか……」

 

 ヴィルヘルムは身を翻す。

 

 エアロックを潜ってからカトリナはようやく虚脱していた。

 

「つ、疲れたぁー……。ヴィルヘルムさん?」

 

「いやはや、失礼。慣れない事はするものじゃないな」

 

 再び煙草に火を点けようとしたのをカトリナは制する。

 

「ここは禁煙区域です」

 

「そうだった。まったく我が事ながらうっかりしていたよ」

 

「うっかりで済みませんよ? 本当に……彼女を陣営に?」

 

「気にかかっているはずだ。モルガンの無事以上に、《サードアルタイル》の是非に、そして王族親衛隊、地球重力下への空間跳躍……どれもこれも信じられないだろうが、ペテンを打つにしてはリスクが高過ぎる。どれかは事実であると呑んで、ではどれの優先事項が高いかと言えば、自ずと答えは出る」

 

「……人前で嘘をつくなんて……」

 

「平常心かと思ったかい? わたしとてこれだよ」

 

 ヴィルヘルムの手は震えていた。

 

 それは彼だけではない、この艦の運命を自分一人で抱えた重責であろう。

 

「……でも、何でそこまで……」

 

「なに、君とクラードが世界の重さを知ったんだ。なら、わたし一人、責任を背負わないのは嘘だろうに」

 

 世界の重さ――それは個人で負うのにはあまりにも荷物だ。

 

「でも……どこかで嘘がバレちゃえば……」

 

「何の事かな。わたしは嘘なんて一言も言っていない。《サードアルタイル》が第三勢力の手にある事も、その第三勢力が王族親衛隊に強襲されている様子なのも、そして次に我が方が打つべき手としては、《サードアルタイル》を擁する陣営への接触だ。未来に起こり得る事を先に述べただけ。むしろ良心的だよ」

 

「……ヴィルヘルムさん、詐欺師が向いていますよ」

 

「これはこれは。君に職業適性を問われるとはね」

 

 嘆息一つで憂いを打ち消し、カトリナは向かい合っていた。

 

「……私の言っている事、荒唐無稽だとか言わないんですね」

 

「現に我々は信じ難い事実の前に佇んでいる。真実を目の当たりにすれば、我々の持つ虚飾の鎧など、紙切れ同然だよ」

 

「何ですか、それ。誰の言葉ですか」

 

 ヴィルヘルムは一拍置いた後に、ウインクしてみせる。

 

「引用不明、かな」

 

 

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