機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第180話「姉と、妹と」

 

「《サードアルタイル》の佇んでいる艦……あれは手負いね」

 

 最大望遠でメインモニターに映し出されたMFはまるで悪い夢のようで、レミアは頭痛薬を飲み干す。

 

「しかし現実ですよ、レミア艦長。あの様子から見ると、上で張っている王族親衛隊とやり合ったって感じですけれど」

 

「それも不明のまま……何故、王族親衛隊ほどの身分で、別働隊なんて真似をして……地上戦力を割こうとしたのか……いえ、そもそもこの問答の前提が間違えているのかもしれない」

 

「あれですか」

 

 カメラが振られたのは今ももうもうと白煙をなびかせる蒸発した海面であった。

 

「爆心地……と言うのが正しいかしらね」

 

「でもあれほどの規模……射撃兵装程度じゃ……」

 

「そうね。でも似たようなものなら、データを参照出来る」

 

 レミアがバーミットに寄越したのはかつての月軌道決戦のデータであった。

 

 彼女はそれを目にするなり息を呑む。

 

「……嘘でしょう。MF06、《シクススプロキオン》の砲撃痕と、合致……」

 

「あくまで六割の解析結果だけれど、当てになるわ。こういう時に統合機構軍の新鋭艦って言うのはね。データだけは揃っている。それに、トライアウトネメシスでは届かなかった事実も、意図的に封鎖された事象にも届く」

 

「でも、だとしたら、この天上に……」

 

「ええ、第六の聖獣は存在する」

 

 数名のクルーがおっかなびっくりに天井を振り仰いだのを目にして、レミアは王族親衛隊へとカメラを振っていた。

 

「そして万華鏡、ジオ・クランスコールの《ラクリモサ》……。どこまで計算通りなのかしらね」

 

「《ラクリモサ》含む別働隊はやはり、爆心地を狙っての行動だと見てるんですか」

 

「そうじゃないと釣り合いが取れない。私達が空間転移してくるのを先読みしたなんて思いたくないし、そこまで相手の情報が先んじていれば、航行能力をほぼ失ったオフィーリアに仕掛けてこないのも不気味でしょう」

 

「……先の戦闘でクラードと交戦した後に、敵の新型機とやり合ったみたいな痕跡があります。身内同士で縄張り争いでも?」

 

「あるいはもっと単純なのかもね。クラードを万華鏡に討たせたくなかったとでも」

 

「それこそ私怨ですよ。……まぁ、可能性としちゃ熟慮しますけれど」

 

「これまでクラードと《ダーレッドガンダム》に執着してきたパイロットである可能性も高い。それに、こうも言うわ。起こり得る事だけ起こるのは空想の中だけとでも」

 

「……それ、誰の言葉でもないんでしょ」

 

「分かっているじゃない。……それにしたって、ジオ・クランスコール側の沈黙も今は重々しいわね。第三勢力への電報の返答は?」

 

「それが……暫し待って欲しいとの事です」

 

「待つ? 《サードアルタイル》を持っているのに?」

 

 バーミットの疑念にレミアは勘繰りを浮かべる。

 

「ここで待つと言うのは単純に意味がないわよ……。それとも、本当に何の思想も考えもない、短慮なだけの第三勢力なのだとすれば……私達が空間転移しなければ撃沈していた……」

 

「その事なんですけれど、もうそろそろいいですか?」

 

「何がかしら」

 

「……空間転移。当たり前のように言っていますけれど、それってクラードが引き起こしたって……レミア艦長は見ているんですよね?」

 

「そうじゃないと説明がつかないから、そうなのだと規定しているだけよ」

 

「……それって、あいつの事、信じているって思っていいんですか」

 

「……二度も三度も、私が男を裏切れるように映っているの?」

 

「いいえ。艦長ってその辺、ぶきっちょじゃないですか」

 

「……意見が合うわね、珍しく」

 

「そりゃどうも。いい女と話していると疲れますよ、こっちは」

 

 肩を回す真似をするバーミットに微笑みを返してから、レミアは《サードアルタイル》を擁する陣営の真意を探ろうとする。

 

「……こっちで直属の調査部隊を回したい。そう電報を打ってちょうだい」

 

「いえ、ですがそれだと、モルガンの奇襲を受けた場合……」

 

「モルガンは最新鋭の統合機構軍の空間戦闘特化巡洋艦……である事が幸か不幸か、相手は重力下に対応するまでに時間がかかるわ。オフィーリアのほうが僅かに足が速い。とは言え、スターターがかかるのはほぼ同時でしょうけれど」

 

「……落ち着いているんですね。空間転移なんてこれまでの人類が成し得て来なかった事象ですよ?」

 

「ポートホーム単位なら、これまでだって人類はダレトの恩恵に与って来た。……とは言え、これは異例中の異例のはず。一戦場単位での空間転移、そして地球重力圏までの距離は、言うに及ばず。これまでの常識を打ち破っている」

 

 バーミットはため息交じりに距離を概算する。

 

「これだけの距離と陣営……ざっとポートホームだと十年分ってところですか」

 

「でもあれならば可能と見て間違いない。《ダーレッドガンダム》……その名に忌み名を冠する事を許された機体ならばね」

 

「やり切れませんよ、まったく。クラードもいつまで寝ぼけてんのよー! とっとと起きろ、あんのバカ……!」

 

「今は……信じて待ちましょう」

 

 その時、管制室へと通信が飛ぶ。

 

 肘掛けに格納されていた受話器を取っていた。

 

「はい、こちら管制室……」

 

『艦長、これは一応、秘匿通信ですが……』

 

 通話越しのサルトルの声にレミアはブリッジを見渡してから、即座に告げていた。

 

「大丈夫。何か?」

 

『……ヴィルヘルムからの伝令です。次の戦闘から《ネクロレヴォル》を……鹵獲した騎屍兵を使うように艦長に進言して欲しいと……』

 

「……まぁ、そう来るわよね。クラードもアルベルト君も負傷となれば。一度、ダリンズ中尉の意見を聞かせてもらえる? そっちに居るんでしょう?」

 

『こちらダリンズ。アイリウムに細工をすれば、レヴォルの意志とやらを封じ込める策自体はある。これはクラードが《疑似封式レヴォル》に乗っていた際に用いていたアルゴリズムと、《アイギスハーモニア》に仕込まれていたマヌエルなるリミッターの解析によって可能となってはいるが……』

 

「なに? 言いたい事があるのならとっとと言って。時間は有限よ」

 

『……では。――馬鹿げていると、言わせてもらう』

 

「そうね、同意見。でも同時に、《ダーレッドガンダム》を含む我が艦の主戦力は限られ、現状では勝てるものも勝てない。……ならばせめて、抗いだけは立派に講じてみせましょう。それだけが、私達がクラードとアルベルト君に出来る、貢献のようなものよ」

 

『貢献、か……。了解した。ダビデ・ダリンズ、これより騎屍兵と共に出撃準備に移る。最後に、レミア・フロイト』

 

「何かしら」

 

『いや……貴官の判断の冷静さを称賛する。あなたはそれでも……前を向けるのだな』

 

「前を向かないとやっていけないからね。私達は、勝利しなければいけない。そのための策なら、どれだけのヨゴレでも買って出るのが大人の役割よ」

 

『どれだけのヨゴレでも、か。軍人としての判断力もあるのだと、理解した』

 

 通信が途絶えてから、レミアは独りごちる。

 

「……よしてちょうだいよ、そんなの、もう持ち合わせちゃいないんだから」

 

「艦長。王族親衛隊、一定距離を保ったまま、向かってきません。相手方は、やはり……」

 

「ええ、まずはモルガンとの合流を計るか、でしょうね。それでも王族親衛隊と統合機構軍の癒着までは出ていないし……現状の情報量だけでの判定は難しいわ。少なくともエンデュランス・フラクタルに対等な条件での情報交換を持ちかけるとは思えない。……備えだけはしておくべきでしょう」

 

「レミア艦長、もし、ピアーナ達が攻めてくるとして、最短だとそれでも一時間半は猶予があると見られます。一度、接触しておいたほうがいいかもしれませんね。……《サードアルタイル》の」

 

 バーミットの忠言にレミアは通信領域を繋いでいた。

 

「そうね……。こちら、新鋭艦、オフィーリア。ヘカテ級重力下艦へとオープン回線を乞う」

 

 矢面に立つのはまずは艦長である自分の役目のはずだ。

 

 そうなのだと規定したレミアは迷わず、通信チャンネルを繋ごうとして、相手方の電報を受けていた。

 

「来ました。……甲板に代表者の来訪を求める……との事です。何なのでしょう……相手の不明組織の目的は……」

 

「いずれにせよ、《サードアルタイル》で風穴を開けてくるような横暴な組織とも思えないのよね……。いいわ、私が行きます」

 

 立ち上がったレミアをバーミットが肩を掴んで制する。色めき立った管制室の空気にバーミットは視線を交わしていた。

 

「……艦長だけ行かせるわけにいかないでしょ。エージェントを最低でも一人は付けたいし……MSを一機でも随伴させるのが筋ですよ」

 

「そうね……では、ユキノさん。頼めるかしら」

 

 通信領域を繋いだユキノの声はどうしてなのだか沈んでいた。

 

『……私……ですか』

 

「不満かしら」

 

『いえ……当然ですよね、私しか、RM第三小隊でまともなエージェントって居ませんし。分かりました。ヘカテ級戦艦への護衛を務めます』

 

「《アイギス》を伴わせて《サードアルタイル》の眼前に。……まぁ、まんまと、と言った感じなのでしょうけれど」

 

「《サードアルタイル》に戦闘能力があるのは既に承知済みです。しかし……攻撃してくるかまでは……」

 

「どこまで独立愚連隊を気取るような組織かどうかも分からないのよ。バーミット、警戒は厳にすべきでしょうね」

 

「……カトリナちゃんは連れて行かないんですか」

 

「今の彼女では足枷よ」

 

 それを何の逡巡も浮かべずに応じた自分へと、バーミットは肩を竦める。

 

「こりゃまた、いい女だこって」

 

「迷わないのがいい女の条件と言うわけでもないでしょうに。……私は嫌な女よ」

 

 艦長帽を目深に被り直し、レミアはオフィーリア管制室を後にしていた。

 

 久方ぶりの地球重力の洗礼は、足取りを重くさせる。

 

「……地球圏に帰って来るなんて思いも寄らなかったですね」

 

「呪縛なのよ、私からしてみてもね。月で全てが決していれば、もうこの世に未練なんてなかった」

 

「それ、艦長が言います? 未練タラタラで足並みを崩さないでくださいよ。あたしだって、それなりに未練はあるんですから」

 

「あら? バーミット、あなた、古巣に未練だとか、そういうなまっちょろいのは持ち込まないタイプだと思っていたけれど」

 

「逆です。未練があるとすれば、もっと早く、艦長の横っ面、叩いておけばよかったってだけの話ですし」

 

「……そうね。それほど高尚に出来上がった面の皮でもないんだし、あなたのビンタくらい、受けておいたらよかったかもね……」

 

「ビンタ一発で済みますかねぇ」

 

 こういう時に、笑わせてくれるのが彼女の強みだ。レミアはフッと笑みを浮かべてから、《アイギス》に搭乗したユキノと向かい合う。

 

 コックピットを開け放った状態でのユキノとの邂逅は、何故なのだかとてつもなく時間が経っているような感覚を覚えた。

 

「《アイギス》、稼働状況は」

 

 すぐに駆け寄ってきたサルトルがステータスを表示させた端末を差し出す。

 

「前回の戦闘で、使える《アイギス》はほとんど出払ってしまいました。ですが、ユキノの《アイギス》は不幸中の幸いで無傷に近い。これなら、もし聖獣が襲ってきても、一撃くらいは……」

 

 サルトルの考えている事は分かる。

 

 一撃を与えるではなく、一撃を凌げるか、の是非だ。

 

 そこにパイロットの命の問題を持ち込んではいない。ある意味ではストイックだが、ここでは仕方のない切り捨てなのだと理解している。

 

「サルトル技術顧問、それでも私は、ユキノさんを死なせたくないのよ」

 

「しかし、艦長。現時点で、不明勢力の目的も、そいつらが敵対するかどうかってのもまるで不明だって言うんでしょう? だったら、盾代わりならなります。ユキノはエンデュランス・フラクタルの、エージェントで――」

 

「私達はもう、エンデュランス・フラクタルではないはずよ」

 

「それはそうですが……」

 

 口ごもったサルトルの肩を叩き、レミアは前に歩み出る。

 

「ユキノさん! ……あの時……月軌道決戦で死ねと言ったのを、私はよく憶えている……。それでも今、私に力を貸してくれるのね?」

 

「……私も一端のエージェントです。お供しますよ、レミア艦長」

 

 挙手敬礼するユキノに、ああ、とレミアは感じ入るものを覚えていた。

 

 ――本当に、あの日自分に敬礼したのと同じような瞳で、強くなったのだな、と。

 

「了解。これより、不明勢力への交渉に移ります。私達は、《オムニブス》による移送を」

 

「……駄目って言ったって聞かないんだからなぁ、ったく……。まだ無事な《オムニブス》があったろう! とっとと寄越せー!」

 

 張り上げた声に《オムニブス》が運び込まれ、そのコンテナブロックへとレミアは乗り込んでいた。

 

 操縦は重力下だが、自動操縦らしい。

 

 それほど距離はないのだ。戦闘の恐れはもちろんあったが、交渉人を出せと申し出てきた手前、何も聞き出さずに撃墜と言うわけでもあるまい。

 

 ユキノの《アイギス》が甲板部に膝を立てて屹立し、《オムニブス》出撃を待ってから、ゆっくりとその速度を合わせる。

 

 向かうのは、第三の聖獣が待つ、謎の存在。

 

 唾を飲み下したのは何も自分だけではなかった。

 

「交渉になるんでしょうね、本当に」

 

「乗るか反るか、その都度ね、実際」

 

「博打はやらない主義ですよ、あたし」

 

「私だって、勝てない戦はしない主義よ」

 

《アイギス》よりも《オムニブス》が先に甲板部に着陸する。

 

 コンテナ部が開いてようやく、潮風に身を任せたレミアは佇む聖獣の威容に息を呑む。

 

 ――これが第三の聖獣。この世界に風穴を開けてみせた、究極の力の象徴。

 

 黄色の装甲部の継ぎ目に虹色の血潮を滾らせた人型兵器は、ただでさえ立派に脅威として確立する。

 

 しかしながら、今の自分達はその攻撃を受ければ全滅の憂き目に遭うのは必定。

 

 よってここで講じるべきは、矛を交える術ではなく交渉術。

 

 一秒でも長く、この海域での戦闘中止を訴えるべきであったのだが、レミアの視点は《サードアルタイル》の腹腔に収まっている二人の少女に意図せず釘付けになっていた。

 

 豪奢なドレスを身に纏った少女と、純白の法衣めいた衣装を身に纏った少女は、それぞれ違うベクトルで自分の脳髄を揺さぶる。

 

「……まさか、キルシー……?」

 

「お姉、様……?」

 

 相手もまるで意図していない声を発する。

 

 純白の衣装の少女は、拳銃をこちらに向けながら目を戦慄かせていた。

 

 否、それ以上に――。

 

「ファム? あんた……ファムなの?」

 

 バーミットの声に《サードアルタイル》のコックピットに収まった銀髪の令嬢は――かつて自分達と共に月航路へと赴いた、ファム・ファタールは――思わぬ再会に歓喜を浮かべていた。

 

『ミュイっ! バーミットっ!』

 

《サードアルタイル》越しに聞こえてくる三年振りの彼女の声は、自分達を震撼させるのには充分であった。

 

「……どういう……事なの……。何で、あなたが……」

 

「それは……こちらの台詞です! お姉様が何故……戦場に……っ!」

 

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