機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第181話「世界への害意」

 

「艦長……お知り合いですか」

 

 サルトルの詰めた声に今はそのような再会を喜ぶべきでも、ましてや悲しむべきでもないのは窺えていた。

 

「……ええ、まぁ。交渉を、始めさせてもらってもいいのかしら」

 

 その言葉振りに自分達は感動的な再会など描けない事を悟ったのか、キルシーの瞳は昏く陥る。

 

「……そう、ですね。我々ネオジャンヌとしても、あの王族親衛隊はとても困るのです。それに加えて、見たところ統合機構軍の技術が配された新造艦が二隻以上……敵か味方かも分からなければ策を講じようもありませんわ」

 

 かつての自分がよく知るキルシーとは断絶している。

 

 当たり前だ。

 

 自分が出奔して何年経ったと思っているのか。

 

 どこかで賢しくも成り下がったキルシーの声音に拳をぎゅっと握り締めつつ、悔恨はここまでだ、と感情は打ち止めにする。

 

「……我々は統合機構軍ではないわ。正しくはレジスタンス組織……血濡れの淑女(ジャンヌ)と言えば、少しは耳馴染みがあるはずだけれど」

 

「血濡れの淑女(ジャンヌ)……! まさか、軍警察に反抗の凱歌を掲げ続ける、反政府組織……お姉様が……?」

 

「いけない? 私はその淑女に忠誠を誓った身。当の彼女は……今は会わせられない。事情があってね」

 

「その事情と言うのは、《サードアルタイル》を警戒しての事だと、思っていいのでしょうか」

 

 まるで違うところにあったが、今はキルシーの機嫌を損ねるのは得策ではない。

 

 彼女が掲げるネオジャンヌなる組織の目的さえも聞き出せていないのだ。

 

「こちらへと電報を打ったという事は、二枚舌ではないと言う証拠が欲しいのだけれど」

 

 キルシーは照準を外して、ファムへと目配せする。

 

「……いいでしょう。ファム、あの灰色の艦艇へと先制攻撃、出来るわね?」

 

「ミュイ? むりだよ、キルシー」

 

「無理……? それは今さら何を言っているのか、と問いただしていいのかしら」

 

 その応答にファムは三年前の彼女と同じように、純粋そのものの瞳で答える。

 

「ミュイぃぃぃ……むりなものはむりだよ。さっきのでこのこ、ほとんどつかいはたした」

 

 それは即ち、《サードアルタイル》は現状、張子の虎である事の証であったが、切り込まないほうがパワーバランスを維持出来そうである。

 

「交渉がしたいのよ、キルシー。ネオジャンヌという組織が掲げる目的は何? どうして……王族親衛隊身分と戦っていたのか」

 

「私達は選ばれた存在なのです、お姉様」

 

「……選ばれた……?」

 

 胡乱そうな声を返していると、キルシーは天を仰ぐ。

 

「私は……この子に会えた。ファムが私の……! たった一人の理解者、そして! 革命の女神だったのよ! ……だから私は迷わない。安寧と惰弱に沈んだこの世界を、平定する。そう言った存在なのです、このキルシー・フロイトが、世界を変える……!」

 

 感じ入ったような声音は心の奥底で心酔しているのが窺える。

 

 何が、彼女をそこまで駆り立てたのかは不明だが、《サードアルタイル》の力は危険だ。

 

 第三の聖獣は簡単に世界の均衡を崩すであろう。

 

「……ではネオジャンヌの目的は私達と同じく、既存の秩序への叛逆だと……?」

 

「叛逆? そんな小さな目的ではないですわ。――作り変えるのです。私とファムなら、それが出来る……!」

 

「見たところ編成している《エクエス》は……軍警察仕様に移るけれど」

 

 濃紺の《エクエス》は自分の認識違いでないのなら、軍警察、トライアウトジェネシスのものである。

 

 それを従えている意味を問い質したつもりであったが、キルシーは我が事のように軍勢を誇る。

 

「素晴らしいでしょう! お姉様! 彼らは私達のためならば命を捨てる覚悟を持つ騎士達です!」

 

《エクエス》乗り達はそれぞれこちらを包囲しているものの、キルシーの言葉に戸惑いを浮かべているのは明瞭であった。

 

 元々は軍警察、恐らくはダビデの離反した後のトライアウトジェネシスの所属部隊。

 

 統率度はそれほど高くはないか、と脅威判定を下してから、レミアは言葉を投げていた。

 

「この世界を作り変える……言うは容易いけれど、それは茨の道よ。誰に咎められても仕方のないような、そんな道筋。キルシー、私はあなたにそこまでやる事はないと思っている」

 

「お姉様のお気持ちは分かりますわ。ですが、私はもう決めたのです。これが私に出来る、世界への叛逆。今すぐにお姉様の力添えになれないのは残念ですけれど、いずれは私達ネオジャンヌが、世界を席巻するのですから」

 

 理想に糊塗されたばかりの、キルシーの瞳はまるで酔いしれている。

 

 この世界の真の姿を見ようともしていない。

 

 現状、《サードアルタイル》を擁するネオジャンヌと手を組むのが、自分達としても正しい道であろう。

 

 しかし、それは――。

 

「……キルシー。世の中はそう簡単じゃないのよ」

 

 どうしてなのだろうか。

 

 彼女の言う、革命の決意は、カトリナやクラードの掲げてきたそれよりもよほど幼稚に映る。

 

 語っている事はさほど変わらないのに、キルシーの言葉振りはどれもこれもまやかしめいているのだ。

 

「……今……何と?」

 

「キルシー、あなたでは出来ない。《サードアルタイル》の力を使って、王族親衛隊と戦い抜く事も、ましてや世界を変えるなんて……。それがどれほどの痛みを伴っての言葉なのかは分からないけれど、それでも私は、痛みと共に在った人間を二人知っている。その二人は……決して振り返らなかった。決して……迷わなかったのよ。だって言うのに、あなたの言葉はどれもこれも、虚飾めいている。それで自分は救えても、他人までは救えないわ」

 

 キルシーの眼差しに敵意が宿る。

 

 銃口が突きつけられてサルトル達が色めき立っていた。

 

「艦長……!」

 

「下がって、サルトル技術顧問。ユキノさんも、いいわね? 今はトリガーに指をかけるのは早過ぎるわ。まずは、どれほどの覚悟なのかを問い質しましょう」

 

『しかし、レミア艦長……目の前のは、聖獣なんですよ……』

 

「そうかもしれない。けれど、乗っているのは、彼女だと言うのなら」

 

「……お姉様にファムの何が分かるの……。私達の、何が分かるって言うの」

 

「ミュイぃぃぃ……キルシー、くるしいよ」

 

 傍らのファムをぎゅっと抱き締めたキルシーには、それ以外に寄る辺などないような突き詰めた声音で告げていた。

 

「……ファム。《サードアルタイル》は何なの? あなたが……第三の聖獣の、パイロットなの……?」

 

 レミアの問いかけにファムは思案するように指で唇を押し上げる。

 

「むずかしいから、わかんないけれど、でもこのこはファムのいうこと、きいてくれるよ?」

 

「ファム……あなたもしかして最初から……《サードアルタイル》のパイロットだったって言うの? ベアトリーチェに居た頃も……!」

 

 思わず口を挟んだバーミットにファムは嬉しそうに身を揺する。

 

「ミュイ! バーミット、ひさしぶりっ!」

 

 それと同期して《サードアルタイル》がその未知の躯体を鳴動させるので、《エクエス》乗り達とこちらは気が気ではない。

 

『り、リーダー……MFが……』

 

「鎮まりなさい。御前でしてよ」

 

「……ええ、久しぶりね、ファム。でも意外。あんた、分からない事だらけだったけれど、それでもまさかMFのパイロットなんて思いも寄らないって言うか……」

 

「ミュイっ! ベアトリーチェは?」

 

「……役目を終えたのよ。それはそうと、キルシー。あなたがネオジャンヌの頭目だと言うのなら、一つ。交渉事の矢面に立つのはあなただという事よね?」

 

「ええ、お姉様。こうして対峙するなんてまるで想定外だけれど」

 

「……あなたはネオジャンヌを掲げ、何を……王族親衛隊と戦えば無事では済まないのは分かっているはず……」

 

「何を? 分かり切っているでしょう。この世界は、どれもこれも間違っている。間違いの只中に沈んでいるのよ。そんな惰弱なる世界を救い上げるのに、絶世の救世の聖女が必要になってくる。ファムと私はそれなの。そして答えてくれた、世界が……! その証こそが《サードアルタイル》! 誰もが恐れる第三の聖獣……!」

 

「《サードアルタイル》を擁すれば、必然的に争いに巻き込まれていく。それを分かっていての行動なのね?」

 

「無論、言うまでもないわ、そんな事。《サードアルタイル》は無敵なのよ。この力を前にすれば、王族親衛隊であろうと何であろうと、私達の前にひれ伏すしかない」

 

「……それはどうかしら」

 

 こちらの言葉繰りにキルシーは眉を跳ねさせる。

 

「……今、何て?」

 

「キルシー。あなたには世界が見えていない。確かに、この来英歴において、MFの力を持つ事は絶対者の意味を有するのかもしれない。でも、それは同時に責任も生じてくるのよ。力を持つ事への、責任が」

 

「それくらい、分かっているわ、お姉様。私は責任ある職務として――」

 

「そういうんじゃないのよ。そういうんじゃ……」

 

 だがこの議論は平行線であろう。

 

 失った自分と、失う前の自分がまるで違うように、姉妹であっても断絶は埋めようがない。

 

「お姉様? 全能になったんですよ? だって言うのに、力を振るわないのは、それも嘘でしょう?」

 

「全能者なんて存在しないのよ、キルシー。この世には、自分と、自分に近しい地獄を切り売りするだけの、似たり寄ったりな不幸だけが分配されている……。勝利者の座なんて最初からなかった」

 

「それはお姉様の理論でしょう? 私は違う」

 

「違うと規定したところで、MFはだって、力でしょう」

 

 力を振るうのならば、そこに宿ってくるのは必然な思想と論理。

 

 キルシーの謳う夢物語はどれほど耳心地がよくとも、どこかで頭打ちが来る。

 

 そうなのだと、自分は――理解出来てしまった。

 

「……では交渉決裂だと、そう思っていいのかしら。お姉様」

 

「出来れば争いたくはないのだけれど、あなたの言う全能者だけでは世界は回らない」

 

「九割の凡人に任せていれば世界は悪いほうにしか転がらないのよ。それはお姉様だって分かっているでしょう?」

 

「それでもあなたがその一だとは限らない」

 

 強い論調で言い返したせいであろう。キルシーは僅かに絶句する。

 

「帰るわよ、バーミット。それにみんな。ネオジャンヌと結託する事は、我々はあり得ない」

 

 身を翻した自分に、他の者達は正気なのか、という目線を振り向けるが、決定を覆すような異論を差し挟む人間は居ない。

 

「後悔するわ、お姉様!」

 

 キルシーの高笑いが響き渡る中で、レミアは《オムニブス》のコンテナブロックに乗り込み、海面を観察する。

 

「……モルガンは再行動に移るまで時間もない。アステロイドジェネレーターが駆動しないとは言え、最新鋭艦。それなりに復活も速いと想定すべき」

 

「それでも、艦長はあの子の傍には寄り添わないんですね」

 

 隣席のバーミットの言葉に、レミアはそうね、と額を押さえる。

 

「以前までの私なら……あの子の言う理想論にも、思うところはあったかもね。《サードアルタイル》の戦力は魅力的だし、それに今は敵に回すべき勢力ではないわ」

 

「それもこれも、クラードとカトリナちゃんに幻滅されたくないから、ですか」

 

 こちらの思想を先回りしたバーミットにレミアは微笑みかける。

 

「……馬鹿ね、私も。一時の感情でせっかく得られたはずの戦力を手離している」

 

「いいんじゃないですか、別に。あたしは権力にへりくだったり、力をよしとする艦長なんて見たくないですから。ま、個人的な意見ですけれどねー」

 

 それでも自分の意見はオフィーリアの総意となる。

 

 もしもの時に《サードアルタイル》が敵に回るなど、代表者としては下策もいいところであったのかもしれない。

 

 それでもクラードと――そして、カトリナの叛逆を、キルシーの言うところの拙い叛逆意識で染め上げたくないのは、自分でも譲れない部分であった。

 

「……《サードアルタイル》が敵に回る……かもしれないわね」

 

「まさかファムがあの聖獣を動かしているなんて想定外ですよ。あんなにカワイイのに、何でああなっちゃうのかなぁ」

 

「それでもバーミット、あなたの事はしっかり憶えていたみたいじゃない」

 

「当たり前でしょう? あのカワイイのをまともに仕上げたの、あたしですよ? 貢献者です、貢献者」

 

 そう言ってのけるのが少しだけ可笑しく、今はこの絶望の淵にあっても笑う事が出来た。

 

「それにしたって、聖獣の操り手、か。まさに不幸の象徴(ファム・ファタール)ね」

 

「嫌ですよ、あたし。あの子を撃てって言われるなんて」

 

「そうはならないように……努力したいところなんだけれどね」

 

 しかしそうも言っていられない状況がやってくるのは目に見えている。

 

 灰色の艦艇を浮かべているモルガンは間もなく作戦行動に入るはずだ。

 

 その時、クラードとアルベルトを欠いた自分達はまともに戦えるのか、それすら分かったものではない。

 

「……あるいは、戦いにもならないまま、終わっていくのかしらね」

 

「抗うだけ抗うのみですよ。いつだってそうだったでしょ? 我らがレミア・フロイト艦長は」

 

「そうね、バーミット。あなたにだけは敵わないわ」

 

「でしょー? あたし、これでもいい女の自覚あるんで」

 

 それでも間に合うかどうかだけの時間の猶予だけは冷酷だ。

 

 時だけは、残酷なまでに刻んでいく。

 

 レミアは時計に視線を落とした瞬間、違和感に気づいていた。

 

「……この時間……バーミット、ちょっと時計を見せてもらえる?」

 

「何ですか? 時間……?」

 

 バーミットの時計と自分の時計を合わせる。

 

 そこで確証めいた事実に、まさか、と震撼していた。

 

「……おかしい……。私達は、十二時間ほど前に……戻っている?」

 

「戻っている? そんなわけ……でも確かに、時間は前回の戦闘の十二時間前……艦長、担いでいます?」

 

「いいえ……そんなわけ……。でも、これに勘付いているのは……」

 

 バーミットは自ずと声を潜ませていた。

 

「……あたし達だけっぽいですね。あるいは他の皆は気付いていても違和感程度で片付けているのかもしれません。だってこんなの……おかしいでしょ。十二時間前に戻っているなんて……あたし達は、じゃあタイムトラベラーだとでも言うんですか?」

 

「……状況の擦り合わせが必要そうね。私の懸念事項とすれば、大きく二つ。ただ単純に、時計が壊れてしまっただけ、と言う、現実的な筋。もう一つは……あり得てはいけないんだけれど――《ダーレッドガンダム》が、あの機体が私達を、十二時間前の地球重力圏へと時間遡行させた」

 

「空間転移も込みでですか? それこそ、あり得ないって言うか……」

 

 だがそうだと仮定すれば、《ダーレッドガンダム》の有する能力は推し量っている以上という事になる。

 

 格納デッキへと降り立った《オムニブス》のウィンドウより、レミアはハンガーで修繕されていく《ダーレッドガンダム》を目に留めていた。

 

 ともすれば、それを修復するのは自分達だけではない。

 

 ――それは世界にとっての、明確なる害意となるのではないか、と、この時脳裏を掠めた予感は、冗談であって欲しかった。

 

 

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