機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第182話「秘められしもの」

 

 王族親衛隊同士の戦闘接触は原則禁じられているはずだ。

 

 そうなのだと聞かされてきたし、それは自分達を統括する人間としても正しくないはずだろう。

 

 しかし眼前に現れた人間はまさに鉄面皮の鋼鉄の機械――。

 

 恭しく頭を垂れた相手へと、ピアーナは声を振る。

 

「王族親衛隊所属、ジオ・クランスコール大佐。これはどういう事なのです」

 

「説明は難しい」

 

 その唇でさえもマイナス百度の冷徹さを携えている。

 

 王族親衛隊に意見するほどの権限は自分には与えられていないが、それでも異議申し立ての発言力がないとまでは言わせない。

 

「我が方の機体……《ソリチュード》を中破させましたね? それはモルガンの戦力を削いだ事になります。申し開きは」

 

「ない。自分は向かってきた相手に対処しただけである」

 

 まるでそうと規定しただけの機械の延長線上。

 

 ジオの言葉に迷いも、まして人間らしい逡巡など期待出来るはずもない。

 

「では、それはこちらに落ち度があったとして……何故、地球圏に?」

 

「機密事項に抵触する」

 

「……あの高重力磁場の陥没地点に関係が?」

 

「機密事項に抵触する」

 

 まるで話す気はないようだが、ここで少しでも口を割ってもらわなければ自分としても立つ瀬がないと言うもの。

 

 ここは憶測でもいい。万華鏡相手に立ち回って見せよう。

 

「……察するに、ですが、《サードアルタイル》があの第三勢力に与しているのは完全な意想外であったのでは? そうでなければ貴方達ほどの組織が、たった三隻の重力艦艇に手を焼いた事になりますが」

 

「相手は聖獣だとも。油断は大敵のはずだ」

 

 そう言われてしまえば、その通り。

 

 しかし、ジオの真意は別にあるというのが、ピアーナの見立てであった。

 

「……あの第三勢力、情報は集めておきました。地球重力圏に陥ってから、現時刻で三十分。わたくしにとっては児戯の領域」

 

 片手を払い、情報の投網を振るって王族親衛隊にもたらされるはずであった情報を読み取る。

 

「――ネオジャンヌ。レジスタンス組織のようですが、しかしあまりに日が浅い。結成されてまだ四十八時間も経っていないのに、艦艇三隻に《エクエス》の編隊を構築している。その裏にはトライアウトジェネシスの離反が見え隠れしているとの事ですが」

 

「軍警察の領域に関しては自分のあずかり知るところではない」

 

「……トライアウトジェネシスの一部がオフィーリアに降っているのは?」

 

「初耳である」

 

 仮面の相貌はまるで読ませない。

 

 それもこれも織り込み済みであるのか、あるいは本当に知らなかったのか。

 

 いずれにせよ、万華鏡、ジオ・クランスコールを一時的とは言え、勢力に組み込む事が出来るのは僥倖であろう。

 

「……結構。わたくし達が知りたいのはそれ以上の領域ですので。《パラティヌス》の特一級編隊、何もない場所に現れるにしては出来過ぎております。この後の任務継続に関しては?」

 

「貴殿に話す義務はない」

 

「義務はなくとも、物事を円滑に進めるための処世術と言うものはあるはずです。貴方は……王族親衛隊は何を追って、重力圏に降りてきたのか。そしてあの高重力地帯は一体何なのか。調査部隊を送ってもいいのですよ」

 

 こちらなりの牽制のつもりであったが、ジオは意に介していないかのように応じてみせる。

 

「それには及ばない。既に決した戦闘状況である」

 

「分かりませんね。貴方はあの場所に……爆心地に気取られてはまずい何かがあると言っているようなものでは?」

 

「勘違いしてもらいたくないのは、調査に関しては反対意見でもなければ賛成意見でもない。中立を取らせていただく」

 

「ではわたくし達があの場所を精査してもいい、との事ですか?」

 

「構わないが、禍根を残す意味がある。推奨はしない」

 

 何かがある。それは間違いない。

 

 だが、今も走査の手を進めているものの、光波、磁場、観測衛星からの映像、全てを拒む結界領域だ。

 

 もうもうと噴き上がる白い噴煙と、そして今も居残る重力異常だけが爆心地の異様さを伝えるのみである。

 

 確かに、送り狼がまんまと何かに捉われる可能性は大いにあり得る。

 

 だが何もしないのも、それは違うはずだ。

 

「……モルガンより護衛艦へ。《エクエスガンナー》の一個小隊を調査部隊として派遣してください」

 

 護衛艦に伝達した自分に対し、ジオは視線を逸らしもしない。

 

 あるいは忠告はしたとでも言いたいのだろうか。

 

「……少しばかり、情報の擦り合わせが必要そうですね。万華鏡、ジオ・クランスコールともあろうものが、どうしてこんな様に成っているのか」

 

「自分としても疑問である」

 

「はぐらかすのは似合いではありませんよ? それとも……わたくし程度なら少しでも時間を稼げばどうとでもなると? 嘗めないでいただきたい。こちらの主戦力を貴方は潰したも同義ですよ」

 

「軍事裁判の想定は出来ている」

 

「《ソリチュード》のほうから仕掛けたのは明白ですが、それにしたってあそこまで痛めつける必要性はありましたか?」

 

「そうしなければ《ラクリモサ》とて危うかった。正当防衛である」

 

 どこまでも冷徹。どこまでも平静を崩さない。

 

 本当に機械とでも対話しているかのようだ。

 

「……貴方と話していると、三年前に遭遇した野蛮人を思い起こさせますね。彼は……貴方ほど理論立てて機械的に喋れはしませんでしたが」

 

「もし、《ソリチュード》の修繕が難しいのならば我が方より進言する。部隊の再編成と、補充要員は滞りなく行われるであろう」

 

「……これは意見の総意かもしれませんが、王族親衛隊を下手に招き入れれば我が騎屍兵団の沽券に係わります。如何に強大な駒とは言え、二つも三つも揃えれば、それは禍根の種でしょう」

 

「賢明な判断だと、評させて頂こう」

 

「全く褒められている気はしませんが、貴方ほどの人間ならばそうなのでしょうね。実際、ジオ・クランスコールほどのミラーヘッド使いが、こんな場所に何分も拘束状態にあるのは彼の人々からしてみても好ましい状況ではないでしょう。貴方の拘束を解けと、先ほどから矢の催促です。しかし、ここで疑問が一つ。貴方をもし、解放したらではどこに行くと言うのでしょう? それこそ、《ラクリモサ》で高重力地帯に押し入るのか、それとも第三の聖獣を駆逐するのか」

 

「その答えは保留であろう。貴殿に話しても益体にもならない」

 

「……ええ、確かに。王族親衛隊と統合機構軍はそもそも交わらぬ点のようなもの。個人的な心象でこちらにヴィクトゥス・レイジ特務大尉を送っている事でさえも、本来ならばスキャンダルです」

 

 暗にディリアンの采配ミスを批評しているつもりであったが、ジオは言葉に翳り一つも浮かべない。

 

「使い手であった。ならば戦場に持ち込まれるべきであろう」

 

「……これは本筋からは逸れるのですが、貴方と特務大尉に面識は?」

 

「ほとんどない。しかし王族親衛隊は末端に至るまで把握している」

 

 つまりあのお喋りなヴィクトゥスに仕掛けたところで、自分の腹は割れないという事だ。

 

 どこまでも――ジオ・クランスコール――読めない男である。

 

「業腹な連中も居たもの。貴方は恐れないのですね」

 

「兵士には無縁の代物だ」

 

「……そうでしょうか。恐れが兵士を強くさせる。わたくしの持論ですが」

 

「ならば自分には当てはまらぬだけの事」

 

 警告ブザーが鳴る。

 

 つまり、万華鏡に問い質せるのはここまでという合図。

 

「……では、ジオ・クランスコール大佐。貴方の拘束を解きます。とは言っても、手錠の一つもかけていない状態での拘束とは片腹痛いものがありますが」

 

「情状酌量の余地があるとの判断であろう。感謝する」

 

 まるで心の一片でもそうは思っていないような口調であった。

 

 身を翻しかけたジオは、エアロックの向こう側で松葉杖をついて佇むダイキと鉢合わせしていた。

 

「……クラビア中尉……」

 

 自分が息を呑んだその瞬間、ダイキは力一杯ジオに掴みかかっている。

 

 松葉杖が床を転がり、包帯だらけの彼の体重がジオへと前のめりに押しかかっている。

 

「……あんた、王族親衛隊なんだってな。最強のミラーヘッド使い、ジオ・クランスコール……!」

 

「何者であろうか」

 

「クラビア中尉! 相手は王族親衛隊ですよ!」

 

 こちらの制止を無視して、ダイキは拳を突き上げていた。

 

 ジオは軽い動作でかわした後に、ダイキの体重を移動させ、そのまま押し倒す。

 

 立つ事でさえも儘ならないダイキは艦長室へと雪崩れ込んで激痛に顔をしかめていた。

 

「……痛……っ! あんた……いきなり現れて偉そうにするなよな……ここは俺達の船なんだ!」

 

「ピアーナ・リクレンツィア艦長。彼の保護を。手負いの身で無理はするものではない」

 

 ピアーナは大慌てでダイキへと駆け寄り、彼へと肩を貸していた。

 

「では、失礼する」

 

 言葉少なに立ち去ったのを確認してから、ダイキはへへっ、と笑う。

 

「……これで……いいんですよね? リクレンツィア艦長……」

 

「ええ、上出来です。貴方に芝居が出来るとは想定していませんでしたが」

 

「身体の負傷は本物です。隠し通せるものじゃありませんでしたが、それが幸いして自分の本懐まではバレなかったようですし」

 

「貴方は平時では明け透けなのですよ。だからこそ、頼んだのもありますが」

 

 ダイキの手の中には盗聴器が掴まれていた。

 

 先ほど拳を振るった際に片割れをジオの服に取り付けておいたのだ。

 

 全て――自分の命令であった。

 

「……このまま事態に翻弄されるのはわたくしとしても御免です。エンデュランス・フラクタルにも、まして王族親衛隊にも借りを作りっ放しでは面白くない。わたくしが何に従うべきかはわたくし自身が判断する。そのために……利用させていただきますよ。万華鏡、ジオ・クランスコール。その御身であっても……」

 

 盗聴器の感度は良好であり、さほど離れていない戦場ならば常に彼の言葉を拾えるであろう。

 

 まさか、最強のミラーヘッド使いに盗聴器が仕込まれているなどその部下達は思いも寄らないはずだ。

 

『事態は』

 

『つつがなく。しかし、よろしいのですか。統合機構軍に借りを作る形になりますが』

 

『構わない。いずれ袂を分かつ。それに、王族親衛隊、ヴィクトゥス・レイジ特務大尉。彼は自分に肉薄するだけの猛者であった』

 

『《シクススプロキオンエメス》の充填状況は現在、八十パーセント。再放射までに時間はかかりませんが、それでも高重力砲撃を行えばそれなりに足が付きます。どういたしますか』

 

『構わない。どうせ地に伏すばかりの者達は理解も及ばぬ聖獣の領域だ。知った時には既に足を止められているであろう』

 

「聖獣……《シクススプロキオンエメス》? ……なるほど、高重力磁場の砲撃は第六の聖獣によるもの……!」

 

 確証めいた声にダイキは松葉杖をついて起き上がる。

 

「……第六の聖獣って……月軌道決戦で倒されたんじゃ……」

 

「何者かが裏で取引し、そして手に入れた。聖獣の力を……。でもそこまでして、では何をしたいのか」

 

 再び耳をそばだてると、ジオの通信網が聞こえてくる。

 

『ジオ・クランスコール。仕損じるとは貴様らしくないな』

 

「……子供の声?」

 

 先ほどまでの部下の声とは違う、囁くかのような子供の声が漏れてくる。

 

『《サードアルタイル》と、第七の聖獣による妨害がありました』

 

『言い訳はいくらでも聞く。問題なのは、あの爆心地でまだ生きていると言う事実だ。おぞましいとも。MF01、《ファーストヴィーナス》』

 

『左様。バイタルサインが送られてくる以上、他のMFパイロットも生存の可能性が高い。よって、ひき潰せ。貴様ならばそれくらいは造作もあるまい』

 

『つつしんで。しかし、よいのでしょうか。我々の行動を見ている者達が居ります』

 

 まさか、とピアーナとダイキは絶句していたが、どうやら盗聴が露見したわけではないらしい。

 

 単純に、この戦場を見据える勢力の事であろう。

 

『オフィーリア、か。統合機構軍に造らせた艦も敵に回るならばやむなし。それに第七の聖獣の目覚めも近い。もし、覚醒の時に成った場合は』

 

『撃ちましょう。前回の戦闘で関節部を潰しましたが』

 

『それでも生き永らえてくるのが奴だ。第七の聖獣、《セブンスベテルギウス》。忌まわしい、我々に拮抗するためだけに生み出された、ガンダムか』

 

『しかしエンデュランス・フラクタルとマグナマトリクス社の手にない事だけは安泰だな。奴らの手にあれば、聖獣討伐と貴様に課した任務、先んじられていた可能性が高い』

 

『彼らは動きますか』

 

『動かぬと言うのは嘘であろうよ。元々、MFのパイロットを尋問にかけていたほどだ。よほど知りたいのだろう。この世界の真実を』

 

「……この世界の、真実……?」

 

 息を呑んで互いに視線を交わしていたピアーナとダイキは、次に放たれる言葉に唾を飲み下す。

 

『肉薄しますか。やはり。エージェント、クラードは』

 

「……まさか、クラード? 何故彼の名を……」

 

『おぞましき者を目にするのならば、我々はかかる火の粉を払わなければならぬ。それこそが、貴様に出来る唯一の貢献だ。ジオ・クランスコール。奴は死に物狂いで運命の鍵を壊しに来るぞ。その時、撃てないでは困る。我らの駒として、聖獣は在るのだからな』

 

『従えますか。聖獣を』

 

『六番目の使者は我が方に微笑む。貴様はせいぜい、地上に這いつくばる手負いの獣を駆逐する事だ。それに集中せよ』

 

『心得ておりますゆえ』

 

 ピアーナは耳を澄ませているのが自分だけではなく、ダイキもである事に瞠目していた。

 

「……貴方は聞かないほうがいいのでは」

 

「何故です。艦長自らの厳命ですよ」

 

「貴方は分かりやすい」

 

 そう言ってやると、ダイキはフッと微笑んで傾いた挙手敬礼をする。

 

「これでもトライアウトネメシスでは生え抜きでした!」

 

「大怪我をしているのですから少しは自重を覚える事ですね。そうでなければ、捨てるはずのない命まで捨てる事になりますよ」

 

「大義のためならば」

 

 大真面目にそう言うのだから、それは性質が悪いと言うものだ。

 

「……大義、ですか。貴方を使い、こうして盗聴と言う姑息な真似までしておいて、今のわたくしに大義など……。いえ、それでも前に進むべきと規定したからの行動なのだと、信じたいんでしょうね」

 

「艦長の瞳はとても澄んでおります。同じような眼差しの人を、……自分はよく知っているつもりでありました」

 

 知っているつもり、か。

 

 それは誰ともなく、の言葉なのだろう。

 

 どんな人間だって、よく知っているつもりでしかない。

 

 他人の事など、結局のところでは深く分け入るつもりでない限りは、知った風な口しか利けないものだ。

 

「それにしても、気にかかるのは先ほどの通信です。王族親衛隊の上層部だと仮定しても……違和感が残る」

 

「あえてのボイスチェンジャーなのでは?」

 

「それにしても……万華鏡に口出し出来る身分です。こちらで調べておく必要がありそうですね」

 

「艦長。俺が言えた身分ではありませんが、あまりご無理をなさらぬよう」

 

「本当に貴方が言えた身分でないところが癪ですが、忠言痛み入ります。何せ、わたくしは……これから先、無理を道理で通そうとしている。それが如何ほどに愚かなのかを、分かっていないはずがないのに……」

 

 それでも、ジオから得られるものがあるのなら、自分はこのまま足だけは留めないように努めよう。

 

「愚かしくとも……右足と左足を交互に前に出せば……それは前進になるはずですから……」

 

 

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