機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第183話「守りたい願いを抱いて」

 

 不意に浮上する感覚に、アルベルトは空を掻いていた。

 

 その手が天井へと伸びたのを感覚して、ああ、とようやく理解する。

 

「……オレ、死んじまったんじゃねぇのか」

 

「生憎ね」

 

 応じたのはヴィルヘルムで、その声にアルベルトは身を起こす。

 

 水色の緊急医療カプセルに浸された肉体には無数の傷痕がある。

 

 この三年間だけではない。

 

 これまで戦い抜いてきた証であった。

 

「……ヴィルヘルム先生。生き意地が汚い、とかは言わねぇんすね」

 

「君はこの艦において主戦力だ。口が裂けてもそんな事は言えないとも」

 

「だが、前にばかり出る無能だとは思ってんじゃないっすか」

 

「有能無能議論に持ち込む時点で、わたしの出る幕じゃないさ」

 

 ヴィルヘルムは壁に背中を預けてこちらの返答を待っているようであったが、アルベルトは自身の掌に視線を落とし、それから感覚する。

 

「……重力、だな」

 

「地球重力圏に、オフィーリアは位置している。現在地の情報は必要かな?」

 

「……いいや、このザマじゃ、オレは次の戦いじゃ留守番でしょう。それくらいドライには成れているつもりです」

 

「自分を俯瞰するか。いいや、これは三年間戦い抜いてきたエージェントたる君には失礼に当たるな」

 

「第三者視点くらいには慣れているつもりっす。ただ……ここに来るまでデカい恋煩いを、持って来ていたのが……自分でも足を止めていたんでしょうね」

 

「カトリナ君は大事なしとは言い難い。少し……状況を飲み込むのに時間がかかっている様子だ」

 

「……って、あれ? オレ、カトリナさんだとは一言も言ってねぇはずですけれど……」

 

「君を見れば分かる。分かりやすいんだ、気を付けるといい。足をすくわれるぞ」

 

「……マジにカッコつかねぇな……バレバレだったってワケですか」

 

 湿気を帯びた頭髪をリーゼントに整え、アルベルトはカプセルに満たされたゲル状の再生治療液を払って、ヴィルヘルムよりタオルを受け取っていた。

 

「しかし、君が眠っている間に状況は動いた。これは素直に喜ぶべきだろう」

 

「……吉報ですか」

 

「そうなるかどうかはこれからの我が方次第になる。なに、最悪の戦局は打破したと言うべきだろう」

 

「……何かが起こり、オレ達は重力圏に……」

 

「おや、そこは不自然に思わないのだね」

 

 むしろこれまで異常事態が立て続けに起こって来たのだ。重力の洗礼を浴びれば嫌でも理解出来る事柄ならば、その分の理解には割かない。

 

 問題があるとすれば、それはたった一つ。

 

「……クラードは? あいつはどうなったんすか」

 

「……ギリギリまでコード、マヌエルを連続使用しての瀕死状態だったのにも関わらず、君はクラードを心配出来るか」

 

「それはいつもの事だって言うところでしょう」

 

「いや、それに関しても……これは凶報だな。《アイギスハーモニア》は大破だ。もう使えると思わないほうがいい」

 

「酷使したせいっすか」

 

「それもあるが……直前の事は覚えていないのか? 君は《ネクロレヴォル》に機体を寸断されたんだぞ」

 

 記憶を手繰り寄せるが、どこかで違和感に突き当たる。

 

「……あの騎屍兵の奴……オレの事をヘッドって呼びやがった……」

 

「それは異常だな。騎屍兵に知り合いがいた記憶は?」

 

「あるわけないでしょう。……この三年間、睨み合いを続けてきた連中っすよ。あいつらの統制、反吐が出るってもんだ」

 

 だが、だとすれば、自分の聞き間違えであろうか。それにしては、どこかで懐かしい声であったような気もするのだが。

 

 益体のない考えを、アルベルトは頭を振って振り落していた。

 

「それよか、クラードっすよ。あいつ、どうなったんで?」

 

「隣のカプセルを見るといい」

 

 まさか、と目を見開いてカプセルへと視線を投じる。

 

「クラード……!」

 

 再生治療中のクラードの面持ちはこれまでのように帰ってくるような感覚は薄い。

 

 まるで死人のそれだ。

 

 拳をぎゅっと握り締め、思わず叫ぶ。

 

「何やってんだ、クラード! お前はそんなところで……足踏みしている場合じゃ、ねぇだろうがッ!」

 

「ここは病室だよ」

 

 ヴィルヘルムは電子煙草をくゆらせつつ、紫煙をたゆたわせる。

 

「……意識レベルはこれでも少しは戻ったほうだ。一時は本当にまずかった。後は肉体の損耗だが、彼は七割のレベルでのライドマトリクサーだ。再生治療カプセルでの治癒でどうしようもなければ、お手上げと言うほかない」

 

「……どこかに、停泊するのは? 医療施設のある……そう、国家だとか……」

 

「そんな余裕があると思っているのか?」

 

 分かっている。

 

 余裕があれば、こんなところで長話をしている場合でもない。

 

 それに、自分で言ったのではないか。

 

 次の戦闘には出られない、と。それはつまり――まだ切れていない戦場の緊迫感をどこかで感じていると言う事実だ。

 

「……ここは最悪の戦場っすか」

 

「そうだな……そうとも言えるし、少しの猶予は生まれたと言うべきでもある。少しばかり複雑怪奇だ。アルベルト君、その前に一度ある。まずは上着を着ようか」

 

 差し出された簡易的な衣服を身に纏い、緊急医療カプセルの部屋から出る直前、今も眠りに落ちるクラードへと視線を向けていた。

 

「……オレが生きているうちは、死ぬ事なんて許さねぇぞ、クラード……ッ!」

 

 救急医療室を出た瞬間、部屋の前で佇んでいた小さな影に、アルベルトは瞠目する。

 

「……シャル、お前……」

 

 どうしてなのか、シャルティアの目は腫れ上がっている。

 

 まさか、それほどまでに心配をかけたか、と慮ったのも一瞬、アルベルトは視線を逸らしていた。

 

「……悪かったよ。その、あれだろ? 委任担当官としてのお叱りは、受けるつもりだ。再三の勧告にもかかわらず、マヌエルの連続転用……オレの頭でいいんなら、下げるつもりくれぇは……」

 

「そうじゃ、ないんです……アルベルトさん」

 

 頭を下げかけたアルベルトは、直後には自分へと体重を預けてきたシャルティアに言葉を詰まらせる。

 

「……シャル? どうしたんだ、お前……オレなら見たところ無事だし、大事には……」

 

「そうじゃ……そうじゃないんです……! 私は……駄目なんだって、分かっちゃって……」

 

 涙を伝い落ちさせるシャルティアにアルベルトは当惑しながら、ヴィルヘルムへと助けを乞う眼差しを投げたが、彼はあえて退席していた。

 

 自分達で解決しろ、という事なのだろう。

 

 年長者なりの配慮が今はありがたい。

 

 アルベルトはおっかなびっくりに、シャルティアの頭を撫でる。

 

 これまで子供呼ばわりや、未熟者だと言われれば彼女の神経を逆撫でしてきた自分だ。この行動もともすれば、また怒らせてしまうかもしれないな、と思いつつ、その赤い髪に、嫌でも回顧する。

 

「……ラジアルさんと、同じなんだな」

 

「……あ、当たり前です……姉妹ですよ?」

 

「ああ、そうだった。……ったく、普段は全然似てねぇのに……何でこんな時に、思い出しちまうんだろうな……」

 

 これも身勝手かもしれない。

 

 シャルティアには決して、ラジアルの面影を重ねてはいけないのだと自分を律してきたのだ。

 

 愛した人だからだけではない。

 

 それは委任担当官の職務を全うしようとする彼女への侮辱になる。

 

 しかし、弱々しく泣き喚く一人の少女の体温は、否が応でもラジアルの事を――喪った想い人への悔恨を生じさせる。

 

「……アルベルトさん? 震えて……」

 

「ああ、これは違う……いや、違わねぇか。オレは、ずっと怖かったんだ。お前に……どうして姉を……ラジアルさんを見殺しにしたんだって、追及されちまう事が。だってどうにも言い訳なんて立たねぇ。オレはあの時……純粋にガキだったんだよ。だからあの人を死なせちまった……」

 

 この三年間、誰にも打ち明けなかった胸の内を、どうしてなのだか、妹であるシャルティア相手に言葉にするのは、ともすれば彼女さえも傷つけかねない。

 

 だから、わざと遠ざけた。

 

 だから、重ねなかった。

 

 だから――自分は彼女の前では、弱い自分を見せてはいけなかった。

 

 だらしがない大人だと罵られても、そっちのほうが随分とマシだ。

 

 ラジアルを死なせた、大罪人だと謗られるよりは、まだ自分の心の領域を保てた。

 

 だが、もうそんな糊塗された要らぬプライドで、彼女に向き合うのは失礼と言うものだろう。

 

 理由は分からない。

 

 自分が何度も心労をかけさせたせいかもしれないし、シャルティアにしか分からない痛みかも知れない。

 

 それでも、こうして目の前で泣いている少女一人、救えなくってどうするのだ。

 

 そっと頭を撫でてやると、シャルティアはぐずりながら、少しずつ落ち着いて行った。

 

「……私、こうして誰かに……褒めて欲しかったのかもしれません」

 

「褒めて……? だがてめぇはよくやってるだろ、シャル。委任担当官としても、人間としても出来ているはずだ」

 

「でも……姉が居ましたから。私はもっと、人一倍努力しないと、姉のようには成れませんでした」

 

 ラジアル・ブルームと言う大女優としての姉。

 

 それはシャルティアにとってどのような存在であったのか、尋ねた事はそう言えばなかった。

 

「……ラジアルさんは、お前にとってはどんなお姉さんだったんだ?」

 

 ここに来るまで、封殺していた問い。

 

 それを口にしてしまえば、自分はラジアルとの思い出に逃げる事になるのだと、そう思い込んでいた。

 

 だが実際には違う。

 

 シャルティアを救いたいがために、今は宇宙に散った彼女を想う。

 

 シャルティアは涙を拭いながら、毅然として応じる。

 

「とても……立派な姉でした。私は、こう言うと意外とか思われるかもしれませんが、誇りある人間であったと思っています。姉は、女優と言う仕事と、それと芸能人で初のライドマトリクサーと言う偉業を成し遂げた人間として、皆が語っているのを知っています。でも、それだけじゃなかった。姉は優しかったんです。私にだって、金銭面だけじゃない、きっちりと見守っていてくれた……だから今、私はここに居られるんです。姉が……私をアルベルトさんのところにまで届けてくれた……」

 

 しかし、それは呪いと表裏一体だ。

 

 ラジアルを死なせたのは紛れもなく自分。

 

 ともすれば、シャルティアはこのような過酷な道を選ばずに済んだのではないか。

 

 あの時、自分が護るべきと思った人を目の前で失わなければ、今、彼女を苦しめている原因もあり得なかったのではないか。

 

 シャルティアはまだ十七だ。

 

 ハイスクールで友人達と談笑しているのが似合う年かさなのに。

 

 彼女の身には重過ぎるであろう、エンデュランス・フラクタルの制服がある。

 

 鎧のように、それはシャルティアを冷たく突き放す。

 

 そんな服を身に纏って、大人達の言葉を真に受けて、叛逆の途上に身を投げるよりかは、もっとマシな生き様があったはずだ。

 

 だと言うのに、奪ったのは自分である。

 

「……アルベルトさん? どうしたんです、怖い顔して……」

 

 シャルティアの肩を掴み、アルベルトは口に出そうとした。

 

 今言わなければいつ言うのだ。

 

 ラジアルを――姉を殺したのは自分なのだと。

 

 罪を告白するのならば今のはずであった。

 

 だが、出来ない。

 

 震える手は力を失い、喉まで出かかった言葉は意味のない吐息として彷徨うだけ。

 

 自分は、シャルティア相手にだって、真正面からぶつかれていないのだ。

 

 なのに、クラードへと対等な身分なのだと言いたがる。

 

 カトリナへは長年の恋煩いを断ち切ったのだと、そうのたまうのか。

 

 全部――身勝手に過ぎないのではないか。

 

 何もかも、ただの自己満足だ。

 

 シャルティアに自分の罪を告白して、では分かりやすく軽蔑して欲しいのか。

 

 糾弾して欲しいのだろうか。

 

 しかし、それは、赦しの形を簡略化しているだけに過ぎない。

 

 シャルティアという、自分を追放するのに一番適した身分の人間から、心底の侮蔑を得て、それでようやく一端なんて馬鹿げている。

 

 分かっていた。分かり切っていたはずだ。

 

 ――恋心だけで三年もカトリナの傍に居られるものか。

 

 ――罪悪感だけで三年もシャルティアの傍に居られるものか。

 

 自分はとうの昔に、別の理由を見つけているはずなのだ。

 

 自分は彼女らに、明瞭な答えを明示しなければいけない。

 

 罪の赦しとは別の形で。

 

 かつての恋慕とは別の形での。

 

「……シャル。オレはお前を、せめて護りたい。それじゃ、駄目か?」

 

「え……えっ、でもアルベルトさんには、この艦を守り抜く理由が……」

 

「理由なんて、結局は賢しいだけの後付けなんだよ。シャル、これを預かってくれ」

 

 首から提げたそれは、自分のものだと規定した罪の証――ラジアルの形見の結晶であった。

 

「これって……ミラーヘッドの結晶……?」

 

「オレの命を、お前に預けるぜ、シャル。……本当はもっと早く、これを言えればよかったんだろうけれどな」

 

 今の今まで逃げ続けてきたツケが回って来たのだろう。

 

 あるいは、もう逃げないと言う証明が欲しかったのだろうか。

 

 シャルティアに自分の罪を預ける事で、彼女にだけは直視して欲しいと。

 

 僅かに躊躇った後に、シャルティアは結晶を受け取る。

 

「……でも、私は……委任担当官として、誰にも誇れないのかもしれないんです。ユキノさんに、その……ビンタされちゃいましたし」

 

 その段になって頬を掻くシャルティアは、思い出してか、またも涙ぐんでしまう。

 

「……駄目ですよね、私。アルベルトさん達を散々、だらしない大人だって、あれほど言ってきたのに……。私自身が情けなくなった時に、誰かに傍に居て欲しいだなんて。自己肯定して欲しいだなんて……身勝手でずる賢くって……それでいて嫌な人間なのは、他でもない、私じゃないですか……」

 

 その涙をどうしてなのだろうか。

 

 これ以上見ていられないと、指先でそっと拭う。

 

「……お前が駄目なら、オレは何だって言うんだよ。いつだって、傲岸不遜だっていい、オレ達エージェントを導く、委任担当官なんだろ?」

 

「でも、でもそのエージェントに、その……拒絶されちゃったら? ……委任担当官なんて虚飾ですよ。意味をなくす……」

 

「意味ならあるさ。カトリナさんはこの三年間……クラード不在だったんだぜ? 必ず帰ってくる。そう信じりゃ、意味なんてどれだけでも出てくる。お前はオレ達の帰還を、ただ待ち望んでくれりゃいいんだ。それが、委任担当官の……戦うだけの職務なんだろうな。ああ、今さらだ。オレ、本当に鈍っちぃ……」

 

 ようやく、少しだけでも理解出来た。

 

 カトリナがただ、絶望の間近で待ち望んできたわけではないという事を。

 

 クラードが帰ってくるのだと、約束を携えて自分達を前に進ませてくれるのだと、そう愚かでも信じ込んでいたから、カトリナは弱音なんて吐かないでいた。

 

 ならば、愚かでも自分も信じよう。

 

 クラードの帰還と、そして自分のこれから先の生還を。

 

「オレは、違えるような約束はしねぇ主義だ。だから、シャル。お前に一個、約束手形があるとすりゃあ、一つ。――無事に帰って来るって信じてくれ。そん時に、ラジアルさんの……お前の姉さんの話をしてやるよ」

 

「本当……ですか……? 本当に、姉の話を……」

 

「おう。オレが嘘付いた事なんてあるか?」

 

「……嘘ばっかじゃないですか。マヌエル使わないって言っておいて使うし」

 

「あー……そりゃあ、マジにそうだ。この約束、ちょっと弱いよな……」

 

 自分でも迂闊であったと思う。

 

 しかし、シャルティアは微笑んでくれた。

 

 その相貌が不意にラジアルの微笑みと重なり、アルベルトは早口になってしまう。

 

「あー……そういや、オレは次は出られねぇんだが、策はどうなってるんだ、シャル。やっぱ、ユキノを隊長編成にして、それで出るのが一番だと思ってるんだが」

 

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