『それで、なのだが、交渉は決裂とでも?』
こちらに繋いだディリアンの言葉振りには落胆も混じっている様子であった。
キルシーは甲板上の《サードアルタイル》を一瞥し、まだ、と声を張る。
「まだ、終わっておりません……! リヴェンシュタイン様、まだ……私達ネオジャンヌは、やれます……!」
『しかし、先の王族親衛隊との交戦、我が方でも庇い切れなくなる。王族親衛隊とわたしは繋がっているのは言わずとも分かるだろう?』
「それは……」
分かっている。ディリアンの身分上、王族親衛隊と矛を交えたと言う事実は単純に心象が悪いだけではない。
どっちつかずの組織ならば解体してしまったほうがマシだと思うのが筋のはず。
「で、ですが……MF03、《サードアルタイル》の戦力は私達の側に……! これだけでも、充分な戦果ではないでしょうか!」
『《サードアルタイル》、裏切らない保証もないのだろうに』
「裏切りませんとも! あの時、御身を守ったのは何も間違いではないでしょう!」
そう、ディリアンにはこの言葉が効くはずだ。
実際、《ファーストヴィーナス》の奇襲を防いだのはファムの戦果。
翻ってみれば自分の戦果でもある。
あの時死んでいたのだとちらつかせれば、少しはまともな交渉の材料にもなってくる。
ディリアンは通信網の先で舌打ちしたのが窺えた。
『……それなのだが、わたしが狙われたのだと言う確証もあるまい。MFはあの場に居る全員を虐殺するつもりでいたとすれば』
「だとしても! 私は皆さまの命を守り抜いたのです! これは勲章されるべきでは?」
『……君が本当に皆の命を守ったのかどうかは判定しかねる。《サードアルタイル》のパイロットは……万華鏡の妹君なのだろう? 彼女がもし、クランスコール令嬢としての権限を発動させ、その結果君が切り捨てられないとも限るまい』
「い、いえ! そんな事は決してあり得ません!」
『何故、言い切れる? 相手はMFのパイロットだぞ。何を考えているのか分かったものではない』
そう言い詰められてしまえば、自分もファムを信じる以外に言えなくなる。
「……ファムは、クランスコール令嬢は私の親友です。裏切るなんて事は絶対に……」
『あり得ない、か。そう思っているのが君だけとも限らないだろうに。いずれにせよ、ネオジャンヌがこれから先も組織として成立させたいのなら、結果を見せてからにしたまえ。そうでなければ補給は不可能だ』
ここで期待していた補給物資も受けられず、前回の損耗のままに戦えば、自分達は空中分解するのだと嫌でも分かる。
「どうか、一度の補給だけでも……! そうすればネオジャンヌは輝きます!」
『一度の補給と言うがね。その一度が禍根に成るのだ。もし、わたしがどこの馬の骨とも知れぬ第三勢力に情報と物資を横流ししていたなどと知れれば、要らぬスキャンダルを生む。お互いの腹のうちを守るためにも、これは必要な線引きだとも』
必要な線引き――それは暗に、信用出来ないと明言されているようであった。
拳をぎゅっと握り締め、キルシーは通信先のディリアンを睨む。
「……分かりました。では結果があれば、よろしいのですね?」
『……フロイト嬢? 何を言っているのか、分かっているのだろうな?』
「結果さえ示せば……私達への継続的な支援と! そして、この世界への叛逆を、承服していただいたと認識して、構いませんね?」
詰めた声音にディリアンが通信先で息を呑む。
『……いいか? 要らない事はするな。余計な真似に出れば、自らの首を絞める事になる。それくらい、フロイト家の人間ならば分かるだろう? 貴族階級がどれほどに得難い特権なのかを、分かっているはずだ』
「ええ、ええ、リヴェンシュタイン様。要はこの世界は結果が全てにおいて優先されるのです。ならば……迷わない事だけが、その結果に繋がると言うのでしたら」
『……フロイト嬢。何をするつもりだ……?』
「見せて差し上げるのみです。《サードアルタイル》の、聖獣の力と言うものを」
相手の声が返ってくる前に通信を切り、キルシーは身を翻していた。
甲板上に佇む《サードアルタイル》に視線を投じてから、管制室を通じて声を巡らせる。
「傾注! これより、ネオジャンヌは不明勢力との交戦に入ります。狙うのは、レジスタンス艦、オフィーリア、そしてブリギット! 彼らは我が方との交渉を打ち切りました。よって、天罰を与えます!」
《エクエス》部隊が甲板上より飛び上がり、キルシーは手を払って号令する。
「かかる火の粉は払うべき……全軍、攻撃準備……! お姉様、私を見限った事、後悔させましょう。《エクエス》、標的を狙い澄ましなさい!」
言い捨ててから、キルシーは管制室を後にしようとする。
「り、リーダー、どこへ……」
「どこへ? 決まっているでしょう。《サードアルタイル》と……ファムと話してくるのよ。彼女は私の唯一の理解者。《サードアルタイル》による攻撃を講じるわ。それで決着が付く。……ええ、そう……決着なら、もう付いているのよ」
そう自分に言い聞かせ、爪を噛んだキルシーは甲板上を突き抜けていく潮風を浴びていた。
先刻の王族親衛隊の攻撃でヘカテ級戦艦にはところどころ銃痕が生々しく穿っている。
「……ファム! 私を上に!」
「ミュイぃぃぃ……キルシー……?」
「寝ていたの? 今は戦闘警戒なのよ。ちゃんとしてちょうだい」
こちらの怒気にファムは縮こまる。
「み、ミュイ……キルシー、こわいよ……」
「あっ……ごめんなさいね、ファム。あなたを怖がらせるつもりはなかったの。ただ……ちょっと邪魔な相手が居るものだから。あの艦を黙らせてもらえるかしら?」
指差した先のオフィーリアに、ファムは寝ぼけ眼を擦って応じる。
「でも、バーミットたちがいるよ?」
「……いいから、やるのよ。お姉様は私の気持ちを踏みにじった。裏切ったのよ。そして裏切り者には死を……!」
「でも、かれもいるし、アルベルトも、みんないるから、ファム、できない」
「出来ない? 出来ないって言ったの? ……ファム、あなたの力に誰もが期待している。この世界の誰もが! あなた相手に無関心ではいられない! それほどまでの力を有しているのよ! ……誇っていいわ、ファム。あなたはたった一人の、私の親友なのだもの……」
ファムの豊かな銀髪を抱き留めるが、彼女はどこかピンと来ていないようであった。
「でも、できない」
「お願いだから、言う事を聞いて、ファム。私はあなたを信じている。オフィーリアとブリギットを沈めるくらい、わけないはずよね? あなたのさっきまでの力を見せつけてあげて? そうすれば、お姉様も、リヴェンシュタイン様も、世界でさえも……私相手に無関心なんて決め込めない! ただの貴族の娘だからって、嘗めた口なんて叩けないはずなのよ!」
「み、ミュイ……でも、ファム、したくない。やりたくないよ、キルシー」
「どうして? さっきは出来たじゃない。あれと同じ事をやればいいのよ。《ファーストヴィーナス》を倒した時と同じ。抵抗するものを叩きのめすだけ」
「あれは、いちばんめがキルシーをあぶないめにあわせたから。いまは、ファムはみんながだいじ。だから、みんながいるところにはこうげきしない」
「攻撃しない? 出来ないって言うの? 私のお願いを、聞けないって言うの?」
「ミュイぃぃぃ……そんなこといわれてもこまるよ、キルシー……」
「――そう」
パンと、一撃。
その頬を叩いてやる。
これで少しは目が覚めただろう。
自分がこの世界を救う革命の乙女である事を、ファムは自覚すべきなのだ。
そのための汚れ役ならば買って出る。
何をされたのか、ファムは理解していないように、頬をさすっていた。
「キル、シー……?」
「出来ない、したくないじゃ、世界は変えられない。もう、転がり出した石なのよ。《エクエス》は全軍、オフィーリアに向かって攻撃を仕掛ける。あなたの力添えがなければネオジャンヌは空中分解してしまうわ。お願いよ、ファム。《サードアルタイル》を使ってみんなを守って」
しかし、ファムはこちらの言葉など聞こえていないように、目を潤ませ涙を伝わせていた。
「いやっ……いや――っ!」
それは世界を震わせる慟哭。
キルシーは《サードアルタイル》が虹色の血脈を滾らせたのを感じ取っていた。
「それでいいのよ! ファム! あなたの力が、一撃が! 世界を変える……!」
しかし、波打った虹の皮膜は誰でもない――ヘカテ級戦艦を押し潰そうとする。
想定外の事象にキルシーは目を見開いていた。
「ファム? 何をやっているの? 攻撃の方向性が逆よ? オフィーリアを攻撃なさい! あれは私達の敵なのだから!」
言い聞かせる自分に対し、ファムは癇癪を上げて泣きじゃくる。
「いたいのいや、こわいのいや、しんじゃうの……とってもいやーっ!」
《サードアルタイル》の拡大化させた虹の皮膜がヘカテ級を押し潰さんとする。
『リーダー? このままでは、ブリッジが粉砕します! 《サードアルタイル》を止めてください!』
「分かって……分かってる! ファム! やめなさい! このままじゃ、私のネオジャンヌが……!」
「いやっ! いや――っ!」
《サードアルタイル》のコックピットが色彩を放出し、次の瞬間、キルシーは弾き飛ばされていた。
コックピットより落下するのを誰かが止めてくれるわけでもない。
不格好に甲板上へと落下し、キルシーは呼吸が出来なくなっていた。
「い、痛い……誰か……足の骨が……」
振り仰いだキルシーは地獄の光景を目の当たりにしていた。
波打った《サードアルタイル》のパーティクルビットが、強襲をかけようとしていた《エクエス》を絡め取り、次々とその挙動を奪っていく。
『何が……MFの攻撃……? リーダー! どうなって……!』
虹色の腕に押し潰されていく構成員達の悲鳴を聞きながら、キルシーは立ち上がろうと必死になったが、誰も助けてくれないまま甲板を這いつくばる。
「ああ、シンディ……助けてよ、シンディ……いつも、いつもそうだったでしょう、あなたは……。ねぇ、私の手を引いて……シンディ――」
《サードアルタイル》の極大化した波がヘカテ級を押し潰し、直後には断末魔がインカムを劈いていた。
「私、は……世界を変える、革命の乙女、……女神になるために……何だって、何だって犠牲にするのに……何でぇ……っ……。世界は、応えてくれないの……?」
爆炎が舞い散る甲板でキルシーは涙声で這いながら、手を伸ばす。
直上の《サードアルタイル》が浮遊し、ヘカテ級を離れた瞬間、その瞳は天使の羽根を幻視していた。
空より舞い降りる、革命の天使が、炎を纏わせて虹色の翼を押し広げる。
「ああ……なんて、綺麗な……女神様の御姿……」
直後、《サードアルタイル》の引き起こした風圧がヘカテ級戦艦を容易に吹き飛ばしていた。