機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第18話「追撃する者達」

 上官が浮かべたのは、喜色でもましてや悲観でもなく、ただの諦観だった事に、ガヴィリアは苦渋を噛み締める。

 

「……言ったはずだな。あれとは交戦するなと」

 

「し、しかし……! ミラーヘッドオーダーが降りていたはずなのに何故、奴はミラーヘッドを? それは第四種殲滅戦のルール上あり得ないはずなのでは……」

 

「少尉。君の常識であれを語らないでもらおう。生きて帰って来たのは最善であったが、同時に最悪でもある。まさかあの機体と真っ向からミラーヘッド戦を行って、むざむざ生きて帰って来たなど」

 

 恥も外聞も知らないのか、とでも責め立てるかのような論調。

 

 ガヴィリアは骨が浮くほど拳を握り締める。

 

「……ですが、異常のはず! ミラーヘッドオーダーを……令状を通した我々よりも、あちらのミラーヘッドが通ったなんて……!」

 

「何故、そこにこだわる。君は、知り過ぎれば戻れない事情くらいは汲んでいるはずだな?」

 

 ここで頭を突っ込めば自分に次はないと言われているようで、ガヴィリアは必死に喰いかかっていた。

 

「ま、待ってください! 私はまだやれます! やれるはずなんです! 《エクエス》五機編成を失った責任なら負います、いくらでも! ……ですが、負けるのに納得が行きません!」

 

「単純に君が弱いからでは、結論にならないかね?」

 

 まさか、そんな事実を突きつけられたままでは黙っている事など出来ない。

 

「……追撃の任を。私ならば次は勝てます」

 

 上官は嘆息をついた後に、背中を向けて窓辺に位置する端末を撫でていた。

 

 そこには上官の飼っている電脳ペットのオウムが居る。

 

 オウムに餌をやりながら、上官は一顧だにせずに口にしてみせた。

 

「上層部はあれへの追及は避けるように、の一点張りだ。恐らくは統合機構軍との高度に政治的な駆け引きがあるのだろう。そこに一軍人が口を差し挟んでどうなる。邪魔なボトルネックだと思われて排除されるのがオチだ。私は君のためを思って言っている」

 

「私のためを思うのなら、追撃の許可を。汚名をそそいでみせましょう」

 

『噛み付き癖、噛み付き癖』

 

 オウムが何度も声帯を震わせてその言葉を口にするのがガヴィリアには耐え難い苦痛であった。

 

「ローゼンシュタイン少尉。言っておくが、部隊の編成は出来かねる。君はこれまででも部下を六人も死なせておいて、それで階級を下げられるでもなく、ましてや軍に居られなくなるわけでもない。ここで黙っていれば、もっと上の軍人達が勝手にあれへの追及はしてみせる。我々の任は終わったのだよ。下手に突けば藪蛇だ。所詮私達は、辺境コロニーへの統制しか出来ない下位の軍警察。トライアウト上層部の考えを汲むのが正解だと思うがね」

 

「なら……トライアウト上層部に、私自身が直訴します。あれは危険なんです。分からないのですか? ミラーヘッドを令状無視で使えるだけじゃない。あの白いMSに乗っているのはデザイアのウジ虫のうちの一匹ですよ? こんな屈辱があるのですか!」

 

「それを屈辱だと思っている者はもう君だけだ。いつまであんなコロニーにこだわる。見たまえ。君が出撃前に言っていた通り、もう三面記事から消えるよ。あんなコロニーの事なんて。よかったじゃないか。思った通りだよ」

 

『思った通り、思った通り!』

 

 けたけたと嗤うオウムの声に、ガヴィリアは上官の差し出したニュースペーパーの三面記事の隅っこに充てられたデザイア崩壊のニュースを目にする。

 

 本当に、明日にはどの新聞社も忘れているような、そんな記事の扱い方――。

 

「……私だけでも出ます。《エクエス》の出撃許可を」

 

「好きにしたまえ。私との会話は録音され、上層部に提出されている。無論、君の言葉もだ。ここで好き勝手やったところで、未来なんてないぞ」

 

「……構いません。自分は、トライアウトの矜持を信じているだけです」

 

「そうか。では矜持に裏切られんよう、せいぜい頑張りたまえ」

 

『頑張りたまえ、頑張りたまえ!』

 

「……失礼します」

 

 退室してから、ガヴィリアは身を焼く羞恥と屈辱の念に壁を殴りつけていた。

 

「……ここで退けば軍警察の名が泣く! ……だと言うのに何も分かっちゃいないのか、上は……!」

 

 いや、と思い返す。

 

 最初からあの白いMSを追うなと言うお達し。それは暗に軍警察そのものと謎の組織の蜜月を示しているのではないのか。

 

 勘繰られたくないから、上は追撃を禁止する一点張り。

 

 そして下々は理由さえも明示されず、ただ命令に従えばいい。

 

 もう一度、ガヴィリアは壁を殴っていた。

 

「冗談じゃない……! なら我々は何のためにあると言うのだ!」

 

 何よりも、自分の決意とプライドをズタズタにされたまま、このまま逃げ帰っていいはずもない。

 

 ガヴィリアは格納デッキへと向かったが、どの整備士も視線を合わせようとしなかった。

 

「おい、私の《エクエス》は……」

 

 硬直する。

 

《エクエス》の膝頭には「恥知らず(Shamless)」の英文が刻まれており、拭えぬ過去となって愛機を縛り付けていた。

 

 睨み返すと、整備班は目線を背ける。

 

 誰もが敵になった気分であった。

 

「……いいだろう。私は、私の汚名をそそぐために、出撃するのだ。見送りは要らぬ! ガヴィリア・ローゼンシュタイン少尉が《エクエス》で出る!」

 

 誰からも文句は出ない。

 

 出撃して勝手に死んでくれが本心なのだろう。

 

「……冗談ではない。私は死ねぬ、いや、死なぬのだ。ここで、あの白いモビルスーツを墜とすまではァ……ッ!」

 

 操縦桿を握り締め、ガヴィリアは怨嗟と憎しみを抱いて軍警察の基地から出撃を果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰還おめでとう。まさか黒い旋風がその矜持たる《エクエス》を中破させて帰って来るなんて思いも寄らなかった」

 

 上官の声にグラッゼは挙手敬礼を返す。

 

「自分の不徳の致すところであります」

 

「謙虚だな。いや、それもある意味では性分か。だが、君の持ち帰ったデータは有用であった。我らのスポンサーも大変満足していてね。これが……あの白いMSの……」

 

「《レヴォル》、と言うそうです」

 

「話したのか。例の彼と」

 

「接触回線に、拭えぬ若さが滲んでいました」

 

 腰を浮かしかけた上官は、自分の言葉を聞いて椅子に深く腰掛ける。

 

「……なるほど。君が言っていた通りの人物像だと?」

 

「恐らくは。しかしあの《レヴォル》とやら、想定以上に厄介になるやもしれません。我が方はあれ相手に勝利するとでも?」

 

「軍警察は及び腰になっていてね。デザイアの統制が果たされた以上は任務完了、お役御免……そう納得出来ればよかったのだが」

 

「何か懸念でも?」

 

 モニターに映し出されたのは今しがた出撃した《エクエス》のログであった。

 

「噛み付き癖のある少尉相当官だそうだ。《エクエス》では相手にならんと言うのに」

 

「トライアウトのエリート……」

 

「それは当て擦りだよ。もっとも、彼の胸中を鑑みれば、分からぬ話でもないがね。殲滅戦を行った場所で、二度の敗退とそして生き恥。最早、恥も外聞もないとはまさにこの事。彼のデータはしかし、有用に取るようにとのお達しが出ている。渦中に飛び込んだ餌は上手く使わねばな」

 

「我が事のように痛み入ります」

 

「君は気にする必要はない。スポンサーの意向で仕掛けただけだ。君のこれまでの経歴に傷は一切つかない。そういう風にわたしが弁護する」

 

「助かります。しかし、あの戦闘艦、まだ火器管制すらなっていないようでした。何ならチャンスがあれば墜とせるのでは?」

 

「過信しないほうがいい。いくら戦闘艦としての戦力がゼロに等しいとは言え、あの《レヴォル》だけで百人力だ。それにどれほど民間の新造船とは言え、実戦を積めばそれなりになってくる。次はそうはいかんだろう」

 

「次……継続してあれを追うのですか」

 

「それだけの見込みはあるのだと。わたしは反対意見を出したがね。あの艦には思わぬ戦力がある。むざむざ部下を死なせる事はないと」

 

「それは部下からしてみれば本望でしょう」

 

「まぁ、投げられた爆弾は帰ってくるものじゃない。気の毒な少尉相当官はどうなったところで関知せんが、ここからの君の身の振り方に関して、だ。少しだけ朗報がある」

 

「転属ですか」

 

「聡くなるなよ。わたしが鈍いように思われる。だが、希望通りと言えばその通り。転属届だ。君は明後日付けでトライアウトの特殊部隊へと組み込まれる予定だ」

 

「旅がらすの傭兵身分としては、ありがたいと言えばその通りですが……」

 

 ――トライアウト。

 

 その悪評を知らぬわけではない。

 

 自分の顔色を察知して、上官は言葉を振る。

 

「……嫌そうな顔をするな。わたしだって嫌だよ。有能な部下に転属を命じるなど」

 

「私はどこでも構いませんが、乗機が駄目になりました。あれでは整備班に顔を合わせられない」

 

「《エクエス》はもう型落ちだ。次の機体が充てられる」

 

「……軍警察の新型機ですか」

 

「使い勝手は変わらんようにメカニックチームにも転属を命令させてある。君専任のチームだ。喜べよ。ここまでわたしに便宜を図らせた人間は、君で初めてだ」

 

「感謝いたします。ですが、私は整備班に迷惑をかけるのでは?」

 

「中破なんて事には、なりにくいとは思うがね。例の新型機ならば」

 

 上官の差し出したデータチップをグラッゼは胸ポケットに入れてから、青いサングラスを外す。

 

「ここでは大変世話になったと、せめて、素顔で言葉を贈らせていただきたい」

 

「やめておけ。安くなるぞ。……だがまぁ、嫌な気分でもない。黒い旋風の言の葉を受けられるとなれば」

 

「私はいい部下ではなかったはず。それに対しては言葉にならない反省を」

 

「退屈はしなかったがね。部下よりも友人に近いが」

 

「そしてもう一つは言葉にならない謝辞を。あなたは私の事を分かってくださった」

 

「分からぬ部下は使わんよ。それだけの事だ。怠慢の上官に向けるにしては、よい言葉が過ぎる」

 

 グラッゼはサングラスをかけ直し、挙手敬礼する。

 

「失礼します。……もう一度会えれば、その時には」

 

「酒でも飲み交わそう。君の栄光に」

 

「栄光に」

 

 退室してから、グラッゼはメモリーチップを光に翳す。

 

「……しかして君は美しかった、か。名誉、と思うべきなのだろうな。もう一度私は、君の背を追える。あの時のように」

 

 だが今度こそ、とメモリーチップを仕舞う。

 

「今度は私が撤退するのではない。君が逃げるのだ、クラード君。私は何度も何度も、フラれても立ち直れる性質ではないのでね」

 

 

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