「クラードさん! こいつ……!」
ユキノは不意に傾いだ《ダーレッドガンダム》を受け止め、向かってきた《エクエス》に牽制銃撃を浴びせる。
相手も深追いする気はないのか、撤退に移った敵影の向かう先を、ユキノは眺めていた。
「……ネオジャンヌは壊滅ね……」
《サードアルタイル》は海底に沈み、ネオジャンヌ旗艦であったヘカテ級は轟沈しているようであった。
《エクエス》乗りはそのほとんどが返る場所を失い、結果としてモルガンへと誘導ルートを辿っている。
「……厄介な戦力にならなければいいけれど……。それにしたって、クラードさん、何を……」
何をしたのか。
《マギアハーモニクス》で戦場に割り込んで来るなり、《ダーレッドガンダム》を召喚――そして戦場を塗り替えた。
『ここ、クラード、のってるよ』
「ファムちゃん……。クラードさんの状態は?」
『クラード、いしきない。ねむってる?』
「……眠っているのならまだいいんだけれどね。今の動きは明らかにおかしかったし、一度帰投するわ。ネオジャンヌももう追ってこないでしょうし、それに……ファムちゃんは、よかったの?」
『ミュイ? 何が?』
「いや、だって……キルシー・フロイトはあなたの事を、特別に感じていたようだったから……」
『……ミュイぃぃぃ……キルシー、こわかった』
「怖かった? でもだって……それはあなたが……」
いや、今は問うまい。
彼女らの間に何があったのか。そして今、何が起ころうとしているのか。
尋ねたところで栓のない答えが返って来るのみだ。
「……いいえ、今は。オフィーリア、格納デッキへ!」
開かれた格納デッキへと《アイギス》共々、《ダーレッドガンダム》を伴わせて減殺ネットに全体重を預ける。
『《アイギス》も損耗している! すぐに修繕かかれ! 敵は待っちゃくれないぞ!』
サルトルの声が流れていく中で、接触回線が開いていた。
『ユキノ嬢、お疲れやまっす』
「トーマさん……。私はいいから、すぐにクラードさんを……」
『心得ているっす。それにしても……またファム嬢っすか』
「ええ、ファムちゃんは……どうなるのか、その辺は艦長やカトリナさんに判断を投げないとね……」
『ユキノ嬢も疲れが取れたわけじゃないっしょ? 今は、一人でも休息出来るパイロットは残しておきたいのが本音っすよ。……次でアルベルト氏らが出るとしても、それでも懸念事項はあるっすから』
ユキノの視線は自ずと同じように帰還した《ネクロレヴォル》のパイロットに据えられていた。
カトリナを狙い、自分を斬り付けた相手――そう意識したわけでもないのに、背中の傷がじくりと疼く。
「……必要なら、それでも使うのが致し方ない判断と言うものよ。それは間違いないでしょうから」
『ユキノ嬢も強いっすね』
「私は……強くなんてない。強い人達への憧れだけで……ここに立っているようなものだから」
『憧れだけでも大したもんっすよ。こっち、《アイギス》は任せてください。きっちり仕上げますんで』
「……頼んだわ」
コックピットから這い出るなり、ユキノは意識を失った様子のクラードと、そんな彼を心配そうに追うファムを認めていた。
「……また、ベアトリーチェの時のようになる、か。でも、もうそんな現実、とっくの昔に失われたものだって思っていたけれど……」
と、そこで不意にユキノはカトリナの姿を視野に入れる。
彼女は搬送されていくクラードには目もくれず、こちらへと手を挙げていた。
平時の宇宙空間ならば漂ってその手を取るところだが、ここは重力圏。
昇降機で降り立ち、カトリナの手を握る。
「何かありました? カトリナさん」
「いえ、ユキノさんもその……お疲れでしょうし、私の権限じゃないですけれど、一度、小休止を取ったほうがいいんじゃないかなって思いまして」
「私の権限じゃない、か。……シャルティア委任担当官は?」
「その……今はあの……合わせられる顔じゃないって、アルベルトさんから……」
「……ま、そうですよね。ビンタ張った相手に何の感情も浮かべずに会えるほど、厚顔無恥にも出来ていない、か」
「その……私のために……こんな状態になってるの、やっぱりよくないって思うんです」
「やっぱりよくないって言われても、あの状況で私が手を張らないと、カトリナさん、傷ついていたんじゃないですか。委任担当官だとか、古株だとか関係なしに……見てられなかったんです。だって、あなたはこれまで散々……! 前に出て傷ついてきたのに……!」
「あの、その事なんですけれどぉー……。私、やるべき事が、あるはずですよね?」
カトリナの視線は自ずとその対象物に向けられている。
「……《ダーレッドガンダム》。一体何がどうなって、空間転移を引き起こしたのか。少しだけ、話してもらってもいいですか? 戦場で見た第六感みたいなのも確認したいですし」
「あ、はい……。その、これ、差し入れです……」
缶コーヒーを投げようとして、その缶が地面に落下する。
これまで無重力下に慣れていたせいだろう。
あわあわと困惑するカトリナに、ユキノはぷっと吹き出していた。
「わ、笑わないでくださいよぉ……ぅ」
「いや、ごめんなさい……。だって……いや、そうね。カトリナさんはそういう人でした」
「そ、そういう人って……もうっ」
腹部を押さえて笑いを堪えつつ、缶コーヒーを片手に格納デッキの脇へと共に歩いていく。
プルタブを引いたところでカトリナがそっとこぼしていた。
「……《ダーレッドガンダム》が空間転移を物にしたのはきっと、私のせいでもあるんです」
「その話、詳しく聞く時間もなかったですね。あの辺りは混乱していましたし」
「……私も、落ち着いて話せなかったんだと思います。でも、今なら少しだけ……頭が冷えたって言うか……」
「いい事です。それで、クラードさんは何だってあんな事を? ともすれば、撃墜されていてもおかしくなかったですよ?」
「……分かんないんです。クラードさんがどこか遠くに……行ってしまおうとしているのだけはハッキリしてるって言うのに……私にはあの人の足を止めるだけの言葉なんてない……」
「それも宿縁めいているって言うか……カトリナさん、《ダーレッドガンダム》の性能、どう思っていますか」
「どう、って……」
「忌憚のない意見をください。これは単純に、一戦闘単位として、もですけれど、RM第三小隊の副長としての考えです。制御出来ないものを編隊に組み込むもんじゃありません」
甘ったるい微糖コーヒーを喉に流し込み、ユキノは問いかける。
カトリナはまだ缶を開けないまま、視線を落としていた。
「……《ダーレッドガンダム》は、かつて私達が光を見た機体……《レヴォル》とは本質的に、違うような気がするんです」
「レヴォルタイプですけれどね。見た目は完全に踏襲している」
「でも、違う……同じであっちゃ……いけないって言うか……」
「同じであっちゃいけない、ですか」
「……すいません。理論じみて説明出来なくって……」
「いえ、そのほうがいいです。理論立てて説明出来るような存在じゃないって事でしょうし。私のほうから、一つ、意見として。あれが先の戦闘に割り込んだ際、クラードさんを中心軸として機体が構築、影を落として空間転移してきた……そんな感じがしました。でも、あんな事が出来る機体なんてこの来英歴に存在するとは思えない」
「じゃあ、何だって……」
「――モビルフォートレス」
結んだ言葉にカトリナは息を呑む。
「そうなのだと、規定すれば、逆に説明が付くんです。MFだとすれば、あの機体の異端じみた性能の、その一部でもまだ理解が及びます」
「でも……MFはあの時……月軌道決戦時以降、もたらされた記録はない」
「それも気にかかるんですけれどね。エンデュランス・フラクタルが独自に、MFを召喚していた可能性、そしてこのオフィーリアはかつてのベアトリーチェと同じく、MFの観測のために存在しているのだとすれば……」
「でもそれは……レミア艦長でさえも知らない真実だって言う事に……!」
「レミア艦長の情報はトライアウトネメシスのものです。エンデュランス・フラクタルの真意とは別だと考えるべきでしょう」
「でも、それじゃあクラードさんは……《レヴォル》とは違うMFに……」
「ええ。あのままじゃ見た感じ、飲み込まれているって感覚がします」
目を見開いたカトリナにユキノはあくまでも落ち着き払って声にする。
「それに、今しがたMF03、《サードアルタイル》を目の前にして分かりました。MFは人が動かすもの……もし、その理が正しいのだとすれば……私達が思っている以上に、闇は深いのかもしれない。四体の聖獣を月に招いたのは誰か。ダレトの護りを数十年規模でさせた何者かが存在している可能性だってあります」
「……何者かが、ダレトを護るために、MFの……その、パイロット達と取引でも?」
「その辺までは考えが及びませんが……ファムちゃんが動かせたのだという事を加味すると、MFのパイロットは私達の想像以上にこの来英歴へと巧みに潜入している、そう思うんです」
カトリナは返答もまともに出来ないようで、その手で缶コーヒーを弄んでいる。
「私は……クラードさんに、あっちゃいけない存在と引き合わせてしまったんでしょうか。私自身のエゴのために……」
「いいえ、それは違います。クラードさんは遅かれ早かれ、《ダーレッドガンダム》には辿り着いていたはずです。そうなれば、未来は一つでしょう」
「一つ、って……」
「その隣にカトリナさんが居るかどうかですよ」
思っても見ない言葉だったのか、カトリナは茫然とする。
「えっと……でも私みたいなのが、クラードさんの隣なんて……」
「何でですか。三年間、ずっと待っていたんでしょう? なら、その横っ面を叩いてでも、傍に居させるのが義理じゃないですか。それは小隊長も同じでしょうけれど」
「……私、アルベルトさんみたいに、ずっと待つのは無理だったのかもしれません。レジスタンスで抗っているつもりでずっと……クラードさんの帰りがないと、不安に駆られて……」
「そうやって弱さ吐き出すのも、女同士ならではでしょう? 私は、そんなカトリナさんも好きですけれどね。一途で」
褒めたつもりなのであったが普段のように頬を赤く染める事もない。
それ以上に冷たく突き立った事実に困惑しているのだろう。
「《ダーレッドガンダム》が……あれは何を私達に、もたらすんでしょう?」
「少なくとも破滅だけは、願い下げですけれどね」
その言葉と共に空き缶をダストボックスに投げていた。