「……分からないな。この世界の人間からしてみれば、《シクススプロキオン》の力は心強いはずだろう?」
『あれに衛星軌道を張られると邪魔な勢力。後はどうとでも勘繰ってもらって構わない』
これ以上の勘繰りを通させないのも相手の交渉術だろう。ザライアンは《ファーストヴィーナス》のメインコンソールに触れていた。
思考拡張で内蔵されたレヴォルの意志へと考えを巡らせる。
――今のままで勝利出来る可能性、と問いかけると即座に返答が返って来ていた。
――“不可能ではないが推奨しない”と。
つまり、状況を覆さなければ《ファーストヴィーナス》は宇宙にさえも出られないまま、《シクススプロキオン》を打ち崩す術さえもないのだろう。
「……いいだろう。条件は何だ」
『我が方との継続的な作戦の協定。そして、聖獣の力をこちらへと譲渡する事』
「……汚い猿共め……!」
吐き捨てるマーガレットであるが、それでも自分達の差し出せるものは、MFの能力そのものである事は明白だ。
交渉条件としては破格と言ってもいい。
「《シクススプロキオン》を破壊した後にもそちらに叡智を授けろと?」
『継続的、と言ったわよね? それはつまり、あなた達を見限った者達への叛逆が成されるまでを指す』
見限った、という言葉にザライアンは相手がその存在を見据えている予感を覚えていた。
「……知っているのか? その存在を」
『完全に認識するわけにはいかない。私達は、そういう者が居る、という茫漠なる事実だけを知っていなければ逆に押し負ける』
「完全な認識をしない……そんな状態で勝てると言うのか? 相手はこの来英歴を支配しているんだぞ」
『それがあなた達と私達で異なる認識でしょうね。ひとまず先遣隊と交渉してちょうだい。彼女らも一流のエージェントよ。問題なくあなた達と渡り合えるはずだわ』
その言葉が振られた直後に、空間に滲み込むようにして三機の不明機が浮かび上がる。
瑠璃色の機体群はそれぞれに武装を有し、《ファーストヴィーナス》を完全に包囲していた。
無論、反射装甲を用いれば簡単に突破出来るが、それをしたところで旨味はなし。
《シクススプロキオン》の射程外に逃れる術は今のところ、存在しないのだ。
ならば、清濁併せ飲むのが、自分達の判断としては正しいであろう。
「……言っておくが歓迎は出来かねる」
『それでも、《ファーストヴィーナス》ほどの大質量ならMS程度、収容出来るでしょう? 彼女らは頼りになる』
「……エージェントだって言うのなら、裏切りだってお手の物のはずだ」
思わずマーガレットを一瞥して言いやると、通信先でフッと笑ったのが伝わってきた。
『どうやら随分と……手痛い失態を重ねたようね。軽い人間不信かしら?』
「……人間不信程度で済めば、まだいいんだがな」
『これより協力体制に移るに当たり、あなた達の身柄の安全を確保せねばいけない。当然、王族親衛隊だけじゃない。地球に降りたと言うモルガン……エンデュランス・フラクタルからの追及も逃れないといけないでしょうからね』
「言うは易しだが……あなた方は何だ? マグナマトリクス社とは言ったって企業だろう? どうしてそこまで肩入れ出来る?」
『それが我が社の方針だからよ。それに、私達としても取り戻したいものがあると言ったわよね? 聖獣の力は必須だと考えている』
相手の手のうちは読めないが、今の《ファーストヴィーナス》で生き残るのには、王族親衛隊と拮抗する戦力と、そして宇宙からの定期連絡は必要になって来るだろう。
衛星軌道に位置しているのが分かっていても、どこから狙いを付けられるのかは不明なままなのだ。
《シクススプロキオン》を打破するのには、この次元宇宙の人々の力添えがなければ敗北する。
「……いいだろう。この力、好きに使えとまでは言えないが、今は君達に協力しよう」
『感謝するわ。イリス、《ゲシュヴンダー》一号機から彼らにコンタクトを。信じてもらうに値するのだと、証明しなければね』
「……そちらは降りてこないのか」
『《シクススプロキオン》の位置情報を送らなければいけないし、もしもの時の備えは必要でしょう?』
「備え、か。……その備えで僕達は見限られたのだとすれば、相応に……」
瑠璃色のMSが《ファーストヴィーナス》へと接触してくる。
マニピュレーターが接続するなり、数多の情報を内蔵アイリウムであるレヴォルの意志にもたらしていた。
『“……なるほど。相手の言っている事はあながち嘘でもないらしい。マグナマトリクス社の新型機、《ゲシュヴンダー》。光学迷彩と高い諜報機能を有する、特殊戦闘特化のMSだ”』
「お前が言うのなら、そうなのだろうさ。それにしたって、諜報機動用の機体をこうして晒すという事は、本心から協力体制を……馬鹿な。これまでだって、この次元宇宙の人々はまかり間違ってきたと言うのに」
「あるいはこれ以上の間違いを正すための接触かもしれない。いずれにしたところで、用心したほうがいい、ザライアン・リーブス。君の人の好さでは付け入られかねない」
マーガレットの忠言も今は正しく受け入れるべきだろう。
ザライアンは生物の臓腑めいた《ファーストヴィーナス》の内部へと、《ゲシュヴンダー》のパイロットを招いていた。
パイロットスーツに身を包んだ相手は、立ち振る舞いだけでも只者ではないのは理解出来る。
コックピットへと招いたのは何も伊達でも酔狂でもない。
この領域ならば自分達のほうが有利だ。
ヴィヴィーは立ち上がるなり、噛み付きかねない憤怒で相手を睨む。
マーガレットも警戒して拳銃に手をかけていた。
自分はと言えば、歩み出て相手の出方を窺う。
「そちらが交渉したいと願った。僕達は争う必要性はないと感じている。だが、下手に出るのならば……」
身構えた自分に、相手は手を突き出して待ったをかける。
『こちらも損耗は出したくない。そちらの条件は呑むつもりだ』
「なら、確約して欲しい。《シクススプロキオン》を……迎撃すると言う約束を」
『六番目の使者は我が方としても目の上のたんこぶ同前。むしろ、そちらの助けを得られて確信している。《シクススプロキオン》はイレギュラーなのだと』
下手な勘繰りは逆効果であろう。
ザライアンは顎をしゃくっていた。
「……ヘルメットを、脱いでもらえると助かる。信用が欲しい」
『信用、か』
首筋のロックを解除しヘルメットを脱いでみせた相手は女性構成員であった。
目の下に三角形のメイクを施している。
「マグナマトリクス社所属エージェント、イリス・I・エーリッヒです。よろしく」
差し出された手に握手を返そうとして、マーガレットから放たれた敵意にザライアンは足を止める。
「待って……? エーリッヒ? それは、本当の名前なの?」
「マーガレット……? 何か気にかかる事でも……」
「その名前はこの次元宇宙に存在しない名前なのだと、分かっていて使っているのなら……!」
銃口を向けた彼女の赤い瞳は今にも爆発しそうな殺意をはらんでいる。
だが、何もそこまで敵意を示すほどの事を、相手は言ったであろうか。当惑する自分を他所に、イリスと名乗った構成員は落ち着き払って声にする。
「うろたえるのも無理はない。エーリッヒと言う名前が何を示すのか、全てを理解しての判断、さすがだと思っている」
「マーガレット! 状況を! 今のままじゃ、君が下手に敵意を向けるだけ、僕らに損に働く!」
マーガレットは震える手でイリスを照準し、奥歯を噛み締めていた。
「……偽書、偽りの歴史……! それを綴って来たのは、彼らの側のはず。何故、その名を名乗れる! 意味を……分かっているのか!」
混乱するばかりのザライアンは、イリスがどこか承服したように目を伏せたのを視野に入れていた。
「……エーリッヒの名を冠するのは何も酔狂ではない。何故ならば、私達はこの次元宇宙に最初に現れた存在、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーの意志を継ぐ者。彼の遺伝子を組み込まれた、疑似特異点――あなた達とある意味では、同じ存在なのですから」
「エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー……誰なんだ、それは」
「……ザライアン・リーブス。君は知らないようだから教えてやる。それは、《サードアルタイル》のパイロットの名前だ」
「ま、待って欲しい……! じゃあ、あの《サードアルタイル》を動かしているのは……」
「いいや、違う! エーリッヒはもう……居ない。死んでいるはずだ!」
どういう事なのか、まるで分からない。
マーガレットが正しい事を言っているのか、イリス達が偽っているのか。
ただ偽らざる物として存在しているのは、彼女の殺意だけだ。
イリスは自らの胸に手を当て、彼女へと説く。
「分からないのも無理もない。いいや、あなたからしてみれば、この次元宇宙の人々の過ちを、突きつけられたようなものだろう。怒りの感情はよく分かる」
「……マーガレット! 一度落ち着くんだ!」
「私の名前はキュクロプスだ! 気安く呼ぶんじゃない!」
こちらへと銃口が向いてザライアンは思わず後ずさる。
マーガレットもその行動の意味を理解したのか、ハッとしてそれでもイリスから警戒を外せずにいた。
「……意味を、教えてもらえるのなら、身の安全は保障する」
「ザライアン・リーブス? それはみすみす……!」
「もう……自分達の理解の及ばないところで、人が死ぬのを見たくないんだ……! これは僕のエゴでもある」
拳を骨が浮くほどに握り締めて、イリスとマーガレットを見据える。
その段になってマーガレットはようやく、銃口を下ろしていた。
「……話し合いが必要そうだな。交渉術に移る前に」
「ああ。それと、確認したい。疑似特異点? 何で、そんな存在が……」
イリスは一度手広いコックピットを仰ぎ見てから、嘆息を挟んで口にする。
「語らなければいけない。この次元宇宙の過ちと、そして……エーリッヒは何のために、この来英歴に訪れたのかを」