機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第192話「覚醒」

 

 顔を合わせてみれば、それは驚愕もする、とカトリナは向かい合ったファムを迎え入れていた。

 

 しかし、現状警戒中なのには変わらず、ダビデはいつでも拳銃に手を伸ばせるように構えている。

 

 それは回収したはずのユキノも同じで、張り詰めた緊張の糸がファムと言うたった一人の少女のためだけにほどけかねなかった。

 

「ミュイ……なんだかへんなかんじ……。ムズムズする……」

 

「ファム……本当に、ファムなの?」

 

 格納デッキへと歩み出てきたのはバーミットで、ファムは彼女を認めるなり、駆け込もうとしていた。

 

 それを全員が制する。

 

 バーミットとファムは、互いに距離を取って硬直していた。

 

「……ミュイぃぃぃ……なんでっ! ファム、かえってきただけっ!」

 

「それはそう……なんだけれど……」

 

 信じられるものか。彼女が《サードアルタイル》のパイロットであり、そしてネオジャンヌの要であったのに、首魁であった存在を裏切ってこちらについたなど。

 

 性質の悪い夢のようであった。

 

 だがこれは現実。

 

《サードアルタイル》は実在し、そして聖獣は海に沈んだ。

 

 残ったのは、ファム・ファタールと言う少女だけ。

 

「……一つ気にかかったんだが……ファム。お前さん、何だって《サードアルタイル》を動かせたのを黙っていたんだ?」

 

「さ、サルトルさん! 空気読んで……!」

 

「阿呆、空気なんて読んでいたら、いつまでも聞き出せんままにまた戦場だろうが。おれは空気の読めないオジサンだからいいんだよ!」

 

 開き直ったサルトルの疑問はしかし、ここに居る全員の疑問でもあった。

 

 いつから――否、どこからが彼女の思惑で、どこからが巻き込まれていたのだろうか。

 

 カトリナは唾を飲み下してファムへと詰問する。

 

「……ファムちゃん……何があったのか、教えて欲しい。だって、《サードアルタイル》のパイロットだって分かっていたら、処遇だって違った。それとも……あなたは最初から、私達を巻き込んで……楽しかったの?」

 

 ベアトリーチェの旅路にいくつもの障害があった。

 

 それはファムを狙ってのものだったとすれば説明がつく。

 

 だがそうなのだと知れば、今度は迷宮だ。

 

 最初からファムは自分の身を守るために、ベアトリーチェを――ひいては自分達を、利用していたのか。

 

 当の本人は小首を傾げる。

 

「ミュイ? ベアトリーチェでいっしょにいたころはたのしかったよ? でも、なんでそんなことをきくの?」

 

「それは……! あなたが……もし、敵なのだとすれば、私達は……!」

 

 撃たなくてはいけない。いや、ここで撃たなければ禍根を残す。

 

《サードアルタイル》のパイロットを確保したのだとすれば、他の勢力への牽制にもなる。

 

 自分はオフィーリアを預かる委任担当官として、冷徹に判断を下さなければいけないはずなのだ。

 

 だと言うのに、ここで甘さが勝ってしまえばまたまかり間違う。

 

 引き金を引く役目はここでは自分のはず。

 

 断じてユキノやダビデに譲ってはいけない。

 

 彼女の処遇は――運命を壊す鍵は、自分の中にあるのなら。

 

 ホルスターの拳銃に手を添えようとして、指先が震え出していた。

 

 ファムが《サードアルタイル》のパイロットだから恐ろしいのではない。

 

 ここで撃ってしまえる自分が、撃とうとする自分の正しさと言う名の圧に震えているのだ。

 

 撃てれば幸福なのか。

 

 世界の敵を撃ってしまえれば、血濡れの淑女としての名は、自分の中に収まるのだろうか。

 

 ぐっと奥歯を噛み締め、撃つぞ、と念じる。

 

 撃ててしまえれば、自分はもう、迷いの只中になんて。

 

 だが、ファムを目の当たりにして、その迷いは深まるばかりだ。

 

 彼女を撃って、では幸福になれるのか。

 

 幸せに――なれるのだろうか。

 

「私は……ファムちゃん……撃ちたく……ない。撃たせないで……」

 

 それでも引き金を向けざるを得ない。

 

 自分はもう、オフィーリアの乗員の運命まで背負い込んでいるのだから。

 

 突きつけられた拳銃にファムは目を潤ませる。

 

「なんで……? なんでカトリナは、ファムをこわがらせるの……?」

 

「何でって……だってあなたは……私達の旅を危険に晒した元凶で……あなたを撃てば、みんなが……幸せに成れるはずで……世界から脅威が除かれて……みんな……」

 

「ミュイぃぃぃ……わかんないよ」

 

「それは……私もそう……。どうすればいいの……? 何も……分かんなくなっちゃった……」

 

 震える銃口が、それでも、と引き金に指をかける。

 

 自分だけではない。

 

 世界を救えるのなら、ヨゴレの一つくらいはここで請け負う。

 

 請け負えれば――楽なのに。

 

「楽に……転がっちゃ駄目……っ、カトリナ……っ!」

 

 銃口を下ろす。

 

 泣き出したファムはバーミットへと真っ直ぐに駆けて行った。

 

「よしよし……怖かったのね、ファム……」

 

「うん……ずっと、こわかった……」

 

 全員分の沈黙が降り立つ。

 

 分かっている。自分は、またまかり間違えたのだと。

 

 それでも、撃つ事で正しさを示せるのならば、もうとっくの昔にこの引き金は引けているはずなのだ。

 

「――それでいい。カトリナ・シンジョウ」

 

 起き上がって声にしたのは《ダーレッドガンダム》より回収されていたクラードであった。

 

「クラードさん……」

 

「お前はそれでいい。甘さと弱さは違う。まるで別のものだ。……だから、あんたはそれを貫け。そうじゃなくっても、あんたの言う道は茨の道なんだ。幸せになろうなんてな」

 

 あ、と今になって先ほどまで脳内を堂々巡りしていた解答が飛び出す。

 

 幸せになる、いや幸せになるための道標を自分だけじゃない、みんなで幸せになるために――。

 

 全てを犠牲にしたっていいと息巻いたはずだ。

 

 ならば自分一人で悲劇を気取っている場合でもないのは事実である。

 

「……クラードさん、私を試して……」

 

「何の事だ。俺は今、気が付いたところだ」

 

 クラードの額には汗の玉が浮いている。

 

 相当に無理をしているのは明らかで、サルトルが肩を貸していた。

 

「しっかりしろ! クラード! ……ここで死なれりゃ、寝覚めが悪いってもんだ」

 

「そう、だな……。俺も、そう思っていた……」

 

 意識を閉ざしかけては、何度も痛みに耐えるようにして、その糸を切らさぬようにしている。

 

 そう映ったクラードの赤い眼差しは、不意に二階層へと注がれていた。

 

「……ヴィルヘルム……」

 

 ヴィルヘルムが格納デッキに赴き、クラードを見据えているが、その瞳には静かな恐れが宿っていた。

 

「……クラード。お前は……今――どっちなんだ?」

 

 その問いをオフィーリアのクルー達は誰も回答出来ない。

 

 しかし、当のクラードだけは別のようであった。

 

「……世話をかけさせた。今の俺は、エージェント、クラードだ。戦闘行動を続行する」

 

「そんな……! 駄目ですっ、駄目……だってそれじゃ、クラードさんだけが傷ついちゃうじゃないですかっ!」

 

「……俺が駄目になろうと、アルベルト達が居るだろう」

 

「それでもっ! あなたじゃないと駄目だから、言ってるんですよぉっ!」

 

 叫んだ自分の言葉は自分でも不明瞭で、カトリナはハッとする。

 

「あ、あれ……? 私、何言って……」

 

「クラード。委任担当官の命には従う。そうだな?」

 

 問いかけたヴィルヘルムの声音はいつもより何故なのだか厳しい。

 

 そうでないのならば――という意味を持たせた語気にクラードは応じていた。

 

「……ああ。俺は委任担当官、カトリナ・シンジョウに従う。従うのだと、俺自身が決めた。だから……俺はお前の疑問に答えるよ、ヴィルヘルム」

 

 クラードが白衣の袖を捲り上げる。

 

 その場に集った全員が絶句していた。

 

 前回の戦闘で負ったと思しき痛々しい怪我の痕跡を覆うのは、蒼い血潮であったからだ。

 

 そこらかしこの傷口が蒼く凝固した血液で塞がっている。

 

「それ……って……」

 

「ミラーヘッドと同じ色相。そしてお前は……もう彼岸に行ったのだな? クラード」

 

 クラードはこちらを一瞥する。

 

 どうしてなのだか、それはさよならを告げるかのように、寂しく、そして喪失の響きにしてはあまりに脆く――。

 

「すまなかった、カトリナ・シンジョウ。それにみんな。俺はみんなに嘘を付いている」

 

「嘘……って……」

 

 クラードはその腕を可変させる。

 

 可変を遂げた腕より伝った血の一滴は、蒼い色であった。

 

「俺はもう、人間でもライドマトリクサーでもない。彼方より辿りし彼岸の存在。――波長生命体だ」

 

「波長……生命体って……」

 

 だがその馴染みのない言葉が、どうしてなのだか今は思い出せてしまっていた。

 

「……エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー。彼と一つになってから、お前の変化をモニターするような時間も暇もなかった。だから、もっと早く……ああ、そうだとも。わたしがもっと早くに、気付いていればよかった……。お前は……何でそんな事まで背負ってしまえるんだ……クラード……!」

 

 どうしてなのだか、ヴィルヘルムの論調には嗚咽が混じっている。

 

 やめて欲しい。

 

 まるでそんな、クラードが人間ではないみたいに。取り返しのつかない領域にまで、行ってしまったような言い草なんて。

 

「ミュイ……クラード、どうしたの……? なんで、ないてるの……?」

 

「――俺が泣いている……?」

 

 その段になってクラードは、頬を伝う涙を感覚したらしい。

 

 何もかもが今さらの出来事で、そしてそれらを飲み込むには、全員の時間が足りていなかった。

 

 ファムが《サードアルタイル》のパイロットであった事も。

 

 クラードが波長生命体と呼ばれる存在になってしまった事も。

 

 何もかもが、自分達にとってはあまりにも遠い出来事でありながら、何よりも近い出来事であった。

 

「クラード。ならば確信した。やはり《ダーレッドガンダム》は……」

 

 濁したヴィルヘルムに、クラードはああ、と落涙しながら言いやる。

 

「あれはMF07、《セブンスベテルギウス》。最後の……聖獣だ」

 

 ――最後の聖獣。

 

 それがどのような意味を持つのか。

 

 今の自分達にはまるで理解の及ばない事実であった。

 

 

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