機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第十八章「想い、彼方の闇を超えて〈フラワー・オブ・アルゴリズム〉」
第194話「地獄のその先に」


 

『――由々しき事態となった』

 

 そう告げたダーレットチルドレンの声を受けて、クランチは煙草を噛み締める。

 

「面倒な命令だってんなら、お断りだぜ。あの鉤爪の機体……あいつはヤベェ。やり合えば確実にどっちも無事じゃ済まねぇだろうさ」

 

『そうではない。いや、《セブンスベテルギウス》も可及的速やかに対応を行わなければいけないが、それよりも、だ。我が陣営の一つである、《シクススプロキオンエメス》が攻略された』

 

「聖獣の鹵獲なんてやっからだ。最初から、身の丈ってもんを考えねぇからこんな事になっちまう」

 

『諫言痛み入るが、そうも言ってはいられなくなってきている』

 

 クランチは《ヴォルカヌス》にもたらされる情報のうち、一つを拾い上げていた。

 

 静止衛星よりもたらされた画像は粗いが克明に映し出している。

 

「……第三の聖獣か」

 

『《サードアルタイル》が彼の者の手に堕ちた。それだけは止めなければいけない』

 

「分かんねぇな。《シクススプロキオンエメス》が墜ちたんだろ? そっちはいいのかよ」

 

『既に手は打ってある。それに、墜ちたのならばまだいい。元々、我らの次元宇宙では手に余る代物だ。それに彼らとて、《シクススプロキオンエメス》を鹵獲しようと言う腹ではあるまい』

 

『左様。問題なのは、《サードアルタイル》が企業に――エンデュランス・フラクタルの手に落ちたと言う事実』

 

『彼の者達はこれから炙り出しを行うつもりであろう。地球圏の支配特権層への排除行動と、そして我が方への攻勢。即ち、世界と言う盤面を覆すつもりだ』

 

 紫煙をくゆらせるクランチは《サードアルタイル》の攻撃目標地点を睨んでいた。

 

「……分かんねぇもんだな。現状、人類の持つ有限のフロンティアを破壊して回るなんざ。それはただの怪物と変わんねぇだろうに」

 

『エンデュランス・フラクタルの狙いはそこにある。第三の聖獣を用いての、自らへの糾弾がもたらされない形での秩序構図の刷新』

 

『一企業が聖獣の力を独占するのは《フィフスエレメント》以来の衝撃がもたらされる。この世界を根底から破壊し尽くすつもりだ』

 

「じゃあ何か、オイ。俺含むあんたらは、義憤の徒として立ち上がり、聖獣狩りにでも繰り出せって事か?」

 

『理解が早くて助かるよ』

 

「冗談じゃねぇ。死にに行けって言ってんのか、てめぇら。スポンサー命令とは言え、聞き入れられねぇよ」

 

『無論、策もなく死ねなど誰が言えるものか。君は、クランチ・ディズル、この世界を我らの手中に収めるのに随分と貢献してくれた。その度合いも理解している。それに、君なくして我々の生存権の確立は難しかっただろう』

 

「世辞はいいんだよ、クソッタレ。てめぇら可愛さに俺を切るってか?」

 

『切るなど、とんでもない。君には《サードアルタイル》に対しての、特権を付けよう。聖獣狩りの英雄としての力だ』

 

「《ヴォルカヌス》よりも馴染む機体でも充ててくれるってのかよ」

 

『まずは、ミラーヘッドメギドの特殊性でもって、《サードアルタイル》に肉薄。彼の者達の企みを阻止する。君は地球重力圏でのエンデュランス・フラクタルを制してくれたまえ。特級のMAを授ける。世界を欺き、全てを欺瞞の向こう側へと落とし込む機体――真理の扉を開くだけの機体を。ランデブーポイントを指定しておく』

 

 想定外の言葉にクランチは絶句する。

 

「……まさか……落としてくるってのか。第六の聖獣をそのまま、地球圏に……」

 

 だが相手に使われるのが癪ならば獲らないわけでもない選択肢である。

 

《ヴォルカヌス》のコックピット内に《シクススプロキオンエメス》との合流時間の概算が示されていた。

 

 その道中には王族親衛隊の誇る地上前線基地がある。

 

「……なるほどね。弾薬を補給してから、第六の聖獣の力をこの手に、ってワケかい。どうにも利用されている感じは否めねぇが……それでも俺には手段はねぇ。何よりも、この地上を今に聖なる獣が焼き払おうってんだ。なら、請け負おうじゃねぇの。世界を救う――英雄としての立ち位置ってのをよ」

 

《ヴォルカヌス》の赤い機体が宵闇を掻い潜って地上を抜けていく。

 

 クランチはかつて自分達が踏みしだいてきたような戦場を眼下に入れていた。

 

 同じような戦場、同じような死に様と、同じような人々。

 

 彼らはこの世の終わりまで殺し合い、そして互いに分かり合う事はないのだと規定して刃を振るう。

 

 自分は、そんな地獄から救い出されたのだとそう思うべきなのだろうか。

 

「……いいや、俺は結局、地獄の延長線上に居るだけさ。なら、もうちょっとマシな地獄を選ばせてもらうだけの話だ。底辺で喰い合っている連中には同情するぜ。何せ俺みたいな人でなしでも、成れるって話だからなァ! 英雄ってヤツによ!」

 

《ヴォルカヌス》が爆発の音叉を響かせる戦場を俯瞰し、そして彼らの戦い振りを嘲笑う。

 

 世界の座を掴むのならば、数百人殺した程度ならばそれは殺戮者だが、何億人を救えるのならばそれは一転して英雄と成り得る。

 

 クランチは高笑いを上げつつ、かつての自分が居たであろう、戦場の景色を蹂躙していた。

 

 突然に割り込んできた《ヴォルカヌス》相手に、ただただ統制を行っていただけの軍隊がうろたえる。

 

『な、何だこれは……! 赤い機体……!』

 

「喰らえよォッ! ミラーヘッドメギド!」

 

 分散した赤銅色のミラーヘッドを伴わせ、クランチは一機、また一機と愚かなる機体を葬っていく。

 

『お、応戦! 応戦――ッ! トライアウトの統制を邪魔させるなーッ!』

 

「別に統制の邪魔なんてしてねぇよ、たわけが。強いヤツが生き、弱いヤツが死ぬだけだ。そんなもん、この世界の始まりから決まっている弱肉強食って言う、一番シンプルな掟だろうが!」

 

 ミラーヘッドメギドの領域は友軍、敵軍を問わない。

 

 うろたえた兵力を飲み込み、たたらを踏んだ相手を斬り伏せていく。

 

 そこに善悪はなく、ただの力の求心力が意味を成すのみ。

 

《レグルス》を叩き据えた斬撃が灯り、型落ちの《マギア》が焼け落ちていく。

 

『な、こっちの味方じゃ……ない……? ミラーヘッドオーダーを受諾! すぐに適応――』

 

「――遅ぇ。その心臓、いただくぜ」

 

 ミラーヘッドの赤い中核を腕で射抜くと、いとも簡単に相手は総崩れに陥っていく。

 

 クランチは敵味方を問わず、全ての事象が終わりを告げていく戦域で、ただただ――喜悦に嗤っていた。

 

「これだ! これが戦場の愉悦ってもんだ! 今さら、何が怖ぇもねぇ。俺はこの世界を――来英歴を救う英雄サマってヤツになるんだからよォ! 道開けろ、たわけ共が!」

 

『れ、《レグルス》が押し込まれる……』

 

 その頭蓋を爪で突き破り、MSの駆動系を引き抜いてミラーヘッドの伝導液が迸る。

 

「ったく、三下程度ですらねぇ。いいか? この場末でプライドだとか、くだらねぇもんにこだわっているって言うんなら、そんなもんは犬にでも喰わせとけって話だ。戦場で意味を成すのは! 力だけだ! 力だけを求めて、俺はこの世に舞い降りた! さぁ、踊ってくれよ、皆の衆! 俺はこれから、聖獣の力を得て、この来英歴ってもんを救うんだからよ。最大の饗宴だ! 群衆は多いほうがいいぜェ……歓声よりも断末魔のほうが心地いいがなァ!」

 

『この……人でなし、が……』

 

「悪いな。人であろうと思った事はねぇよ」

 

 足元に縋りついてきた機影を撃ち抜き、《ヴォルカヌス》は地上を支配していた。

 

 同期したミラーヘッドメギドの残影がアステロイドジェネレーターを打ち砕き、この世界の最果てに捧げられる生贄達の血を浴びる。

 

 赤銅の死神達が帯びるのは、蒼い血潮であった。

 

「さぁ、少しはタマぁ付いてんだって言うんなら、来いよ。《ヴォルカヌス》が、このクランチ・ディズルが! てめぇら全員、錆びにしてやるって言ってんだからよォ!」

 

 その眼窩に闘争の光を滾らせ、クランチは自身の生まれ育った戦場を駆け抜ける。

 

 ――そうだ、これこそが原初の証。

 

 これこそが自分の走るべき、故郷であろう。

 

 戦場だけが望郷の念を抱かせ、そして悦びの中で身を躍らせる。

 

 太刀が掻っ切り、敵影を引き裂く。

 

 ひび割れた《レグルス》の頭蓋を押し開き、アイリウムの混じった液体を啜る《ヴォルカヌス》は、まさに悪鬼。

 

『……化け物……』

 

「そいつァ、最大の褒め言葉ってヤツだ! 恐れろよ、凡人共! 俺が! その命に彩りを添えてやらァッ!」

 

 アンカー武装が《マギア》のコックピットを撃ち抜く。

 

 火の粉が舞い散る戦場で、ただそれだけをよすがにするかのように、《ヴォルカヌス》は咆哮していた。

 

 

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