機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第195話「死の風圧」

 

「敵影に動きあり! これは……《サードアルタイル》です!」

 

 もたらされた伝令にレミアは格納デッキに集まっているはずのバーミット達へと通信網を走らせていた。

 

「バーミット、それにカトリナさん達も。今は再会を噛み締めている場合でもなさそうね……」

 

 浮遊した《サードアルタイル》が望遠映像でメインモニターに映し出され、その機体より滑り落ちる蒼い焔を宿らせた機影を認識していた。

 

「あれは? 《ネクロレヴォル》……?」

 

「の、ようですが……何が起こっていると言うのでしょうか。モルガンが《サードアルタイル》を回収してから先、不明瞭な事ばかりで……」

 

「答えを求めていたって好転はしない……というのはまさしくその通り。聖獣は解き放たれた。各員、戦闘配置! 第三の聖獣の動きに警戒しつつ、出せる戦力は出し渋らないでちょうだい」

 

『艦長! オレも出れます!』

 

 直通通信を繋いだアルベルトに、レミアは眉根を寄せる。

 

「……アルベルト君、あなた、機体がないでしょう」

 

『《マギア》でも何とでもなりますよ。オレだって伊達にエージェントをやってねぇってんですから』

 

「……それもそうか。いいわ、損耗の少ない部隊を最優先。《サードアルタイル》はどう出るか分からない。持ち場に戻って、各自、戦闘に移れるように――」

 

「すいません、遅れました」

 

「遅いわよ、バーミット……って、その子も管制室に?」

 

 瞠目したのは、バーミットがファムを引き連れていたからだ。

 

 この戦場の、ともすれば中心軸の人間をこの場に呼んで大丈夫なのかどうかの議論に挙げる前に、バーミットはファムを空いていた席に座らせる。

 

「いい? ファム、あんたはそこで何もせずに、じーっとしていなさい」

 

「ミュイ……バーミット、あいかわらずおに」

 

「うっさいわね! ……艦長、これが私の下す最大限の冷静な判断です。目の届くところに居れば、ファムは悪さはしません」

 

「保証はないでしょう?」

 

「ええ、ないです。でも……これは確信めいた言葉で申し訳ないんですけれど、経験則って奴なんです」

 

 そう言われてしまえば、自分に挟む言葉はない。

 

「……分かったわ。あなたとファムの絆とやらを信じましょう」

 

「いい? じーっとしていなさいよ」

 

「ミュイぃぃぃぃ……バーミット、しつこいぃぃ……」

 

 ファムはテーブルモニターに顔を押しつけつつ、それでも三年前とまるで変わる事のない態度で応じる。

 

 三年の隔たりを感じているのはまるでこちらだけのような感覚であった。

 

「……懸念事項は、浮かべるだけ無駄か。今は、一つでも確定事項が欲しいところだし。アルベルト君を先頭にしてRM第三小隊は対聖獣へと。ダリンズ中尉も、行ける?」

 

『構わないが……少しばかり面倒が起こっている。格納デッキで巻き起こった事象を飲み込むのには少しばかり時間がかかりそうだ』

 

 一体、何が起こったのかを今問い質しても仕方ないだろう。

 

「……分かったわ。今は不問にします。聖獣がこれだけの距離にまで肉薄したのは三年前のモデルケースしかない。MF02、《ネクストデネブ》時のデータを再演算。レヴォルがないのが痛いけれど、それでも私達はあの頃よりか強くはなってきたはず」

 

「生き意地が汚いの間違いかもしれませんけれどね。アルベルト君? 配置出来るのはただの《アイギス》よ。あなたの専用機じゃない」

 

『それでも、今気張らないと一生後悔するでしょうに。こっちは準備完了です』

 

「……やれやれ、血気盛んな、とでも言えばいいのかしらね。無茶をするエージェントを持つと気苦労が絶えないわ」

 

「それ、艦長が言います? ……どっちにしたって、今のオフィーリアはかなり参っちゃっていますよ。クラードも……あんな事を言い出すなんてどうかしている」

 

「クラードが? 何かあったの?」

 

「……今は、混乱の種、でしょ」

 

「……それもそうね。何があったのかは尋ねるべき時があるのでしょう。敵影を捕捉。これよりオフィーリアは重力航行に移り、モルガンと対峙します」

 

『《アイギス》、アルベルト・V・リヴェンシュタイン、出るぞー!』

 

 アルベルトの声に続いてユキノが発進位置に入っていく。

 

「RM第三小隊は随時、発進へ。射出タイミングを譲渡します」

 

『……了解。でも……あんな事があって、みんなまともに戦えるって言うの……?』

 

 どうやらユキノも惑っているらしい。彼女にしては戦いに湿り気のようなものを持ち込むのは珍しかった。

 

「……後でいくらでも聞きます。今は、目の前の聖獣が脅威」

 

『……分かりました。でも、一番傷ついているのはカトリナさんだと思います。通信終わり。ユキノ・ヒビヤ、行きます』

 

「カトリナさんが……?」

 

 不明瞭なまま、レミアはオフィーリアから出撃したRM第三小隊を眺めるしかない。

 

「《サードアルタイル》は依然として驚異的な推力を誇ったまま、このまま直上に……出るのか……?」

 

「上から攻撃されれば我が方はまるで対策なんてない。包囲陣を固めて、そのまま迎撃態勢に移る。もしもの時の艦砲射撃、切らさないで」

 

 命令を下しながら、レミアはこの情勢を脳裏で計算していた。

 

《サードアルタイル》はモルガンの格納デッキを破って出撃したようにも映ったが、何が事実で何が嘘なのかは後で決まるはずだ。

 

 動かなければその是非でさえも問い質せない。

 

「RM第三小隊は両翼に展開。ミラーヘッドオーダーを受諾。いつでも第四種殲滅戦に移れます……が……」

 

 バーミットが言葉を濁すのも分かる。

 

 第四種殲滅戦に移ったとして、勝てる要素がまるで皆無な状況下で、ではいたずらに損壊ばかりを出したところでどうすると言うのか。

 

 今は、一つでも確定事項が欲しいのに、相手の思惑でさえも不明である。

 

「……ミラーヘッドの攻勢が通用するのかどうかは賭け。……だけれど、やらないよりかはやって後悔しましょう」

 

「……聖獣を相手取るのなら、か。あたしもヤキが回ったもんですよ。こんなのオペレーターの仕事じゃないでしょう。勝てるかどうかも分からないのに、送り出すなんて……」

 

「いつだって、私達は一言二言足りないのよ。終わってからそれに気づくだけで」

 

「それも、誰の言葉なんですか」

 

「……引用不明の、誰かさんのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上昇軌道に移る《サードアルタイル》の巨体は予め聞いていた情報以上で、アルベルトは浮つき気味な《アイギス》の姿勢を制御しつつ、その威容に唾を飲み下す。

 

「……あれが、第三の聖獣、か。各員、ビビったらやられる。ミラーヘッドオーダーは受諾してんだ。こっちのほうが数は有利だって事、覚えておけ」

 

『ヘッド……ですが……』

 

「ユキノ、小隊長だ。……オレをヘッドって呼ぶのは許さねぇ……」

 

『……でも、クラードさんが……。あれはどういう意味なんでしょう。波長生命体って……ヘッドは知っていたんですか?』

 

 かつて月軌道決戦時、テスタメントベースにて、エーリッヒが言い残した言葉の一つである。

 

 あの時はその意味も、ましてやもたらされた言葉が神託なのか呪いなのかも分からないままであった。

 

 しかし、今ハッキリしているのは呪いの側面だ。

 

「……オレ達の足を取るって言うんなら、成功しているぜ、エーリッヒの爺さんよ。だが、ここで足ぃ止めて、クラードに幻滅されるのはもっと御免なんだよ! 各員、《サードアルタイル》へと包囲陣形。波状攻撃を仕掛ける!」

 

『り、了解……!』

 

 うろたえ気味の兵士が居るのも理解している。

 

 聖獣へと直接仕掛けるなど、この三年間、一度として破られなかった理だ。

 

 それを今、自分達は崩そうとしている。

 

 ダレトが開いてから先、屹立した理の一つを。

 

 自分達はこの手で、切り開こうと言うのだ。

 

 身震いも当たり前、それでも――戦わなければいけない。

 

「クラードに頼れねぇんだ……。RM第三小隊総員、ミラーヘッドを展開! 幸いにしてオーダーの権利はこっちにある。相手の遊撃が巻き起こる前に、絞り込んで敵影を金縛りにする!」

 

《アイギス》部隊が疾風の如く蒼いミラーヘッドを展開し、一瞬にして戦力が四倍近くに膨れ上がった機影が《サードアルタイル》を囲む。

 

 ここまでの作戦は上々。

 

 しかし、ここからはまるで出たとこ勝負。

 

 アルベルトは掌に浮かんだ嫌な汗を拭う間もなく、その全景が大写しになった敵方に絶句していた。

 

「……これが、モビルフォートレス……」

 

 単純なスケール比だけではない。

 

 この気圧されは、畏敬の念が宿っている。

 

 巨体はほぼ動いていないが、円環の物体から糸のようなもので吊るされたマリオネットの形状を取る《サードアルタイル》は、存在感だけで圧倒的であった。

 

 ミラーヘッドで戦線を拡張しているのに、全く彼我戦力差が埋まった様子はない。

 

 それどころかより克明に、相手との力量差が浮き彫りになっていくかのようだ。

 

『……聖獣を相手にするのは……記録されている限りではクラードさんのケースだけ……』

 

 ユキノが思わずと言った様子でそう呟いたのも理解出来る。

 

 クラードならば、彼と《レヴォル》ならば勝てるかもしれない――そんな淡い幻想があったのも事実。

 

 しかし、純然たる力の塊を目の当たりにすれば、自分達のような凡庸さは委縮するのみであった。

 

《レヴォル》なら、クラードなら、と言う次元ではない。

 

「こんなもの……人がどうこう出来るのか……?」

 

 隊長である自分が口にしてはいけない言葉であったのかもしれない。

 

 だが、そのような弱音が出るほどに、眼前にした聖獣の威容は全てを硬直させる。

 

 こちらが先手を打っているはずなのに、誰も照準に移れていないのがその証。

 

 先走って銃撃するような人間は、この場には居なかった。

 

 誰もが聖獣の存在に中てられたまま、ただ漫然と時間だけが過ぎていく。

 

 その秒数が十秒をカウントした際、ようやく意識を取り戻せたアルベルトは、奥歯を噛み締めてから、ようやく声を振り絞る。

 

「……攻撃……開始……ッ!」

 

 ミラーヘッドの幻像より四方八方からの銃撃。

 

 通常の敵ならば半数の撃破が可能である布陣であったが、直撃の白煙の向こう側より出現した敵機は健在――否、より正確に言い表すなら。

 

「……無傷……だと」

 

 黄色い装甲の継ぎ目に虹色の血脈を滾らせ、《サードアルタイル》の単眼の頭部が自分達を見据える。

 

 収縮したその瞬間、アルベルトには分かってしまっていた。

 

 全てが無為なのだという事を。

 

 そして、反撃が来る。

 

「……やべぇぞ……ミラーヘッドの幻像を盾にして、総員、対ショック姿勢!」

 

 こちらの判断が早かったのか、それとも相手からしてみれば判断の早さ遅さなど意味を成さなかったのかは分からない。

 

 ミラーヘッドの蒼い分身体を絡め取ったのは虹色の皮膜であった。

 

 薄く波打ったかと思うと、それだけで分身体が破裂し、ダメージフィードバックが頭蓋を揺さぶる。

 

「……これは……何だ……? どういう攻撃だってんだ……!」

 

 明瞭に相手の意図を探る事も出来ぬまま、ただ損耗だけが蓄積していく中で、アルベルトは《サードアルタイル》が中心軸となって放つ虹色の波を見据えていた。

 

 全体像としてはオーロラの様相に近い。

 

 しかし触れただけで攻撃性能を持つなど、まるでこちらの技術力を凌駕している。

 

 いいや、初めからこちらの技術など、届いてすらいなかったと言うだけなのだろう。

 

「……各員! 防御陣形を取ったまま後退! 相手の波に触れるな! 触れただけでやられるぞ!」

 

 張り上げた言葉も虚しく、波打つ虹の本体に触れた《アイギス》が爆砕し、仲間の断末魔が通信網に響く。

 

『い、嫌だ! 嫌だぁ……っ!』

 

 アルベルトは深く瞑目し、言葉を噛み締めていた。

 

「……すまねぇ……オレが不甲斐ないばっかりに……。だが、終わらせねぇ。こんな結果で! 終わらせて堪るかってんだ!」

 

 改修されていない《アイギス》でも戦いようはある。

 

 ミラーヘッドの両翼を広げ、《サードアルタイル》へと衝突させ様に上昇機動に移り、まず相手の眼を眩惑させていた。

 

 その隙を突いて、巨大な敵機の直上に位置取り、頭部らしき箇所を狙い澄ます。

 

「落ち着け……落ち着けば、通るはずだ……オレ達の牙だって……これは! 人類の牙そのものだからだ!」

 

 出力を最大値に設定したビームライフルが敵の頭部を照準するも、それは放出された虹で掻き消されていた。

 

『無駄な事を。そのような行動は何の意味も持たない』

 

 不意に接続された相手のパイロットらしき声に、アルベルトはハッとしていた。

 

 いや、それよりも。

 

 自分よりも近しい人間が、その声に反応する。

 

『……この声……グゥエル?』

 

 まさか、とアルベルトは瞠目していた。

 

「……違う。グゥエルはあの月軌道決戦で……死んだはずだ。亡者の声を騙るなんて……」

 

『貴様らも、か。どうして私の事をその指標で呼ぶ。私はエージェント、サイファー。《サードアルタイル》を用いて全ての秩序構図を塗り替える――覇者の名前だ』

 

《サードアルタイル》が空間を鳴動させ、纏わりついていたRM第三小隊を振り切っていく。

 

 その推力はこれまで本気など出していなかったのがありありと窺えた。

 

 しかし、それでも《サードアルタイル》に必死に縋りついたのは、ユキノの《アイギス》であった。

 

『……ねぇ、嘘でしょう? ……だってあなたは……私を庇って……あの時……死んだはず……』

 

「ユキノ! 惑わされんな! 《サードアルタイル》は聖獣だぞ!」

 

 自分の声など、ユキノは聞こえていないように、虹の波を拡散させる《サードアルタイル》の装甲に刃を突き立て、言葉を振り絞る。

 

『……ねぇ、答えて……。私が……あの時死に損なった私を……ここで連れて行くために、そんな声をしているの……? 私が……今も生きているから……』

 

「ユキノ! そいつは違う! グゥエルじゃねぇ!」

 

 アルベルトは《アイギス》のビームサーベルを抜刀し、《サードアルタイル》へと唐竹割りを見舞うが、その一閃は虹の皮膜で阻害されていた。

 

 ビームサーベルは刀身が掻き消えている。

 

 すぐさま使い物にならなくなった武装を捨て、《アイギス》の靴底に装備されているアンカーを用いて《サードアルタイル》の装甲に降り立っていた。

 

 しかし、その領域は死地だ。

 

 放たれる虹の皮膜の暴風圏に相当するために、《アイギス》の装甲が激震される。

 

 長くは持たない――それは理解出来たがアルベルトはユキノの《アイギス》へと叫ぶ。

 

「ユキノ! 撤退しろ! こいつはここでは倒せねぇ!」

 

 違う。

 

 そんな言葉でユキノを――生き残った罪に囚われた彼女を解放する事なんて出来ない。

 

 今は強硬策でもユキノの機体を吹き飛ばし、聖獣から距離を取らせなければ。

 

 そう判断したアルベルトは一足ごとに装甲がひき潰される感覚を味わいながら、《サードアルタイル》の表層を歩む。

 

「……頼む……今は、退いてくれ。お前まで……囚われる事なんて、ねぇんだ……」

 

 歩みを進める自分の姿も見えていないようであった。

 

『……ああ、グゥエル……答えて! ……答えてよ! 私は……間違っていたの……? あなたが、生き残るべきだったから、こんな事に……』

 

『要領を得ないな、小娘。ここで死んで行け』

 

《サードアルタイル》の纏う風圧が変異する。

 

 その虹色の旋風がユキノの《アイギス》を捉えた事を反射的に理解した身体は、勝手に動いていた。

 

 機体を加速させ、彼女の《アイギス》へと体当たりして吹き飛ばす。

 

『……ヘッド……?』

 

「ああ、悪ぃ、ユキノ。それに、クラード。オレ、死ん――」

 

 その言葉が明瞭な意味を持つ前に、機体がこの世の摂理とは異なる速度で粉砕されていた。

 

 

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