機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第199話「彼女の煉獄」

 

 堕ちていくのはどこまでも無辺の白の空間を。

 

 ゆっくりと、それでいて浮上する術は存在しないように、取り返しもつかないまま。

 

 海底へと呼吸する機能だけは有して、命を搾り取られて沈められていく感覚。

 

 やがて、世界は白一色に塗り固められ、自身の呼吸音で目が覚める。

 

「……あれ、生きてるや。ボク……」

 

 何もかも想定外であった。記憶を手繰ると、《サードアルタイル》の虹の皮膜で押し飛ばされた最後のビジョンが浮かんでくる。

 

「……おかしいな。死んでいるはずだって言うのに」

 

 だが世界はどこまでも続いている。

 

 ここは死後の世界か、とも思ったがそれにしては味気ない。

 

 いや、死後の世界などそんなものか、と落ち着いてすらいる。

 

「……死ぬってのは案外、呆気ないものなのかなぁ」

 

 昼寝から醒めたようなそんな心地で、メイアは両腕を伸ばしていた。

 

 思ったよりも身体の自由は利く。

 

 脚がないのかと思ったが、足は白い世界を踏み締めていた。

 

 周囲を見渡すと、何もない空虚なだけの空間が茫漠と広がっている。

 

 宇宙の闇にも似た世界に、メイアは一つ深呼吸していると、不意に呼び止められていた。

 

「――ここに堕ちるのは初めてか? メイア・メイリス」

 

 振り向いた先に居た存在に、メイアは目を見開いていた。

 

「……キミ……、エージェント、クラード……?」

 

 疑問符を浮かべていたのは、クラードもまた白衣を纏ったその姿で周囲を見渡していたからだ。

 

「……どうやら俺達は堕ちてきたらしい」

 

「ここはどこなの? ……って、まるでこれじゃ常用外の英会話みたいだ。馬鹿みたいだよねー、これはペンですか? みたいな問い」

 

「だがここがどこなのか、お前は分かっていないのだろう」

 

「……だね。不承だけれど聞いてみる。ここってどこなのさ」

 

「煉獄……なのだと、奴は言っていた」

 

「奴……? 他にもこんな気の狂いそうな空間に居る酔狂な人間なんて?」

 

「……奴は俺が堕ちると必ずここに居た。だが……お前は初めてだな。大抵、ここに堕ちてくるときは俺の意識だけだったはずなのに」

 

 クラードの真紅の瞳と、メイアは視線を交わし、それから腕を組んで考え込む。

 

「……煉獄ってさ。概念でしょ、それ。天国でも地獄でもないって言う。何だっけ、その場所じゃ、みんな等しく炎で焼かれるんだっけ?」

 

「それにしては、ここは物静かだ。しかし、奴は必ず出てきた。俺を導くと言って……」

 

「さっきからさぁ、そうは言うけれど、ここじゃ人間が生きていけるようには見えないよ」

 

「……お前こそ、何で堕ちてきた? 前後の記憶はハッキリしているのか?」

 

「……聖獣とやり合って撃墜、かな? まぁ、その後の記憶はスパッと途切れているから、ああ死んじゃったなぁって思ったんだけれど」

 

「聖獣……。どの聖獣だ? MFと戦うなんて非常事態に何度も巻き込まれるとは思っていないが」

 

「どのって……《サードアルタイル》じゃん。あれ? それってキミは知ってるんじゃなかったっけ? だって、確かピアーナの話じゃ、《サードアルタイル》のパイロットはキミ達の知り合いだったとかで」

 

「……聖獣のパイロットに知り合い? ……いや、そもそも聖獣に人間が乗っていたのか?」

 

「あれ? そっから? ……んー、何だか妙だなぁ。ボクの知っている情報と齟齬があるみたいに思えるし……」

 

 思案する自分に対し、クラードはどこか落ち着き払っている。

 

「とは言え、堕ちるのも随分と慣れてきた。ここでは人は見ないものを見るらしい。気を付けて進め」

 

「進めって……って言うか、見ないものも何も、さっきから真っ白なだけなんだけれど」

 

 そこでクラードは足を止める。何か重大な間違いに気づいたかのように。

 

「……見えていないのか? この戦場が……」

 

「戦場? あれ、ここってそうなの? だから真っ白になっちゃったとか?」

 

「いや、違う……。俺にはずっと見えているし、聞こえている……。これは……俺が死んだ時の情報だ」

 

「死んだ時って、やだなぁ、もう。やっぱりここって死後の世界なわけ?」

 

 冗談めかして言いやると、クラードは目を戦慄かせて、声を詰まらせる。

 

「そんなはずは……。じゃあ俺に聞こえているのは、見えているのは何だ? 俺は……あの場所で死んだ。コロニー、セブンワン深部で……オフィーリアに搭載されていた《ダーレッドガンダム》にアクセスした瞬間に……。その情報量に耐え切れず圧死したんだ……」

 

「うん? ……でも、セブンワンからキミは出てきたじゃんか。あの時、そう、オフィーリアも一緒に。……あれ? ちょっと変じゃない? 何だってキミはその……自分が死んだんだって思い込んでいるわけ?」

 

 クラードは後ずさり、ああ、と声を上げる。

 

「違う! 俺のせいじゃ……俺のせいじゃない! みんな……みんな死んでしまったなんて……! 嫌だ、嫌だ、こんな世界は嫌だ! 答えてくれ……《レヴォル》!」

 

 唐突に戦慄いて絶叫したクラードに、メイアはうろたえつつも彼の身体を押さえつける。

 

「ちょ……っ! 落ち着きなってば! 誰も死んでないはずだし……それにキミは生きて……《ダーレッドガンダム》を手に入れたじゃないか!」

 

 しかしクラードの精神は荒むばかりで、彼の瞳は恐れを宿す。

 

「あ、いや……違う。俺は……その時だけじゃな、い……。あの後も……《ソリチュード》に敗北して、俺は……」

 

「何言ってんのさ! 《ソリチュード》には勝ったし、キミは生き延びて――」

 

「――そやつに何を説いても無駄だ」

 

 白い荒野に現れたのは髭を蓄えた老人であった。

 

 今の今まで気配さえなかったのに、超越者の如くその場に佇む異常存在に、メイアは身構える。

 

「待て、貴様、メイア・メイリスだな?」

 

「……何でボクの名前を知っている……ここは何だ!」

 

「ここは煉獄だ。クラードの言った通りに」

 

「煉獄って……何もない白い空間じゃないか」

 

「それは貴様にとっては、であろう。そこに居るクラードにとってはここはまさに生き地獄よ。何せ、これまでの戦いで仕損じてきた可能性と対峙しているのだからな」

 

「仕損じてきた可能性……?」

 

 胡乱そうに言葉を向けると、老人はふむ、と顎鬚を撫でる。

 

「メイア・メイリス。多元宇宙論を信じるかな」

 

「多元宇宙論……って、いくつも可能性があるとか言う……パラレルワールドめいた話の事……?」

 

「理解が早くって助かる。いや、この空間では理解しなければ前に進めないから、不可抗力なのであろうが」

 

「それが彼と何の関係が!」

 

「――分からぬか。そのクラードは多元宇宙において、“失敗してきた”クラードだ」

 

「失敗……?」

 

 クラードは蹲って頭を抱えている。

 

「俺が……俺が戦えなかったばかりに、皆死んだ……。アルベルトも、レミアも、バーミットも……カトリナ・シンジョウまでも……」

 

「クラードの生き様はまるで水面を跳ねる石のようなものだ。あらゆる可能性世界へと彼はアクセスし、その可能性を踏み抜かずに踏破してきたのが、お前のよく知るクラードよ」

 

「……分かんないな。だって、この世は結果論だ。結果論だけで形成されるから、残酷なんだろうけれど」

 

「そう、結果論。数多の凡百は結果論だけを甘んじて受け止めて、この世界を生きていくのだが……クラードの名を持つのは何も伊達ではない。彼がこれまで、至った世界線の数はそれこそ忘却宇宙の因果律を超えている。では何故、エージェント、クラードは何回も死に、または何回も生き延びて来たのか」

 

「問答かい? 好きじゃないな」

 

「それでもここは煉獄の片隅。老躯の戯言くらいは聞いて行け。まず、一つ。この次元宇宙で何故、レヴォルの意志はお前とこやつに囁いたか。そのカラクリを講じようではないか」

 

「カラクリ……? あれは偶然なんだろう?」

 

「偶然で世界に二人だけの乗り手しか選ばぬMSが建造されるとでも? それに、エンデュランス・フラクタルも、そして彼の者達もよっぽど狡猾だ。そのようなイレギュラーは極力排してきたはず。しかし、エージェント、クラードとメイア・メイリスには相互間が存在している。何故か」

 

 この問答は飛ばせない、とメイアは直感的に感じて老人と対峙する。

 

「……彼は……ボクに似ているからじゃないかな。多分、これまで生きて来てボクに……物理的な部分じゃなくって感覚的な部分でここまで似ている人間って……居なかったかもしれない」

 

「その違和感こそが、この次元宇宙のひずみそのものよ。ではどこが似ていると言うのか。クラードとお前のどこが、そこまで合致している?」

 

 問い返されてみれば、自分のRM施術痕は鳳凰の紋様であるし、それに恐らくライドマトリクサーとしての暦が違う。単純比較では彼と並ぶはずもない。

 

「……分かんないけれど、それこそ魂の色とか」

 

「魂の色か。それは詩的だな」

 

 老人の評にメイアは不服そうに応じてみせる。

 

「じゃあ何だって言うのさ。よく似ているところなんて、外見上ないでしょ」

 

「そう、相違点はあっても、合致するものは驚くほど少ない。せいぜい、同じくライドマトリクサーと呼ばれる技術を用いている事くらいであろう。だが、それはこの次元宇宙において特別ではない。ならば、お前とこやつはどうして、レヴォルに乗れるのか」

 

「……あのさ。答えがないんならはぐらかさないでよ、もったいぶって」

 

「答えがない? 違うな、メイア・メイリス。それは違う。答えならばもうとっくに、持ち得ているだろう? エージェント、クラードは、可能性世界の怪物だ。あらゆる可能性を内包するシュレディンガーの猫のようなもの。クラード一人に対し、因果が集約過ぎている。どうしてそうなったのか。単一個体に過ぎない人間に、何故、ここまで因果の糸が張り巡らされているのか。答えの一端を手繰ろう。彼らを見るといい」

 

 瞬間、世界が切り替わり、ブロックノイズの向こうを睨む三名の男女が映し出される。

 

 その姿、形はまさに――。

 

「……これは……全員似通った容姿の……クラード……?」

 

「そう、彼らもクラードであった。己の故郷とする次元宇宙において英雄的な働きを実行する存在。次元同一個体、あるいは波長生命体とも」

 

「波長……生命体……」

 

「少しだけ、彼の者達との問答を観察してみようか」

 

 途端、静止していた時間が動き出していた。

 

『……僕は、ここまで来るのに随分と時間を要した。そちらの要求を呑むのはやぶさかではないし、それに僕達はそれぞれ――各々の故郷を護るためにこの次元宇宙に呼ばれてきたんだ。英雄の名を戴いてね』

 

「……英雄……?」

 

『下らんな。私はこのまま進めさせてもらう。《ネクストデネブ》ならこの次元宇宙程度制圧出来る』

 

『待つといい、ヴィヴィー・スゥ。それでも我々との約定は守ってもらう』

 

 子供の囁き声が連鎖し、メイアは耳を塞いで思わず蹲る。

 

「……何だ、この声……。気持ち、悪い……!」

 

「そうか。お前にはこの声の主の醜悪さが分かるのか」

 

『……約定。それに関しては同意だ。僕らは“夏への扉事変”で殺し過ぎた。稀代の殺人者を縛るのには、この次元宇宙の規則が相応しい』

 

「“夏への扉事変”って……じゃあ、彼らは……!」

 

「そうだ。彼らは聖獣の操り手――モビルフォートレスのパイロット達だ」

 

 震撼すべき内容であるはずなのに、メイアはどうしてなのだか、その事実はすんなりと飲み込めていた。

 

「……MFを操るに足る人間達……そしてクラード……。ああ、そうか。そういう事か。……ねぇ、この質問には答えてもらうよ。――《レヴォル》もまた、モビルフォートレスなんだね?」

 

 老人は感心したでも、まして絶望したでもない。

 

 ただこちらの返答に、乾いた拍手を送る。

 

「その通り。よく迷宮を脱したな」

 

「……迷宮でも何でもないでしょ。答えは最初から、目の前にあったって言うわけか」

 

「クラードの名を継ぎし者達はMFを動かすに足る存在。そして《レヴォル》――呼称、《フィフスエレメント》は第五の使者、MFであった。ここまでで相違ないな?」

 

「……信じ難いけれど、頭は信じられないくらいに冴え渡っている。……悔しいけれど飲み込めちゃうんだなぁ……」

 

 ぼやいたメイアは眼下に収まる三名のパイロットを見据える。

 

 一人の少年の相貌にはどこかで見覚えがあった。

 

「……彼は、誰だ……? いや、誰だなんて問いは意味ないんだろうけれど。だって、彼もクラードなんだし。でも、どっかで見た事が……」

 

「ザライアン・リーブス。聞いた事があるはずだ」

 

 その名前でメイアは閃くものを感じていた。

 

「……思い出した。木星船団の師団長……宇宙飛行士、ザライアン・リーブス……でも、変だ。だって彼は……結構ボクらよりも上のはず……」

 

「違和感があるのも無理はない。彼らがこの次元宇宙に訪れた際、年齢はまちまちであった」

 

「……待って。それは変でしょ。彼らもまたクラードなら、年齢がバラバラなのは辻褄が合わない……」

 

「では辻褄が合うとはどういう事だ?」

 

「……逆質問、やめてよね。……そうだなぁ。ボクとクラードはほぼ同じ年齢なのに、どうして彼らだけ年齢が違うって言うんだ? それは変だろうに」

 

「役割、というものに集約される。もう少し観てみようか」

 

 再び動き出した時に、彼らはブロックノイズの向こう側と対峙する。

 

『……言っておくが、《フォースベガ》だけだ。私の《ファーストヴィーナス》は約定は守るが、それ以外は関知しない。接近した敵影を叩き潰すように飼育してある』

 

『その認識で構わない。いずれにしたところで、この次元宇宙の者達においてはダレトの力は毒にもなるだろう。君の裁量で裁いてくれていい』

 

『……私の《ネクストデネブ》も同じく、だ。容赦をするつもりはない』

 

『ま、待ってくれよ! ……僕らは約定を守らなければ、この次元宇宙での生存さえも危うい! ……それに、同族を殺し過ぎた。咎は受けるべきだろう』

 

『咎だと? それはお前だけの冗談にしてくれ、そちら側のクラード。私はここに降り立った。その責務として、《ネクストデネブ》を稼働させなければいけない。それこそがガンダムを引き継ぐ者の宿命なのだからな』

 

「……ガンダム……?」

 

「奇しくも同じ忌み名をもってこの次元宇宙に訪れるとはな。だがそれも決められた事実だ。MFのパイロット達はそれぞれの故郷の世界にて、その名を冠していた。――《ガンダムレヴォル》の名だ」

 

 老人の口にする言葉に、メイアは額を押さえる。

 

「……待って……ちょっと待ってよ。じゃあ、何? みんなが……《ガンダムレヴォル》と言う名前に……まるで呪いのように引き寄せられて……!」

 

「この場では祝福と呼ぶべきだろうな。その祝福一つで、三人は少なくともこの次元宇宙に降りてきた」

 

 そこではた、と考えが止まる。

 

「……いや、待って。前提がおかしい。三人? ダレトから来た聖獣は四体のはず。四人が正しい」

 

「その通りだ。お前の目の前に居る、我こそが――」

 

 老人がその腕を掲げる。

 

 途端、亀裂が走り、見知ったライドマトリクサーの紋様が浮かび上がっていた。

 

「……まさか、キミが……?」

 

「いけないかね。我もまた、《ガンダムレヴォル》に選ばれた人間だ。名乗りが遅れたな、メイア・メイリス。我が名は、エーリッヒ。――エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー。《サードアルタイル》を伴わせてこの次元宇宙に最初に降り立った愚者であり、彼の者達に叡智を与えた賢者である」

 

「《サードアルタイル》の……! って、それも変じゃん。だってキミは……あの女の子じゃないし」

 

 身構えたメイアは急に馬鹿馬鹿しくなる。

 

《サードアルタイル》を操っていたのは銀髪の少女のはず。

 

 目の前の老人ではない。

 

 繰り言だと思っていると悟られたのだろう。相手は嘆息をつく。

 

「信じられないか」

 

「信じられないって言うか、無理筋に近い。だって、おじいちゃんでしょ。どう見ても銀髪の美少女じゃないし」

 

 憮然として言いやると、エーリッヒは喉の奥でくっくっと笑う。

 

「……あれもまた、よからぬ宿縁であると認識してはいないのだな。いいだろう、一つずつ解きほぐそう。まずは、一つ」

 

 老人が指を立てると、世界は暗礁の宇宙空間に切り替わっていた。

 

 落下の感覚よりも空間を切り替えると言う全能者の如き動きに仰天する。

 

「……ここはキミの思うがままってワケか」

 

「認識世界は自在に切り替えられるが、それでも程度はあるとも。現に、浮遊感はないはずだ。それに息が出来ないと言う感覚も」

 

「本当だ……。周りはどう見たって宇宙なのに……ノーマルスーツも必要ないなんて」

 

 視界の隅で先ほどから死のトラウマに囚われたクラードが短く悲鳴を上げる。

 

 見ていられずに、歩み寄って彼の手を取っていた。

 

「怖くないってば。ここはこのおじいちゃんの見せている記憶の世界でしょ?」

 

「嫌だ……やめろ……やめてくれぇ……ッ!」

 

 その手を強く振りほどいたクラードに、メイアは少し幻滅気味に応じる。

 

「……あ、っそ。キミがそこまで怖がりだとは思わなかったけれど」

 

「責めてやるな、メイア・メイリス。あらゆる多元宇宙の業を背負っているのだ。お前は一人で無数の自分の死に耐えられるように出来ているのか?」

 

 そう言われてしまえば言い返す事も出来ず、メイアは沈黙するしかない。

 

「……って言ってもさぁ、ボクじゃない人の事だから分かんないや」

 

「ドライだな。いや、だからこそ、最も醜悪な事実にまだ気づいていないのだと言えるが……いいだろう。そこに居るエージェント、クラードはお前のよく知るあやつではない。現実を生きているクラードは数多の死を乗り越え、その度に強靭になっていく精神と肉体の上に成り立っている。要は、凡百の精神力では、彼の者の運命には耐え難いものがあるだけだが」

 

「分かんないのは、それも。確かに《レヴォル》は特別だ。さっきの言っていた、MFだって言うのもよく分かる。だけれど、さ。そっちの言い草じゃ、五番目の使者だって言うじゃん。でも、あまりにも形状がこっちの常識で組み立てられている。それはどう説明するの?」

 

「だからこそ、因果地平を宇宙空間に変えた。見てみるがいい。あれが、まず我が方舟、貴様らが《サードアルタイル》と呼ぶ、原初の《ガンダムレヴォル》だ」

 

 ダレトの超空間を超えて物理宇宙に現出したのは、先に目にした《サードアルタイル》とはまた違う、灰色の機体色であった。

 

 しかし原型はほぼ同じだ。

 

「……あれも《レヴォル》か」

 

「そして、この宇宙に現れたのがいささか早過ぎた。我はこの次元宇宙で、呼び声を基にして月へと現れたのだ」

 

「……うん? いや待って。それも変。MFの出現はだって、四体同時のはずだ」

 

「ダレトが開いたその瞬間の事を正確に観測している人間など居るのか? 彼の者達によって遅れた情報を意図的に掴まされ、他の三体よりも数年規模で早く訪れた我は、第一次接触を試みた」

 

「……第一次接触……って言うと……」

 

「この宇宙における知性体とのコンタクトだ。だが彼の者達は我の想定の上を行っていた」

 

 エーリッヒがその瞼を伏せる。

 

 その懺悔のような眼差しの先には、《サードアルタイル》を包囲する無数の機体があった。

 

「……《プロトエクエス》……? でも、これはミラーヘッドの幻像じゃない。本物の……軍隊だ……」

 

「今の時間軸において実態を伴った本格的な軍隊行動は珍しく映るだろうが、我への歓迎はこのようなものであった」

 

 エーリッヒがその指を指揮棒のように振るうと、《プロトエクエス》より一斉掃射が放たれていた。

 

 月面で巻き起こる殲滅のトワイライトダンスに、メイアはこれが過去の映像だと分かっていても気圧される。

 

「……何て、事を……」

 

「これが彼らの言うところの、第一次接触だった」

 

《サードアルタイル》はこの時点では戦闘能力を奪われているのか、装甲に亀裂を走らせ、そこいらかしこから虹色の血潮を浮かばせている。

 

「我は彼の者達に捕獲された。交渉などなかった」

 

 続いて場面が切り替わり、ブロックノイズの向こう側を睨んだ過去のエーリッヒは手術台に磔にされ、無数の機械によって解体されていく。

 

 血潮が舞い、臓腑を引き出され、そして脳髄を掻き回される。

 

 それでも――。

 

「……嘘、でしょ……生きてる……」

 

「そう、我は簡単に死ねなかった。幸か不幸かは分からないが」

 

 ブロックノイズの向こう側から忌々しげな声が放たれる。

 

『……ここまで殺しても自我が残る』

 

『これは最早、我々の領分を超えるだろう』

 

『しかし、彼から得られた情報は有益だ。あちら側の思考拡張に、そして肉体の機械化技術――さしずめ有機伝導体操作技術と呼称しようか。彼の持ち得たギフトを最大限に利用し、来英歴は発展する』

 

『それだけではない。エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーは予言を我々に残した』

 

「……予言……?」

 

「別に、我が予言めいた事を言ったわけではない。我の内部に蓄積していたメモリーを彼らが解析しただけだ」

 

『近いうちに、さらに三体の《ガンダムレヴォル》、か。これらを現時刻より、モビルフォートレスと命名。それらに対し、我が方は叡智でもって対抗する』

 

『ギフトには感謝している、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー。貴君のお陰でこの来英歴は安泰だ』

 

 メイアは口元を押さえてその場に膝を折っていた。

 

「……何て……事だ。MFの到来は、じゃあ予見されていたって言うの?」

 

「彼の者達にはどのタイミングでMFが来るのかは理解されていた。だからこそ、約定によってMFのパイロットと交渉し、そして彼らを丸め込めた。……おぞましいとはこの事を言う。彼らにとってはMFとの第一次接触は、この次元宇宙をより高い支配域に留めるためには必須であったのだろう」

 

『エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーを抹殺する事は不可能と判定。月面に永久に封印する』

 

『名を冠するのならば、テスタメントベースとでも言うべきか。テスタメントベースにエーリッヒ・シュヴァインシュタイガーが遺した思考拡張の脳波を封じ込める事しか、現状の我々には出来ないとはな。彼は恐らく、より強い思考拡張脳波で、仲間を呼び込むであろう。来英歴を破壊すべき、と断定した聖獣達を』

 

『しかし到来が予見出来ていれば対策も出来る。周期は?』

 

『近い年月に三体、その後に一体、と出た』

 

 エーリッヒの脳波を解析し、MFの出現予測を立てているのだと思い知った時、メイアは奥歯を噛み締めていた。

 

「……どうして……どうしてそこまで分かっていて……たくさん死なせたんだ……!」

 

「彼らにとっては都合がよかった。この次元宇宙の人間が死ねば死ぬほどに、MFを脅威と位置づけ、特別な接触機会を得られる。その予測通りに、三体のMFが出現。彼の者達は秘匿していた我が《サードアルタイル》を同時出現したかのように見せかける事によって、四体のMFの出現を演出した」

 

「演出……? この来英歴を震撼させたあの事件を演出したのが……このブロックノイズの向こうに居る奴らだって言うのか……!」

 

「そう怒りを向けるな、……と言っても無駄か。エージェント、クラードも同じであった」

 

「……クラードも……?」

 

 先ほどから頭を抱えて座り込んでいるクラードの事ではないのだろう。

 

 エーリッヒは向かい合って告げていた。

 

「……ああ。奴もよくここに堕ちてくる。その度に、叛逆の心を新たにして、そして現世へと帰っていくのだ。何度も言ったのだがな。ここでの記憶は持ち越せない。現実に戻った時点で、また愚かな行動を続けるだけだと」

 

「……じゃあ、クラードは知って……? あいつらの事も……」

 

「知っているが、認識は出来ない。そういう風に封印を込めておいた。お前と同じように。彼の者達の思考拡張は特別だ。約定、と銘打っているが、あれは目にしたものを服従させるだけの効力を持つ。だがこうやって隠してやれば、少しばかりは薄らぐはずだ」

 

「……何だ、それ。まるで催眠状態じゃないか」

 

「遠からぬものだ。思考拡張は種類があるが、彼の者達は強い服従の意志を宿らせる。MFのパイロット達が明瞭な叛逆に打って出られないのは彼ら相手に対等な交渉をしようとしたのが敗因だろう。この次元宇宙では逆らえない」

 

「逆らえないって……。でもそれは嘘だろう? 《サードアルタイル》は……!」

 

「第三の使者は我の思考拡張を模した新たな人体に従うように制御された。これは我が即座に解体され、そこまで気が回らなかったのもある。元々、《サードアルタイル》は方舟だ。戦うための機体ではない」

 

「戦うためじゃ……ない?」

 

 エーリッヒが指差す。

 

 その先には赤子を抱いた宇宙服を着込んだ存在が浮き彫りになっていた。

 

 赤子は泣き喚き、この世に生まれ落ちた存在の因果を証明する。

 

 それは呪いであるのか、あるいは福音であるのか。

 

『エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーの思考拡張脳波を解析。その結果、無数の失敗作を経て、ようやく生み出された。我々の中で唯一、成長する個体』

 

『これまでの全ての概念を過去にするであろう。この少女は支配の素質を持っている。……だがあまりに危険だ。我々の思考拡張能力と、そしてダレトよりの未明の思考拡張を併せ持つハイブリッド体か』

 

『よって封印を施す。肉体の成長と精神の成熟に均衡をもたらさない』

 

 銀髪の赤子の頭部に装着されたのは弓型のヘッドセットであった。

 

『叡智は我々のためにある。このまま成長すれば、いずれ我らのための力を振るうだろう。その存在そのものが――不幸そのものだな、なぁ――ミセリア・リリス。破滅をもたらす烙印よ』

 

 赤子は弓型のヘッドセットが食い込んだせいか、痛みに泣きじゃくっていた。

 

 その少女の相貌が、《サードアルタイル》を稼働させてみせた少女と重なる。

 

「……まさか……」

 

「彼の者達が用意してみせた駒の一つ。――名を、ミセリア・リリス」

 

「……でも何で……何で彼女の誕生がキミの記憶から見られるんだ……?」

 

 エーリッヒはこめかみを突いてみせていた。

 

「繋がっているのだ。同じ思考拡張の波長を持っているのだからな。彼の者達はそこまではさすがに分からなかったらしい。解明されないままの技術体系の一つだ。その中には、ミラーヘッドとアステロイドジェネレーター、そしてライドマトリクサー施術もある」

 

「……ミラーヘッドも、MSとかのアステロイドジェネレーターも、……そしてライドマトリクサーの技術まで? じゃあ全部が全部……おじいちゃんの世界の代物だって言うのか……?」

 

「だが、我と彼の者達は認識に差がある。こちらの技術体系をそのまま発展させた野蛮な思考拡張に身体改造技術は、我の次元宇宙では千年も前に過ぎ去った異端の技術であった」

 

 宇宙の背景に見るもおぞましい身体改造の映像がフラッシュバックしていく。

 

 それだけの失敗と、試行錯誤を繰り返した結果、訪れたのがそれでもなお愚かしい行動だったとすれば、来英歴は救われない。

 

「……ねぇ、おじいちゃん。本当に他に手段はなかったの? あの子……ミセリアが生まれないで済んだ優しい世界も……ボクらみたいなライドマトリクサーが存在しないような……慈しみのある世界だとか……」

 

 エーリッヒは宇宙空間に溶け込む実験体達の真紅の悲鳴を浴びながら、その瞳を細めていた。

 

「……なかったのだろうな。あれば……もっとよかったのだが」

 

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