機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第200話「光の指先で」

 

「そっか……。おじいちゃんを責めたって仕方ないからね。だってキミは……まさか訪れた先で歓迎されるでもなく、バラバラにされちゃったんでしょう?」

 

「別段、呪っているわけでもない。彼の者達はどう交渉しようともそう決断しただろう。事実、この次元宇宙にとって我の叡智は劇薬にも成り得たのだ。最初に得たのが彼らであっただけで、他の人類が得れば、別の結果をもたらしたかと言えばそうでもない。もっと陰惨な地獄が待ち受けていたかもしれない」

 

 メイアは責められなかった。

 

 どうして責められよう。エーリッヒは絶望し切ったのだ。この次元宇宙で自分の声に応じた唯一の存在に裏切られ、そして方舟を奪われた。

 

 彼らにしてみればエーリッヒの叡智を凌駕したのだろうが、まだその掌の上だとは思いもしないだろう。

 

「いやだぁ……やめてくれぇ……ぅ。もう、やめてくれぇ……」

 

 力ない声を発するクラードの傍に、メイアは座り込む。

 

 彼にしてみれば、救えなかった数多の地獄を再現させられている。

 

 まさしくここは――煉獄。

 

 罪の炎で人々が焼かれ続ける。

 

「クラード……キミの頭蓋は地獄に通じているのか……。だからあんなに……寂しそうな眼をしていたんだね……」

 

 何度も死に様を目の当たりにすれば、人間はこうも簡単に壊れる。

 

「そして、《サードアルタイル》は生まれた。いいや、新生した、と言えば正しいだろう」

 

 宵闇を斬り裂く虹色の血潮を滾らせ、黄色の装甲に塗り直された《サードアルタイル》がダレト侵攻の際に機を狙って打ち上げられる。

 

 月の裏側から現れたのだ。

 

 ダレトを観測した者達からすれば、確かに《サードアルタイル》も同じ聖獣に思われただろう。

 

 だが、実際には正反対。

 

《サードアルタイル》は利用されるために解き放たれた獣だったのだ。

 

「……じゃあ、あの子……。ミセリアは……」

 

「彼の者達によって再現された我の劣化コピーとでも言うべきか。違うとすれば、彼らの呼び声に近い思考拡張の叫びと、我の思考拡張の板挟みになって自我が常に粉砕されている。その波打ちを最小限に留めるための技術があの弓形のヘッドセットだ。彼女はいつまでも幼年期の夢を見続ける。醒めない悪夢なのだと誰も教えないままに」

 

 幼年期の夢――銀髪の少女は何を見続けたのだろう。

 

 仕組まれたMFとこの次元宇宙のぶつかり合い。

 

 エーリッヒが口を閉ざし続けた世界の秘密をその脳髄に収め続けるなど、自分では出来そうになかった。

 

「……ミセリア、か。おじいちゃん、ボクは彼女も救いたい」

 

「彼女も、と言うのは」

 

 メイアは立ち上がるなり、呻き続けるクラードの手を取る。

 

「もちろん、どっちもだ! どっちも、この世界の終わりみたいな場所から助け出す! だってボクには出来るはずなんだ……! ボクにレヴォルの意志が囁くのなら!」

 

「……まだ教えていなかったな。お前の生まれにもまた、秘密がある」

 

「いいよ、どんな秘密があったって、乗り越えてやる。……だって、ここには彼が居る」

 

 自分がその手を取っていても、クラードは虚ろな瞳を投げ続ける。その眼差しには取りこぼしてきた過去しか映らないのかもしれない。

 

 それでも、救うと決めた。

 

 共に歩むと決めたのだ。

 

 ならば、自分はクラードと共に在ろう。

 

「……メイア・メイリス。ここでは教え切れない事もある。お前も、現世に戻ればこの煉獄での記憶を持ち越せるかどうかは不明だ」

 

「いいさ。何度だって。ボクは立ち上がる。――だってボク達は、一人じゃないんだから」

 

 そうでしょ、とクラードの手を引く。

 

 力の籠っていないクラードの手、かつて全ての運命を裁くと決めた存在の指先とは思えないほどのか弱さだが、それでもいい。

 

 今は、その手を握り締められる。

 

「メイア・メイリス。……覚醒の予兆だ。そろそろ煉獄の夢より醒め、そして儘ならぬ現実に戻るがいい。その果てに何が待とうとも……己の手で切り拓いていくのであれば」

 

「ああ。でももう一個だけ、いい?」

 

「何だ? あまり時間はかけられ――」

 

 不意打ち気味に、メイアはエーリッヒの手を取っていた。

 

 枯れ果てたかのような、皺だらけの手を愛おしそうに握る。

 

「……何を……」

 

「ボクが救うのは、キミもだ、おじいちゃん。こんな場所、寂しくていつまでも同じ景色で、退屈でしょう? ボクのライヴのチケットをあげる! いつか遊びにおいでよ、おじいちゃん!」

 

 エーリッヒは呆気に取られた様子であったが、やがてその瞳を細める。

 

「……そうか。メイア・メイリス。その運命を超越してでも、世界を救うとのたまうか」

 

「当然じゃないか! こんな寒いところ、出ていくんだ!」

 

「いやだ……アルベルト、レミア……」

 

 呟き続けるクラードにメイアはその手を握って、微笑む。

 

「ほら、行くよ、クラード。ボク達のゲインをぶち上げる時だ」

 

 瞬間、意識は消失点の向こう側へと吸い上げられる。

 

 その刹那に、エーリッヒは言葉を投げていた。

 

「え、何――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、何……」

 

 手を伸ばしてメイアは起き上がろうとするが身体が言う事を聞かない。

 

「やめたほうがよいですわよ。メイア・メイリス。貴女は無茶をしたのですからね」

 

 傍らに座り込むピアーナの相貌へと、メイアは微笑みかけていた。

 

「ああ、帰って来たんだ、ボク」

 

「そのようですわね。生き意地が汚いとはまさにこの事」

 

「酷い言い様だなぁ、それ。命冥加があるって言ってよ」

 

 しかし肉体は水色の再生治療カプセルに横たわったままでしか口を開けない。その唇でさえ、ひりつくような痛みを伴わせる。

 

「……痛っつつ……我ながら無茶したぁ……」

 

「お陰様で十三機しか存在しない《ネクロレヴォル》を一機失いました」

 

 ピアーナが投射映像を天井に映し出し、メイアは《サードアルタイル》の発生させた虹の皮膜に押し出されて大破した《ネクロレヴォル》を目の当たりにしていた。

 

「よく生きてたなぁ、これで」

 

「本当にそうですよ。死んでいてもおかしくはなかった」

 

「でも、まぁ、約束したし? おじいちゃんと」

 

「おじいちゃん? 貴女に祖父でも?」

 

「あれ……いや、何で? 誰のおじいちゃん?」

 

「それはこっちの台詞ですよ。寝ぼけていないで、再生治療に努める事ですね」

 

「忠言痛み入る……かな。にしても、ここは手広くって助かるや」

 

「エンデュランス・フラクタルの最新鋭艦ですからね。それくらいは当然です」

 

「あれ? 艦長殿はずっと付きっ切り?」

 

「まさか。貴女の意識レベルが正常に戻って来たので、今しがたここに来ただけです」

 

 とは言え、やはり嘘は下手だ。

 

 ピアーナは白磁の頬を僅かに紅潮させている。

 

「……まぁ、生きていてよかったよ、ホント」

 

「二、三、伝達しなければならない事が」

 

「どうぞー。どうせボク、逃げられないし」

 

「これより、我が艦は《サードアルタイル》の追撃に向かいます。これはエンデュランス・フラクタルの上層部の合意です」

 

「うん? それって変じゃない? だって第三の聖獣を解き放つのが目的だったんでしょ? じゃなくっちゃ、乗せないよねぇ、誰だか知らない人なんて」

 

「……わたくしとしては、本社は聖獣の視察に来たい程度だと思っておりました。まさかエージェントをもって、《サードアルタイル》による統制を望んでいるとは思ってもみません」

 

「統制、か……。企業からしてみれば都合がいい。MFはどの勢力にも与していない、と世界中の誰もが思っている中で、主要な都市圏や他の企業をこうして出し抜ける。もし追求が来ても、エージェントなら知らぬ存せぬを貫き通せるし」

 

「ですがそれは、わたくしの本意ではない。よって、我が艦は尻拭いを行います」

 

「……ん? 今変な事言わなかった?」

 

「いいえ。これはわたくしの責任です。《サードアルタイル》がもし、無秩序に世界を襲えば……それだけで死ななくっていい人間まで死ぬ事になる。わたくしは所詮、組織の飼い犬のようなものですが、精神まで飼い犬根性が染みついているわけではございません」

 

「でもさ、表立ってモルガンが《サードアルタイル》の道を邪魔するのは無理でしょ。それこそ、無理筋って奴」

 

「ですね、我が艦はあくまでも、《サードアルタイル》がもしもの時に沈黙してしまった時のバックアップが基本。そして今もわたくしの思考拡張に送られてくる電算された聖獣の力を……本社は無遠慮に拾い上げ、何かを画策している。わたくしに止める術はありません。艦長席に座れば自動更新でこの情報は筒抜けとなります」

 

「いいの? それ言って」

 

「構いません。もう転がり出した石なのですから。それに、わたくし一個人で止めようと思っても不可能な領域。《サードアルタイル》が世界を席巻する」

 

「でも、艦長殿はご立腹って感じじゃん」

 

「……当たり前でしょう。こんなもの、飲み込めと言うほうがどうかしております。よって、わたくしも独自に手を打ちます。メイア・メイリス、それまで死なないよう」

 

「努めて参りまーす」

 

 寝そべりながら返事をすると、ピアーナは瞼を伏せて嘆息をつく。

 

「……本当に貴女は……食えない人間ですわね。あの野蛮なエージェント……クラードにそっくりな」

 

 退室したピアーナに返答し切れず、メイアは天井を見据える。

 

「……あれ? でもボク……結構憶えているなぁ、何でだろう? 煉獄だとか、細かい会話の内容までは思い出せないけれど……この世界を支配する絶対者……彼の者達、か。それに、おじいちゃんに、泣きじゃくるクラードに……助けなくっちゃいけない、女の子が居るんだ。彼女の名前は……ミセリア・リリス」

 

 

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