我ながららしくないと言えばらしくなかったのだろう。
メイアの生存にかけずらっている場合でもないのに、それでもこうして胸を掻き毟る焦燥感に押し潰されそうになる。
「……わたくしは、こうも弱かった、という事なのでしょうね」
呟き、ピアーナはモルガン最奥に位置するアステロイドジェネレーター管理室へと訪れていた。
スタンドアローンに設定しておいた電算椅子に座り込むなり、ふぅと嘆息をつく。
「――それで? ご気分はどうですか? アルベルト様」
「いいわけが……ねぇだろうが」
視線の先には両腕を拘束され、全身に裂傷を作りながらもこちらを鋭く見据えるアルベルトが胡坐を掻いていた。
「結構。貴方も意外としぶといのですね。月軌道決戦の時から、命だけは有り余っている」
「用件はそれだけじゃねぇだろ。……ピアーナ・リクレンツィア……!」
「まるで怨敵でも睨むような物言いですわね」
「実際、そうだろうが。てめぇはオレらを裏切った……!」
「それは語弊があると言うもの。わたくしはモルガンへ、貴方達はベアトリーチェの任務を継続されていた。裏切りなど、最初からなかったのです。エンデュランス・フラクタル本社が全て決めた事。決定権は、わたくしにはなかっただけ」
「じゃあ何かよ。本社の意向には従うってか……!」
「そうですわね。わたくしは今のところ、逆らうメリットを見出せません。全身ライドマトリクサーのこの身、いつ情報だけ抜き取られて捨てられるかも分からないのです。本社に下手に歯向かえるわけがないでしょう」
「てめぇはその理論で……オレ達を苦しめてきたって言うのか! 死んだヤツだって居るんだぞ!」
「ええ、実際に、死んだ人間は大勢居ました。ですが、先にも言った通り、わたくしに決定権はなく、全てはエンデュランス・フラクタルの意向です」
「ふざけんな! ……お前の事、どれだけカトリナさんは心配していたか……!」
「……その人の事を言わないでください。わたくしとて機械とは言え、苦しむ心くらいはあるのです」
ピアーナは電算椅子のコンソールを撫でる。
すると、アルベルトの拘束具が外れていた。勢いでつんのめったアルベルトが床に転がる。
「……どういうつもりだ? 死に体のオレくらいなら、拘束なんて要らねぇってか?」
「いいえ、そこまで嘗めたつもりはありません」
「じゃあ、何だよ……! 言っておくが、全身RMでも喉笛に牙突き立てるくらいは出来るんだぜ……!」
「下品な事を言わないでくださいませ。こちらに」
再び電算椅子を操作し、椅子に座ったまま、ピアーナは浮遊してアルベルトを先導していた。
アルベルトは逆らう気概はあるのだろうが様子を見るつもりなのだろう。
下手に刺激しようとはせず、追従してくる。
「大人しくなりましたね、アルベルト様。それもこれも、この三年間の積み重ねですか」
「……賢しいだけの大人になったって言いたいんだろ」
「そこまで侮辱するつもりはございません。第一、貴方には役割があるのでしょう?」
「……エンデュランス・フラクタルのエージェントとしての仕事なら、突っぱねてやる……!」
「それも自由に行かないのが我々のはずです。お気づきですよね? エンデュランス・フラクタルによって既に枷を嵌められているという事に」
「……鬱陶しい首輪の事なら、三年前からずっとだろ」
「ええ、我々は逆らえば死と言う残酷な運命の上に敷かれている。それでも貴方達の叛逆を本社が黙殺しているのは、最終的な勝利条件のために転がしているに過ぎない。我々はダイスによって生か死か、まるで均一な確率で裏返る状況を与えられている」
「……均一な確率ってのは嘘だろう。本社のさじ加減なのは知ってんだよ」
「ですね。なのでこの博打は、既に不利に転がっていると判定すべきでしょう」
「……博打ぃ? 何を仕出かそうって言うんだ?」
「オフィーリアから解析部隊が来ないという事は、貴方は死んだ扱いになった可能性が高い」
「……まぁ、だろうな。《サードアルタイル》に吹っ飛ばされた時にはマジに死んだと思ったからよ」
「ですが、こうして生きている事、それそのものが、確率論においてどちらかの不利に転がる。わたくしが一手でも上回れるとすれば、その点のみ」
「……何を言いたいのかまるで分かんねぇけれど、ピアーナ。お前、全部筒抜けなんだろ? 本社に忠誠を誓ったって事はよ」
「そこまで理解されていらっしゃるのなら、より。この策を講じるべきだと判断いたします」
漆黒に塗り固められた空間へと赴くなり、ピアーナは電算椅子を手繰って投光器の電源を入れていた。
重い音と共に露わになったのは、白銀の騎士の威容を持つ機体――。
アルベルトにしてみれば、再会するとは想定してもいなかった機体だろう。
絶句して、その姿を思い起こしているようだ。
「……こいつぁ……」
「わたくしが生きているのだから、この機体も当然、生きているのです。わたくしの半身、呪いそのものの機体――《アルキュミア》も」
「……《アルキュミア》は三年前に大破した。オレが……護れなかった時に……」
「ええ、ですが修繕が行われ、今ではこのモルガンの最奥に安置されています。そして《アルキュミア》はわたくしと一心同体。こちらに与えられた権限と情報を全て、蓄積している」
その言葉の赴く先を、ピアーナはアルベルトに向き直って口にしていた。
「――アルベルト様。私の願いは一つ。これに乗っていただきたいのです」
「……何を言って……」
「貴方なら命を預けられると三年前に既に決めておりました。そして、《アルキュミア》のシステムは本社でさえも掴めない。何故ならばこれはわたくしの生命線そのもの。下手に細工すればピアーナ・リクレンツィアの死と言う結果を生み出しかねない。イレギュラーを嫌う本社からしてみれば、これも一つのアキレス腱なのです」
「……だが、オレがこいつに乗るって事は……」
「ええ。モルガンより出撃し、カトリナ様を救ってくださいまし。それがわたくしの望みです」
まさかその言葉を放たれるとは思っても見ないのだろう。アルベルトは息を呑んでいたが、ピアーナは構わず続ける。
「《アルキュミア》の仕様は、本社によってネットワークを暴かれるわたくしの最後の抵抗なのです。この《アルキュミア》に、現状持ち得る情報を全て、スタンドアローン状態で集積します。そうすれば、わたくしの知り得た情報とそして権限は貴方のものとなる。翻ってみれば、オフィーリアの力となるでしょう」
「……だ、だが……オレにそんな事を、任せていいのかよ……。ピアーナ、オレが死ぬ時はこの機体も死ぬ時だ。……命を、本当の意味で預けるって言ってるんだぞ。それに本社の連中は情報を抜き取られたって知れば……」
「ええ、わたくしの意思は無関係。排除にかかるでしょうね」
「だから……! 何でそんなに落ち着き払っていられるんだ! オレみてぇな奴に……お前の生き死にまで背負えってのかよ……! そこまでの――」
「そこまでの価値がないと一言でも仰れば。その舌、引き千切りますわよ、アルベルト様」
制したこちらに、アルベルトは言葉を詰まらせていた。
「……けれどよ……」
「どちらにせよ、誰かに頼まなければならない事なのです。メイア・メイリスに依頼するつもりでしたが、彼女は先の戦闘で重傷を負いました。幸いにして、《アルキュミア》の機体追従性に精通している貴方が生死不明となり、そしてモルガンで拾い上げたのがつい数時間前。わたくしはこの機会こそ、自分に出来る唯一の叛逆と構え、そして準備をした。三年間眠っていた半身を起こしてでも、これは誰かがやらなければいけないのです」
「……だが、オレはお前に期待されるような戦いを出来るとも限らねぇ」
「……何を仰います。月軌道決戦であれほど果敢に戦い抜き、そして今日まで生き残ってきた自らの強運を信じてください。貴方は、わたくしの命を預けるに足る御仁なのですから」
「……紛れもなく命、か。こいつは重いな……」
「重くとも、これが最後の一手です。わたくしがこのモルガンで完全に他の介入を拒めるのはこの部屋とこの電算椅子のみ。そして、《アルキュミア》に全能力を託し、貴方を送り出せれば、それだけでカウンターと成り得る」
「……そうまでして、本社の闇を暴きたいんなら、お前も来ればいいだろう? オフィーリアに。だってあそこにはみんなが……!」
「駄目なのです。わたくしは穢れた身。もうこの身体では……カトリナ様にもう一度だけ抱きつく事も、弱音を吐く事さえも許されない。全てを貴方に任せ、そして時が実るのを待つしかありません」
「……時って……そんなもの、絶対に来るとは……言えないだろうが」
「いいえ、来ます。必ず、時は来る。その致命的な一瞬に、わたくしは全てを賭けます。性質の悪い博打だと、嗤っていただいて結構」
「……嗤えるかよ、そんな顔をしたヤツの話を」
ピアーナはその時になって頬を伝い落ちる熱を感じ取っていた。
自分でも不明瞭な感情が発露し、計測出来ない何かを生じさせている。
「……アルベルト様。これはバグです」
「……バグなもんか。お前は……人間なんだ。間違えようもなく、人間なんだよ……! いくらお前が否定しようとな、カトリナさんが好きなんだろう? ベアトリーチェの居心地がよかったんだろ? 三年前に……出来れば戻りてぇんだろ……!」
「そんなはず……違います」
「違わねぇ! ……約束するぜ、ピアーナ・リクレンツィア。オレは片道切符だけ背負って戦いに赴くような半端者じゃねぇ。必ず……お前をこの呪いから救い出す。だから……オフィーリアで笑って会おうぜ。今度は混じり気のない笑顔でな」
「……貴方はそんな事を真顔で言えるから、狡いんですよ……」
「それもそうだな。オレは……ズルい人間なんだ」
アルベルトを手招くように、《アルキュミア》が稼働し、そのマニピュレーターを差し出す。
彼は一度だけ振り返っていた。
「……約束しましょう、アルベルト様。もう一度……打算も何もなく、笑える日々が来る事を……」
「ああ。約束だ、ピアーナ。お前の命、オレが預かる」
コックピットへと乗り込んだアルベルトを目で追いつつ、ピアーナは頬を伝い落ちる滴の熱を、今だけはと感じていた。
「……わたくしはまだ……人間でいてよかった……。今だけは……不完全なライドマトリクサーで本当に……よかった……」
都合のいい願いかも知れない。
それでも、願いの形を自分で描けるのならば。
それは夢に繋がる。
夢は誰かに託すもの。
そして、諦めなければいずれ叶うものとされている。
「……馬鹿ですね、わたくし。夢なんて……醒めれば消える幻ですのに……」
それでも今はまだ。
夢の淵に居させて欲しかった。