艦長室に通され、ザライアンは警戒しなかったわけではない。
これまでのように、自分達を封殺する術はいくらでも存在する。
加えて相手は統合機構軍――エンデュランス・フラクタルと同じ技術を持ち得る者達だ。
どれだけの汚い手でも用いて、MFのパイロットを捕縛、その身を交渉条件にして世界との渡りをつける手はずだってあった。
しかし――拍子抜けと言うべきか、ザライアンとマーガレット、それにヴィヴィーはエージェント達に取り囲まれながらも特に何か異常な出来事が起こるまでもなく、艦長室へと通される。
その異様さに逆に絶句したほどであった。
広くアーチ状に取られた艦長室の最奥では、執務椅子に座り込んだ女性が怜悧な瞳をこちらに投げる。
「……あなたがマーシュ艦長か」
「そういうあなたはザライアン・リーブス。光栄だわ。木星船団を束ねる師団長、宇宙飛行士の渾名を取るあなたとこうして対面出来るなんて」
「世辞はいい。僕達には時間がない。分かるだろう?」
「そうね。それに、《ファーストヴィーナス》を含む最大戦力を、今は保有しているのは秘中の秘。それでも、エンデュランス・フラクタルのような情報体系は存在している。彼らに嗅ぎ回れれば痛くもない横腹を晒すのみ」
「……あなた達も企業だ。彼らと癒着している可能性だってあった」
「それはないと、ここまで来れば証明出来たものだと思っていたけれど」
「……生憎僕らは疑り深くってね」
「それくらいがちょうどいいわ。あなた達は、だってエンデュランス・フラクタルに軟禁されかけたんでしょう?」
情報は既にオープンソースだと思っていい。しかし、エンデュランス・フラクタルが露見させるとも思えない。
「……失礼。こっちにも腕利きが居てね。エンデュランス・フラクタルとは常に牽制の状態にあるのよ」
「企業同士の抗争に巻き込まれる趣味はない」
マーガレットが率先して言ってのけた言葉に、マーシュは頬杖をついて応じる。
「でも、いいのかしら? あなた達は私達に少しばかり力を預けてくれる。企業への不信感があるにも関わらず、と」
「それに関しては僕が。……確かにエンデュランス・フラクタルの動きには胡乱なものを感じる。しかし、だからと言って誰とも組まず、僕らだけで戦い抜くのは至難の業なのだと……地上に降りて痛感した」
「第三の聖獣に、第六の聖獣は想定外でもおかしくはない」
「それでも、見通しが甘かった、と思っているんだ。僕らはMFの叡智をいつでも取り出せるのだと過信していた。それが手足を奪われれば、ここまで不測の事態になるなんて」
「思考拡張を塞がれているのだと、イリスから伝え聞いている。それでも、あなたは《ファーストヴィーナス》の中に眠る原初のアイリウム……レヴォルの意志と交信を果たしたのだと聞いているけれど」
「……だからって万能じゃない」
「万華鏡を退けたのでしょう? なかなかに出来る戦果じゃないわ」
「どうだかね……万華鏡はこの戦局も読んで撤退に移った可能性が高い」
事実、ジオがあれ以上深追いしてこなかったのは何も《ファーストヴィーナス》の戦力が割れないからだけではなさそうだ。
何かこちらでも窺い知れないものを、王族親衛隊は抱えているようであった。
「……言っておくと、別段敵の敵は味方理論を振り翳すつもりもない。エンデュランス・フラクタルと我が社は一部分では繋がっていた。それは今日における禍根とも言える結晶となっている」
「……《セブンスベテルギウス》だな?」
確証めいたマーガレットの論調にマーシュはその前髪を払う。
「《ダーレッドガンダム》よ、こっちでの通り名は」
「……ガンダム、か。まさかここまで因縁になるなんて思いも寄らない……」
「あまり話し込んでいる場合でもないけれど、あなた達は全員、それぞれの次元宇宙で英雄的働きを行い、その末にダレトを通してこの次元宇宙に訪れたのだと聞いたわ。それも、彼の宇宙では聖獣はガンダムの名を帯びていた。……偶然にしては出来過ぎているわね」
「……僕らも驚いている。呼び合うのがその素質だと思ってはいたが、この次元宇宙にもクラードが存在し、そして彼の乗機は《ガンダムレヴォル》であったのだと、……聞かされてしまえばね」
「ここで答え合わせをしない? 《ガンダムレヴォル》は何故、この次元宇宙に実質七機も存在するのか。それは何者かの作為が見え隠れする」
「作為……? しかし僕らは……」
「ザライアン・リーブス。先ほどから代表者のような物言いはやめてもらおう」
マーガレットは歩み出て、己の知り得る情報を交渉条件に挙げていた。
「マーシュ艦長。我々としても敵を打倒する好機であるのは重々承知だ。しかし、それがガンダムに関わるものであるのならば、話は違ってくる」
「同じ敵を睨んでいても、かしら?」
「それでも、だ。そもそも同じ敵、と言うのさえも怪しい。あなた方は知っていたのか? この世界を覆う悪意の存在を」
「……私個人の所見から語らせてもらうと、それはまことしやかに、と言ったレベルね。だってあまりにも早過ぎた。ダレトからの技術が浸透し、企業が世界を覆うまでの速度は。何者かの裏からの手引きがないのならば、来英歴は未だに非人道的な人体実験で頭打ちになっていたでしょうし」
「そうだ。来英歴……この世界は間違っている。野蛮人達がその手に余る技術を用い、そしてヒトである事でさえも捨てて、その果てに何もかもを求める。純正殺戮人類(ナチュラルキラーエイプ)はそもそも出発点から間違っているはずだ。獣の骨で肉を狩る事を覚え、その喜悦のまま同族同士で喰らい合いを講じる。未だにその延長から逃れられていない。第四種殲滅戦も、ミラーヘッドも、ライドマトリクサーでさえも。……どうして過去の過ちに学べないのか。あなた方が辿っているのは破滅の道だ」
「それも存じているわ。“破局”だったかしら」
マーガレットは僅かに語気を改める。
「……知っていても平静でいられるものなのだな」
「誤解しないで欲しいのは、これでも危機感は覚えているのよ。でも、個人ではどうしようもない。だから、私は企業の駒であったとしても、それでも前進出来る道を選んだだけ。結局……賢しいのは他でもない自分なんだって、思い知るばかりよ」
「それでも賢明なのは、あなたにはまだ拒否権と退路がある。エンデュランス・フラクタルはその退路を打ち消し、無理やりにでもこの時代を進めようとしている」
「だから、あなたは見限った。そう思っていいのかしら? エージェント、キュクロプスの名を戴いた最強のエージェントであっても」
マーガレットは一拍置いた後に、マーシュを見据えて言いやる。
「……それが人間らしい選択だと思っただけ」
「人間らしい、か。私もあなた達への誤解があった。MFのパイロットは人間などではないのだと、どこかで線引いていたのは間違いない。この次元宇宙の人類には“夏への扉事変”での出来事はあまりに鮮烈が過ぎたのよ」
「……あれだって、仕組まれていた……」
ザライアンのこぼした声音に、マーシュは髪をかき上げる。
「そうね。その事を承知しているのは一握りだけれど、MFのパイロットが人間だと知れれば、地球圏は混迷に陥るのは必定。別世界の人間だから、と言う理由で魔女狩りが行われかねない。だって、あなた達のどこにも、この世界の人々と変わるところなんてない」
しかし、エンデュランス・フラクタルは自分達を交渉材料にして世界の秘密に肉薄しようとした。
マーシュの言葉繰りには現実味があった。
来英歴の人々は、追い詰められればどのような行動に出るのかまるで分からない。
そんな人々に真実を明かすのはあまりに酷であるし、自分達の運命に暗い影を落としかねない。
「……あり得ないと言い切れないのが、悔しいところだ」
「それに、ザライアン・リーブス。あなたは有名人なのよ。あなたが思っている以上にね。その正体がMF04、《フォースベガ》のパイロットで別次元の人間であった、となれば疑心暗鬼に陥るのも明白でしょう」
「……この世界の人類は皆、業を抱えていると言うのに……」
「ダレトが開いて数十年、それでも人類は一つになり切れない。それどころか、ダレトから与えられた技術で殺し合いの術を高め、人である事と言う尊厳さえも自ら捨て去ろうとしている。……世界が見捨てた結果だ、訪れるであろう“破局”は」
そう、この世界は遠大なる自分殺しの果てにある。
MFを呼び込んだのも、全ての事象が帰結する先でさえも。
「……それでもあなた達が口を割らないのは、やはりこの世界を覆う悪意は、それ以上の手を尽くしている、と見るべきなのでしょうね」
「申し訳ないが、我々の安全のためにも、そしてあなた方の命のためにも、世界の真実に肉薄するのは推奨出来ない。それは……別の形での“破局”を引き寄せるだけだからだ」
「……信用がないわけじゃない、とは思っても?」
「それは……! ……当たり前じゃないか。だってそうなら、《シクススプロキオンエメス》攻略戦に打って出るわけがない。それに……彼らの一員を手中に置くなんて……」
「それなんだけれどね。うちの解析班が言うのには、やはりあれは胎児なのだそうなのよ。でも、MFを胎児が動かせるわけがない。それに、思考拡張らしき波が観測されているとも言われている。――あれは救護信号。そうなのでしょう? 三人とも」
「……そこまで分かっていて、答えを迫るのは卑怯じゃないか」
「これは来英歴の人類が開いてはいけないパンドラの箱だったのかもしれない。でも、私達はもう、その一端に居る。なら無関心を決め込むのは一番にやってはいけないはずよ」
マーシュの論調には熱がある。
だが、信用なるのか、と言う部分でザライアンには迷いがあった。
信用して、裏切られてきたのがこれまでの戦いだ。
そして、下手に信を置けば、全てを巻き込んでしまう。
ザライアンが言葉を講じかねている間に、マーガレットは尋ねていた。
「……エーリッヒの事を、知っているな? エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーの事だ」
その事実は、自分は知らされていなかった情報だが、マーガレットの確信にマーシュは瞼を伏せる。
深い藍色に染まった艦長室が濃い影を落としていた。
「……私がその事を知ったのは、つい数日前の話だった。私は……レヴォルの意志に選ばれた存在であるメイア・メイリスを逃がすために、組織に叛逆した――」
「メイア! 逃げなさい! それがあなたの……運命への叛逆だと言うのなら……!」
己の中の熱を言葉にしたその時には、マーシュは黒服を銃撃していた。
しかし自分の叛逆など長くは持つまい。
既にラムダの艦内はひっくり返したような大パニックに陥っている。
艦長室に横たわった死骸を目の当たりにして、整備班長は絶句していた。
「……艦長、あんた……」
「何も……何も言わないで。ああ……私はただ、メイア……あなたとまだ、馬鹿をやりたかっただけなのに……」
後悔を口にしたところで時が戻るわけではない。
整備班長は冷たく声にしていた。
「……イリス達の様子が妙だった。メイアを追跡する事に何の躊躇いも抱いていない。……艦長、まさか有機伝導体操作技術で……」
「いいえ。恐らくは本社の意向でしょう。イリス達はエージェント。もしもの時に迷う事のないように設計されていたのね。……私は、間違えてしまったけれど」
拳銃を握り締めた指が震えている。これ以上の間違いを犯す前に、自分の頭蓋を撃ち抜いたほうがよっぽど賢明なはず。
そう感じて顎に銃口を添えた自分を、整備班長は頭を振って制していた。
「……よせ。よしてくれ、マーシュ艦長……。あんたが間違っていたんだとすりゃ、それはラムダの船員全員のミスだ。あんただけが泥を被って死ぬ事はない」
「でも、メイアはあのままじゃ、《ダーレッドガンダム》のパーツとして運用されて……きっと酷い目に遭っていたわ。それをある一面では容認したのは、私自身なのよ」
「だがあんたは……! ギルティジェニュエンのマネージャーだろう! ……ラムダの艦長である前に、あいつらの理解者だったはずだ……!」
「そう、……理解者が聞いて呆れるわよね。本社の命令に異論の一つも挟めず、彼女達が戦争の道具になる事を分かっていて、三年前にレヴォルの意志を解析し、そして第七の使者を利用して、悪魔を生み出した。……《ダーレッドガンダム》……止める術なんて思いつかないのに……」
どれだけ絶望しても、それでもこの世界はきっと最悪に転がっていく事だけは確かであり、そしてまかり間違ったのは自分のほうだ。
ここでの死以外での贖いなど思い浮かぶものか。
整備班長は想定外の事態に、ただ一言だけ発していた。
「……あんたは間違っちゃいない……」
「そう、そうだとしても……己を罰するのは己だけのはずでしょう。私は、メイアにもう合わせる顔なんてないもの」
「だから死を選ぶって言うのか……? それは違うだろうに……」
「だとしても、私に何が出来るって……」
『こちらイリス。メイア・メイリスを取り逃がしました。対象は騎屍兵、《ネクロレヴォル》の師団に捕獲されたようです』
「……《ネクロレヴォル》に?」
だとすれば、自分が想定したよりも地獄になるのかもしれない。
舞い戻って来たイリス達に自分は処分されるか、あるいは本社からの処罰を受けるかのどちらかなのだろう。
マーシュは全てを受け入れるつもりであった。
見知った整備班長は、何か言葉を投げようとして当惑だけを浮かべる。
「……これ以上……誰も泥をかぶる必要なんてないってのに……」
「それはそうだとしても、誰かが罰を受け入れなければ世界の答えなんて得られないのでしょうね。永遠に……」
「だが、あんたは……同朋だったはずだ。メイア達の……!」
「それも驕りなのよ。結局のところ、私はメイアの事を、何一つ分かっていなかった」
『ポートホームの座標接続開始。艦長に是非を問います』
ポートホームが接続されたという事は、本社からの増援が来るのは免れまい。
「……整備班長、逃げたほうがいいわ。メイアの事を知っている人間は消される可能性がある」
「冗談。自分の死に場所くらいは自分で選びたいんでね」
「……すまないわね、酷な運命を強いて」
「別に。……あんたに後悔がないのなら、それでいいんだよ、マーシュ艦長」
よくて拘束、悪ければこの場で銃殺か。
マーシュは最早無用な抵抗はすまいと、拳銃を下げ、執務椅子へと腰掛けていた。
「この死体はどうする?」
「置いておくといいわ。私だけの判断だと言う証明にもなるし」
「しかし、それは……」
「ラムダはまだ使える艦よ。それをたった一人の人間のエゴで潰すべきでもないでしょう?」
「……この艦と運命を共にするのが、クルーの役割なのだと思ったんだがな」
「元々、隠密に秀でた艦なのだから。経歴に書けもしない、汚れ仕事ばかりを引き受けてきたって言うのに」
「艦長、あんたの罪は我々も背負う。背負わせて欲しい」
「……酔狂なのね」
「馬鹿なだけさ」
廊下を駆け抜ける足音が聞こえてくる。
次の瞬間には自分を誅殺しているであろう、死の足音を前に、マーシュは瞼を閉じていたが、開かれた扉の先に居たのは本社の黒服達ではない。
「……イリス……?」
帰投してきたらしきイリスが艦長室の扉の前で佇む。
どういうつもりだ、と窺ったこちらにイリスが迷いなく銃撃していた。
その弾丸は、こちらへと迫っていた本社の黒服を射抜いたらしい。
呻き声が漏れ聞こえる中で、イリスを筆頭とするエージェント達が本社の黒服達を次々と蹴散らしていく。
その模様に整備班長と共に呆気に取られていた。
イリスは本社のエージェントだ。
もしもの時にマグナマトリクス社の放つ矢の一本として使われるはずであったのに、今はこうして本社組を撃ち殺しているのは悪い夢のようであった。
「……何のつもりで……」
「――マーシュ艦長。メイアを行かせたのは独断?」
いや、ここで淡い考えを浮かべたところで仕方ないはずだ。
イリス達は既に使命に目覚め、メイアを追撃した。
それは即ち、もう彼女らに温情など期待出来ないと言う事実であった。
なるほど、撃つのならば自分の手で、と言うわけか。
「……ええ、そうよ。幻滅した?」
「……いいや、尊敬を。そして、今も答えは我々の手の中にある。マーシュ艦長、あなたは判断を誤らなかった。素直に称賛する」
発せられた言葉の意味が当初はまるで理解出来なかった。
それが皮肉でも何でもなく、自分の評価なのだと思案した時には、疑問へと変移する。
「……どういう、意味……」
「メイアを《ダーレッドガンダム》に差し出せば、ある意味では世界は収斂していたでしょう。しかし、それでは別の破滅をもたらすだけ。私達は数年規模で、メイア・メイリスを観察していた。観測者として、彼女のもたらす秩序構図への叛逆に意味があるのかと」
「……待って、あなた、イリス……よね……?」
眼前の相手に対し、名を問うなど愚か者のする事であるが、それでも問わずにはいられない。
彼女は――本当にギルティジェニュエンのイリスなのだろうか。
「……私はイリス……イリス・エーリッヒ。この名の意味を、しかしほとんどの人間は理解さえもしない。何故ならば彼らにとってこの名称に込められた真の意味は開示されていないから」
「真の意味……? おい、ちょっと待て。もしかして、もう有機伝導体操作技術で記憶を……!」
「心配要らない。私達の脳髄を本社が弄ったわけではない。ただ、私達だけじゃない。この世界に息づくあらゆる人間……ライドマトリクサーと言う禁忌を犯した人々は目覚めつつある。私はそのための調停者として、こうしてあなた方マグナマトリクス社のエージェントを隠れ蓑にしていただけだ」
「何を……言って……あなたはだって、マグナマトリクス社の送り込んできた、エージェントで……」
「彼らは知らなかった。私の秘密も、私達、人類が講じてきた禁断の果実も。そしてメイアは、その罪を解き明かす術を持つ。まさしく“罪付き”のメイア。あの子の歌声は全ての審問の時が明かされた後に意味を持つ。何故、ギルティジェニュエンはここまで大きなバンドになったのか。それはRMへの共振音波、特定波形への思考反射に過ぎない」
「……あなた、イリス……じゃないの」
「間違えないで欲しいのは、イリス・エーリッヒは後継者でしかない。エーリッヒの名を継ぐべきなのはこの世界にあまねく数十億単位の人類とRMという禁術に手を伸ばした結果。そう、私達は結果に過ぎず、それに集約される」
「イリス。本社の追撃はこれくらいみたい」
他のバンドメンバーがアサルトライフルを携えて言いやる。
衣装には血が飛び散っており、彼女らが本社の者達を手にかけたのがありありと伝わった。
「……どうして……裁かれるべきは私でしょう?」
「いいえ、マーシュ艦長。あなたにはもっとやるべき事がある。そのために、マグナマトリクス社の上層部の思惑は邪魔になる。あなたには試金石になってもらった。本社がどう間違うのか、というだけの」
イリスの言葉はどれも理解出来ない、否、してはいけないような気がしていた。
どれもこれも彼女らの言葉繰りにしては違っている。
「……あなたは誰なの……」
「先にも述べたとおり、イリス・エーリッヒ。この世界に訪れた最初の聖獣の操り手である、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーの名を継ぐ存在である。……とは言っても、遠隔の思考拡張に過ぎない。私の深層意識は今も月面にある」
「……月面……テスタメントベース?」
その事実が脳裏で繋がった瞬間、マーシュはイリスの唇を借りてこの場で自分を見据える老人を目の当たりにした感覚に捉われていた。
「……よろしく頼む、マーシュ艦長。私が見てきた限りでは、まだ頼みの綱になる人間の一人だ、あなたは」