機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第206話「自分の言葉で」

 

「砲撃を関知! ……艦長、これって……!」

 

 バーミットが息を呑んだ事態に、レミアは認証を行っていた。

 

「……間違いなく、高重力砲撃。……《シクススプロキオン》の」

 

「でも! 第六の聖獣はあの時……クラードが……!」

 

「生き残っていた、と言うべきなのかしらね。敵の発射位置は?」

 

「発射位置概算……これって……まるで別の場所ですよ。こんな距離で、高重力砲撃を《サードアルタイル》に見舞ったって言うんですか……」

 

 メインモニターに投射された発射位置の推定では、大陸弾道ミサイルレベルでの距離であった。

 

 レミアは肘掛けを強く握り締め、悔恨を噛み締める。

 

「……甘かった。《サードアルタイル》が動いているのを静観している陣営ばっかりじゃないのは分かっていたけれど……!」

 

「それでも第六の聖獣なんて……! もしかして先の戦場の陥没地帯も、こいつの仕業……?」

 

「解き明かすのは後にしましょう。今は……出払っているクラード達の安否が心配よ」

 

「《サードアルタイル》……五十パーセントの被弾率を確認! こちらの損耗は算出中です」

 

「急いでちょうだいよ……。全滅してから計算したって遅いんだからね……」

 

 しかし、とレミアは思案していた。

 

《サードアルタイル》が進軍する事を予期しての第六の聖獣の展開なのだとすれば、相手は相当前からこの状況を概算出来ているはずだ。

 

 それほどまでの陣営がここまで尻尾さえも掴ませなかった状況のほうが嘘めいている。

 

「……エンデュランス・フラクタル……にしては、やり方が少し杜撰と言うか。本社の連中ならこちらが《サードアルタイル》の攻勢に移る前には動いているでしょうし」

 

「……似たような感じ、あたし、何となくですけれど思い出しました。海賊と戦った後に仕掛けてきた、《プロトエクエス》の時みたいな……」

 

 バーミットの言葉にレミアはまさか、と言葉を振る。

 

「あの時の一派まで動いているって……? だとすれば相手は……聖獣レベルの運用を可能にする……」

 

「艦長! 第二射を確認! こちらまで到達します!」

 

「何秒後に!」

 

「間もなく……来る!」

 

 海上に展開していたオフィーリアとブリギットでさえも、その余波からは逃れられなかった。

 

 超長距離砲撃――それも第六の使者の力を最大にまで引き上げた一撃。

 

 轟沈してもおかしくはない衝撃波の拡散に、レミアは奥歯を噛み締めていた。

 

「艦、対ショック姿勢に! 衝撃減殺に努めて!」

 

「舵を持って行かれますよ……!」

 

「ここで沈めば何のための抵抗だって言うの! ……クラード達が生き残ったって帰る場所が残っていないんじゃ、世話ないでしょうに……!」

 

 衝撃波が掻き消え、高重力砲撃の余波が艦艇を揺さぶる。

 

「……第二射、耐え切りましたが……相手がこの位置情報を掴んだ可能性も……」

 

 バーミットの息も絶え絶えな声音にレミアは手を払っていた。

 

「敵の位置情報を把握させて! 相手がどこに居るのか分かれば……!」

 

「でも、砲撃も、ましてや弾幕なんて通用しませんよ!」

 

「……確かに、私達じゃ通用しないのかもね。でも、この情報を有用に使える人材が、戦場には居るわ」

 

「……まさか」

 

 こちらの赴くところを理解したのだろう。戦慄いた様子のバーミットへとレミアは視線を向ける。

 

「……お願いよ。無理でも、やってのけるしかないじゃない」

 

「……了解しました。本当、艦長も賭け事が好きなんですよねー……っと」

 

 位置情報のデータを送信する。

 

 その時になって管制室に飛び込んできたカトリナの声が弾けていた。

 

「艦長、今のは……!」

 

「高重力砲撃……第六の聖獣の力ね」

 

「でも……っ、そんなのが存在するわけが……!」

 

「実際はそういう風に戦場が転がっている。次の一撃をまともに受ければ確実にオフィーリアは沈むわ」

 

 こちらの断定口調にカトリナは絶句したようであったが、椅子の一つに座り込んでいたはずのファムが不意によろめく。

 

 その身体を寸前で駆け寄って押し留めたのはカトリナであった。

 

「ファムちゃん……? 酷い熱……どうして……」

 

「わかんない……ファム、もうたたかいたく……ないよ……」

 

「まさか、《サードアルタイル》と同期しているって言うの?」

 

 バーミットの言葉にカトリナが震撼した様子でファムを抱えていた。

 

「で、でも……っ、これまでそんな事……っ!」

 

「……これまでの常識が通用しなくなっているのかもね。カトリナさん、ファムを医務室へ。ヴィルヘルムならこの状況、どうにかする方法は持っているのかもしれない」

 

「は、はい……っ。で、でも……ここから離れても……」

 

「聞こえなかった? 一度受けた命令は実行してちょうだい」

 

 冷徹に務めたレミアの声音に、カトリナはファムに肩を貸して管制室を出ていく。

 

「……相変わらず、最終決定にあの子の意向を差し挟まないのは健在、ですか」

 

「……読まれてしまっているわね、あなたには」

 

「いいんですよ、別に。ただ……カトリナちゃんだって思うところはあるはずだって事です」

 

「……私ばっかりがクラードの事を想っているわけじゃないのは理解しているつもりよ」

 

「いい女はいい男と出会うために存在しているようなもんでしょ。……正直、今の艦長にもう一度クラードと再会するって言うのは無理筋っぽいですけれど」

 

「クラードは必ず、手掛かりを得るわ。その時、私達が先に死んだんじゃ彼に合わせる顔がないもの」

 

「そのための位置情報……でも、これも賭けですよね? 《ダーレッドガンダム》の性能への、ある意味じゃ願望じみた……」

 

「願望でも、投げなければ、私達はこのまま沈むだけ。なら、少しでも有益なほうに行動すべき。違う?」

 

「それはその通りなんですけれど、それも誰かの言葉ですか?」

 

「……いいえ、誰の言葉でもない。私の言葉よ」

 

 今、クラードに生きて欲しいと願うのは他でもない――レミア・フロイトの感情のはずであったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「墜とし甲斐もねぇってもんだなぁ、オイ。今ので艦隊は沈められたか?」

 

 呟いてクランチは煙草の紫煙をくゆらせていた。

 

 つい数時間前に大気圏の《シクススプロキオンエメス》より分離された第六の聖獣の心臓部は、地表へと降り立つなり無数の節足を伴わせ、大地に根を張っていた。

 

 砲身の形状を取ったそれはおあつらえ向きに引き金を有しており、《ヴォルカヌス》はまるで卵の殻に覆われたように、《シクススプロキオンエメス》の心臓と一体化している。

 

「……機体識別コード、《シクススプロキオンハーツ》、か。聖獣の心臓がこんなもんだとは誰も想像も出来やしねぇだろうなぁ。そして、今の俺は英雄だ。この世界の危機とやらを、こんな引き金一個でどうにか出来ちまう。……さて、第三の聖獣の足は削いだ。お仕事と行こうかねぇ」

 

 砲身と一体化した《ヴォルカヌス》の照準器には、殲滅目標である企業の地球圏における拠点が映し出されている。

 

「俺はどっちが喰らい合いの勝者になろうと知ったこっちゃねぇが、スポンサーがうるさいんでな。ここいらで白黒つけようや。《シクススプロキオンハーツ》、照準開始」

 

 円環の機動部を持つ高重力砲撃の核が紫色の磁場を帯び、光を明滅させる。

 

 それはまさに脈打つ鼓動を想起させ、聖獣の息吹が未だに健在であるのだと伝えさせていた。

 

 クランチは煙草の味を噛み締め、狙いをつける。

 

「引き金一つでお陀仏たぁ、てめぇらも運がなかったな。これは世界を変える一撃だ」

 

 目標は統合機構軍中核、エンデュランス・フラクタル地球支部へと――その一撃は今に放たれようとしていたが、その瞬間、世界を引き裂いたのは黒白の使者であった。

 

「……何だ。不意に暗くなりやがった……」

 

 仰ぎ見た天上世界は夜を超えた漆黒に染まり、大虚ろが頭上に開く。

 

 それは見間違えようもなく――。

 

「……おいおい、ダレト、だと……。何でこんなところに開きやがる……」

 

 この世界を支配するダレトに近しいものが、頭上に展開され、その内側より七色を帯びた白銀の腕が、扉の向こうからこちらを睥睨していた。

 

 クランチは思わず、くわえた煙草を強く噛み締める。

 

 世界の理から外れた人間であっても、この世の摂理を壊す存在に対しての危機感覚くらいは生じるものだ。

 

 たとえそれが、聖獣に由来するものであろうが。

 

「《シクススプロキオンハーツ》! 照準補正だ! ダレトらしきもんの向こう側から……何が来るってんだよ……!」

 

 しかし高重力砲撃はそう簡単には自分の思い通りにはいかない。

 

 何よりも大地に深く根を張った《シクススプロキオンハーツ》は聖獣の心臓部であり、最早生きているとは言い難い。

 

 扉を開いて、世界が流転する。

 

 黒く、昏く、深い闇の中に沈んだ世界で、その機体だけが明瞭な輝きを纏って鉤爪を開いていた。

 

「……野ッ郎……何でだ! 何であれはダレトを形成出来る!」

 

 しかしその疑問を氷解する前に、扉の向こうから来たりし使者は、一撃をもって第六の聖獣の心臓を引き裂いていた。

 

 瞬間、この世ならざる絶叫が響き渡る。

 

 命を啄まれた聖獣の断末魔が脳髄を揺さぶっていた。

 

 それは相手として例外ではないはずなのに、敵は《シクススプロキオンハーツ》を粉砕してから、自分へと狙いをつける。

 

 その迷いのなさに、背筋に氷を差し込まれた気分であった。

 

 戦場では瞬間的な迷いに足を取られた側から命を落とす。

 

 この場合でもそれは同じ。

 

 聖獣の心臓から迸った蒼い血潮を照り受け、獣の機体は吼え立てる。

 

 世界そのものを震撼させる遠吠えであった。

 

「……話に聞いていた第七の使者……! それにしちゃ、殺意が強過ぎってもんだ!」

 

 躍り上がった鉤爪の機体はそのまま《ヴォルカヌス》の剣閃と打ち合うが、相手の殺生の核である鉤爪はここでの衝突を主軸に置いていない。

 

 そのまま大剣を引き込み、形成したダレトの向こうへと、自分を招こうとする。

 

「……離し……! 離しやがれ! てめぇ……! 分かってんのか! これから成す事は英雄だって言うのが……!」

 

『……黙れ。英雄も何もない。お前は俺と一緒に、来るんだ』

 

 不意打ち気味の接触回線が開いたその時には、クランチは《ヴォルカヌス》と共にダレトを潜っていた。

 

 そこは上下左右も、ましてや時間と空間も自在の世界。

 

 薄紫色の暗雲が垂れ込める暗がりの世界で、数倍に引き延ばされた鉤爪の機体と、《ヴォルカヌス》に搭乗したクランチの意識だけが明瞭に伸縮する。

 

「何が……何が起こっていやがる……!」

 

 だが、その交錯は途絶えていた。

 

 直後には業火によって分断された地平が広がっており、先ほど捉えたはずの《サードアルタイル》が大地に横たわっている。

 

「……これは……俺はダレトを超えたって言うのか……」

 

 その感慨を噛み締める前に、殺気の波を感じ取って《ヴォルカヌス》に太刀を奔らせる。

 

 刃と交錯したのは白銀の鉤爪であった。

 

 その主が今は明確に映っている。

 

「……《ダーレッドガンダム》……。ガンダムだと」

 

『お前をここまで手招いたのは、俺の手で決着をつけるためだ』

 

 パイロットの声が残響し、引き裂かれる空間をクランチは眼下に収めていた。

 

「へっ……! あそこで殺す事だって出来ただろうに、酔狂なこって!」

 

『それではここで死んだ者達が浮かばれない……!』

 

「浮かばれないだと? てめぇも俺と似たようなもんだろうが! だって言うのに、戦場に理念だの誇りだの持ち込んで女々しいとは思わねぇのか!」

 

『俺は……お前を真正面から打ち破る!』

 

「そんな機体でよく言えたもんだなぁ、てめぇ。そいつだって獣だ! 星を破壊しかねない、聖獣の一端だ!」

 

『黙っていろ……! お前を打ち取れば、少しはマシになる。……ああ、そうだ。俺はようやく、人並みに成れるだろう』

 

《ヴォルカヌス》と《ダーレッドガンダム》が幾度かその刃を交わす。

 

 相手の双剣が閃くも、つい先ほどの奇妙な感覚に比べれば、大した事はない。

 

 MSの挙動ならば恐れるまでもない。

 

「てめぇは同類だ! 俺と一緒の、殺戮機械(キリングマシーン)なのさ!」

 

『……そうだろうな。俺は、所詮変わりはしない。だから、《ダーレッドガンダム》を動かしている』

 

「贖罪のつもりなのかねぇ! 人並みじゃ出来ねぇ事をやってのけるのが! だがそいつぁ……ただのエゴの塊だ! 戦場じゃ掃いて捨てるほど見てきた、ただの自己顕示欲ってヤツなんだよ!」

 

『……自己顕示欲だとしても……俺は、俺を乗りこなす!』

 

《ダーレッドガンダム》の双剣の射程を潜り抜け、《ヴォルカヌス》の刃が大上段から打ち下ろされる。

 

 アステロイドジェネレーター付近を斬り裂いたが、少しばかり浅い。

 

 即座に感覚し、急速後退してアンカー武装を射出していた。

 

 相手は片足を失っているため、僅かにその反応に翳りが出る。

 

 腕を絡め取り、胴体を拘束していた。

 

「高尚な言葉で取り繕ったって、てめぇは俺と同じさ。《ダーレッドガンダム》、聖獣を乗りこなすのも似たようなもんだ。俺は俺のエゴと自分への求心力だけで乗りこなすが、てめぇのは混じり気のある覚悟ってだけだ。いいか? 混じり気のない、真実の殺意ってもんは本能で振るう。こんな風に――なぁッ!」

 

《ヴォルカヌス》の刃が《ダーレッドガンダム》へと迫る。

 

 今度こそ、その機体を打ち砕いたかに思われた。

 

 相手は推進力も、何もかも不足している。

 

 恐らくはつい先ほどのダレトを開いた事で消耗しているのだろう。

 

 千載一遇の好機に狙いを付けようとして、クランチは声を聞いていた。

 

『――待ってください!』

 

 刃が命中間際で鈍る。

 

《ダーレッドガンダム》が右腕の武装を翳し、その一撃を凌いでいた。

 

「……何だ。女の声だと……」

 

『……カトリナ・シンジョウ……?』

 

 拡大モニターに映し出されたのは《オムニブス》と呼称される機体であった。

 

 だがどう見ても前線を押し出すようには見えない。よくて斥候任務程度しか充てられない機体であろう。

 

『……《ガンダムヴォルカヌス》の、パイロットの方に告げます。少し待ってください。私はあなたに、……言いたい事があります』

 

「何だァ? 女が前に出て、この化け物みてぇな機体を懐柔でもするって言うのかねぇ。ま、それならそれで楽しめそうだ! 結局んところ、てめぇら程度じゃ、俺を押し出せやしねぇって事実なんだからなァ!」

 

『貴様……!』

 

『クラードさん。待って、待ってください』

 

《ダーレッドガンダム》が《オムニブス》の警護に移りかけたのを、マニピュレーターで制される。

 

 まるで正反対、守るべきなのはどう考えても丸腰に近い《オムニブス》のはずなのに――今は何故なのだか、前に出ようとしている。

 

「……イカレて前に出るってか? そいつァ傑作だ! 自ら死にに来るかよ! いいねェ、それもそそるってもんだ!」

 

『……《ガンダムヴォルカヌス》のパイロットの方。あなたは、かつてラジアルさんを、……アルベルトさんの大事な人を、殺しましたね?』

 

「その程度がどうしたよ? つーか、何だァ? 弔い合戦でもしようってのかい? それにしちゃ、もっとマシな武装を積んだ機体でも寄越すんだな。殺し合いを繰り広げるにしちゃ、ちと下策だろうに」

 

『……名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか』

 

「名前だと? ……オイオイ、マジにイカレちまってんのか。そんなもん、戦場じゃ真っ先にオクラになる代物だろうが。まぁ、名乗ってやってもいい。俺の名はクランチ・ディズル。覚えておけ、この来英歴を変える英雄の名前だ」

 

 こちらの自信満々の返答に対し、《オムニブス》に収まった相手は、憐憫の情でも抱いたかのように返答していた。

 

『……英雄、ですか。そんなもの、ないほうがいいのに』

 

「そいつぁ意見の相違だな。この壊れ果てた世界で、何を信じるって言うんだ? 力だけだ。力だけだろうが! その間違いようのない事実一個、持っていれば充分だって言うんだよ! ……それとも、何か? 《ダーレッドガンダム》、それほどの力をもってしても、俺一人殺せねぇんだからな!」

 

『……貴様……!』

 

 逸りかけた《ダーレッドガンダム》を、《オムニブス》は静かに制してから、呼吸を挟む。

 

 何故なのだか、落ち着き払った声音が、凛と響き渡っていた。

 

『――クランチ・ディズルさん。あなたは今――幸せですか?』

 

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