機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第208話「集約される意義」

 

 焼け落ちた第三の聖獣への回収任務が下ったのが、つい数分前で、格納デッキにてダイキは出撃姿勢に移ろうとしている王族親衛隊の機体へと突っかかっていた。

 

「おい、待てよ! 俺達の艦はあんたらのフリースペースじゃないんだ! 便利に使われて気分がいいわけがねぇ!」

 

「我々は王族特務を受諾している。トライアウトの士官には分からんだろうさ」

 

「何だと! 喧嘩売るなら買うぜ!」

 

「よすといい。彼は真っ当な事を言っている」

 

 そう言って自分達に割り込んできたのは鋼鉄の仮面の相貌であった。

 

「……万華鏡、ジオ・クランスコール……」

 

「失礼した。自分達が貴殿らを便利に使っているというのは事実だろう。誹りは受けるつもりである」

 

 どこまでも、切り詰めた機械のような声。

 

 しかし、ここで気圧されれば負ける、とダイキはまだ痛む身体を引きずる。

 

「気に入らないって言っているんだ! あんたらは勝手に宇宙から降りてきて、それで戦闘継続中の俺達を足に使っているんだからな!」

 

「忠言痛み入る。しかし、聖獣の捕獲は急務であるのは理解されて欲しい」

 

「理解されて欲しいだ? そんな風に思い切れるから、あんた達は身勝手だって言っているんだろうが!」

 

「口を慎め! 士官身分が! 王族親衛隊の御前だぞ!」

 

「いい。彼は礼儀の話をしている」

 

「ですが、大佐……! 馬鹿にされたままで……!」

 

「馬鹿になどしていないはずだ。ダイキ・クラビア中尉だっただろうか。貴殿の不満はもっともであるし、我々王族親衛隊に対して抱いている感情は理解出来ないわけでもない」

 

 鉄面皮の万華鏡が自分の言葉振りを聞いているだけでもどこか浮世離れしていたが、それでもダイキは押し負けまいと奥歯をぐっと噛み締めていた。

 

「……あんたらがやろうとしているのは、俺達の未来のためって感じがしない……!」

 

「なるほど。確かに、未来という茫漠な理念のために動いているかと言えば、そうではない。我々王族親衛隊は常に大衆の利害と、そして世界の秩序のために動いている、と言えば分かりやすいか」

 

「大衆の利害……? 第三の聖獣を捕獲するのが利害だって言うのか……!」

 

「聖獣は誰かの手のうちになければいけない。この世界で管理出来なければ、それは害悪であろう。我々が率先して始末する。自分達の役割とはそういう事だ」

 

「……それが気に食わないって……あんたらは結局! 俺達民草の事なんて一端にも考えちゃいないんだろう!」

 

「そう映ったのならば謝罪する。そろそろ発進準備に移らなければいけない」

 

 身を翻したジオに、部下は当惑しつつも後を追従していた。

 

 ダイキは大破した《ネクロレヴォル》を改修した機体を仰ぎ見る。

 

「……これ、乗れるのか?」

 

「ああ、内蔵フレームが逝っちまったから、《パラティヌス》の残存フレームとのニコイチですよ。《ネクロレヴォル》というよりも、この機体はもう別種の機体と言ってもいいでしょうね」

 

 昇降機で降りてきたメカニックと視線を合わせ、ダイキはまるで包帯を巻かれた亡者のようにも映る機体の装甲に触れていた。

 

「……頼むぜ。俺の戦いを講じるために、お前は必要なんだよ。……機体コードは?」

 

「《ネクロレヴォル改修実装型極地参式》とか、仰々しいコードが付いていますけれど、メカニックの連中の間柄じゃ、こいつは包帯男――《シュラウド》の機体名称で通っています」

 

「《シュラウド》……俺のための……機体……」

 

「それにしたって、艦長はこいつの修繕を全面に回せって言うんだから、こっちも困りものですよ。正直、モルガンが最新鋭艦だからって補給もまともに受けられていないんです。騎屍兵団は損耗ばっかりで、最善の装備で出られたかって言うとそうじゃないですし」

 

「苦労をかけさせてすまない。……騎屍兵団は?」

 

 僅かに声を潜めて尋ねると、メカニックは騎屍兵団の動向を眺める。

 

「……本当のところ、ここまで統率が乱れるのは想定外でした。自分はモルガンの勤務、それほど長くないほうですけれど、騎屍兵団には騎屍兵団の規律があるのは理解出来ましたし……。ただ……彼らを自然と束ねる役割のトゥエルヴが、ここに来て困惑しているのは窺えますね」

 

「……大丈夫なのか? その、軋轢だとか……」

 

「大丈夫ですよ。彼らは騎屍兵団としての誇りがあるのでしょうし。その矜持ありきの《ネクロレヴォル》隊です。そればっかりは当事者じゃないと分からないんでしょうね」

 

「……当事者、か。俺達じゃ関知出来ない領域なのかもな……」

 

「騎屍兵団の管理は艦長にも任せられています。実際、リクレンツィア艦長は大忙しだと思いますよ。《サードアルタイル》の強行出撃に、メイア・メイリスだって重症だって聞きます。真面目に言うと、モルガンのこれ以上の戦闘継続は望むべくもないというか……」

 

 それはモルガンに務めてきたメカニックの本音であったのだろう。

 

 彼はメカニックの帽子のつばを上げて、困惑の息をつく。

 

「俺達も一蓮托生だと思うんだがな。……それでも立ち入れないものってのはあるし……次の出撃に備えて俺はリクレンツィア艦長に一度面会しておく。《シュラウド》の出撃許可も得なけりゃいけないだろうしな」

 

「頼みます。……クラビア中尉」

 

「何だ? 何か用件でもあるんなら」

 

「い、いえ……ただその……リクレンツィア艦長を、見守ってあげてください。自分達みたいな木っ端スタッフに言えるだけの口はありませんけれどでも、心が痛むじゃないですか。見た目だけとは言え自分よりも小柄な少女に、ここまでの運命を任せるって言うのは……」

 

 モルガンのスタッフにもまともな感性を持つ者も居る。

 

 彼らにとってしてみればピアーナは頼れる艦長であるのと同時に、あまり背負わせたくはないのだろう。

 

「……務める」

 

 首肯して、ダイキは廊下を歩んでいく。

 

「……でも、俺に何が出来るって言うんだろうな。前に出る事くらいしか能がねぇ、イノシシ頭のダイキ・クラビアが……」

 

 艦長室に三度のノックの後に入ると、ピアーナは情報集積端末の電算椅子に座り込み、瞼を閉じていた。

 

「……失礼、仮眠中でしたか」

 

「いいえ、同期に時間がかかっていただけです。今、本社からの要請を得ました。これより、モルガンは第三の聖獣の回収任務と共に、敵艦オフィーリアへの強襲へと部隊を割きます。結論として言うとすれば、小隊を二つに分ける事になりますが」

 

「……俺が前に出ます。艦長は……あまり心配なさらぬよう。王族親衛隊も動き出しています」

 

 こちらの報告に嘆息をついてピアーナは電算椅子の肘掛けを撫でていた。

 

「……やはり、ですね。第三の聖獣を先行させたのは誰かの思惑であった」

 

「ですが……大勢の人間が死にました。俺達が抑えられなかったのは何て言うのか……責任を感じちまいます」

 

「下手な事まで責任感を抱かない事です、クラビア中尉。そうでなくとも我々は見張られていると思ってもいい」

 

 ピアーナは電算椅子より降りて、自分の袖口を引く。

 

 それはジオに仕掛けていた盗聴器の同期を示していた。

 

 ピアーナは電算椅子に座っている間は本社のデータベースと接続されている。

 

 下手な勘繰りをされてしまえば、彼女自身の窮地に繋がりかねない。

 

 秘密の会話はスタンドアローンになった時だけであった。

 

「……どうやら気取られた様子はないみたいです。俺の感覚ですが」

 

「気を付けてくださいよ。わたくしは思考の表層には浮かべないようにしていますが、本社の直結データベースを探れば探るほどに、わたくしの思考回路は明け透けになる。こうして、地球と月ほど離れているから本意までは探られませんが、何かの拍子に本社からの査察もあり得ます」

 

「……先のエージェントみたいに、ですか。艦長はあのエージェントと顔見知りのようでしたが……」

 

「勘繰りはお奨めしませんよ。とは言え……あの顔には驚いてしまいましたが。ベアトリーチェに在籍していた頃、死んだはずの顔でしたので」

 

「……分かりませんね。本社は後ろ暗い事を隠していると? 騎屍兵団を束ねるリクレンツィア艦長にまで?」

 

「それがまかり通るのが現状なのでしょう。わたくしは……言及して、いい具合に都合のいい事実だけを取り出せるほどの身分でもありません。所詮は全身RMの傀儡。彼らにしてみれば、モルガンを動かすに足るだけのパーツに過ぎません」

 

「……艦長は……! パーツなんかじゃありませんよ。だって心が……ガッツがある人じゃないですか……!」

 

「……ガッツ、ですか。まるでわたくしとは正反対の位置にあるかのような、言葉ですが……」

 

「少なくとも自分の見た限りじゃ、艦長は真っ当です。俺は……《サードアルタイル》を追撃するってのには賛成ですが、それもこれも、あまりまともとは言い難い道筋でしょうし」

 

「先の戦いで聖獣との戦力差もあり得ます。それでも本社は確保に移るべしと……騎屍兵を寄越せと言ってきています」

 

「それは身勝手が過ぎるでしょう! ……エージェントを送った結果、制御不能になったって……!」

 

「静かに。あまりこのモルガンでエンデュランス・フラクタルの不満を言うべきではありません」

 

 制されてダイキは当惑していた。

 

「……そりゃあ、そうかもでしょうが……。エンデュランス・フラクタルの真意って何なんでしょうか。こうしていたずらに被害を出す事が、連中の本懐とも思えないんですけれど」

 

「いえ、本社の真意にだけは辿り着かないほうがよろしいでしょう。我々はあくまでも使われる側です。使う側の本音なんて分かるわけがない」

 

 ピアーナも苦渋の上にその決断をしているのが窺えた。

 

 ダイキは言葉少なに、彼女を支えるようにだけ了承する。

 

「……どこまでもお供しますよ、リクレンツィア艦長。どうせ……俺の命なんて、大義って言ったって誰かの命の身代わりになんて成れやしないんですから」

 

 大義のために死ねた時代とは違うのだ。

 

 トライアウトネメシスに居た頃のように、誰かに迷惑をかけながら、理想にだけ殉ずる生き方を選べばいいだけではない。

 

 今は、自分がどれだけの生存権を得られるのかを問い質さなければいけない。

 

 意味のない理由に集約される生にだけは、この命を燃やし尽くす戦いにはならないのだから。

 

 それが兵士としては失格の理屈であったとしても、目の前の命を取りこぼして何が戦士か。

 

「……わたくしは、誰かに自分の思うような生き方をして欲しいだけなのかもしれませんね。そんなエゴで……人の命を愚弄するのが、騎屍兵団の師団長を務めるわたくしの……引き剥がせない傲慢さなのだとすれば……」

 

「艦長は違う、違いますよ。……俺は、これでも色んな人間を見てきたクチです。リクレンツィア艦長の眼差しには、力があります。このモルガンだって、艦長だから付いてきている連中だって居る。王族親衛隊が《サードアルタイル》の回収に当たるって言うんなら、それを補助しろって?」

 

「馬鹿げていますか?」

 

「……と言うよりもまるで不明なんですよ。ジオ・クランスコールを含む王族親衛隊……彼の者達は読めない動きをしているとしか、言いようがありません。騎屍兵団を遣わせたほうが?」

 

「無論、《ネクロレヴォル》は出しますが……少しだけ、難しそうですわね」

 

 壁に埋め込まれた電脳ネットワークにアクセスしたピアーナは瞼を伏せていた。

 

「……聞き及んでいます。騎屍兵、ファイブでしたっけ。先の戦闘において、何をトチ狂ったんだか、自分の正体を明かしたとかって……」

 

「彼らのメンタルケアもわたくしの役目の一つですが、医療分野のRMに関しては専門外。それに……騎屍兵全員の統率を乱したのは、何も彼だけではありません」

 

「……騎屍兵の世話は騎屍兵自身が取るべき、ですか」

 

「彼らとて、如何にエンデュランス・フラクタルの所有物とは言え、自由意思はあります。よって、彼らのチームプレイに……若干とは言え期待するしかないでしょうね」

 

「大丈夫なんですか。……絶対に明かされないはずの騎屍兵の正体が、思わぬ人間だったなんて事になると」

 

「当然、彼らとて馬鹿ではありません。自分達の統率の乱れは自分達で責任を取る必要があるくらい、分かっているはずなのですがね」

 

「それがここまで、地球圏で幅を利かせてきた騎屍兵の役割ってわけですか」

 

 こちらの出した結論にピアーナは嘆息交じりの声を発していた。

 

「……役割なんて高尚なものかどうかは、分からないですけれどね」

 

 

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