機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第209話「屍の辿り方」

 

『私としては、今次作戦において、ファイブの参加に一家言を持つ』

 

 切り出されたトゥエルヴの発言に異議を申し立てるような騎屍兵は居らず、ファイブは弾劾の誹りを受けても仕方あるまいと半ば受け入れていた。

 

『あの不明機に乗っていたのが生前の知り合いであったと? ファイブ』

 

『……ああ、かつて私が……ベアトリーチェのクルーとして戦っていた頃に……上官であった』

 

 本来ならばもっと言葉を尽くすべきであったのだろうが、凱空龍の日々を騎屍兵の者達に話すのは気が引けて、中途半端な物言いになってしまう。

 

『かつての上官か。だが、撃てるのだろう? ならば問題ないはずだ。私がファイブのステータスは保障する』

 

 前に歩み出て自分の擁護をしてくれたのはイレブンであった。

 

 思えば幾度となく騎屍兵になってから背中を任せてきた身。ここでも守られるのか、とファイブはもどかしさを覚えていた。

 

 ――自分の生き様は、誰かに守られるばかりだな。

 

『そうは言うが……我々騎屍兵は一人として欠けてはならない戦力。不確定要素を持ち込むべきではない』

 

『しかし、トゥエルヴ! その理論ならば、この状態でファイブを欠くのも間違っているはずだろう!』

 

 いつになく声に圧を持たせて、イレブンが熱弁する。

 

 そんな彼にばかり話させるのは申し訳ない気がして、ファイブは肩を掴んでいた。

 

『もういい。いいんだ、イレブン。私の因縁だ』

 

『しかし……!』

 

『鹵獲されたスリーの奪還作戦も儘ならぬ。現状では《サードアルタイル》回収任務が充てられている上に、必要なはずの《ネクロレヴォル》も大破の後に修繕となれば穏やかではない。我々が仲違いしている場合ではないだろう』

 

 ナインの冷徹な分析にトゥエルヴはしかし、声を差し挟んでいた。

 

『だがそもそも欠けた存在を補おうと誰も思っていなければ同じ事だ。騎屍兵団はこれ以上の敗走を重ねるわけにもいかない。よって、私の一存で決定する。今次作戦においてファイブ、お前は出せない』

 

『……それは騎屍兵全体の士気に関わる、と言いたいんだろう』

 

 分かっている。それくらいの理屈、飲み込めるはずだ。

 

 現に自分は前回の戦闘において、アルベルト相手に身を晒した。

 

 騎屍兵において生前の正体を明かす事はタブーであるのは、誰の目にも明らかであった。

 

 ここに来て軋轢など望んでいるはずもない。

 

『しかし……! 出し渋ればその分だけ、我々は敗北しかねない! トゥエルヴ、私の責任でいい。ファイブを何とか出せないのか?』

 

 こうまで自分のために泥を被ってくれるのが何よりも意外であった。

 

『イレブン……何でそこまでして……』

 

『それは……』

 

『駄目だ。イレブン、お前も出撃停止処分にしてもいい。ファイブの処遇は保留にしてある。これでも随分と譲歩だ。我々騎屍兵団は一糸乱れぬ統率こそが強み。事ここに至って、下手を打てば聖獣相手だ。確実にしてやられるぞ』

 

 その言葉の重みを誰しも理解していた。

 

 イレブンは拳を握り締め、命令に承服する。

 

『……了解……』

 

『出撃は十分後だ。その前に……ファイブ。少しいいか?』

 

 まさかトゥエルヴ直々に自分の処分を下されるのだろうか。

 

 それも仕方あるまいと、ファイブは諦め調子にその背中に続く。

 

 ロッカールームでトゥエルヴは、周囲を見渡していた。

 

『ここならば、問題ないか』

 

『トゥエルヴ、私は今回の作戦に異存はない。それに、私としても下手を打ったと思っている。どう考えたってそちらの意見が当たり前だ。……正直、皆と戦えないのは辛いが……』

 

『何を言っている。……まったく、何も知らんと言うのは無知がゆえに、残酷だな』

 

 トゥエルヴは首筋の緊急排出ボタンを押し込んでいた。

 

 ヘルメットを外し、向き直った相貌にファイブは息を呑む。

 

『……嘘、だろ。……女……』

 

「男だと言った覚えはないのだがね。誰もが男だと思い込む」

 

 黒髪を流した女性の素顔を晒したトゥエルヴはこちらを見据えるなり、顎をしゃくっていた。

 

「そちらも、素顔を見せていただきたい。私だけなのはフェアではない」

 

 ファイブはどこともなく、これは応じなければ礼儀に反するとヘルメットを脱ぐ。

 

 ファイブとしてではなく――もう死んだ名前でしかない、トキサダ・イマイとしての顔でトゥエルヴと向かい合っていた。

 

「……お互いに酷い顔だな」

 

 自嘲気味に語るトゥエルヴの頬にも思考拡張の痣が走っている。

 

 ファイブはその言葉に乗り切れずに頬をさすっていた。

 

「……私は……今次作戦においての除隊も覚悟していた」

 

「そうなると思ったのか? ……いや、そっちのほうが気が楽か。何せ、甘んじて、死者になれるのだからな。だが私はそれを許さない。一度でも騎屍兵として世界に舞い戻った身、その責務を果たし切るまで、生き抜く義務がある」

 

「だが……おれは……! アルベルトに……あいつに銃を向けると決めた。それは個人的な思想だ。何よりも……おれが決着をつけなければいけない因果だった……」

 

 震え始めた声にトゥエルヴは、ふむ、と一呼吸置いていた。

 

 ロッカーの一区画を叩き、その内側に収納していた炭酸ジュースを持ち出す。

 

「飲むといい。気が紛れる」

 

「……ジュースで酔えって?」

 

「気分次第で酔えもするだろう? 戦場にだって酔えるんだ、素質はある」

 

 トゥエルヴは炭酸ジュースのプルタブを空けて一気に呷っていた。

 

 自分も応じるようにジュースを喉に流し込む。

 

 炭酸とは言え、人体に有害であるのならば自動浄化され、戦闘に際し不要な機能は切り捨てられる――それが騎屍兵だ。

 

「……こういう時、生きていた頃はげっぷが出ていたのだと思い出せる」

 

「……女だろう?」

 

「女でも同じさ。生きていた頃……生前ならばな」

 

 トゥエルヴの論調はこれまで自分達を率いていたとは思えない柔らかさが宿っており、ファイブは自ずとその過去が気にかかっていた。

 

「……何で騎屍兵なんかに……」

 

「死んだから、では理由にならないか?」

 

「……それはだっておかしいだろう。おれ達は、死んだからと言ってでは棺桶に入るか戦場で死ぬかの判断は選べたはずだ」

 

「棺桶では満足いかぬ、という理由では駄目なのか?」

 

「……あんたの事は男だと思っていたし、それに《ネクロレヴォル》隊を率いるんだ。きっと、生きていた頃もそれなりにヤバい道に足を突っ込んでいたんだと思っていたよ」

 

「……私が死んだのは、あの月軌道決戦であった。私はあの時、地球連邦の艦に所属する《マギア》乗りであった」

 

 こうして過去を語る段になるのは、まさか彼――否、彼女の側になるとは想定もしていない。

 

 ファイブは自ずと、聞く調子になっていた。

 

「《マギア》に? って言う事は、それなりに映え抜きの?」

 

「だと思うか? 私は、自分で言うのも何だが、凡庸であったと思うよ。ただの女MS乗りに過ぎなかったし、実力が飛び抜けてあったわけでもなければ、適性が高かったわけでもない。ミラーヘッドの戦場でおっかなびっくりに敵を撃墜するのがお似合いの、ただの弱い人間であった」

 

 騎屍兵の身分で人間であった頃を語るのはどこかしら後ろめたさを感じる。

 

 それは自分達が世界の領分の最果てのような場所で生き抜いているからだろう。

 

 死んでいても何らおかしくない状況から、企業の利益のためだけに生き永らえ、そして多くの罪のない命を葬って来た。

 

 心のない虐殺者の誹りを受けたとしても何の文句も言えまい。

 

「……あれは、何だったかな。そうだ、《シクススプロキオン》。あれの発生させた高重力砲撃。その第一波で私は死んだと思ったのだろうな。実際には、あの状況下でMF04、《フォースベガ》によって砲撃は斬り裂かれ、大部分は無事に済んだらしいのだが。……私は逸るような不完全な兵士であった。艦を守るべくミラーヘッドの皮膜を展開、それで《フォースベガ》の守りの先へと、自ら赴いてしまった。気が付いた時には《マギア》と一緒にどことも知れぬ宙域を漂っていた。……とても寒かったのを覚えている。それと、ああ、こうやって死んで行くのだな、と。絶望したのもよく覚えている。死は特別なものではない。他の全ての現象と同じく、何ら変哲のない風を装って命を刈り取っていくんだ。静かになっていく狭いコックピットの中で、私は《マギア》と共に死んだ。……心残りであったのは、地球圏にパートナーと、それにようやく恵まれた子宝を遺して行った事くらいだったか」

 

「……子持ちだったのか」

 

 絶句したのが伝わったのだろう。トゥエルヴはフッと笑みを刻む。

 

「笑えるか? ファイブ。ここまで女子供の区別なく、統制の名の下にあらゆる人命を容赦なく奪ってきた騎屍兵のトゥエルヴが、血の通った人間のような事をのたまうのは」

 

「い、いや……それは……」

 

「無理はしないでいい。そう思われる事には慣れている。いいや、慣れてしまった、が正しいか」

 

 こちらの思考を読み取ったかのように、トゥエルヴは声に一抹の寂しさを灯らせていた。

 

「……会いに行ったりとかは? 騎屍兵になってからでも……」

 

「一度だけ、あったな。まだライドマトリクサー施術を受けて間もない頃に、リハビリの名目で」

 

「……どうだったんだ?」

 

 トゥエルヴはその悲嘆の先を口にしていた。

 

 ――そう、自分達は《ネクロレヴォル》隊、騎屍兵なのだ。こう言った話の結末は悲劇であるのは決まり切っている。

 

「……パートナーは新しい妻を持ち、子供は笑っていた。本当に、心底。私の不在なんて意味がないとでも言うように。死者は、大人しく土の下を寝床にしていればいいとでも言うような……あたたかな家庭であった。私は思い出に帰る事さえも許されず、そのまま騎屍兵として、戦場を闊歩した。似たような子供や、似たような親子を何百人と殺したはずだ。それでも不思議と胸が痛まないのは、それはもう私が死者だからだろう。生者の行き場にどうこう言うほどの領分は既に存在せず、私はただただ、自分の死の穴倉の準備をしていくばかりであった」

 

「死の穴倉の準備……」

 

「騎屍兵は、死ねばどうなると思う?」

 

 唐突の質問に、ファイブは自分なりの答えを探っていた。

 

「……少なくとも天国には、行けないんじゃないかな、とは思う」

 

「同意見だ。もう死んでいるのに、黄泉の国への片道切符を拒否し続けたツケは払わなければいけないのだろうな。私達は、在ってはならない存在なのだろう。見知った人間からしてみれば、思い出の清算はとっくの昔に済んでいるんだ。だって言うのに、彼らの思い出に分け入るような事はしてはいけない。……いいや、出来ない、が正しいのだろう」

 

「おれが前回、素顔を晒したのは生者の思い出に分け入る行為、か……」

 

「ファイブ、いいや、トキサダ・イマイ、だったな」

 

 自らの生前の名前を紡いだトゥエルヴに瞠目していると、彼女は薄く微笑む。

 

「可笑しな事でもない。前回名乗ったのを聞いているし、それに私は騎屍兵の中でも統率者に分類されているらしい。自分ではそんなつもりはないのだが、全員の名簿を預かっている。その中に興味深い因縁を見つけた。月軌道決戦で、私達の隊のほとんどは構成されているが、イレブン。お前を庇った彼だ」

 

「あ、ああ……イレブンには本当に、どれほど礼を言っていいか……」

 

「その義理堅い彼だがな、名前はグローブ。月軌道決戦にて、《オルディヌス》を駆って戦艦ベアトリーチェに仕掛けた経歴を持つ。もしかしたらどこかで会っているんじゃないのか?」

 

 思わぬ言葉に、ファイブは思考が硬直するのを感じ取っていた。

 

「……《オルディヌス》の……パイロット……?」

 

「ああ、記録上そうなっている。そしてトキサダ・イマイ。そちらはベアトリーチェ所属のパイロットであった。ともすれば、遭遇していても何らおかしくはないのだが」

 

《オルディヌス》――その名を紡ぎ上げた途端に浮かび上がったのはあの絶望的な月軌道決戦にて、自分の操る《マギア》の目にした最後の光景であった。

 

《オルディヌス》と同士討ちに近い形で死に絶え、そして生き返った。

 

 まさか両者共にこの世界に未だ取りこぼされ、同じ隊に所属しているなど思いも寄らない。

 

 否、それどころか、自分はイレブンに友情さえも感じていたのだ。

 

 彼は自分を頼ってくれる。騎屍兵になってからなら、確実に戦友と言えるのは、イレブンなのだと。

 

 そこまで愚かしくも――思い上がって。

 

「……おれは……仇に友情を感じていたって言うのか。そんな事って……」

 

「余計な茶々を入れてしまったらしい。私は、別段、二人の間柄に軋轢を生みたいわけではないのだ。ただ、迷いを浮かべながら戦えば確実に死ぬのはお前だ。なら、少しばかりは知った上で決めたほうがいいだろう。……騎屍兵身分とは言え、聖獣相手に上手く立ち回れるとも思っていない。しかし、トキサダ・イマイ。まだ死ねんのだろう? そう容易くは。だからこそ、助言をするつもりだった」

 

「助言……?」

 

 トゥエルヴはヘルメットを抱え、自分を見据える。

 

「――生きろ。生きてその使命を果たせ、トキサダ・イマイ。それこそが、お前に課せられた、使命であるからだ」

 

 差し出されたのはデータチップである。

 

 何のデータなのだか分からなかったが、ファイブはそれを受け止めるしか出来なかった。

 

 今は、イレブンが――無二の友だと信じ込んでいた相手が敵であった衝撃が大きい。

 

『私はもう行く。これから先、お前が騎屍兵、ゴースト、ファイブとして生きるのか。それともトキサダ・イマイとしての生を渇望するのかは自由だ。私は強制はしない。だが、自らの生前の行いのツケくらいは、自らで付けてから死んで行け。それが居場所を永劫なくした死者の送れる、せめてもの手向けだ』

 

 既にヘルメットを装着したトゥエルヴに肩を叩かれ、茫然とするしかないファイブは立ち尽くす。

 

 知らないほうがよかったのか――だがトゥエルヴは知ってから戦えと、自分に言いたかったのだろう。

 

 ようやく振り返った時、ロッカールームは自分一人きりであった。

 

 

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