機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第210話「意味存在を問う」

 

「穏やかではない帰還だな」

 

 格納デッキに顔を見せるのは珍しい面持ちに、シャルティアは息を呑んでいた。

 

「……ヴィルヘルム……先生」

 

「普段通りでいい。だらしがない大人だと思われているだろうからね」

 

「……ですが、私にも分からないんです。何で……シンジョウ先輩はあそこまで出来るんでしょうか。エージェント相手に、そりゃあ一蓮托生って言うのは、私も覚えがないわけじゃないですけれど……でもあんなの……! 死にに行っているようなものじゃないですか……! 戦場に《オムニブス》で割って入るのなんて、普通じゃないですよ!」

 

「普通じゃない、か。しかしカトリナ君はそれをこの三年間、ずっとやってのけていたんだ。彼女にとっての普通は我々後方支援しか能のない人間とは少しずれているのかもしれない」

 

 ヴィルヘルムが電子煙草をくゆらせるので、シャルティアは目を見開く。

 

「格納デッキ、禁煙ですよ」

 

「知っている。禁煙は二日も持たんな」

 

「……怒られるのはヴィルヘルム先生なんですからね」

 

「……して、どう思う。彼女の言葉に」

 

「思うところがあるとでも?」

 

「オープン回線だったんだ。みんなが聞いているなんて当の本人は思っても見ないだろうが、それでも、ね。先輩の本音が聞けたようなものじゃないのか」

 

「失礼ですよ。分かった風な事を言うのって」

 

「だが他人なんてそんなものさ。分かった風にしか成れないんだ」

 

「……それも、誰の言葉なんです?」

 

「……引用不明な誰かだろうね。憧れの先輩の言葉はシャルティア・ブルーム委任担当官としては不服だったかい?」

 

 その問いかけに、シャルティアは自らの手に視線を落としていた。

 

「よく……分かんなくなっちゃいました。だって、敵ですよ? 《サードアルタイル》を……聖獣を撃墜しようとしている敵。《ダーレッドガンダム》だって苦戦しました。それ相手に……何ですか、あの理論は」

 

「幸せですか、か。しかし、彼女を知っている人間からしてみれば、よく吼えたものだと、褒めてやりたいところだがね」

 

「はぁ? ……幸せかどうかなんて、敵相手に問答するなんておかしいじゃないですか」

 

「だがカトリナ君からしてみれば急務だったのだろう。《オムニブス》でスクランブルをかけてまでの援護。だと言うのに、やった事は火に油を注ぐような物言いだった。……とは言え、相手が硬直したお陰で、クラードは助かったようなものだが」

 

「……それも結果論でしょう。逆上した敵に撃たれないとも限らなかったわけですし」

 

「しかし、その胆力にわたしは彼女を過小評価していたのだと思い知った。……敵相手にも自分の幸福論をのたまうだけの強さを、もうとっくの昔に手に入れていたとはね」

 

「……正直、聞いていて呆れちゃいました。幸せかどうかなんて、どうだっていいでしょう? そんなので戦場が回りますか? そんなので……死んじゃった人達が、生き返るわけでも、ないでしょうに……!」

 

 思わず語気が強くなる。

 

 アルベルトの喪失は考えないつもりであったが、カトリナがあんな調子ではアルベルトも浮かばれないだろう。

 

 ヴィルヘルムは煙草をくわえ、紫煙を棚引かせていた。

 

 その瞳は遠くを見据え、自分では及びもつかないものを目の当たりにしている。

 

 回収されてきた《ダーレッドガンダム》が格納デッキに収容されるのを視野に入れ、シャルティアは呟いていた。

 

「……死んだ人なんて、どうだっていいんですか。シンジョウ先輩は」

 

「それは違う。それくらいは分かっているはずだろう」

 

「だったら! ……だったら何で、幸せなんて説けるんですか! 敵ですよ! 敵は撃たないとどうしようもないんです! そんなの当たり前の事じゃないですか!」

 

「そう、当たり前だ。戦場の常識さ。しかし……カトリナ君はともすれば、わたし達の忘れてしまった日常というものを、もしかすると思い出させてくれるのかもしれない」

 

「……日常なんて、もう私達には訪れないでしょう。叛逆者なんですから」

 

「そうだな。そして彼女は血濡れの淑女(ジャンヌ)。それくらいは、分かっていての事なんだろう」

 

「……自分が旗印なら、何を言ったっていいって言う文句にはならないですよ」

 

「そこまで無責任に映るかい?」

 

 問われてしまえば、返事に窮する。

 

 カトリナが目指す方向を素直に憧憬の眼差しで仰げなくなったのはいつからなのだろう。自分の中で承服出来なくなって、それで理想像とは違うと、吼えられるようになったのはいつからだというのだろう。

 

 我ながら嫌な後輩に成り下がったものだ。

 

「……でも、素直に尊敬させて欲しかっただけなんですよ」

 

「尊敬なんて近づけば近づくほどに消えていく幻みたいなものだ。君はカトリナ君に、蜃気楼のようなものを抱いていただけなんだろう」

 

「……近づけば醒めてしまうって言いたいんですか」

 

「そうだな……。ただね、この世には同じ蜃気楼でも、実は案外近かった、というものもあるらしい」

 

「私もシンジョウ先輩も似たようなものだって……」

 

「そこまでは言い切れないだろう」

 

『オーライ、オーライ。《アイギス》部隊はこっちへ。《ネクロレヴォル》はこっちだ。場所を間違えるなよ』

 

 サルトルの拡張音声が鳴り響く中で、戦場に駆り出した《オムニブス》が最後に帰還してくる。

 

 そこから這い出たカトリナは早速、サルトルから叱責を受けていた。

 

『戦場のど真ん中にスクランブルで言う事か! あれが!』

 

『すいません……っ! でもどうしても……言わないと気が済まなくって……っ、って、これも広域通信……?』

 

 慌てて通話領域を縮小させたカトリナ相手に整備班から笑い声が上がる。

 

『ま! 期待の新人は変わらなかったって事か! めでたくはないが、オジサンとしちゃ嬉しいよ』

 

「……何でですか。あんなの、懲罰ものでしょうに」

 

「あの輪に加わったって罰は当たらないぞ」

 

「……断ります。だらしがない大人って、これだから嫌いなんですから」

 

 しかし、ユキノも合流し、メカニック達と一緒になってカトリナの生存を喜んでいる。

 

 何だか、その輪に入らないのも、別の意味で斜に構えているような気がしていた。

 

「……ヴィルヘルム先生は、あの輪に入らないんですか」

 

「わたしは怒られてしまうな。禁煙なんだろう?」

 

 どこか試すようにウインクしてみせたヴィルヘルム相手に、シャルティアは苛立たしげに後頭部を掻いていいた。

 

「……ああ、もうっ! これだから、だらしがない大人って言うのは嫌いなんです!」

 

 タラップを駆け下りるなり、声を弾けさせる。

 

「シンジョウ先輩!」

 

「あっ、シャルティア委任担当官……」

 

「見損ないました! そこまでやって、何が委任担当官ですか!」

 

 突っかかったと思われたのだろう、ユキノが制そうと間に入りかけたのを、カトリナがゆっくりと頭を振る。

 

「……そっか。幻滅されちゃった?」

 

「ええ、幻滅も幻滅です! ……でも、どうしてそこまで出来たんですか? それも素直に……疑問なんです。だって私は……私はアルベルトさんが死んじゃった時、大慌てで《オムニブス》に乗り込んで、相手に説教をするような……度胸もなかった。怖かったんですよ。エージェントの皆さんが赴く、本物の戦場って言うのが。だって私は委任担当官……彼らの帰る場所には成れても、その隣で戦う事には成れない。だから、せめて帰る場所を護る事を一番に掲げてって……教えてくれたのはシンジョウ先輩じゃないですか」

 

「……そうだね。教えを破っちゃった事になる」

 

「……エージェントと同じ戦場に立つのは間違っています。だってそうじゃないと……私があの時……オフィーリアで受け止めただけの想いが……無駄になっちゃうような気がして……」

 

 自分が表立って、アルベルトと同じ戦場に居られればよかったのだろうか。それならば最良の道を選べて、そしてその道に殉ずる事も出来たのかもしれない。

 

 しかし生き延びてしまった。

 

 生き永らえてしまったのだ。

 

 ならば、そこから先を考えるのは、生きている人間の役目なのだろう。

 

「……エージェントと同じ戦場なんて間違っている、か」

 

「おかしいですよ……そんなの全部……。クラードさんが何かしてくれますか! シンジョウ先輩が死んじゃったら……私は誰を、目標にすればいいんですか……」

 

 震え始めた声にカトリナは歩み寄ってそっと肩を抱いていた。

 

 生きている人間のあたたかさに、シャルティアは目を見開く。

 

「ごめん……ごめんなさい、シャルティアさん。でも私には、これでしか出来そうにない。クラードさんに報いるのには、あの人が目指す叛逆を、きっちりとした形で完遂させるのにはこれしか……。私は委任担当官だから、担当エージェントが死ぬその瞬間まで、彼を信じる義務がある」

 

「……そこに間違いを差し挟む余地はないって言いたいんですか」

 

「ううん……間違う事もあるだろうし、私の選択が最善じゃない」

 

「だったら……!」

 

「だからって……前に進む事と幸せになる事を、諦められるほど、賢しくもないの……」

 

 また幸せになる、という理論だ。

 

 それがどうしたってシャルティアには理解出来ない。

 

「それは……それは、ベアトリーチェに居た頃から……ひいてはこのオフィーリアであったとしても、シンジョウ先輩が振るわなければいけない信念だって言いたいんですか。それがあなたの全てだって……」

 

 カトリナは一拍の逡巡を浮かべたが、やがて頷いていた。

 

 彼女の守るべき信念。彼女が決意すべき、己の心。

 

 それが幸福になる、という事であるのならば、先の戦いで振り翳したのはある意味ではカトリナなりの戦いであったのだろう。

 

 自らの心に依拠するところの信念を貫き通すために、その意地を相手にぶつけたのだ。

 

 エージェントでも出来ないだけのハッタリ。

 

 自分の精一杯で、敵を打ちのめす。

 

 そんな――可能不可能議論を飛び越えた先にある戦いを、彼女は必死に講じて。

 

 シャルティアはぎゅっと拳を握り締めた後に、搾り出すように口にする。

 

「……だったなら、それを私みたいな小娘に、馬鹿馬鹿しいとか思わせないでくださいよ。私は! シンジョウ先輩、あなたを尊敬していました。だから、尊敬に背く行為をされると……私自身、どう振る舞ったらいいのか、まるで分かんない……分かんないんですよぉ……!」

 

「シャルティアさん……」

 

「……簡単に幻滅出来れば、まだ楽なのに……。それでもあなたの事を勇猛果敢だと、どこかで思えちゃっているから始末が悪いって言うんです! ……もっと私に、ただのだらしがない大人だと思わせてくれれば……楽なのに……」

 

 それでもどこかで分かってしまっていた。

 

 承知出来てしまうのだ。

 

 カトリナの語った幸福論は、一朝一夕のものではない。

 

 彼女を形成する中心軸になるものだと。

 

 ならば、それを容易く否定する事は、カトリナの人生を否定する事に繋がる。

 

 そこまで嫌いに――させないで欲しい。

 

 自分の我儘でこれまでの情景を台無しにさせないで欲しいと言うのは、純粋なただの願いそのものであろう。

 

 だが願ってはいけないのか。

 

 ここに帰還したカトリナに、まだ自分の尊敬するエンデュランス・フラクタルの委任担当官の先任であると言う事実を、自分はまだ受け止めたいのだろう。

 

 カトリナが何か言葉をかけようとして、シャルティアは彼女と向かい合って面を伏せる。

 

 こんな時に顔を見ることも出来ないなんて情けないにも程がある。

 

「……私、正しいとは、思っていませんから」

 

「……うん。それでもいい」

 

「……だって、アルベルトさんが……あの人なら飲み込めって言うんでしょうし。私、だらしがない大人の言葉を聞くつもりは、ないんで」

 

 ちょっとした反抗心。

 

 ちょっとした気持ちの齟齬。

 

 その一つで、今は飲み干すしか方法はなさそうであった。

 

 カトリナに背を向けタラップを駆け上がったところで、待ち構えていたヴィルヘルムが紫煙をたゆたわせる。

 

「どうだった」

 

「……見ていたんでしょう?」

 

「肝心要のところは聞かないと分からない」

 

「……私は……シンジョウ先輩に理想を見ていたみたいです」

 

「そうか」

 

「でも同時に……そんなシンジョウ先輩を、見くびってもいたんです」

 

「ほう、それは興味深いな」

 

 シャルティアはきゅっと胸元で手を握り締め、ヴィルヘルムへと言い放つ。

 

「……ヴィルヘルム先生。オフィーリアの艦内設備なら、思考拡張の施術くらいは出来ますよね?」

 

 その覚悟するところに、ヴィルヘルムは目線を直視させる。

 

「……構わないが、いいのか? 戻れないぞ」

 

「ええ。どっちにしたって、私だけこんな身分で宙ぶらりんなままじゃ、何も出来やしません。私は……私に落胆したくないんです」

 

「自分に落胆するのは最後でいい、か。君も生き急ぐな」

 

「それでも。私に出来る事が少しでも増えるって言うのなら」

 

「前に進む事を否定はしない。いいだろう。思考拡張施術はわたしの専門だ」

 

 携帯灰皿に煙草を押しつけて、ヴィルヘルムは白衣を翻す。

 

 その背中に続く道中で、シャルティアは視線を《ダーレッドガンダム》に向けていた。

 

 頭部コックピットに数名の整備班が取り付き、鎧じみたパイロットスーツに包まれたクラードが運び出されてくる。

 

「……シンジョウ先輩の気持ち、裏切ったらただじゃおかないですからね、クラードさん」

 

 そう独りごちて、歩みを進めていた。

 

 

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