機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第211話「獣は大地へと堕ち」

 

 大陸に横たわる聖獣の姿は、黙示録の世界を想起させるのに充分であった。

 

「神は居ない、か」

 

 呟いたジオへと通信回線がもたらされる。

 

 どれもこれも逼迫した状況を伝えてくるが、その中で不意に優先権を持つものが接続される。

 

『……こちら、王族親衛隊所属……そのほうは万華鏡の部隊か……』

 

『地下シェルターからの通信ですね。どうやら生存者のようです』

 

 部下の分析に、相手からの声に生存の望みが宿る。

 

『救援か……! 上にはまだ第三の聖獣が存在しているのだろう? さっさと片付けて我々を助けんか……!』

 

「しかし脅威は第三の聖獣だけではありますまい」

 

『先の高重力砲撃で、火災が一部で発生している……! 時間がないのだ! すぐに救助編成を急行させて――!』

 

「申し訳ありませんが、我々の任は救う事ではなく、滅する事です」

 

 断じたジオは《ラクリモサ》のヘッドアップディスプレイ越しに映し出された、横たわる《サードアルタイル》へと、磁石のようにミラーヘッドビットを展開させていた。

 

「《パラティヌス》編隊へ。放て」

 

《パラティヌス》部隊の砲撃が《サードアルタイル》の剥き出しの臓腑へと突き刺さる。

 

 咆哮した《サードアルタイル》が不完全ながら波打つ虹を形成して防衛網を張るが、どれもこれも精密さに欠ける。

 

「継続して砲撃を実行。このまま撃墜する」

 

『待て! 待てと言っている、ジオ・クランスコール! 我々をまず救護してから、第三の聖獣を駆逐するのだ! そうでなければこのまま、奴の重量と熱量で我々は圧死してしまうだろうに!』

 

「承服しかねます。千載一遇の好機ですので。それに、ここで《サードアルタイル》を撃墜出来なければもっと被害は広がる事でしょう。よって、奴の足はここでひき潰す」

 

《パラティヌス》部隊の砲撃が連鎖し、《サードアルタイル》の腹腔の傷を抉っていた。

 

『大佐。つい数刻前の高重力砲撃のせいで、《サードアルタイル》は活動不能状態に陥っている模様です。どういたしますか。このまま砲撃を続ければ断続的なダメージとなり、結果として第三の聖獣は無力化が可能と目されますが、確かに。王族親衛隊の方々を無碍には出来かねます』

 

『そうだろう! 万華鏡よ、一時的に攻撃を停止。その後に、好機を見出し、敵を鹵獲せよ。貴様ならばそれくらい造作もあるまい……』

 

「失礼ながら。聖獣を倒せるような機会が何度も訪れるほど甘く見積もってはいません。よってここでの優先順位はあなた方の生存ではなく、聖獣の討伐任務と心得ます」

 

『……貴様……! 我らの命はどうでもいいと言うのか! 貴様ら王族親衛隊は我々あってのものなのだぞ……!』

 

『大佐。如何に致しますか? 《サードアルタイル》の命と、王族親衛隊の方々の命、天秤にかけるのは大佐の役目ですが』

 

 しかし、ジオは逡巡の間さえも浮かべない。

 

 元より、その思考回路に迷いは殊更もない。

 

「第三の聖獣の撃墜を最優先。その後に救護部隊を差し向ける」

 

『……悪魔め……! ジオ・クランスコール……!』

 

「ミラーヘッドビット、電荷。敵のパーティクルビットを押し返す」

 

 ミラーヘッドビットが加速度を増して虹の皮膜へと光芒を引き絞らせ、その質量でさえも犠牲にして防衛網を拡散させる。

 

「守りが消えた。総員、敵の胎へと砲撃を敢行」

 

《パラティヌス》部隊が弾頭を入れ替え、瞬時に装填していく。

 

『特殊弾頭装備。対聖獣砲撃を実行します』

 

《サードアルタイル》へと一斉に放たれたのは赤い光軸であった。これまでの砲撃と明瞭に異なるのは弾丸が突き刺さった途端、破裂の爆発を拡散させていく。

 

 その拡散磁場が檻のように《サードアルタイル》の挙動を押し留めていた。

 

「聖獣とはいえ獣、獣は牢獄に堕ちるべし、か」

 

 パーティクルビットを構築して攻勢に移ろうとするが、そのような技量はもうほとんど相手には残っていないようである。

 

 加速した《ラクリモサ》が四方八方に放ったミラーヘッドビットによって包囲陣を敷き、《サードアルタイル》の不完全な攻撃網を破る。

 

 全方位より放たれた一斉掃射が相手の動きを完全に封殺していた。

 

「第三の聖獣ともあろうものが、堕ちたものだ。それに悲しみを禁じ得んよ」

 

 単眼に虹の血脈を滾らせて咆哮した《サードアルタイル》へと、断ずる鋭さを伴わせて《ラクリモサ》はビット兵装で叩きつけていた。

 

《サードアルタイル》が今も延焼し続ける臓腑を再生しようと試みるが、その先から崩れ落ちていく。

 

『大佐。敵の再生能力が落ちています。これは……これまでの戦いでは見られなかった現象かと』

 

「本来の乗り手ではないのだ。能力も低下しているはず」

 

『なるほど。では今ならば撃墜出来ますか』

 

「今ならば、ではない。我々に二度も三度も敗走は許されない。王族親衛隊の、責務である」

 

『御意に』

 

 部下達の《パラティヌス》が砲身を立てて弾倉を込める。

 

 次の一斉掃射で確実に、第三の聖獣はその命を摘まれるだろう。

 

 その時の衝撃波で地下シェルターは完全に陥落か。

 

 しかしジオの思考に特権階級の命の天秤は完全に消失していた。

 

 今はただ、聖獣討伐にのみ命を燃やす死狂いであればいいと。

 

 先の牢獄の弾頭で《サードアルタイル》は疲弊し切っている。

 

 平時ならば万全であろうパーティクルビットの構築率も甘い。どれもこれも、形成する前に霧散していくばかりだ。

 

 ならばこそ、この好機を見逃すわけにはいかない。

 

「部隊へ。自分が先行する。敵のパーティクルビットの構築を破綻させてから、その懐へと潜り込み、照準位置を補正。弱点へと総員で砲撃し、《サードアルタイル》を撃滅せよ」

 

『承知しました。ですが、絶対の防衛圏です』

 

「何か不都合でも」

 

『いえ、ご武運を。大佐ならば出来るでしょう』

 

 腹心の部下の声に、ジオは冷徹な仮面越しの眼差しを《サードアルタイル》へと注いでいた。

 

「彼の第三の聖獣とは言え、腹腔を破られてまで狩人に喰らいかかるほどの器量もなし。致命傷を受けた状態で何度も牙を突き立てられる道理はない。ここでその命脈、確実に摘むまで」

 

 直後、《ラクリモサ》にミラーヘッドの急加速をかけさせ、パーティクルビットの予測通りの展開速度に対し、さらなる段階加速でその読みを上回る。

 

 遥か後方に構築されたパーティクルビットの虹の防衛網を視野の隅に入れ、ジオは格闘兵装のビットを機体のバインダーより伸長させた腕へと装備させる。

 

「しかしながら、腐っても聖獣だ。手は打っているはずだろう」

 

 その読み通り、《ラクリモサ》の針路を阻んだのはこれまで予兆すらなかった白い閃光だ。

 

《サードアルタイル》の眼前で集約された光芒に、《ラクリモサ》は回避不可能の領域まで踏み込んでいる。

 

 だがそれは、《ラクリモサ》の射程でもあると言う事実。

 

 白き光の瀑布を赤い装甲に照り輝かせた《ラクリモサ》が潜り抜け、頭上へと上昇していく。

 

 直後、空間を鳴動させる光の螺旋が《サードアルタイル》より放出されていた。

 

 一直線に相手を撃ち抜く事のみに特化したその武装は、さながら聖獣の咆哮とでも呼ぶべきであろうか。

 

「しかしながら、その声を断つのが、自分の役割である」

 

 直上より加速度を得て降下した《ラクリモサ》は格闘兵装で《サードアルタイル》の頭蓋を叩き割る。

 

 虹色の血潮が舞い散ったもののその一撃は浅い。

 

 単眼の頭部が《ラクリモサ》を再び狙い澄まし、パーティクルビットが、次は押し潰す勢いで放たれていた。

 

 両側より圧殺の構えで撃たれた虹の死線空域で、《ラクリモサ》はY字の機体を滑らせて回避していく。

 

 その時には既にミラーヘッドビットは無数に放出されており、《サードアルタイル》の腹腔へと狙いをつけていた。

 

「悪いが墜とさせていただく。これ以上の戦闘継続は無意味だ」

 

 ミラーヘッドビットが光条を引き絞ろうとした、その瞬間である。

 

『大佐、お時間です』

 

 腹心の部下の放った言葉と共に無数の光条が《ラクリモサ》の針路を遮る。

 

「存じている。思ったよりも早かったな、騎屍兵か」

 

 後続部隊を担当する《ネクロレヴォル》がこちらの部隊に向けてビームライフルを照準する。

 

『分かりませんね。睨むべきは世界の敵よりも、目の前の羽虫とでも言いたいかのように』

 

「実際、そうなのだろう。《サードアルタイル》を我らの一存で破壊されると、迷惑なのだ。彼らにとっては」

 

《ネクロレヴォル》のうち一機が《パラティヌス》と接近し、瞬時に抜刀していた。

 

 互いのビームサーベルの干渉波が押し広がり、磁場の中で声が迸る。

 

『《サードアルタイル》を破壊はさせない。それは我が社の所有物であるからです』

 

『所有物が暴走すれば、それを制するのは王族親衛隊の役割だ』

 

《パラティヌス》の砲撃部隊が《ネクロレヴォル》隊へと狙いをつける。

 

 彼らは散開してそれぞれミラーヘッドの両翼を拡張していた。

 

 亡者の頭蓋に蒼い焔が宿り、《パラティヌス》と戦いを展開していく。

 

『死者は! 黙って土の下をねぐらにしていればいいのだ!』

 

 王族親衛隊の《パラティヌス》が激しく《ネクロレヴォル》とぶつかり合う。

 

 互いにミラーヘッドを展開し、それぞれの放射網が交錯する中で本体が肉薄して、刃を交わしていた。

 

『こいつ……! 避けるって言うのか!』

 

『こちら騎屍兵、ゴースト、トゥエルヴである。騎屍兵師団として忠告する。《サードアルタイル》は我が方で回収する手はずになっているため、王族親衛隊のこれ以上の戦闘は越権行為である』

 

『越権だと? どの口が……!』

 

『我々は貴官らとの戦闘は望まない。手負いとは言え《サードアルタイル》を相手取りながら、我々との継続戦闘は不可能と考える』

 

『……嘗めているのか。我々は王族親衛隊だぞ』

 

『その王族親衛隊が、守るべき支配特権層の地下シェルターよりも、聖獣討伐に乗り出しているとなれば、胸中穏やかではない者達も居るはずだ』

 

「この者は分かっているな」

 

『大佐?』

 

 既に先ほどの支配特権層とのやり取りは抽出済みか、あるいはそれを加味してのブラフか。いずれにせよ、このまま戦い続ければ王族親衛隊に要らぬ泥が付くようなもの。

 

「ゴースト、トゥエルヴ、と言ったか。確かに、我が方からしてみても守るべき主君を無視して聖獣討伐に乗り出せばそれだけリスクも高まる。加えて、今の《サードアルタイル》は手負い。この状態ならば、追い込みの必要性は薄いとも言える」

 

『理解が早いようで助かる――』

 

「が、それを我々が容易く飲み込むとでも思ったのか。それこそ嘗めるな、と言わせていただきたい」

 

 包囲陣を敷いていたミラーヘッドビットが蒼い輝きを宿して《サードアルタイル》の臓腑へと潜り込んでいた。

 

 直後には自爆したミラーヘッドビットが内側より虹色の血潮を迸らせる。

 

『……貴様……』

 

『大佐……』

 

「我々はここで聖獣を狩らねばならない。そのためならば、必要な犠牲は払う。貴君らがその道を阻むのならば、それは敵と断じさせてもらう」

 

『……それは正気のお考えと捉えてよろしいのか。王族親衛隊が大義ではなく、眼前の聖獣の首一つにその意志を陥落させたとでも』

 

「勘違いがあるようだから言っておこう。我々の目的はあくまでも、この先未来永劫における恒久的平和の達成だ。ここで《サードアルタイル》を逃せば、それは遠ざかる。我々の手で、第三の聖獣は捕殺されなければならない。これは急務である」

 

『急務……? よく吼えられたもの。ここで第三の聖獣を殺し尽くさなければ、枕を高くして眠れないだけだろう。弱腰が、聞いて呆れる。王族親衛隊の名が泣くぞ』

 

『痴れ者が!』

 

 腹心の部下の《パラティヌス》が跳ね上がり、《ネクロレヴォル》へと太刀を見舞っていた。

 

 その刃を《ネクロレヴォル》は受け止める。

 

『大佐に向かって、知った風な口を利くな! 貴様ら企業の手の者は平気で他者の理念を踏みしだく……! 如何な理由があろうとも王族親衛隊の誇りを穢す事は許さん!』

 

 どうやら彼の逆鱗に触れたらしい。

 

 ミラーヘッドの分身体を蹴散らし、《パラティヌス》が《ネクロレヴォル》の頭蓋を蹴り上げる。

 

 隙が生じた瞬間を狙ってのゼロ距離の砲撃の矛先を、逸らしたのは別の《ネクロレヴォル》であった。

 

『トゥエルヴ! 迂闊だ!』

 

 逸らされた光条を見る迂闊さを辿る前に、薙ぎ払われた一閃を割って入った《ネクロレヴォル》が受け止めていた。

 

『……貴様ら死者の首程度で、この義憤が収まると思うなよ……!』

 

『義憤も何も、これは命令である! モルガンの指揮下にあるのならば!』

 

『我々は直属以外、誰の指図も受けない! それが王族親衛隊の矜持だ!』

 

 下段より打ち払われた刃が相手を圧倒し、そのまま刺突が心臓部を貫くかに思われた、その時であった。

 

『――そうか。では私もその矜持で生きるとしよう』

 

 撃ち放たれたのは雷撃。

 

 否、雷撃を想起させるほどの、強烈な一閃。

 

 頭上より舞い降りた漆黒の機体が全身に蒼い血潮を滾らせ、太刀を払う。

 

 手首から接続された制御循環ケーブルが柄頭に装着された実体剣を二振り。

 

 払ったのは、まさしく黒き旋風そのもの――。

 

「ヴィクトゥス・レイジ特務大尉。また敵となるか」

 

『存外、私も人情深いようでね。今回は騎屍兵の者達に肩入れさせてもらおう』

 

「人情深い、か。貴官も冗談を飛ばす」

 

『それは意外。万華鏡、血も涙もないジオ・クランスコールにも届くジョークがあったか』

 

「それは笑えると言うのだよ、ヴィクトゥス・レイジ」

 

《パラティヌス》部隊が《ラクリモサ》を固めるように寄り集まっていく。

 

 比して、騎屍兵部隊はヴィクトゥスの操る新型機へと、隊列を組んでいた。

 

『……礼は言いませんよ』

 

『要らんさ。ここで死合うのは、ただ一刹那の悦楽に狂うだけの死狂いなのだからね。さて、新調したスーツも我が身に見合うのか! その試し斬りの相手が彼の万華鏡と在れば、それは過不足なく!』

 

「やるか」

 

『応と言わせてもらおう! 行くぞ、我が鎧、我が刃たる、《ソリチュード》弐番機! タイプ、《ゴスペル》!』

 

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