機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第212話「亡者の価値は」

 

 機体識別認証に《ゴスペル》の機体照合が充てられ、相手が刃を突きつける。

 

『大佐、あの機体、やり合えば面倒です。痛み分けの結果になるでしょう』

 

「それでも戦わない道があるわけでもないはずだ。エンデュランス・フラクタルは手負いの《サードアルタイル》をどうしたって回収したい。我が方もそれは同じ。各員、後方の第三の聖獣に気を配りつつ、騎屍兵と交戦する」

 

『ヴィクトゥス・レイジ特務大尉は? どういたします?』

 

「殺さぬ程度に始末せよ」

 

『……無茶を仰る』

 

 直後、《ゴスペル》が掻き消える。

 

 先の戦闘でも見せた空間転移――それに等しい超加速であろう。

 

「だが、如何に優れた戦法とは言え、既に一度見た手を二度も講じれば、それは愚かとも言う」

 

 出現する空間に配置しておいたミラーヘッドビットが《ゴスペル》の刃を塞ぎ、相手へと絶対の死地を送り込む。

 

『なんと……!』

 

「空間転移に近い速度での戦いは、重力下では見切られやすい。覚えておくといい。どう立ち現れようと、それは上下左右のどれかでしかない。加えて貴官の性格だ。まず背後を取るのだと、それくらいは察知出来る」

 

『……優れた軍師は優れた戦士でもあると言うわけか』

 

「そこまで驕り昂ぶったつもりでもない。ただ当然の事実だ」

 

 ミラーヘッドビットの洗礼を受けた《ゴスペル》が刃を翻し、そのまま頭上へと流れていく。

 

 天へと昇っていく一筋の蒼い光は、まさしく流星。

 

『……ミラーヘッドを分身ではなく、もっぱら加速にのみ特化させる……』

 

「彼にしか出来ない戦い方だろう」

 

 蒼白い光を棚引かせて、《ゴスペル》は一気に距離を詰めていた。

 

 部下の一人がうろたえたのを、閃いた太刀が砲身を溶断する。

 

 そのまま浴びせ蹴りを加えた瞬間には、《パラティヌス》の背後へと転移し、踵落としを決めていた。

 

《パラティヌス》は墜落寸前で持ち直すが、王族親衛隊の身分でなければ難しい切り返しであっただろう。

 

「その戦闘能力、王族親衛隊の中でも生え抜きと、言わせてもらおう」

 

『惜しいとでも言いたげだ』

 

「惜しいとも。自分は貴官を殺さなければならないのだから」

 

《ラクリモサ》と《ゴスペル》が対峙したのも一瞬、直後にはお互いの手が放たれている。

 

 空間転移でこちらの射程に潜り込んだ《ゴスペル》を、直上よりのミラーヘッドビットで応戦。

 

 しかしながら、それらの火線は全て読まれ、加速度のままに相手は《ラクリモサ》の躯体へと肘打ちを見舞う。

 

『大佐!』

 

 遅い。

 

 全てが――遅いのだ。

 

 腹心の部下がそれに気づいて声をかけるのも。

 

《パラティヌス》部隊が自分のフォローに回ろうとして騎屍兵達に阻まれていくのも。

 

 全て――何もかも後れを取った事象でしかない。

 

 だがその速度の中で、自分とヴィクトゥスだけは等速の世界で生きる事が出来る。

 

「特別と、思うべきなのだろうか。あるいは研鑽の賜物か」

 

『どちらでもいい。身に余る称賛だとも』

 

「よして欲しい。これから滅する相手に、賛美を寄せている余力はない」

 

『どこまでが本音かな……ジオ・クランスコール……!』

 

 下段よりの打ち払い。

 

《ラクリモサ》の装備した格闘兵装で応戦するも、相手の速度からの勢いが遥かに勝る。

 

 格闘兵装は根元から断ち割られ、その余剰衝撃波で《ラクリモサ》のバインダーに亀裂が走る。

 

 相手が刃を返していた。

 

 それは即ち、まずは片腕だけでも狙う心づもりだろう。

 

「しかしそれは貪欲とも言う」

 

 衝撃波で亀裂の入ったバインダーよりビーム放射をもたらす。

 

 自らバインダーの内側に格納されていたミラーヘッドビットを解放する事で相手の出端を挫いていた。

 

 放射された光条は完全に想定外であったのだろう。

 

《ゴスペル》の頭部を射抜いた形であったが、相手は止まらない。

 

 メインカメラの損傷など知らぬとでも言いたげの進軍が、太刀を握り締め《ラクリモサ》の懐へと飛び込む。

 

「見えていないはずだが、よもや心眼の心得もあったか」

 

『――断つ!』

 

「生き急ぎ過ぎだ」

 

 下方より回り込ませておいたミラーヘッドビットの光条が《ゴスペル》の関節系統を全て殺す手はずであったが、それは前回の経験が生きていたのか、死線領域に踏み込む前に、相手は急速後退する。

 

 その段になって全ての現象がようやく元の時間を取り戻したかのように、腹心の《パラティヌス》の砲撃が《ゴスペル》を射抜こうとするが、相手は直上へと跳ね上がっていた。

 

『速いですね』

 

「速さだけが強みのようだ」

 

《ゴスペル》は雲海を引き裂き、きりもみながら真っ逆さまに降下してくる。

 

 その様は、遥か彼方の時代に敵と死合う最中にこそ、自らの生を実感したと言う「サムライ」とやらの生き様を想起させていた。

 

「ミラーヘッドビットを電荷。両翼で叩き潰せ」

 

『大佐……! 片割れのバインダーが……!』

 

 絶句した様子の部下に、ジオは自嘲する。

 

「片腕程度は落とすと、そう宣言したのは伊達でもなさそうだ」

 

 ミラーヘッドビットが《ゴスペル》へと直進していく。

 

 途中、その総数を膨れ上がらせ、相手へと網のような光条が見舞われたが《ゴスペル》は唐竹割りの一太刀でそれを弾いていた。

 

『嘘だろう……! ビームコーティングか!』

 

「どこまでも時代錯誤な相手だ」

 

『時代を先取りしたと、そう評してもらおうか』

 

「少しばかり先鋭が過ぎる」

 

『……そうかな……!』

 

《パラティヌス》の砲撃網が咲くが、《ゴスペル》は全て、振るった刃でビームを偏向させる。

 

『化け物が……! ビームを刃で弾くなんて正気の沙汰じゃないぞ!』

 

「最早、狂気でのみ踊る事を覚えたか」

 

『死狂いとは、正気と狂気の沙汰の只中で踊る心に在り……!』

 

《パラティヌス》はただでさえ、騎屍兵の抑え込みに苦戦している。

 

 自分の機体だけで《サードアルタイル》の守護は難しい。

 

 かと言ってここで《ラクリモサ》が退けば、それは全体の士気に関わって来るだろう。

 

「難儀なものだな。後ろから撃たれるのも考えながら立ち回ると言うのは」

 

《サードアルタイル》のステータスは少しずつだが戻りつつある。

 

「自己修復、あるいはそれに準ずる性能。さすがは聖獣。凡百の付けた傷は痛くも痒くもないようだな」

 

 あるいは、とジオは思考する。

 

 先の高重力砲撃。あの一撃で決まるはずであった戦局が引き延ばされ、結果として自分達の戦場になっているだけで、聖獣討伐など驕りの一言だったのかもしれない。

 

 そのような些末事を浮かべているような時間さえも惜しいほどに、《ゴスペル》はミラーヘッドビットを叩き落としてこちらへと太刀を担ぐ。

 

『大佐! 現状の《ラクリモサ》では、反撃は……!』

 

「向かってくる敵相手に、背中は見せられるものか。来るがいい」

 

『死合おうとも。我が心は不滅……! 一切衆生!』

 

《ゴスペル》が太刀を閃かせ、その一閃を叩き込もうとする。

 

 その動作と、《サードアルタイル》が後方で起き上がり、再び白き閃光を充填したのは同時。

 

「いかんな。重なっている」

 

《サードアルタイル》の広域砲撃と、たった一本の針の糸のような《ゴスペル》の一点攻撃。

 

 今の戦局においての喰い合わせは最悪だ。

 

 どちらかを封じなければ遠からずの全滅。

 

 作戦を実行するためには、少しばかり――「本気」を出すしかなさそうだ。

 

 ジオは仮面をさする。

 

 相貌を撫でてから、仮面の内側の擁するネットワーク――思考拡張をこの時初めて行使していた。

 

「思考加速。エグゾーストネットワーク、ブーステッド1」

 

 まず《サードアルタイル》の側へとバインダーから現出させた腕を翳し、ミラーヘッドビットを円環の軌道で配置する。

 

 それと共に砕いたバインダーの支柱部分に当たるフレームへとミラーヘッドビットを吸いつかせ、一時的な疑似バインダーとしていた。

 

 ミラーヘッドビットは吸着し、構築し、接続され、《ゴスペル》の一太刀を受け止める腕を形成する。

 

 速かったのは《サードアルタイル》の放つ光芒であった。

 

 直進する白き破壊の瀑布をミラーヘッドビットの出力値を引き上げて拡散させる。

 

 その直後には、ミラーヘッドビットが数珠繋ぎになった片腕に、《ゴスペル》の全力の唐竹割りが叩き込まれていた。

 

《ラクリモサ》が建造されてから初めて――軋みを上げる。

 

 ジオは一拍呼吸をついてから、まず一手、と《サードアルタイル》へと組み上げていたミラーヘッドビットの円環軌道を放出していた。

 

 相手の眼前でいくつかのビットは爆ぜて視界を眩惑し、同時にまだ再生の途上である臓腑へととどめの光条を撃ち込む。

 

 聖獣が吼えていた。

 

 それを認識したヴィクトゥスの遅れた認識へと、数珠繋ぎのミラーヘッドビットを分散させ、四方八方からビームを叩き込んでいる。

 

《ゴスペル》の四肢を射抜いたその挙動に、相手がうろたえた声を発していた。

 

『……な、に……』

 

「少し遅いな。思考加速の世界に貴官は」

 

 ヴィクトゥスが持ち直す前に、下方よりさらに追撃。

 

 いくつかのミラーヘッドビットを直進させて誘爆する事で完全に封殺する。

 

《ゴスペル》が後退してから、メイン推進剤以外の機能のほとんどを奪われた事を悟ったようであった。

 

『……わざと殺し損なったな。何故だ』

 

「貴官も王族親衛隊である。分かるだろう」

 

『……情けは、無用……!』

 

「それが一番に効く薬のはずだ」

 

 しかし、とジオは《サードアルタイル》へと向き直る。

 

「まだ生きているか。しぶといな、聖獣は」

 

 だがほとんど死に体には違いない。

 

 引導を渡すべきだと、機体を直進させかけて、不意に割り込んできた太刀筋にジオは冷静に観察する。

 

「何用」

 

『……やらせは、しねぇ……形が変わったからって、あいつはグゥエルのはずだ!』

 

「失礼ながら、問う。騎屍兵のはずだな」

 

 愚鈍な問いかけに対し、《ネクロレヴォル》が蒼いビームサーベルの太刀筋を払う。

 

『私は……いいや、おれはトキサダ! トキサダ・イマイだ! 凱空龍の副長、舐めんじゃねぇ!』

 

「今一度、失礼ながら問う。ガイクーリューとは何だ。要領を得ない返答は混乱をもたらす」

 

『そうかよ……。どうせ万華鏡様には……分かんないこった!』

 

《ネクロレヴォル》はそのまま大振りの打ち下ろしで一閃を迫るが、どれもこれも、先のヴィクトゥスに比べれば浅い打ち込みばかり。

 

 避けるまでもない。

 

 神罰のようにミラーヘッドビットを叩き下ろし、無数の光条に抱かれて《ネクロレヴォル》が四肢より蒼い血潮を撒き散らす。

 

『おれ……はなぁ……二度も三度も! 後悔のまま死ぬわけには、いかねぇ! ……仲間が居るんだ! なら、おれのやる事は決まってるはず!』

 

「理解し難い」

 

 薙ぎ払うように冷徹に。

 

 ミラーヘッドビットの火線に抱かれて、《ネクロレヴォル》が追い込まれていく。

 

『倒す……倒さなくっちゃ、いけねぇ……。あんただけは――墜とす!』

 

 頭蓋に蒼い焔を顕現させた《ネクロレヴォル》がミラーヘッドの亡霊達を引き連れ、ビットを撃ち落としていく。

 

「火事場の馬鹿力と言うものか。雑兵でもミラーヘッドビットを落とす。なるほど、認識違いであった、と言わせていただく」

 

《ネクロレヴォル》が太刀を振り翳し、急加速で接近するのをジオは醒めた眼差しで見据えていた。

 

「加えて援護に一機、いや、二機」

 

 背後に迫った《ゴスペル》だけではない。

 

 別の《ネクロレヴォル》が援護射撃をもたらすのを、ジオは視野に入れていた。

 

『トゥエルヴ……? 何故……』

 

『何故も何もない。そう生きると決めたのならば、貫き通せ。それが死人の意地だ』

 

《ゴスペル》は今の一撃が最後の一振りであったのだろう。

 

 力なく離れていく《ゴスペル》にミラーヘッドビットで数発の光弾を浴びせてから、ジオは冷酷に援護に入った《ネクロレヴォル》を見据える。

 

 全方位から攻め立てるミラーヘッドビットに対し、相手は既にミラーヘッドの制限時間を超えているのか、攻撃される一方であった。

 

『トゥエルヴ! あんたはでも……待っている人が居るんだろう! 旦那さんや、息子が……!』

 

『……もう待っていない』

 

「理解に苦しむ。貴官は冷静に事の次第を読み込める人間であったはずだ。ゴースト、トゥエルヴ。割って入って死にに来るか」

 

『……まだ生きている価値のある人間のために死ねるのなら、本望だ』

 

 まず脚部を落とす。

 

 その上で空中において姿勢を崩した《ネクロレヴォル》にさらに追撃を見舞っていた。

 

 上下から牙のように光条で挟み、《ネクロレヴォル》の心臓部を引き裂く。

 

 アステロイドジェネレーターが剥き出しになった瞬間、《ネクロレヴォル》は自らの心臓部へと腕を差し込み、そのまま引き出してみせる。

 

『アステロイドジェネレーターの臨界まで稼働させれば、さしもの《ラクリモサ》とは言え一撃からは逃れられまい……!』

 

『大佐! 敵が接近して――!』

 

『やらせねぇ――ッ!』

 

 腹心の《パラティヌス》を急加速で殴りつけた《ネクロレヴォル》の蒼い焔の輝きが、下方よりこちらに接近するもう一機と交錯していた。

 

 その互いの眼差しを確かめる前に、炉心を晒した《ネクロレヴォル》が《ラクリモサ》へと急加速する。

 

『死なば諸共だ……ジオ・クランスコール……! 作戦は完遂されるだろう』

 

「分からないのは、それも、だ。ゴースト、トゥエルヴ。貴官はまともであると思っていた」

 

『……マトモで死人なんてやっていけるわけがないだろう。私もどこかで壊れていたのさ。でも、もう……壊れた人でなしを、続けなくってもいいようだ……』

 

 その瞬間、ジオは仮面の内側で壊れた世界を見据え続ける女性を目の当たりにしていた。

 

『……私は最後の最後に……真っ当に死ねたかな……』

 

 直後、全てが弾けていた。

 

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