機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第216話「宿命と共に」

 

「……わたくしの情報網をエンデュランス・フラクタル本社が嗅ぎ回っている事でしょう。そう容易く逃げられるとは思っていません」

 

「あ、そういや、艦長は騎屍兵団の師団長でもあるわけですよね。……参ったな、勝てるのかよ、俺……」

 

「逃げる事には肯定意見なのですね」

 

「そりゃあもう。人間、逃げられないところまで追い込まれたらお終いですし。それに、現状モルガンは混乱の渦中にあります。《アルキュミア》の乗り手が万華鏡を倒してくれたお陰で、少しばかり監視網も薄らいだはずです」

 

「……ですが、騎屍兵を置いておく事は、わたくしには出来ない。彼らもまた、過去の遺恨に囚われているのですから」

 

 ゴースト、ファイブの――トキサダの顔が思い起こされる。

 

 騎屍兵の個人情報まで自分は持っていなかったが、彼らがあの月面決戦で生き延びたのであれば、その然るべき矛先は自分に向いてもおかしくはない。

 

「ともかく、モルガンを逃げますよ。そうじゃないと、俺の今の行動は明らかに統合機構軍への叛逆でしょうし」

 

「それもまともな叛逆とも思えませんがね。……わたくしなんかを庇って、貴方が追われる身になろうとは」

 

「よく言われます。その時に猪突猛進なだけの、イノシシ頭のダイキだと」

 

 しかし、この赤毛の青年は、自分を助けてくれたのだ。

 

 囚われて、もう逃れる事など一生出来ないと思っていた枷から。

 

「……何ですか、それ。貴方はそういうのだから、出世出来ないんですよ」

 

「それも、中佐殿の口癖でした」

 

 微笑んだダイキは電算椅子から浮かび上がった命令書の一部をすくい上げる。

 

 それは自分の脳髄へとダウンロードされるはずだった末端情報の残滓であった。

 

「……リクレンツィア艦長、これって……」

 

「電子命令書ですわね。わたくしが命令遂行に忠実であったかを反証する鍵でもあります」

 

「いや、ところどころブロックノイズですけれど、この命令書……。よく読んでください」

 

「……何です?」

 

 ダイキが指差した先を、ピアーナは注視する。

 

 命令書に書かれていた内容は、驚嘆に値するものであった。

 

「……まさかそんな……。既にそこまで……本社は到達していると……?」

 

「これ、ちょっとまずいですよ。何てこった……統合機構軍はこの世界の盤面を、覆そうって言うんですか。こんな情報……」

 

 照準しようとしたダイキを、ピアーナは押し留める。

 

「お待ちください。……この情報だけでも端末で持ち帰れば、優位に立てます」

 

 手持ちの携行端末へと命令書をダウンロードし、ピアーナは艦内へと情報を伝達させる。

 

『緊急警告。モルガン艦内で火災が発生。艦長権限で第二十七隔壁までを閉鎖します』

 

 電子音声が鳴り響き、隔壁が滞りなく閉ざされていく。

 

「逃げ道は確保しました。これで少しは時間が稼げるかと」

 

 こちらの手腕にダイキは口笛を鳴らす。

 

「さすが……敵に回したくないですよ、艦長は」

 

「……怒りますよ?」

 

「冗談です。しかし、いいんですか? 嘘の情報なんてすぐに解読されちゃいますよ」

 

「一秒でも時間をロス出来れば僥倖です。それに……わたくしの目的は、ただ逃げおおせるだけではありませんから」

 

 ピアーナは隔壁に閉ざされた道順の先にある、医務室を見据えていた。

 

 艦長室から出るなり、赤い警告灯で塗り固められた廊下を、重力に縛られているのを感じつつ駆け抜けていく。

 

 だが日頃の体力のなさが裏目に出たか、あるいはこの数時間の激動が祟ったのか、足をもつれさせてしまっていた。

 

「……こんな場合では……」

 

「ああ、もうっ! 艦長は世話が焼ける……!」

 

 ダイキが自分の身体を持ち上げ、そのまま廊下を抜けていく。

 

「その……重いでしょう?」

 

「全然……です……!」

 

「……嘘が下手ですのね……」

 

 全身RMだ。重いに決まっている。

 

 それでも、まるで一人の少女に成ってしまったかのようにダイキに抱き上げられるのは、悪い気がしなかったのも事実であった。

 

「……そこ! 医務室への非常口へ!」

 

「はいはい! ……って、メイア・メイリス……?」

 

 メイアが医療カプセルを開き、こきりと首を鳴らす。

 

「来る頃だと思っていたよ、ピアーナ・リクレンツィア艦長。随分と見せつけてくれるじゃんか。お姫様抱っこだなんて」

 

「……今は不問に付します。メイア・メイリス。わたくしはモルガンを去ります。貴女も来てください」

 

「待ってました……! って言おうかなって思ったけれど、一応聞いとく。勝算はあっての事?」

 

 問いかけに、ピアーナは首を横に振る。

 

「……いえ。これまでならば勝算のない戦いはやって来なかったのですが……。ここに来て、分からなくなってしまいました」

 

 ふぅーん、とメイアは訳知り顔になった後に、一つ頷いていた。

 

「じゃあ、分かった。キミを守るよ、ピアーナ艦長」

 

「……話を聞いていなかったのですか。わたくしは勝てるかどうかは分からないと言っているのですよ」

 

「それが、さ。何だかこれまでキミと話して来て……一番人間臭く聞こえたから、問答無用で手を貸すよ。逃げるのには足が要るでしょ? ボクだってライドマトリクサーだ。《ネクロレヴォル》を強奪するかどうかって部分で、ボクを必要と判じてくれたはず」

 

 どうやらメイアはこちらの意思を話すまでもなく、自分の意見を尊重してくれているようであった。

 

 またしても目頭が熱くなったが、今は堪えておく。

 

「……ええ。それだけではありません。貴女は――あのクラードと唯一、拮抗する。この世界での切り札なのです」

 

「ボクも、さ。そろそろ会いに行く頃かなって、ちょうど思っていたんだ。クラード……彼に会って、確かめないといけない事が出来た」

 

「あの、何だかよく分かんないんですが、利害の一致って事でいいんですかね」

 

 所在なさげなダイキへと、ピアーナは応じる。

 

「このまま格納デッキへ。……ですがもし、騎屍兵が待ち構えていれば……」

 

 無事では済まないだろう。その懸念に二人が心強く声にする。

 

「任せてください。俺は負けません」

 

「ボクだって、一泡吹かせてやる算段はついているんだから」

 

 どうやら自分の味方をしてくれると言う酔狂な人間は、いつの世でも無茶をするつもりらしい。

 

 その辺りも――カトリナを思い返す。

 

「……分かりました。もし、騎屍兵が待ち構えていても、出たとこ勝負で行きましょう」

 

「それにしたって……そっちの軍人さん、艦長重いでしょ? 一回降ろしたら?」

 

「いや、この重みは大事な命一つの重さだ。誰かに替えられないだろ?」

 

「……そういうのは、聞こえないところでやってもらえます?」

 

 耳まで熱を帯びた自分を、メイアとダイキは視線を交わし合って微笑む。

 

「何だかなぁ。やっぱりキミは素直なほうが可愛いよ」

 

「本当、そうですよ。リクレンツィア艦長は素直が一番!」

 

「……怒りますよ?」

 

 隔壁で閉ざされた道順を抜ければ、遠からず格納デッキへと辿り着く。

 

 警告灯で塗り固められた廊下を超え、ピアーナはダイキと共に、今も混乱が続く格納デッキの裏側からタラップを駆け上がっていた。

 

「……まさかこんな形でようやく新型に乗れるなんて思っちゃいなかったですが」

 

 ダイキの視線の先には《ネクロレヴォル》改修型が収まっている。

 

「……こいつで逃げるの?」

 

「そのつもりだが……コックピットの認証に時間がかかる。アイリウムだって俺専用になっちゃいないんだ。すまないが、一瞬だけリクレンツィア艦長を任せた」

 

「合点! ほら、艦長。ありがとうとでも言えば?」

 

「……礼を言うのは、全てが無事に済んでからです」

 

「お堅いねぇ、キミも」

 

 コックピット脇の緊急射出用のノブを引き、ダイキは機体調整に移っていた。

 

「ダイキ・クラビア中尉! 出撃命令は出ていませんよ!」

 

 その段になってこちらに気付いたメカニックへと、ダイキは声を飛ばす。

 

『艦長命令だ! アイリウムの調整が出来次第、俺は出る!』

 

「無茶言わないでください! 《ネクロレヴォル》だって……!」

 

『押し通るって、そう言ってるんだ!』

 

 アイリウムの認証と、そしてシステムの照合には最低でも三分間はかかるはずだ。

 

 だがその時間を、ただ静観しているような人間は、この艦には居ない。

 

 姿勢を沈めていた《ネクロレヴォル》のうち一機が、ダイキの機体へと取り付いていた。

 

 その衝撃波で吹き飛ばされそうになるのを、メイアの手が繋ぎ止める。

 

「この手は離さないよ……!」

 

 赤い警告の光が明滅する格納デッキで、《ネクロレヴォル》の蒼い焔が灯っていた。

 

『……艦長。これはどういった事ですか。何故、メイア・メイリスがここに居るのです』

 

「……わたくしが緊急事態だと判定しました。よって彼女には同伴していただきます」

 

『分からぬ事を。あなたもまた、おれを裏切ると言うのですね』

 

「……まさか。トキサダ様……!」

 

《ネクロレヴォル》の拳が機体を激震させる。

 

 至近距離においてレヴォルタイプに比肩する戦力はない。

 

 たとえメイアが叛逆の意志に選ばれていようとも、MSがなければ彼女とてただの非力な少女だ。

 

『まただ……またあんた達は……おれを失望させる。トゥエルヴが死んだんだ……だって言うのに、弔いの間さえも与えてくれないのかよ……!』

 

 それは冷徹な騎屍兵の声ではなかった。

 

 間違いなく生者である「トキサダ・イマイ」の怨嗟だ。

 

「……トキサダ様……貴方は……」

 

『逃げるって言うのが! どういう意味なのか、分かっていないわけじゃないだろう! ピアーナ・リクレンツィア!』

 

 その声に宿った怒りに返答する前に、ダイキの機体が挙動し、《ネクロレヴォル》の腕をひねり上げていた。

 

『……お前なぁ……どれだけ吼えたって、それは女々しいってもんだろうが! 艦長は今! こうしたいって願っているんだ! それを祝福ぞすれ、否定なんてやっちゃいけないだろうが!』

 

『願いなんて……そんな風に出来ているわけじゃないだろうに!』

 

『いいや、叶えてやるさ。叶えるのが……男の意地だ!』

 

 ダイキの搭乗する機体のアイカメラが光を灯す。

 

 まるで包帯を纏った亡霊の形状を取ったその機体の名は――。

 

『行くぜ、相棒。……名は《ネクロレヴォル》改修型――《シュラウド》。ダイキ・クラビア、出る!』

 

 その機体――《シュラウド》は手首よりダガー武装を現出させる。

 

 ビーム粒子を帯びたダガーがトキサダの操る《ネクロレヴォル》の腕を溶断していた。

 

『小手先の戦い方で……騎屍兵が墜ちると思うか!』

 

『侮っちゃいないさ。音に聞く騎屍兵だって言うんなら、二手三手先は講じている。だからこそ、ここは逃げに徹しさせてもらうぜ』

 

 コックピットブロックを開き、ダイキが自分達を呼ぼうとしたその時には、トキサダの操る《ネクロレヴォル》が蒼き幻影をその身に宿す。

 

「……まさか……ここは艦内ですよ……」

 

『この……裏切り者がァ――ッ!』

 

 警告を無視しての、閉所でのミラーヘッド。

 

 それは条約で禁止されている使用方法だ。

 

 だが、騎屍兵の一員であるのならば、ロック解除の術は譲渡されている。

 

 格納デッキを満たしたミラーヘッドの蒼い分身体の数はおびただしい。

 

 強硬策でもない限りは、ここで押し留められるであろう。

 

「……艦長、それにメイア・メイリス。ここは、俺を信じちゃ、くれないか」

 

 メイアは痛みに呻きながらも自分の手を離さない。

 

 それは魂に誓った行動だからだろう。

 

「……逃げ切れる?」

 

「逃げ切る、っていう後ろ向きな動機じゃ、こいつは下せない。少し強引だが――倒してこの場を後にする」

 

「いいね、嫌いじゃない」

 

「言っている場合ですか! こんな閉所でのミラーヘッドの使用なんて、マニュアルには――!」

 

「マニュアルにある事だけをやってのけるのが、軍属じゃないって話です。……さて、行くぞ、《シュラウド》。相手は騎屍兵だ。相手にとって……不足はねぇよなぁ!」

 

 深呼吸を挟んで《ネクロレヴォル》を睨み据えたダイキの瞳の覚悟は決まっていた。

 

 その決断に何の疑問も差し挟めず、ピアーナは茫然とする。

 

 ダミーの火災警報が今、この場所では現実となって二機が向かい合う。

 

 格納デッキで燃え盛る炎の照り返しを受け、《シュラウド》は姿勢を沈めていた。

 

《ネクロレヴォル》の幻像が一斉に抜刀し、ビームサーベルを振り払う。

 

 それは必殺の間合い。

 

『墜ちろ! 裏切り者め!』

 

「……いいや、ここじゃ墜ちられるかよ。それに、簡単に意見を曲げるようじゃ、まだまだだって、笑われちまうからな!」

 

《シュラウド》に実行させたのはこの局面での体当たりであった。

 

 しかし、ただの体当たりなど、ミラーヘッドを持つMS相手には児戯にも等しい。

 

 加えて、相手はこの地球圏で幾度となく殲滅戦を繰り返してきた亡者の一角だ。

 

『嘗めるなよ……! 死地の距離を理解してないか!』

 

 ビームサーベルによる絶対的な制圧圏内。

 

 確実に獲られたのだと、ピアーナは感じ取って思わず目を閉じかけていた。

 

「目ぇ! 開けておいてください。大丈夫です……俺が――勝つ!」

 

 その言葉に衝き動かされるように瞼を開く。

 

 必中であった間合いを、《シュラウド》は次の瞬間、蒼い粒子態となって潜り抜けていた。

 

 それはトキサダからしてみても意想外であったのだろう。

 

 刃を透過するように、太刀筋を抜けて、《シュラウド》は左腕を《ネクロレヴォル》の後頭部に押し当てる。

 

 左手にはレヴォルと同性能の貫通衝撃弾頭が搭載されており、王手であった。

 

『……何が……起こった……?』

 

「《ネクロレヴォル》の性能は、俺にも囁いたって事だ。この局面で、お前はどうする?」

 

『……ここで生き永らえて、では生き恥を晒せと言うのか……。おれに……! 何度も何度も、また間違えろと言うのか!』

 

 振り返り様の斬撃が打ちかかる前に、ダイキの照準は《ネクロレヴォル》のアステロイドジェネレーターを撃ち抜いていた。

 

 急速に幻像が掻き消えて行き、《ネクロレヴォル》から怒りの衝動が抜けていく。

 

『くそっ……チク、ショウ……』

 

「悪いな。俺も、いつまで経っても半端者の類じゃ、居られないんでね」

 

 ダイキがコックピットへと手招くために、マニピュレーターを延ばす。

 

 メイアの手に引かれながら、獄炎の只中で向かおうとして、トキサダの怨嗟が遮っていた。

 

『また……! またおれ達を裏切るのか……ピアーナ・リクレンツィア……!』

 

 それはかつてベアトリーチェで無駄死にをさせた繰り返しになると言う意味であったのだろう。

 

 あの月軌道決戦で確かに、自分の力は必要であった。

 

 だがそれを持て余したのも事実。

 

 足を止めようとした自分へと、メイアが叱責する。

 

「しっかりして。……キミが惑えば、それだけリスクが高まる」

 

 ピアーナはその瞳に宿った覚悟を問い返し、コックピットブロックに収まる。

 

『……何だよ……裏切るんなら最初から……希望なんて、持たせるんじゃねぇよ!』

 

 トキサダの慟哭が、格納デッキに響き渡る中で、《シュラウド》は天井を打ち破り飛翔高度に至っていた。

 

 閉ざされたコックピットの中で、モルガンが眼下に離れていく様子は、まさかこんな光景を見るとは思わなかった意想外さがある。

 

「……わたくしは……一生あの艦に囚われるのだと……」

 

「間違いを間違いなのだと正せる間に、動けるのがヒトだと思う。少なくとも、ボクはそういう人達を知っている」

 

 メイアの慰めも、今はまだ脳裏に残響するトキサダの声を振り払えずにいた。

 

「……わたくしは、彼らに希望なんて振り翳していたのですね……」

 

「それはリクレンツィア艦長のせいじゃない。……あいつらが勝手にそう思っていただけです。騎屍兵だって……生きていたって事なのか」

 

 ダイキの戸惑いも無理からぬ事。

 

 そもそもトキサダが騎屍兵の一員であった事でさえも、自分は教えられていなかった。

 

「……エンデュランス・フラクタルは確実な手を取ってきます。恐らく、これが、その一端でしょう」

 

 端末を開くと投射画面に映し出されたのは破損したデータの命令書であった。

 

 メイアはその言葉をなぞる。

 

「……MF03……《サードアルタイル》の破棄と、そして今次作戦の命令遂行……。何だ、この一節……。“魔獣”ってのは、何かの隠喩?」

 

「いいえ、恐らくはその言葉通りに。既に聖獣は、彼の者達にしてみれば必要不可欠でもない、という事なのでしょう。ヒトの世を切り拓くのに、聖なる獣を使うのでは無理が生じる。だからと言って、ヒトは魔獣を使うと言うのですか……」

 

 メイアとダイキが目線を交わし合う。

 

 ピアーナは、一瞬だけ脳内ストレージへとダウンロードされたイメージを思い返す。

 

 ――それは、天より舞い降りる執行の使者であった。

 

 

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