機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第四章「その名はガンダム〈アウェイキング・ガンルーム・ダムド〉」
第21話「月の聖獣」


 宇宙の常闇を貫くのは、推進剤の青い光の群れであった。

 

 尾を引きながら全身これ武器とでも言うような連邦の艦隊へと猪突していく命達は、それぞれの言葉を持たない。まさに意志のない命そのもの。

 

 彼らにとっての意義は、戦いにおける意味は、全てこの暗礁の宇宙では消滅して久しい。

 

 火線を散らせ、接近するMSへの対抗策を張る戦艦クルエラの艦艇へと数機の《エクエス》が取り付き、担いだバズーカの砲火を上げていく。

 

 内側より爆ぜた地球連邦艦がデブリと爆発の光を押し広げている間にも、別働隊が無数に宙域展開するクルエラ級に銃撃を向けていた。

 

 光条が迸り、連邦の各艦が対空砲火の火線を切らすまいと応戦する中で、いたずらに誘爆を広げるのみであった。

 

「管制室! 入電! 駄目です! 行政連邦、トライアウト! 《エクエス》、なおも接近!」

 

「……何故、こうなった。どうして、我が方が押されているのだ。あれは議会を通ったばかりの急造部隊ではなかったのか! まだトライアウトは必要議席すら満たしていないはずの、連邦法案だぞ!」

 

 艦長席でひじ掛けを叩いたクルエラ三番艦の艦長はまだ年若い将校であった。

 

 よって、このような本格的な空間戦闘も初めてならば、こうして《エクエス》の部隊が一斉に寝返るような、そのような謀反など知る由もない。

 

 おっとり刀の地球連邦カラーのオレンジ色に染まった《エクエス》では、つい数週間前に、連邦議会を通ったと言う「軍警察特別措置法」によって結成されたと言う体裁のトライアウトに、まるで敵わない。

 

「艦首砲塔、沈黙! トライアウトのMS、まさかここまでだとは……!」

 

 悔恨を噛み締めた砲撃長に、艦長は慣れないながらも声を飛ばす。

 

「艦砲射撃切らすな! 敵を一機たりとも近づけてはならん! そうでなくともこの宙域では……」

 

 艦長は背後に佇む、暗礁宇宙の常闇の中でも、さらなる深淵に繋がる虚ろの穴を、拡大モニターで見据えていた。

 

 こうして数百倍の拡大鏡で見ても、ゾッとしない光景だ。

 

 ――宇宙に穴が開いているなど。

 

 そちらに意識を削がれた一瞬、左舷が業火に包まれる。

 

 すぐに消火ガスが散布され、誘爆は免れたものの致命的な一打には違いなかった。

 

「左舷損傷! 艦長、このままでは……」

 

「分かっている。だが地球連邦軍の名折れとなるわけにはいかん。……ここから先は、誰一人として通すわけには……」

 

「艦首に敵影!」

 

 悲鳴のような声に艦長が視線を真っ直ぐに据えた瞬間、濃紺の《エクエス》がバズーカの砲口をこちらに照準する。

 

 ああ、終わった、と判断するのは簡単で、そして死までの距離は思ったよりも長い。

 

 これが走馬灯か、と感じた艦長は今際の際に生じたのが、故郷への慕情であった事を知る前に眼前の《エクエス》が不意に弾け飛んでいた。

 

 直上からもたらされた光の帯が、《エクエス》を貫き、そのまま爆炎さえも生じさせずに沈黙させる。

 

「て、敵影沈黙……この光は……」

 

「ああ。来たな。――モビルフォートレス……」

 

 その名を紡ぎ上げ、艦長は艦首に備え付けられたカメラが捉えた望遠映像を睨む。

 

 遥か彼方に聳えるのは、まるで異形と言う形容でしか成されないであろう影であった。

 

 この常闇の宇宙で漂っておいて、黄金の威容を誇り、その輝きを周囲に撒き散らして、自身の存在を誇示する忌むべき一等星――。

 

「MF――《ファーストヴィーナス》。……だから言ったのだ。この宙域は危険だと」

 

 艦長はしかし、先ほどまでの濃厚な戦闘の息吹から解放されたのを感じ取り、電子煙草をくわえてみせる。

 

 それにはある種のジンクスがあった。

 

「MF01! 敵対行動を実行する《エクエス》編隊へと、光の攻撃を続行! 徐々に勢いが削がれていきます……」

 

 報告がもたらされている間にも状況は変移する。

 

《ファーストヴィーナス》の放出する光の帯が照射され、トライアウトのMS部隊は塵芥に還る。

 

 それは彼らがこの宙域において「異物」であるからだろう。

 

「……我々が守護しているのだと、あれは分かっておるのだろうな。だから異物をまず排除する。それから我々の行動をじっくりと値踏みしてから、殺すかどうかを決める。常套手段だ、ダレトの向こうより来たりし者の……」

 

 だからこんな土壇場で電子煙草の味を誰よりも味わう事が出来る。しかしトライアウトは違うはずだ。

 

 自分達――地球連邦軍を排除する事しか教え込まれていないにわか仕込みの兵隊達は、この宙域に潜む魔の事をまるで知らない。

 

 よって彼らがこの月面艦隊を陥落させる事は不可能となった。

 

「……不沈の月面艦隊、危うかったですね……」

 

 部下の言葉に艦長は一服を挟んでから、そうだなと忌々しげな眼差しをカメラ越しに送る。

 

「……奴に、感謝でもしろと言うのか。扉の向こうより来たりし異端者に」

 

「《ファーストヴィーナス》より、光源はなおも増幅! 一斉掃射、来ます!」

 

「対ショック姿勢。なに、いつもの癇癪だ」

 

 先ほどまでの混迷は、今の月面艦隊にはない。

 

 むしろ、平常通りの勤務に戻った事を光栄に思うべきだろう。

 

《ファーストヴィーナス》が見渡す限りの宇宙の裾野へと星の輝きを浴びせかける。

 

 それは原初の生命が記録せし黄金の燐光。

 

《ファーストヴィーナス》よりもたらされた輝きを少しでもモニターしたMSは途端に行動不能へと陥っていた。

 

「トライアウトの機体群、アステロイドジェネレーターに異常発生。我が方は……いつもの事なので」

 

「ああ、無事だ。こういった時に備えが機能する。いい事だよ」

 

 艦長はつい先刻の苛立ちから解放され、死の恐怖も薄れた宙域を眺めていた。

 

「それにしたところで、暗がりのはずの宇宙に不意に輝く一等星には、いつだって畏敬の念が先立つ」

 

 MF、《ファーストヴィーナス》の形状は異端の中の異端。

 

 人型などでは決してなく、ブロックを繋ぎ合わせたかのような上半身を持ち、辛うじて頭部と判定出来る立方体の部位に、三つのアイカメラと思しき形状を有している。

 

 下半身はさらに異形。

 

 脚部など存在せず、そのまま羅針盤のように異様に伸びた針の部位がこちらを指し示しており、指された側は射竦められた感覚を伴う。

 

 そして極めつけは背面に背負ったいくつもの左右非対称の武装であろう。

 

 翼、と形容するにはまるで飛翔性能を度外視した凹凸。かと言って武装と呼ぶにしては、その立ち振る舞いに威厳があった。

 

《ファーストヴィーナス》の頭頂部より伸びたアンテナ部に円環の紋様が浮かび上がる。

 

「エイジェルハイロゥだ。《ファーストヴィーナス》の……」

 

 このような非常事態に、MFをありがたがる人間が居るものさもありなん。

 

 管制室では祖国の経典を拝み始める者も居るので、人間、どこに行っても信仰だけは捨てられないな、と自嘲する。

 

 かく言う自分も、祖国の言の葉を借りていた。

 

「天にまします我らが父よ……。略式であるが――光あれ」

 

 光あれ、と続く艦内のクルーの声が響き渡ると同時にトライアウトの不心得共たちは駆逐されていく。

 

 それぞれ黄金の光を帯びた雷撃の槍に貫かれて。

 

《ファーストヴィーナス》がその名を纏うに当たり、欠かせないのは全ての武装が黄金に輝いている点だ。

 

 忌むべきそれは人造の明けの明星。

 

「トライアウトは信仰心が足りないな。我々は何年、ここを任せられていると思っている。最早事象だよ、あれはね」

 

 トライアウトの擁する戦闘艦、ヘカテが後退していくが、果たして「彼ら」はそれを許すかな、と艦長は口角を緩めていた。

 

 想定通り、砲撃が横合いからヘカテ級を射抜く。

 

 極太の光芒を宵闇に描いたのは《ファーストヴィーナス》とは別方向に位置する、こちらも観測衛星からでしか拡大出来ない、極地級の影――。

 

「MF02……《ネクストデネブ》……。あいつら、この宙域の神に障ったんだ」

 

 くわばら、と口にするクルーを横目に艦長はヘカテ級艦艇が次々と、まるで狙い澄まされたかのように轟沈していくのを目の当たりにしていた。

 

 だがこの程度、平常運転だと思わなければ気が狂ってしまう。

 

《ネクストデネブ》と呼称される二番目のMFは、砲身と思しき形状の武装を八門も装備した火力の怪物だ。

 

 それ以外の全てを犠牲にしたかの如く、細身の躯体はまるで動きはしないが、敵影を捉えた場合、最も駆逐率が高いMFでもある。

 

「奴に目を付けられたらそこまでだ。蒸発するまで追い込まれるぞ」

 

 その言葉通り、トライアウトのヘカテはその横っ腹を貫かれて爆炎に身を焦がしていく。

 

 大穴が穿たれたと思ったその時には、もう手遅れだ。

 

《ネクストデネブ》は逃しはしない。

 

 砲門の冷却など不要な技術力に到達しているのか、矢継ぎ早に掃射されるピンク色の光軸は敵艦をことごとく狙い澄ましていく。

 

「……しかし、連中。MFにやられるなんて浮かばれませんよ。……この宙域、また濃くなるんじゃ? 亡霊の感覚が」

 

 ――亡霊の感覚。

 

 それは月面艦隊が常に噂として持ち歩いている代物であった。

 

 月面に空いた大穴――ムーンダレト。別名、月のダレトとも呼称される大虚ろから来たりし、四機の使者。

 

 その四機に撃墜されれば、赴く先は天国でも地獄でもない。

 

 永劫この宙域に魂が焼き付き、二度と解放される事はないのだと、そう言ったまことしやかな噂話が囁かれ、兵の間では半ば常識と化していた。

 

「どうだかな。いずれにしたって、モビルフォートレスは味方でも敵でもない。警戒を厳にしたまま、このまま戦闘態勢を維持。なに、連中には不可能かもしれんが、我々は数年のスパンでの月面勤務だ。歴が違う」

 

 そう――月面のダレトの監視任務。

 

 ある意味では死刑宣告よりもなお重々しい魂の牢獄への葬送だ。

 

 宇宙の無重力に晒されながら、後ろには大穴が空いているなど冗談に等しいが、実際のところそうなのだから性質が悪い。

 

 艦長は静かに、それでいて声には平時の落ち着き以外にも意味を持たせて命令していた。

 

「……《マギア》で追い立てろ。下手に動いた奴から死んでいく。月面探査の任を帯びているクルエラ三番艦はこのまま停滞。《マギア》も分かっているな? パイロットにはMFを刺激するなと言い伝えておけ」

 

「言うまでも、でしょう? 《マギア》第一分隊、出撃」

 

《マギア》はこのクルエラ級において逆さ吊りの形で格納されている。

 

 クルエラの艦艇より次々と引き出された《マギア》がそれぞれ最低限度の動きで《エクエス》部隊を退けていく。

 

 先ほどまでの敗色濃厚はどこへやら、次第にこちらの戦力が押すようになっていた。

 

《マギア》の一機に至っては管制室にマニピュレーターで手を振る始末だ。

 

「あのバカ……! 艦長! 何とか言ってくださいよ」

 

「いいや、ああいう手合いはゲン担ぎだ。少しは自重しなければ墜とされるのはこちらだと、いつもの警句を飛ばしておけ」

 

 そうだとも。

 

 死の宙域で意味を見出すのは、最早狂気の沙汰に陥った兵隊達。

 

 MFのもたらす天災のような砲撃網を潜り抜けつつ、《マギア》は着実に《エクエス》を排除していく。

 

 その手際に相手も舌を巻いている事だろう。

 

 艦長席で、そう言えば、と口にしていた。

 

「そろそろ喉が渇いたな。ブレイクタイムにしようか」

 

「艦長。戦闘待機ですよ」

 

 そう諌める砲撃長の声も先ほどまでとはまるで異なっている。

 

 もう何の心配もない、それどころかこれは勝ち戦だ。

 

「そうだったな。……では総員、ノーマルスーツの解除を許可する。もう戦闘警戒は解いてもいいだろう」

 

「各員、戦闘警戒を解除。MS部隊を収納後、クルエラは平常任務に戻る」

 

 それらの通信が滑り落ちていくのを聞きつつ、艦長は遥か頭上よりまだ制裁の黄金を迸らせる《ファーストヴィーナス》と、そしてまるで別方向から敵艦隊を追い立てる《ネクストデネブ》の脅威を目にしてから、ふぅと嘆息をつく。

 

「……この任務は、正気と狂気の狭間で踊る……地獄絵図だよ」

 

 そう呟きつつも平常任務ならばこなせないわけではないと分かり切っている自分も居る。

 

 艦長は静止衛星のカメラから望める、もう二つのダレトの使者を目にする。

 

「……まるで沈黙するMF03、そして今も解明が急がれているMF04か」

 

 静止衛星の捉えたのは、円環の武装より吊り下げられた操り人形のような機体であった。

 

 微細な糸が太陽光を照り受け、その機体がまさしくマリオネットの存在なのだと誇示している。

 

 その糸はしかし、現行人類では切断も叶わないブラックボックスの一つだ。

 

 単眼の、まだ人型らしい形状を伴っている機体はしかし、その頭部を死体のように俯けている。

 

 実際、この機体から意識のようなものがモニターされたのはダレトより来訪した時だけだ。

 

 それ以降、黄色の機体色を持つこの機体はずっと、眠りこけているようにラグランジュポイントで位置取っている。

 

「……MF03、《サードアルタイル》。そして我々の叡智が唯一届いた、MF04……《フォースベガ》……。もっとも、こちらは解析船団が組まれて久しいがね。今次船団は……」

 

「約七十二日の滞在です。前よりかは長いですね」

 

「……《フォースベガ》からもたらされる恩恵で、我々は生きている。ミラーヘッドも、そしてダレトの……戦争の技術も」

 

《フォースベガ》と呼称された機体は最もこの中ではMSに近い。

 

 全身これ武器とでも言うような近接武装に身を包んではいるが、それは見かけだけで動きは《サードアルタイル》の次に少ない。

 

 つまりはほとんど案山子の状態。

 

《フォースベガ》は緑色の色彩を誇っており、頭部はどこか鎧武者を想起させる形状でその眼光は鋭いものの、今は沈黙の一途にある。

 

「船団の連中の心労は察するに余りある。ダレト付近である事に加え、いつ動き出すのかも分からないMFの査察……。正直、死刑宣告のほうがマシだとさえも思うな」

 

「艦長、MS部隊、全機収容完了。トライアウトの素人連中は……全機撤退を確認」

 

「了解。対宙域防御を全解除。これより、月面監査艦、クルエラは通常の軍務に戻る。皆の者、異端者共に感謝するとしよう」

 

 その言葉だけ軽々しいものだったせいか、デッキクルーからは笑い声が上がっていた。

 

「艦長、それは異端審問にかけられても文句は言えませんよ」

 

「……そいつは確かに」

 

 だが、これで死の恐怖は薄らいだ。

 

 ノーマルスーツの襟元に風を入れつつ、艦長は嘆息を漏らす。

 

 この宙域は死の領域――MFの攻撃網の中心軸だ。

 

 いつ何が起こってMFが動き出し、その結果として自分達が惨たらしい死を迎えるのかは分からない。

 

 この永劫の責め苦のような任務はしかし、超然とした軍人の思考回路にはちょうどよかった。

 

「元々、ダレトが開いてからの月面艦隊なんて、もう家族には二度と会えんと、言われているようなものだからな」

 

 故郷を思う。

 

 先ほど脳裏を掠めた望郷の念を確かめつつ、艦長はそう言えば、と首から下げた十字架を意識する。

 

「……こんなもの、宇宙の常闇で役に立つものか」

 

 だが信仰に意味を見出すのが人類だ。

 

 艦長はそっと畏敬の念を抱き、そのまま祈りを捧げる。

 

「こんな最果てでも……光あれと……願う事だけは自由なようだからな」

 

 光さえも吸い込む絶対の魔たるムーンダレト。

 

 そしてそれを守護する四体の聖獣――MF。

 

 この宙域に至っては、信仰も、ましてや敵意など、すぐに意味をなくす。

 

 霧散する意味消滅に、しかしわざわざ悲観を持ち込むべきではない。

 

 悲観する前に、状況を利用し、そして一日でも長く生きるべき。

 

 それが――この月面監査艦、クルエラ三番艦の艦長がこの月面監査に入ってから、二年目に得た教訓であった。

 

 

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