機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第217話「彼女らの涙」

 

 張り手の一発くらいは来るか、と身構えていた自分にとって、シャルティアとユキノが同時に声を張って来たのは意外でも何でもなかった。

 

「小隊長!」

 

「アルベルトさん!」

 

 どのような誹りも受けるつもりだ、と身構えたアルベルトは、次の瞬間、二人分の体温に戸惑う。

 

「よかった……本当に、生きていてくれたんですね……!」

 

「私……私のせいで、死なせちゃったんだと……そう思って……」

 

「おいおい、落ち着いてくれよ。って言うか、二人して何だ、湿っぽい……。何で生きていたんだ、だとか……オレはこれでも色々と言い訳を考えていたんだが……」

 

 顔を上げたユキノが涙で濡れた面持ちで、自分を叱責する。

 

「馬鹿っ! そんな事……言い足りないくらいですよっ!」

 

「だ、だろ……? だからこう……みんなが見ている前で女二人分の涙ってのは……ちと重いぜ?」

 

「いいんですっ……だって、アルベルトさん、涙に弱いですもん」

 

 未だ泣きじゃくった顔さえも見せず、顔を伏せているシャルティアは明らかに平時よりも頭に来ているのが窺えた。

 

「……まずったな。こういう時、拳が来たほうがスッキリするってのに……」

 

「それもこれも、お前の功績の賜物という事だろう。……よく生きていてくれたな、アルベルト」

 

「サルトルさん……。その……、オレ、《アイギス》を無駄にしちまって――!」

 

「馬鹿、そういう事で逃げてんじゃねぇ。女二人泣かせてるんだ。責任取れよ」

 

 そう言ってにやにやとしてサルトルは《アルキュミアヴィラーゴ》の整備へと戻っていく。

 

 他のメカニック達も似たようなもので、どこか遠巻きに自分達を眺めて面白がっているようであった。

 

「……何だ? オフィーリアの整備班ってのは暇だったのかよ、ったく」

 

 不意にその視線が留まったのは《ダーレッドガンダム》のタラップでこちらを見つめているカトリナであった。

 

 お互いに目線が合って、あ、と一声。

 

 それでばつが悪そうに視線を逸らしてしまう。

 

「……何だか帰って来たってのに、別の惑星に降り立ったみたいな気分だな……」

 

「小隊長っ! 言い訳はいくらでも聞きますが、まず一つ」

 

 むっとした様子のユキノ相手にはどのような言い訳も意味がなさそうだ。

 

 アルベルトは種の割れたマジシャンのように肩を竦めるしかない。

 

「……何だよ。何なりとどうぞ」

 

「……生きていてくれて嬉しいのはその……本音ですから」

 

 何だか調子が狂うとはこの事で、ユキノ自身も何やら戸惑いの渦中にあるらしい。

 

 無理もない、とアルベルトは格納デッキに収まる《ネクロレヴォル》を一瞥していた。

 

「あれ……敵機だよな?」

 

「一時的に手を組むように協定を結んだんです。……私は何も出来ていませんけれど」

 

「そんな事ねぇだろ。シャルだって上手く行くように働きかけてくれたのは事実だろうしな」

 

「だから――っ! 私はシャルティアですっ! シャルじゃ……ない……っ!」

 

 ようやく顔を上げたシャルティアの面持ちは酷いものだ。

 

 涙で腫れぼったい瞳を拭い、何度もしゃくり上げる。

 

 アルベルトはそんなシャルティアの頭を撫でていた。

 

「……何つーか、無理させたな。シャルティア委任担当官」

 

「……分かってるんなら少しは自重してください。あと、子供扱いも禁止です」

 

 じとっとした眼で言われてしまえば反論も出来ず、アルベルトは心底参ったように返す。

 

「悪かったって思ってる。……まぁ、死んじまったんだって自分でもあの時は思ったもんだ。それが生きていると……妙な心地なんだな」

 

「……アルベルトさんには少しその居心地の悪さを充分に味わってもらいます……。そうじゃないと反省、しなさそうですからっ」

 

「重々反省しているつもりではあるんだが……まぁ、言葉を尽くしたって結果は変わらねぇようだし、オレもちょっとは無茶しない方向に舵切るとするしかなさそうだな」

 

 リーゼントを掻きながら思案していると、シャルティアは身を翻していた。

 

「……あの……アルベルトさんを心配してたの、私達だけじゃないんで。……クラードさんと会わないんですか」

 

「クラード……は、どうするかな」

 

「どうするかなって……だってクラードさん、何だかんだで責任を感じていたみたいですよ。自分が出られれば、みたいな……」

 

「あいつがそんなタマだとは思わねぇんだが……どっちにしたってオレが居ない間に起こった事も清算しねぇといけなさそうだ。殴り合いで分かった風に成れていた三年前のほうがまだ楽だったかもな……」

 

「……仲直り……出来そうですか」

 

「仲直りって……元々仲たがいしていたワケじゃ……ああ、いや、シャルの眼から見りゃそうだったのかもしれねぇ。クラードが……波長生命体だとか言われて、オレもヤケになっていたのかもな。あいつの事分かろうともしねぇで……勝手に彼岸に行こうとしてたんだ、そりゃあ怒るよな」

 

 しかし、とアルベルトは困惑もする。

 

《ダーレッドガンダム》の前に佇むカトリナが主な原因であった。

 

 何だか――彼女とクラードの間柄には容易く踏み込めないような感覚さえも漂わせているのは気のせいであろうか。

 

 自分の考え過ぎであったのならば、それでいいのだが。

 

「どっちにしたって……、今は色々とまずいんです。MF03の……事実上の鹵獲。これはどの勢力にとっても大きな意味を持つはずで……」

 

 シャルティアは赤い短髪をくるくると弄りながら当惑の声を発する。

 

「確かにな。お前からしてみりゃ、データでしか見た事のない機体と、そしてデータ上は死んだ事になっている面子、か……」

 

 衝撃を受けているのは何も自分だけではないのだろう。

 

 アルベルトは自ずと今も搬入作業に忙しいトーマへと視線を投げていた。

 

 トキサダが生きていた――それだけならまだしも、彼は騎屍兵として幾度となく自分達を葬ろうとしていた。

 

 その事実は、彼女の小さな双肩では抱えきれないであろう。

 

 自分とて、信じたくはなかったが、二度にも渡る断絶は、完全に敵なのだと明言されてしまったようで。

 

「……こういう時に、何か言えるのがヘッドってもんだったんだろうがな……。お山の大将を気取っていたのはマジに事実って事かよ」

 

 凱空龍の面々の人生を背負っているつもりであった。

 

 しかし、その実は彼らが別々の人生を歩んだ時に、こうも脆いとは話にならない。

 

「……その、後々データ共有はします。フロイト艦長からも呼び出しが来ていますし。今は、それぞれの持ち得る情報を、少しでも擦り合わせないと……」

 

「あ、ああ、それはそうだな。オレだって、《ダーレッドガンダム》の事、よく分かっちゃいねぇし、それに、仕掛けて来たって話だったな? 赤いレヴォルタイプが……」

 

「はい。《ヴォルカヌス》、と機体照合がもたらされています。でも、それだけじゃないのは明らかで……」

 

 シャルティアは端末を弄りつつ、照合されていくデータに疑問を浮かべているようであった。

 

「……オレにも分からねぇ。ただ一つ、言えるのは……あの《ヴォルカヌス》のパイロットだけは、生かしちゃおけねぇって事だけだ」

 

 骨が浮くほど拳を握り締めた自分に、シャルティアは不安そうな面持ちで尋ねる。

 

「何で、……何でそこまでなんですか? 何だかアルベルトさん……《ヴォルカヌス》のデータを参照する時……すごく、怖いです……」

 

 ハッとしてアルベルトは顔を伏せるシャルティアに、どう切り出すべきか悩んでいた。

 

「……あの機体は……あいつだけは……!」

 

「教えて……は、もらえないんですよね……。そういうの、あるでしょうし」

 

 本当ならば、言ってしまいたかった。

 

 ――あの機体とパイロットは、お前の姉さんの……ラジアルの命を奪った忌まわしい存在だと。

 

 しかし言えば、ともすればシャルティアにまでこの復讐心に巻き込んでしまうかもしれない。

 

 彼女は、ラジアルが戦いの中で命を落とした事を知っている。

 

 だが、怨敵まで睨む必要はないはずだ。

 

 戦場で敵を見据えるのは、兵士である自分達の役目である。

 

 シャルティアにそこまで背負わせたくはない。

 

「……シャル、その……言えねぇの、本当に申し訳ねぇとは思ってんだ。でも、オレは……お前にこんな気分、味わわせたくねぇんだよ」

 

「それって……アルベルトさんが大人だからですか……?」

 

「……ああ。大人だから、これ以上は言えねぇ」

 

 いつものように成っていない、だらしがない大人だと罵られるかと思っていたが、シャルティアの声音は沈んでいた。

 

「そう、……ですか。でも、私は少しだけ……安心しました」

 

「安心……って何がだよ」

 

「いえ、だってアルベルトさん、一回死んじゃったのと同じだからって、また特攻じみた事をしようとか、そういう考えなのかなって思っていたから……ですかね。もう……危ない事、出来ればして欲しくないんです。変……ですよね? だって、私、委任担当官なのに……」

 

 委任担当官の職務からしてみれば、エージェントが危険な現場に赴くことはある程度承服しなければいけないはず。

 

 しかしだからと言って、シャルティアにこれ以上一方的に預けていいはずもない。

 

 その小さな肩は震えていた。

 

 自分が死んだと聞かされた時、彼女はどう思ったのだろう。

 

 その感情を、どう処理したのだろうか。

 

 一度は封殺したはずの感情を、自分は生存と言う形で掻き乱しているのと同じではないか。

 

 そんな解決もしない思案が、考えを纏まらせない。

 

 そっと、アルベルトはシャルティアの肩に手を置いていた。

 

「心配すんなって。オレが約束、破った事あるか?」

 

「……いっぱいあるじゃないですか。マヌエルは使うなっていつも言っているのに……」

 

「そりゃあ、お前……言いっこなしだぜ。それがないと切り抜けられない事も多かったろ?」

 

 じとっとした瞳で見据えられると何も反論出来なくなってしまうのだが、シャルティアは少しだけ笑みを見せていた。

 

「……アルベルトさん、言い忘れていました」

 

「何がだよ。言っとくが、オレにこれ以上謝罪の言葉を引き出させようなんざ……」

 

「いえ、そうではなく。……おかえりなさい。これだけ、先に言っておきますね」

 

 何だか毒気を抜かれた気分と言うのはまさにこの事で、シャルティアの側から大人びた言葉を聞けるとは想定してもいない。

 

「……どうしたんです? 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をして……」

 

「いや、お前……何だか一端の社会人みたいな事言いやがるから、驚いて……」

 

 その言葉を発した途端、シャルティアの手持ち端末が向こうずねに振るわれていた。

 

「痛って! それ精密機械だろ!」

 

「もういいですっ! こっちがしおらしくなったら、アルベルトさんってそういう、デリカシーのない事言っちゃえるんですから。やっぱり、だらしがない大人ですねっ!」

 

 ぷいっとそっぽを向いて言い訳をする前に駆け出してしまったシャルティアの背中に、ようやくらしくなったな、とアルベルトは苦笑する。

 

「……何だよ。しみったれた言葉なんて、お呼びじゃねぇってのは、やっぱりお互い様じゃねぇか」

 

 しかし、と振り仰いでいた。

 

「《ダーレッドガンダム》……また分からない性能を発揮して、《ヴォルカヌス》を追い詰めたって聞いたが、本当に大丈夫なのかよ、クラード……」

 

 その言葉は本人に問いかける勇気もなく、霧散していた。

 

 

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