機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第218話「彼の線引き」

 

『いいんですか? アルベルトさん、帰って来たのに……』

 

「俺が応じるのは次のブリーフィングを経てからだ。そうじゃないと余計な感情を持ち込む事になる」

 

『その余計な感情って言うのが、大事なんじゃないですか?』

 

 クラードはコックピットブロックの前でずっとこちらに問いかけてくるカトリナへと、調整の手を止めて一瞥を振り向ける。

 

「……あんただってアルベルトと顔を合わせたらいいんじゃないか。何でさっきから避けてるんだ」

 

『私……私はその……何でなのかな。アルベルトさんが生きていてくれて、すっごく嬉しいんです。嬉しいはずなんですけれど……何だか、何を話せばいいんだか、分かんなくなっちゃってて……』

 

「何でもいいんじゃないか。生きていたんだ、何ですぐに連絡を寄越さなかったんだ、って言う文句でもいい」

 

 もっとも、その文句はとっくにユキノとシャルティアに言われてしまっているようであったが。

 

 クラードは《ダーレッドガンダム》を僅かに窺うアルベルトを、拡大モニター越しに眺めていた。

 

「……本当に、生きていたんだな」

 

『クラードさんも、信じていなかったんですか』

 

「信じて馬鹿を見た時のリスクが先に立つ。戦力は摩耗するものだ。殊に、ここは重力圏、俺達の常識は通用しないと思ったほうがいい」

 

『……そういうものなんですかね』

 

「アイリウム、認証開始。レヴォル・インターセプト・リーディングとの対話を30セコンド後に。……何であんたまでアルベルトに言う言葉を迷ってるんだ。委任担当官だろう」

 

『アルベルトさんの委任担当官はシャルティアさんなので……。その、私なんかが割り込んでいいのかなって、ちょっと……』

 

「……ラジアルの事を考えているのか」

 

 カトリナは手元の端末へと視線を落とす。

 

 そこにはかつてのベアトリーチェで撮影したラジアル達との写真データがあった。

 

『……私、三年前も……こういう事、あったんです。ラジアルさんとアルベルトさんが特別な仲だって、知っていて……知ってて何も言えなかったんです。ズルいですよね、その立ち位置。だって、二人の間に立ち入れないからって、じゃあ馬鹿を気取っていればいいんだって言うのは……本当に、ズルいはずなんです』

 

「あんたはそれを後悔している。違うか?」

 

『……でもだからって、じゃあ私はラジアルさんのようには成れませんよ。それに、きっとそんな事、アルベルトさんだって望んでいないはずなんです』

 

 死者の影を追ったところで、それは逃げ水の如く。

 

 自分達は、今をこうして生きていくしかない。

 

 カトリナが惑っているとしても、それは今を生きた結果だ。

 

 クラードは凍えたように過去を見返す彼女の瞳に、言葉を放っていた。

 

「……過去は覆らない。俺達が見据えるのは……今と、そしてその結果論だけが意味を持つ、これから先だけだ」

 

『そんなの……残酷じゃないですか』

 

「残酷でもそれが事実なんだ。過去に切り離した事柄が今に響いて来るなんて事はないし、過ちは過ぎ去ったからこそ、今に活かせる。俺達が取りこぼさないように前を向けるのは、その今の一瞬を生きていくしかないのだと、直感的に知っているからだろう」

 

『……一瞬でしか、生きられないんですかね』

 

「人間の一生なんてその程度でしかない。……これはヴィルヘルムがよく言っていた事だから奴の引用だが、人生は積み重ねの代償だ。積み上げてきたものでしか、結論は存在しない。俺の今がこの機体にあるように、アルベルトのこれからは《アルキュミア》の改修機と共にしかない。……たとえそれが、アルベルトにしてみれば辛い決断だろうと……割り込む術はないんだ」

 

『……それって悲しいですよ』

 

「そうだな。だが悲しくても、きっと正しい」

 

 カトリナはその段になって、アルベルトへと向き直ろうとしていたが、やはり彼女なりに思うところがあるのだろう。

 

 真正面からぶつかり合えるのは、先送りになりそうであった。

 

『レヴォル・インターセプト・リーディング。コミュニケートモードを形成。“どうやら随分と困り果てているらしい”』

 

「お前は俺達を見て嗤っているんだろう。人間の不都合さと不便さを」

 

『“いや、よく学習させてもらっているとも。そこまで不合理を抱え込む、人類と言う種をね”』

 

「俺も、ここまで人間は不合理に成れるのだとは、想定していなかった。お前が……それをあの時、教えてくれたのだと……そう思ったんだ、《レヴォル》……」

 

 月面決戦の時、何故自分を生かしたのか。

 

 何故、あの言の葉を知っていたのか。

 

 全ての答えを聞き出せる存在はすぐ傍に居るはずなのに、どうしてなのだか、このレヴォルの意志に尋ねても、永劫答えは形をなくすような気がしていた。

 

『“先の戦闘時のバッファとデータを照合するに、《アルキュミアヴィラーゴ》には特別なアイリウムが搭載されている”』

 

「やはり、か……。声がピアーナ……、ピアーナ・リクレンツィアのものだった。どういう事なのか……はアルベルトの口から聞く必要がありそうだな」

 

『“失礼、割り込み回線だ。《レグルスブラッド》から。DDの直通を得ている”』

 

「ダビデ・ダリンズの? ……繋げ」

 

『悪いな、プライベート回線を使わせてもらっている』

 

「構わない。易々と話せない事ならば相応だ」

 

『理解してもらって助かる。……それにしたところで、得心が行かぬ事もあるのだ。先の戦闘で観測されたMF03……《サードアルタイル》の事実上の鹵獲、と言うのは』

 

 クラードはオフィーリアとブリギットに挟まれた形で浮遊している《サードアルタイル》を別のカメラから目視する。

 

「聖獣の捕獲は想定されていなかっただろうな」

 

『加えて、顔見知りのようであった』

 

 グゥエル・レーシング――かつて月軌道決戦で失ったはずの人間の声と記憶を騙る何者かと、そう判じたほうがまだマシな状況ではあったが、クラードは冷静に判断していた。

 

「……あれは、恐らくエンデュランス・フラクタルの手によって、エージェントに育成された、そういう存在だろう」

 

 ダビデは、こちらの応答に、やはりか、と声を沈ませる。

 

『……問い質したい事は山ほどあるが、やはりエンデュランス・フラクタル上層部は黒であったと、再認識せざるを得ない』

 

「俺も本社の連中の意向に関してまでは関知していない。奴らのやり口は分かっているつもりだったが、ここまでとは想像も出来なかった」

 

『本当にそうか? エージェント、クラード』

 

 ここで詰問してくる意味は自ずと理解される。

 

 だがクラードは答えを先延ばしにしていた。

 

「……何が言いたい」

 

 モニターの向こうのダビデは怜悧な面持ちのまま、エンデュランス・フラクタルの暗部へと鋭く切り込む。

 

『本当に、想像も出来なかったのか、と聞いているんだ。エンデュランス・フラクタルがここまで非人道的な行動に出たと言うのは』

 

「トライアウト所属が言えた義理でもないだろう」

 

『まさしくその通り……ではあるのだがな。私も驚いている。《ネクロレヴォル》の運用と、そして秘密裏に《サードアルタイル》のパイロットの擁立……。どれもこれも一企業の思惑にしては大き過ぎる』

 

「言っておくが、バックに何が居るのかを詮索するのはお奨めしない。俺にはそういう風に出来てもいない」

 

『ただでさえ短い寿命が縮まるだけだ。今さら戦々恐々としたところで仕方あるまい』

 

 戦士らしい考えだ。

 

 しかし、だとしてもクラードの脳裏には、《サードアルタイル》のパイロットの確保までやってのけた本社の意向がまるで読めなかった。

 

《ネクロレヴォル》の実質的な運用支配まではまだ分かる。だがその後に、エンデュランス・フラクタルは何をしようとしているのか。

 

「……統制の先にある、新たなる秩序構造の刷新……」

 

『世界征服だとでも言いたいのか?』

 

 いつになく冗談めかしたダビデの言葉であったが、クラードには否定も出来ないでいた。

 

「……聖獣を用いての、支配特権層の狙い撃ち。その上で何を築こうと言うんだ。虚飾の玉座だろうに……」

 

『私が懸念しているのは、だ。エンデュランス・フラクタルからの追撃をかわすだけの余裕もなければ、加わって来たエージェント、アルベルトの新型機にだって手が回っていない現状、お前は何を目指すのか、見えなくなっているのではないか、という事なのだが』

 

「……俺が、目標を見失っているとでも?」

 

『実際、そう映る。《ダーレッドガンダム》の過大なる性能を持て余し、そして自身が……波長生命体であったか? そのような存在に成ろうとしている最中に、お前は何を望んで戦場に赴く? これまでのように、奪い返すだけの戦いでいいのか?』

 

「……饒舌じゃないか、ダビデ・ダリンズ。俺の目的は、今も昔も変わらない。奪われたものを、全て、奪い返す」

 

『だがその戦いは虚無への供物だぞ? 本当に果てがあるのか? お前が奪われたという《オリジナルレヴォル》、答えなんて存在しないのかもしれない』

 

「それは……」

 

 このような時に口ごもる性質ではなかったはずだ。

 

 だが、今はダビデの論調に澱みなく返答する事さえも難しい。

 

 ――自分は何のために、誰のために戦うべきなのか。奪われたままの戦いで、奪われたままの戦場で。目的を見失えば自然と足は死へと向かう。

 

「……それは知っているはずだろう、俺は……」

 

 誰よりも雄弁に、語りかけてくるものがある。

 

 死への求心力。

 

 絶望の咎へと、指先がかかっている。

 

 この手が掴むのは、希望か、それとも希望の形を取った遥かなる絶望なのか。

 

 クラードは自らの掌へと視線を落とす。

 

 機械仕掛けの腕――ライドマトリクサーの呪詛が渦巻く。

 

『すぐに返答出来ないのならば、少しは考えたほうがいい。次の作戦指示までには、な』

 

「それは、誰の目線のつもりだ」

 

 凄みを利かせたつもりであったが、最早兵士であるダビデには通用さえもしない。

 

『誰でもない……戦場で肩を並べる戦士の一角として、の……そうだな。助言だと思ってくれていい。通信終わり』

 

 一方的に切られた個別回線に、クラードは《ダーレッドガンダム》のコックピットで深く呼吸する。

 

「……誰でもない、か。助言って言うのが、実は一番効くもんだな」

 

 たとえこの身を預けているのが、悪魔の胎方だとしても。

 

 前に進む事だけが、結果を示し続ける事に繋がるのだろう。

 

 

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