機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第220話「脆い背中」

 

「――起きて構わない」

 

 声を投げられ、シャルティアは身を起こす。

 

 僅かに疼く左肩を覗き込むと、ひし形の有機伝導の痕跡が赤く煌めいていた。

 

「……こんな簡単に出来ちゃうんですね……」

 

「来英歴においては思考拡張はほとんどアクセサリーのようなものだ。それでも、基本的には施術しないのが一般的だが」

 

 ヴィルヘルムは煙草を吹かそうとして自分の視線に気づいたようであった。

 

「失礼。禁煙は半日と持たなくなったな」

 

 シャルティアは服飾を整え、エンデュランス・フラクタルの制服へと袖を通す。

 

「……もっと早く、こうするべきだったと思うんですけれど……」

 

「いや、アルベルト君が帰って来たんだ。ある意味では適切なタイミングだっただろう」

 

「……ヴィルヘルム先生は、アルベルトさんが死んだんだと……そう思っていたんですよね……」

 

「帰ってこない仲間を思って泣くよりかは、精神的にいいと言うだけだ。お奨めはしない」

 

「……意外です。ヴィルヘルム先生も泣けるんですね」

 

「……君はわたしを何だと思っているのかな。いや、だらしがない大人の一員だと思われているんだろうが」

 

「分かっているんじゃないですか」

 

 肩口の思考拡張の痛みに顔をしかめると、ヴィルヘルムは煙草を手の中で弄ぶ。

 

「少し痛むのが数日続くだろう。馴染むのには一か月、それが目安だ」

 

「……この痛み、シンジョウ先輩も背負っているんですよね」

 

「わたしが施術したわけではないがね。彼女も一端に成ろうとこの三年間必死だった、それだけさ」

 

「それを私は……分かんないって駄々を捏ねて……子供なのはどっちなんだって話ですよ」

 

 ベッドの上で膝を抱いたシャルティアに、ヴィルヘルムは天井を仰いで言いやる。

 

「……後悔ならば出来るだけ具体的に述べておくといい、これは処世術だが」

 

「何だって言うんです?」

 

「後々、理由のない苛立ちに、煩わされずに済む。……っと、何かな、その眼は」

 

 自分の視線がどこか追及のものになっていた事に気付いたのだろう。シャルティアはため息をついていた。

 

「……それって、ズルい大人の言い分ですよ」

 

「いけないかな? わたしは言ってしまえば、ズルい大人の領分だよ」

 

「……アルベルトさん、帰って来たのに忙しそうで……私なんかが想ったってしょうがないのかなって」

 

「そんな事はないだろう。委任担当官に想われるのはエージェント冥利に尽きるはずだ」

 

「ヴィルヘルム先生は? ……前職がエージェントの育成だったと聞いていますが」

 

「育成なんて綺麗なもんじゃない。わたしがやって来たのは洗脳教育だ。……特にクラードは、ね。彼には重荷を背負わせた。クラードなんて名前、空席じゃないほうがよかったはずなんだ」

 

 手の中の煙草に視線を落としたヴィルヘルムに、シャルティアは問いかける。

 

「……後悔してるんですか。ヴィルヘルム先生でも」

 

「後悔、か。懺悔を星の数ほど並べたところで、彼の積み上げてきた骸の数には遠く及ばない。クラードは自分自身でさえも殺している。殺し殺されの果てに、彼は生きているのだろう」

 

 エンデュランス・フラクタルのエージェントは、本社の意向のままに潜入し、その職務を全うする――そう聞かされて自分は委任担当官に成ったはずだ。

 

 クラードの経歴も頭に入っている。

 

 だがそれは「知って」いただけだ。

 

 彼自身の事を何一つ、「識って」はいない。

 

「……私、すごい失礼な事を言っちゃったのかもしれません。素直に尊敬なんて」

 

「何だ、猪突猛進なだけが取り柄の委任担当官が泣き言なんて珍しいじゃないか」

 

「言わないでくださいよ。私だって……少しナイーブな時はあります」

 

 膝を抱えて蹲る。

 

 クラードの事を考えもしない発言であったな、と自らの迂闊さを呪う。

 

「……一つ助言しておくと、そういうスタンスは悪いわけじゃない。君の先輩がまさしくそうだ。冷や冷やしたもんだよ。地雷を的確に踏み抜いていくのだからね」

 

「……シンジョウ先輩みたいに、強くなれませんよ……」

 

「言ってやるな。彼女とて、万能の強さじゃない。それでも、前を向いて、そして右足と左足を交互に出す、それを強さと呼ぶのならば、きっとささやかなものなのだろう」

 

「右足と左足を、交互に出す……」

 

「そうすれば嫌でも進める。当たり前の事だが、人間は足を止めた時に案外、思い至らないものさ。そんな単純な事実でさえも」

 

 シャルティアは自分の剥き出しの足を眺めていた。

 

 まだ本当の挫折を知らない、しなやかな足首とピンと伸びた爪先。

 

 折れて、折れて、それでも前に進むと決めた人間の爪はきっと、こんなに綺麗ではないはずだ。

 

「……アルベルトさん、まだ戦うつもり……なんでしょうね」

 

「委任担当官としては戦いをやめさせたいのかな?」

 

「……怖くなっちゃった、のもあるんだと思うんです。自分が命を賭して、最後の最後まで面倒を看ると思っていた人が、不意に死んじゃうって言うのは。何て言うのかな、胸の中心に大きな穴がぽっかり空いちゃったみたいに……」

 

 あのような喪失感を二度も三度も味わうのは御免だと思う一方で、カトリナはその喪失感を踏み越えて三年間、ずっとクラードを待ち続けてきたのだと確信する。

 

 彼女は強い。

 

 きっと、この艦で一番に。

 

 それでも、自分の強さ弱さを表裏一体だと感じているからこそ、脆さも際立つ。

 

「委任担当官の職務と言うのは、ある日突然、要らなくなる物なのかもしれないな。わたしも、クラードにはもう必要ないのだと、そう言われてしまったかのようだった」

 

「……波長生命体だとか言うの、ヴィルヘルム先生は、信じて……?」

 

「信じるも何も、わたしがその事実に一番肉薄している。……肯定せざるを得なかったさ。クラードがそう言うのだから、それを体現しているのだと」

 

「でも、急にそんな風になっちゃうなんて、変じゃないですか。血が蒼いってのも、仕込みなんじゃ……」

 

「クラードはそんな下らない事はしない。それが……分かってしまっているからこそ、効くんだろうな、わたしのような人間には。クラード……お前はあの時、テスタメントベースで何を得たと言うんだ。何を……失ったと言うんだ……」

 

 それはヴィルヘルムの懺悔のように思われた。

 

 データ上でしか知らない月軌道決戦の一幕である、テスタメントベース。

 

 その場に集った人々の中にはアルベルトやカトリナも居たと聞く。

 

 一体彼らは何と遭遇し、そして何を決意したと言うのか。

 

 当人達にしか分からない事とは言え、そこまで思い至らせるのには理由があるはずだ。

 

「……私、作戦指示を受けに行きます。ブリーフィングにも欠席しちゃいましたし」

 

「ああ、それはわたしも似たようなものだ。艦長のお叱りを受けるとするか」

 

 椅子から腰を浮かしかけたところで、扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

「失礼します。……って、シャル。何でここに居るんだよ」

 

「アルベルトさん……。あっ、これはその……」

 

 衣服が乱れていたのをアルベルトは咎めるかに思われたが、彼の意識は奥に座るヴィルヘルムに注がれていた。

 

「……ヴィルヘルム先生。ここに来たって意味、分かっていますよね」

 

「ああ、件の騎屍兵の説得か。わたしが必要な局面なんてその程度だろう」

 

「……オレも同席します。どうやらそうしないといけないようなので……」

 

『“アルベルトさんは先延ばし癖が過ぎます! もう作戦開始まで二時間前ですよ!”』

 

 ひょっこりと現れた二頭身の少女のアバターに、シャルティアは面食らう。

 

「それ……アルベルトさんの乗って来た機体の……?」

 

「ああ、専属アイリウムだ」

 

『“マテリアと申します。……名付け親がアルベルトさんなのは、少し癪ですが”』

 

「この通り、口が減らないヤツでな。仲良くは無理でも、面倒くさがらずにいて欲しい」

 

『“何ですか、その言い草は! わたくしはこれでも、オリジナルのわたくしよりも性能がいいんですよ!”』

 

「へいへい、分かったよ、ったく。……シャル、どうしたんだ? 何かあったのか?」

 

「いえ、別に……。騎屍兵との面談って……」

 

「ゴースト、スリーに、次の作戦の協力を頼むんだよ。ヴィルヘルム先生、出来ますよね?」

 

「ああ、有機伝導施術師として、何よりも騎屍兵と言う仕組みを少しばかり理解したわたしの協力は不可欠だろう。アルベルト君、そしてマテリア、よろしく頼む」

 

「いえ、こっちこそ……。あ、シャル」

 

「何ですか。って言うか、シャルティアですけれど……」

 

「いや、ハッキリ言っていなかったと思ってな。……心配させて悪かった、帰って来たんだから、委任担当官には謝っておくべきだろ」

 

 アルベルトが素直に謝ってくるとは想定しておらず、シャルティアは少しばかり呆気に取られる。

 

「いえ、その……。私もその……覚悟が足りなかったんだと思いますし。もういいですよ、気にしてません」

 

「それ、気にしてるヤツの口調だろ。……何なんだよ、何か……いつもと違うぞ?」

 

 こういう時には目聡いのだ、とシャルティアは思考拡張を施した肩口を庇いながら応じていた。

 

「何でもないんです! ……本当、アルベルトさんってばそういうところが……」

 

「何で怒ってんだよ。……まぁ、何でもねぇんならいいんだ。オレはもう、どこにも行かねぇ。それだけは約束するからよ」

 

 医務室を後にした二人に、シャルティアは何か言いそびれたような気がして深呼吸する。

 

「……私も他人の事、言えないかな。素直に成れないなんて……」

 

 

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