機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第222話「欺瞞と虚飾」

 

「艦内に火災警報。加えて、《ネクロレヴォル》改修機を一機失う、か。随分とやられたものだな」

 

 医務室で治療を受ける自分へと声を投げたのは先の戦闘で自らも負傷したヴィクトゥスであった。

 

「……あんたに言われる義理はない」

 

「ヘルメットを、もう被らないのか? あれは君らの矜持だろう」

 

「……おれにはもう、必要ないんですよ。死者である事をやめると言うのならば……!」

 

「その声音、怨嗟が混じっているように聞こえる。それは死への誘因だぞ」

 

「……あんたには分からないんでしょうね。死んだと言っても、あんたは席がある。おれ達にはなかった。一度死の穴倉に潜ってしまえば……もう二度と陽の光は拝めない……そういう理だったはずなんだ」

 

「そうでないとでも言いたげだ」

 

 ヴィクトゥスは傍目に見ても重傷に映る。

 

 それでもベッドに腰掛けもしないのは彼なりの気遣いか、それとも掲げた胸の矜持か。

 

「……分からない。何も……分からなくなってしまった。トゥエルヴが死んだ、スリーは相手に鹵獲された。……イレブンは、聞けば笑うでしょうけれど、おれをかつて墜とした怨敵だった……。信じられますか? 全てが一日で覆ってしまったみたいなもんです。おれの重ねてきた功罪を、見せつけられているんですよ、あいつの形で……アルベルト……!」

 

 骨が浮くほど握り締めた拳に、ヴィクトゥスは天井を仰いで呟く。

 

「死に囚われてはいけない。これは年長者なりのアドバイスだ。私は一度死に、それでもこの現世に舞い戻ると決めた。厚顔無恥に見えるだろうが、それは私の求めている戦場がまだ、この現実に存在すると知っているからだ。私は、万華鏡との戦闘程度で後れを取るわけにはいかない。彼が、そんな私と踊ってくれるはずがないからだ」

 

「……彼……」

 

「美しき獣には、同じく美しき戦場が必要。それこそ世の理、覆ってはいけない摂理そのものだ。私は、求め続けているのだよ。彼と……クラード君と踊れるだけの、一刹那の舞踊を。その時が来れば喜んでこの残りカスの命、燃やし尽くそう」

 

 ミラーヘッドの蒼に染まった眼差しにはまるで迷いがない。

 

 ヴィクトゥスはある意味では戦闘狂なのだろう。

 

 しかし、自分よりも正しい道を歩んでいるようにも見える。

 

「……死者の幻に足を囚われているのは、おれのほうだって笑いたいんですか」

 

「まさか。嗤えば魑魅魍魎に堕ちると言うものだ。私は君達の戦いを誇れどすれ、嗤う事などない」

 

 心底、清廉潔癖であろうとするヴィクトゥスの声音に、どこか気後れしたのは間違いではない。

 

 しかし、今さらどうしろと言うのだ。

 

 死者として闊歩し続けた三年余り――それを無為だと言いたくはない。

 

「……死人には死人の意地ってもんがあります。おれは……死者の矜持を、こんなところで失いたくない。だって、ここに来るまででも随分と死んだ。騎屍兵だから、もう既に死んでいるからなんて関係がない。おれは、ただおれの我儘のために、彼岸に行っちまった連中の死に様を、無碍にするのだけは嫌なんです」

 

「生き様ではなく死に様を説くか。確かにそれは、君達にしか出来ない論法だ」

 

 そうだとも。

 

 もう真っ当に生きるなんて事は諦めの向こうに置いて行っている。

 

 今は、一手でもいい、死に様を描くべきだ。

 

 クラードに勝つ事が不可能に近くとも、たとえこの道を阻むのがアルベルトだとしても――自分は自分に恥じない戦いをしたいだけ。

 

「……おれはもう死者、トキサダ・イマイとして、燃え落ちた命一つを振るう恩讐の徒だ」

 

「なるほど、それも構わないだろう。だが一つだけ忠告をするのなら、気を付けたほうがいい。彼らは手強いぞ」

 

「それこそ、説法にも成りはしませんよ。おれは誰よりも、あいつらの力は理解しているつもりです」

 

「確かに、これでは説かれているのは私のほうか」

 

 ヴィクトゥスは医務室を後にしようとする。

 

 しかしその直前に医師に止められていた。

 

「駄目です、特務大尉。許可出来ません」

 

「私は私の意思でこの艦に来た。ならば渡り歩くのも私の意思一つのはずだ」

 

「上意がある。あなたを死なせられないんです」

 

「それは杞憂と言うものだとも。私は、まだ死なないさ」

 

 口元に喜悦さえも浮かべてみせたヴィクトゥスは自分の命ですら、賭けの対象なのであろう。

 

 ――心の奥底から自分が輝ける舞台のために、何でも賭けてみせる事が出来る死狂い――ヴィクトゥス・レイジの名はそれに尽きる。

 

「……でもあんただって、ベアトリーチェに居ただろうに。それは戦うためだけの行動だとは、思いたくはないんだよ……」

 

 我ながら女々しいとも感じる。

 

 ヴィクトゥスが捨てた名に今さら何を執着しているのか。

 

 彼は要らないと断じたのだ。

 

 これまでの過去も、そしてこれからの栄光も。

 

 ならば、必要ないとされて棄てられた意義に、余人が口を挟むのも間違いであろう。

 

 トキサダは死した胸元が痛むほどに深く呼吸し、そして覚悟を声にしていた。

 

「トゥエルヴ、あんたは分かっていたのか……? おれがここまで……騎屍兵に入れ込む事も。……いや、きっと分かっていたんだろうな。凱空龍に居た頃からそうさ。おれは、人一倍、仲間意識だとかに囚われやすい性質だった。そういうのも読んだ上で、あんたはおれに正体を明かしたんだ。なら……おれは、行くよ」

 

 たとえそれが戻れぬ修羅の道だとしても。

 

 もう迷うわけにはいかなかった。

 

 死者の肉体ならばどれだけの覚悟でも賭けられる。

 

 自分の残りカスの命そのものが、最大限の賭け金だ。

 

「おれは……アルベルト・V・リヴェンシュタイン……あんたを――殺す」

 

 かつて決断出来なかった想いを口にする。

 

 あの時撃てていれば、否、撃てていなかったからこそ、自分の命は「こちら側」に位置する事になった。

 

 ならば、その清算を行うのは誰よりも自分自身の意思が正しい。

 

 そう思うと身体が自然と軽くなる。

 

 前回の戦闘による負傷は、自ずと身体に馴染んでいた。

 

 恩讐の徒であろうとも、間違いの上に成り立った「死に様」でも構わない。

 

「ただおれは……あんたを撃つためだけに、死を描くのみだ」

 

 その双眸からは迷いは消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「困りますよ、特務大尉。ここは現場なんです」

 

 そう言って艦長室の前に出張っている艦構成員へと、ヴィクトゥスは諭す。

 

「フロイラインは私の友人であった。友人の部屋に出向くのに、理由が必要か」

 

「もう……リクレンツィア艦長は逆賊の徒として見なせと、上から厳命が降りているんですよ……。エンデュランス・フラクタル本社の意向です。逆らえるわけが……」

 

「私は王族親衛隊だ。それくらいの命令は跳ね除けられる」

 

 そこまで粘ったところで相手は折れたようであった。

 

「……知りませんよ、何があっても」

 

「構うまい。彼女が消えた理由を知らずして、では友人を名乗れるかね?」

 

「……言っておきますと、最後の同期処理を拒んだのはリクレンツィア艦長の意思じゃないとか言われていますけれど、それでもあの人は……我々モルガンのスタッフを捨てたんです。恨むなってほうが無理でしょうに」

 

「なるほど。しかし、君達も兵士だ。少しは覚悟の上に行動を成り立たせたほうがいい」

 

「……上が見限るなんて、想定していられますか」

 

「それも言えている。よって、君達の責任はない。あくまで私が、彼女の足跡を追いたいだけだ」

 

 これで少しは彼らの重責が消えるかと思っての言葉であったが、構成員達は表情を翳らせる。

 

「……我々はどうすればよかったんですか。《サードアルタイル》を稼働させるエージェントが呼ばれたかと思えば、モルガンの艦長が居なくなるなんて……どう考えればこの局面を跳ね除けられるって言うんです?」

 

「君は責任職かな」

 

「……軍曹ですよ。一介の」

 

「では軍曹。いい事を教えてあげよう。処世術に過ぎんが、こういう時には無責任を決め込むのも、ある意味では世渡りの術でもある」

 

 しかし軍曹はどこか苦虫を噛み潰したように頭を振る。

 

「……駄目なんですよ、そういうの。だって傍目には乙女なんです、艦長は。いくら全身RMの化け物だって言われていたって、心の奥底じゃ、避け切れません。それを尊敬と、そして情景で掻き消してくれたのはリクレンツィア艦長本人の人柄と実力なんです。分かりますか? ……みんな、艦長の事が好きだったんですよ。騎屍兵師団を束ねる、バケモノだって言われてもね」

 

「それが本心ならば、大事にするといい。帰って来た時に打ち明けられる恋心だ」

 

「……馬鹿馬鹿しい。一兵卒が艦長に告白出来ますか」

 

 そう言い置いて軍曹は離れていく。

 

 ヴィクトゥスは部屋に入るなり、散乱したハードカバーの書籍を本棚へと戻していた。

 

「……フロイライン。君はどうやら自分で思っている以上に、愛されていたらしい」

 

 とは言え、届かぬ恋心には違いない。

 

 ヴィクトゥスは何の気もなしに、本を捲る。

 

 久しく触れていなかった紙媒体のページを撫でていると、ふと本の隙間から一枚の栞が滑り落ちていた。

 

「船が錨を降ろすように、こうして紙媒体の本のページとページの間に小休止を挟む、か。もう百年近く忘れられていた行動原則だな」

 

 栞を拾い上げたヴィクトゥスは目の当たりにした栞のデザインに小首を傾げる。

 

「……珍しいデザインを愛用していたものだ。栞に穴が開いているとは」

 

 細やかな穴が栞には開けられており、ヴィクトゥスはそれを戻しかけて、はた、と立ち止まる。

 

「……待て。このデザインに意味がない、というのは早計か。彼女は、フロイラインは意味のない行動はしない。それはベアトリーチェに居た頃からずっとであったはず。彼女がもし、この栞を愛用しているとすれば……そこには必然的に何らかの意図が込められていると考えるべきだ。しかしだとすれば、この穴の法則は……」

 

 一定間隔で開けられた小さな穴を凝視する。

 

 ヴィクトゥスが脳裏に閃くものを感じたのは、かつてトライアウトジェネシスに所属していた経験が活きた結果であった。

 

「……これは、モールス信号か? 穴の配置と、そして位置関係がそれを示しているのだとすれば……」

 

 読み解く事が出来たのは、ほとんど道楽の領域に到達していた自らの勤勉さによるものであろう。

 

 モールス信号は既に廃れた暗号でありながら、危機に瀕した時には最も有効だとヴィクトゥスは知っている。

 

 そして――知っているからこそ。

 

「……フロイライン、これは君が、危機に瀕しているからこそ遺したものだと、そう推察するのならば……。これが君にとっての切り札であると……」

 

 ヴィクトゥスは改めて本のタイトルを読み取る。

 

「“月のダレトの基礎理論”、著者、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー……。これにも意味があると、感じるべきなのだろうな。そして君が遺したがっていたメッセージは……そうか」

 

 栞を握り締め、ヴィクトゥスが向かったのは格納デッキであった。

 

 先ほどの戦闘で中破に近い状態まで追い込まれた愛機へと、ヴィクトゥスは乗り込む。

 

「特務大尉? 何をなさっているんですか! まだ修繕中ですよ!」

 

「どうやら……待っていては全てが手遅れになる段階らしい。それに、私はただ、会いに行くだけだ。本来ならば武装も必要ないのだが……念のためね」

 

 インジケーターを調節し、機体の最善のポテンシャルを引き出す。

 

「会いに……って! 分かってないんですか! 艦長は自ら、離反して――!」

 

「そうではないよ。会いに行くのはフロイラインにではない。私は……彼女の意思を、確かに受け取った」

 

「何を言って……」

 

 その直後にはコックピットブロックを閉ざし、ヴィクトゥスは愛機の状態を確かめる。

 

「行けるか、《ゴスペル》。私の我儘に付き合ってもらおう」

 

 アイリウムの蒼い輝きが呼応し、ヴィクトゥスは《ゴスペル》に太刀を携えさせ、緊急出撃姿勢に入る。

 

 しかし、カタパルトは閉ざされていた。

 

 それも当然だろう。

 

 つい先刻、艦長自ら離反したのだ。

 

「なるほど、少し気を張り詰めるのも無理からぬ、と言うわけだ。では実力で――押し通る」

 

 刃を掲げ、《ゴスペル》の高機動でカタパルトデッキを破砕する。

 

 緊急信号の赤い警告色を背中に照り受けながら、《ゴスペル》は飛翔していた。

 

「……少しの間であったが、世話になった」

 

 モルガンより急速に離れていく。

 

 ヴィクトゥスは手の中にある栞へと視線を落としていた。

 

「……これが事実なのだとすれば、私が思っていたよりも来英歴は深い闇の中にあるようだ。それを君は知っていたのか? フロイライン。あるいは、知っていたとしても記憶を閉ざし、わざと見識を捻じ曲げてでもいたのか? ……いずれにせよ、私は会わなければいけない。それが君に託されたという、意味なのだと知るだろう」

 

《ゴスペル》へと追撃のMSが迫ってくる事もない。

 

 恐らくはモルガンにはそれほどの余裕もないのだろう。

 

 騎屍兵の一角を失い、艦長まで失ったモルガンがどこまで生き残れるのかは運でしかない。

 

「いや、世の中はすべからくして、運と何者かの作為で回っているようなものだ。まったく、どうにもならぬとはこの事だな。人界とはいつの世であったとしても」

 

《ゴスペル》が超速機動に入るなり雲を描き一路、黄昏の空を掻っ切っていく。

 

 その果てに待つものを、誰一人として思う術はなかったのであろう。

 

 背中は孤独に映った。

 

 

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